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君は君のままで  作者: 黛ちまた


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09.夜会 その1

 アリゼは言葉を発する事なく、夜会に相応しい格好で迎えに来てくれたルネをまじまじと見つめた。

 見惚れていたのではなく、久しぶりに制服以外を着たルネを見た気がした。日頃は大きめの制服を緩く着ているから小柄な印象になっているが、こうして身体に合った夜会服を着ていると、特段小柄にも見えなかった。

 つまり、幼馴染みの成長をまた、実感していた。


「アリゼ、その、とても素敵だね」


 うっすらと頬を染めたルネが、着飾ったアリゼの装いを褒めた。それから髪飾りを見てほころぶように微笑む。

 両親と侍女達、それから友人以外に褒められる事などほとんどない。自己評価の低い自分を励まそうとしてくれているのだとアリゼは思っていた。

 けれど、褒めている本人ルネが照れている。その姿に褒められたアリゼまで照れてしまう。お世辞ではないのが嫌でも伝わる。


 実際の所、きちんと着飾り、化粧をすればアリゼは十分に可愛いと言える容姿だった。誰もが見惚れるような優れた容姿ではないが、好ましいと感じられるだけの容姿である。

 ただ、嫌味な程に整ったマチューの横に並ぶと、地味にしか見えないのも事実だった。


「ありがとう、髪飾りを付けてくれて。思った通り、アリゼに似合ってて嬉しい」


「ルネが選んでくれたの?」


 アリゼの問いに、ルネは不思議そうな顔をしながら頷いた。


「うん、そうだよ。どうかした?」


「ううん、なんでもないの」


 マチューは婚約者として贈り物を欠かす事はなかったが、流行りのものが多かった。アリゼに似合う似合わないは関係なく。

 似合わないからと身に付けないでいれば怒られ、付けても似合わなかった場合は、流行りのものを使いこなす事も出来ないのかと言われた。


 私が何をしても気に入らなかったんでしょうね。

 マチューとのやりとりを思い出したアリゼは、ため息を吐いた。


「アリゼ、あの、気に入らなかった?」


 不安そうな顔をルネがするものだから、アリゼは慌てて否定する。ルネは何も悪くない。思い出さなくて良い事を思い出して、勝手に暗い気持ちになるなんてとアリゼは反省する。

 何年にも渡って繰り返された自己否定を、婚約を解消したからと言って全てなかった事には出来ない。嫌な記憶と言うのは心に残りやすいものだ。


「違うの、違うのよ、ルネ。流行りのものとは違うなと思っていただけなの」


「ひと目見て、アリゼが身に着けている姿が想像出来て、その髪飾りを選んでしまったけど、流行りも取り入れないといけないんだよね。ごめんね」


 ルネの言葉に、更に失敗した、とアリゼの胸がざわつき始めた時、「今度は、一緒に選びに行こう」とルネが言った。

 ぽかんとするアリゼに、ルネは青い顔になり、今後は赤い顔になった。


「ご、ごめん。勝手に次なんて言って」


 次回の夜会で自分のエスコートをアリゼが受けてくれるかも分からないのに、勝手に話を進めた事を不快に感じたのではと焦るルネに、アリゼがぽつりとこぼすように言った。


「また、エスコートしてくれるの?」


「それは、勿論! させてもらえるなら喜んで」


 勢いよく答えるルネの言葉に、アリゼの顔が真っ赤になり、つられるようにルネの顔も真っ赤になった。

 そんな二人の様子を遠巻きに見守っていたアリゼの両親は、我慢が出来なくなったのか、近付いて来て言った。


「二人とも、見つめ合うのならここではなく、夜会の会場に行ってからになさいな」


 ルデュック夫人は笑いながら言って、ルデュック伯はルネの肩に優しく手をのせた。


「アリゼをよろしく頼むよ」


「はい」


 頷き、ルネはアリゼに手を差し出した。アリゼがそっと手を重ねる。

 用意されていたピジエ家の馬車に二人は乗り込んだ。


 馬車の椅子に座ってすぐに、アリゼは座り心地の良さに気付いた。手でソファ部分を押して柔らかさを確かめる。


「何か気になる所があった?」


 正面に座るルネがアリゼに尋ねる。


「とても弾力があるわ」


 綿を沢山詰めたソファなら座り慣れている。けれど、ピジエ家の馬車はそうではない。硬くはない。柔らかさだけではなく、弾力のようなものを感じる。


「あぁ、そうだね」とルネは頷いて、「バネが入っているんだよ」と言った。


 アリゼは顔を上げ、ルネを見る。

 恥ずかしそうに頬を赤らめていた。それから少しの困った表情。


「僕、馬車に酔いやすいから、なんとか出来ないかと思って、バネを──ソファの中に馬車の揺れを吸収するものを入れてるんだ」


 言われてみれば、馬車の揺れが少ないように感じる。


「情けないよね。でも、どうしてもこの揺れが駄目なんだ。読書も満足に出来ない」


 読書をしなければ良いのではないかと思ったが、言わないでおいた。ルネの言うこのバネが入っているお陰か、馬車の揺れが緩和されてとても乗り心地が良い。


「これでもまだ酔うから、別の部分の改良を考えているんだ」


 こんなに乗り心地が良いのに、更に変えると言うのか。

 アリゼは素直に驚いた。それと同時に、ルネはやっぱりピジエ家の人間なのだなと思った。

 ルネの兄二人も、ルネの父も、新しいものを見つけたり閃いたりする才能がある。そうして見つけたもの、作ったものを商売に活用し、利益を上げていた。

 所持する領地が小さい事もあって子爵位ではあるが、その資産は潤沢だと言われている。

 ピジエ家は他国との交易も盛んにしていると言う。ルデュック家の惣領娘である自分と、ピジエ家のルネが婚姻を結んだなら、小さいながらも港があるし、ピジエ家の交易に役に立つのではないか──。


 はっと我に返り、アリゼは頬を赤く染めた。

 いくらルネから告白を受けたからと言って、自分はルネに答えを返していないし、跡取りである自分の相手を決めるのは父であるルデュック伯だ。

 けれど、とアリゼは思う。


 ルネはお転婆な自分を知っている。それでも自分を好きだと、ずっと前から好きだったと言ってくれた。マチューのように否定される可能性はゼロではないかも知れないけれど、少ないのではないかと思った。

 ピジエ家は今、勢いのある家として注目も集めている。成人済みのルネの兄二人が父であるピジエ子爵を支え、家を盛り立てているのだ。

 ルネ本人も魔術師を目指している。

 父もルネとの事を許してくれるかも知れないと思えてくる。先程も彼に対して柔らかい対応をしていた。


「ルネは、魔術師になりたいのよね?」


 ルネは頷いた。


「僕はこの通り兄上達のように商売は出来ないから。でも、魔術師になれば研究費用を王室が援助してくれるようになるし、魔術師としての技術でなら、家の役に立てるんじゃないかって思ってる」


 魔術とは魔法を主体とするものではあるが、広範囲に渡るものの総称である。魔術師により手法が編み出され、技術として定着したものは数限りない程にあるし、魔法によって旱魃を解消するなど、魔術師の活動範囲は広く、多岐に渡る。それ故に貴重な人材とされ、年数がかかったとしても魔術師となる事を諦めないのである。


 ルネが魔術師となって新しい発見をしたならば、ピジエ子爵達は速やかに商売に結びつけるだろう。権利が国のものになるとは言っても、新しい技術を優先的に利用する権利が得られる。

 メリットが大きいからこそ、ピジエ家の面々はルネを応援していた。ただ、なまじっか魔術の才能があると判定されてしまったが為に、当の本人の気持ちを無視して将来を押し付けてしまったのではないかと家族は不安にも思っていた。魔術師になる事に、ルネがあまり熱心ではなかった為だ。


「ルネなら、いつかなれると思うわ」


 読書の為にバネを作るなど、自分とは発想が違うと思った。思っただけでなく、形にする事が出来るのだ。

 たとえ時間がかかったとしても、ルネならやり遂げるのではないかとアリゼには思えたのだ。


「……頑張る、僕」


「えぇ、応援するわ」


 嬉しそうにルネが微笑んだ。あまりに嬉しそうだから、アリゼまで笑顔になった。


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