第6話(2/3) 言い訳はいらないんだけど
◆ ◆ ◆
「よしっ、俺が陽大にハットトリックを決めさせてやる」
迎えたクラスマッチ当日。
試合が始まる直前のグラウンドで悠斗に事情を説明したところ、鼻息荒く告げられた。
「いや、俺は別にそこまでこだわってはいないんだけど」
「ダメだ。陽大はハットトリックを決めて、亜月ちゃんとデートに行く。それ以外の選択肢はない」
「なんでだよ?」
「だって、そうしなけりゃお前は中条さんと出掛けることになるんだろ? そんなことは許さん」
「許さんって言われてもな。って、悠斗はセアラのことを中条さんって呼ぶのか? 亜月のことは亜月ちゃんとか言うくせに」
別に亜月のことをなれなれしく呼ぶのが気に食わないというわけではない。
ただ中条さんと、さんまで付けることに違和感を覚えただけ。
軽い気持ちで訊ねたのだが、
「セっ……」
「セ?」
「セ、セアラなんて呼べるわけないだろっ!」
悠斗はすっかり顔を赤くしていた。
「何を恥ずかしがってんだよ?」
「彼女は国の宝だぞ」
「わけが分からないんだけど」
「なんで陽大は分かんねえんだよ?」
「分からんものは分からん。さっさと説明しろよ。もうすぐ試合が始まるぞ」
「ったく。幼馴染がいるだけでも羨ましいってのに、お前ってやつは」
「だからさっきから何を言ってるんだよ」
ほんとに悠斗が何を言おうとしているのか理解できない。
そんな俺に悠斗は「はあ」とため息をつくと、俺の肩に腕を回してきた。
「だから、あの胸だよ。あれは国宝級だぞ」
バカだ。こいつは正真正銘のバカだ。
亜月の肩を持つわけではないけど、胸がでかいからなんだって言うんだ。
俺は呆れて何も言えない。
「何だよ、その顔は? 俺が間違ってるって言うのか?」
「……まぁいいんじゃないか」
「お前、俺のことバカだと思ってるだろ?」
「別にそんなことはない」
悠斗に俺の心が読まれなくて良かった。
なんてことを考えていると、刺すような視線を感じた。
ふと顔を上げると、亜月と目が合う。
グラウンドと校舎との間にある階段に座ってこちらを見ていた。
》人の胸がどうこう言ってる暇があったら、どうやってゴールを奪うのかでも考えときなさいよ《
別に俺は何も言ってないし。
》ふーん《
と、亜月は視線を少し離れた所に座るセアラに向ける。
つられて俺もセアラを見やる形になった。
体育服を着ていると普段の制服の時より体型がはっきり見えて、思わず心臓が跳ねた。
》ほら、陽大だって見てるでしょ?《
なっ、何を言ってるんだよ?
今のは亜月が悪いだろ?
俺は亜月につられてセアラの方を見ただけだしっ!
》言い訳はいらないんだけど?《
だからそんなんじゃないって。
「陽大、どうした?」
っと、亜月との会話に夢中になるあまりに、悠斗のことをすっかり失念していた。
こんなことが起きないようにルールを決めたっていうのに。
「悪い、試合に備えてちょっと集中を高めてた」
》ふーん、言い訳はうまいんだね《
亜月は俺に向かってそんな心の声を飛ばしてくるけど、実際今は集中しないといけない。
小学生の時にサッカークラブに通っていたとはいえ、真剣にサッカーをするのは久しぶり。
相手もほとんどが素人だけど、ハットトリックを決めるのは簡単じゃない。
「おっ、やっぱり陽大はハットトリックを決めるつもりか?」
「そうだな。セアラより亜月と一緒に出掛けたいからな」
「ほう、ようやく素直になったか。じゃあデートに行ってそのまま告白だな?」
余計な一言を悠斗は付け加えてきたけど、そこは聞き流す。
下手に反応すると、亜月にもその声は届いてしまう。
「まぁそんなところだ。よろしく頼むぞ」
「おう。俺にかかれば簡単なことだ。じゃあ行くぞっ!」
バシっと悠斗に背中を叩かれ俺は円陣を組むチームメイトの方へ向かった。
試合が始まってすぐに悠斗は先ほどの言葉通りの行動を見せてくれた。
相手ディフェンダーを5人も引き連れながらドリブル。
ゴール前までそのまま行くと、
「陽大っ!」
優しいパスを送ってくれた。
俺はちょこんと足を当てるだけ。ボールは簡単にゴールに吸い込まれた。
「まずは1点だな」
「悠斗、お前サッカー上手かったんだな」
「いちおうサッカー部だからな」
「モテるためにサッカーしてるとか言ってたから、大したことないと思ってた」
「下手だったらモテないだろ?」
「……知らんけど。まぁ、いいや。あと2点、頼むぞ」
「任せとけっ!」
相手ボールで試合再開。
俺は悠斗に言われて前線でボールを待っていた。
と、スライディングでボールを奪った悠斗からパスが届く。
今度もボールには優しい回転がかかっている。俺はボールをトラップすると、相手ゴールに向かってドリブルを始める。
視界の中には相手チームの選手はいない。このままいける。
》右後ろから来てるよっ! 左にボール動かしてっ!《
その声に従い、軽く跳びながら左にボールを出す。
チラリ振り向くと、さっきまで俺の右足のあった辺りにディフェンダーの足が伸びていた。
亜月、助かった。
》もうあとはそのまま行けるはずだよ《
分かった。
俺はドリブルの速度を上げる。亜月が教えてくれたように、誰もついてこない。
そのままペナルティーエリアに入る。
あとはキーパーとの1対1。落ち着いて右足を振りぬいた。
――つもりだった。
ボールの芯を捉えるつもりで振った右足は空を切った。
ドシンっ――
大きく足を振り上げた反動で俺はバランスを崩す。派手な音を立てて、そのまま仰向けに倒れてしまった。
》もうっ、何やってんのよっ! 陽大はセアラとデートに行きたいの?《
今の空振りは自分でも恥ずかしいから、ちょっと今だけは責めないでくれ。
それに出掛けることをデートというのなら、俺がハットトリックを決めたら亜月とデートに行くことになるんだが、それでもいいのか?
》…………《
「陽大、大丈夫か?」
悠斗が笑みを浮かべながら手を差し伸べてきた。
「ちょっとカッコ悪かったな」
俺は頬をかきながら、空いた手で悠斗の手を掴んで立ち上がる。
「まぁ亜月ちゃんならそれぐらいで幻滅はしないんじゃねえのか?」
「どうだろうな?」
「大丈夫だって。とにかくさっさとあと2点取るぞ」
「分かってる」
2点目はすぐに取れた。
》いったん戻して《
》軽くフェイント入れて《
》右ががら空きだよ《
グラウンドを俯瞰している亜月のアドバイスと、悠斗のテクニックのおかげでほとんど相手チームにボールを触られることもなかった。
ただ3点目が遠い。
さすがに相手チームが悠斗へのマークをきつくしたというのもあるけど、どうしたわけかさっきから亜月がアドバイスをしてくれなくなった。
ドリブルをしては相手にボールを奪われ、パスを試みてもうまくカットされてしまう。
試合時間は残り1分あるかないかってところ。
このままだと試合には勝てるけど、ハットトリックを達成することはできなくなる。
ボールは俺の足元にある。
が、周りはすっかり囲まれてドリブルで運ぶスペースはない。
亜月、どっか空いてる所はないか?
呼びかけるが、返事はない。
仕方ない。強引にいってみるかと、ボールをちょこんと前に出した時、
「陽大っ、こっちだっ!」
背後から悠斗に呼ばれ、ノールックでヒールパスを送る。
受け取った悠斗はマークを引き連れたまま、ペナルティーエリアに侵入。
「決めろっ!」
ディフェンダーに抱えられ、倒れ込みながら俺にパス。
が、俺と並走していたディフェンダーが先にボールに触れて大きく蹴りだした。
同時に審判が長い笛を鳴らす。
終わった。
今度こそ亜月に言い訳しないといけない。
「やったなっ!」
悠斗が俺の肩を叩いてきた。
「勝つには勝ったな」
「何言ってんだよ? PKだよ」
「はっ?」
言われて顔を上げると、審判はたしかにPKを告げていた。
「さっきのホイッスルは、試合終了じゃなかったのか?」
「違うって。ほら」
悠斗はボールを俺に手渡してくる。PKを蹴れということらしい。
「相手のキーパーは素人だ。落ち着けば大丈夫」
言葉を背に受け、俺はボールをセット。審判の合図とともに、ゴール右隅へ蹴りこんだ。
ボールはキーパーの左手を掠め、そのままゴールへと吸い込まれる。
「やったなっ!」
ボールがゴールネットを揺らした次の瞬間、俺は悠斗から手荒い祝福を受けた。
「そうらしいな」
「もっと喜べよっ!」
「そうなんだけど嬉しいというより、ホッとしたって気持ちの方が強いな」
「陽大はそれほど亜月ちゃんとデートに行きたかったんだな」
悠斗がそう言うのを聞き、俺の目は自然と亜月を探す。
途中からアドバイスをしてくれなかったのは、試合を見るのをやめたんじゃないのか。
そんな風に思っていたのだが、亜月は変わらず階段に座っていた。
俺の視線に気付くと、少しはにかんだように頬を緩める。そのまま胸の辺りに手を挙げて小さく手を振ってくれた。
その様子は試合前とこれっぽっちも変わらない。
ただ、いつの間にか隣に種井さんが座っていたことだけは不思議と印象に残った。