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君は君のままで  作者: 黛ちまた


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41.卒業式 その2

 婚約者にエスコートされてやって来たアリゼを、友人達が笑顔で迎える。

 シモーヌ達に会釈をして、ルネは去って行った。

 ルネも愛するアリゼの側にいたいが、彼女が友人達とこうして会えるのは最後なのだ。その邪魔をしたくない。


「遂にこの日になりましたね」


 エミリエンヌの言葉に皆、頷く。


「領地に向かう準備は済んでいて?」


 春。本来ならば社交があるが、アリゼは父であるルデュック伯と領地に向かう。


「えぇ。終わっているわ」


「ただでさえこれまでのように会えなくなって寂しいと言うのに、更に距離のある場所に行ってしまうのだもの」


 拗ねたように言うシモーヌに、アリゼは笑う。


「春は社交の季節だもの。皆忙しいでしょう? 私の事を思い出す余裕もないのではなくて?」


 アリゼは相手が決まっているが、三人はまだである。

 最終的な決定権は家長にあるとしても、家にとって悪くない相手を探す事は可能だ。


「その相談にだって乗っていただけないじゃないの、距離があったら」


 いつもなら諭す側に回るシモーヌが、今日に限って随分と絡んでくるなと思った。

 シモーヌの顔に寂しいとはっきりと書かれている。


「さっきも言ったでしょう。寂しいの」


 率直な言葉に三人は言葉に詰まる。

 じわじわと感じていた感覚を、目の前に突き付けられた感じだった。


「私、お従兄にい様と婚約したいとお願いするつもりでいるの」


 侯爵家の令嬢であるシモーヌなら、屋敷に届く釣書は結構な量になるだろう。よりどりみどりと言って良い。

 それなのにわざわざ従兄を選ぶ理由は何なのか。決して悪い相手ではない。従兄とは言っても血筋は程よく遠い。

 シモーヌの母の従妹の子を、叔母が理由あって養子にしたのだ。血縁関係はあるが、近過ぎる事もない。


「他国からも釣書が来ているのだけれど、私はこの国から離れたくない。友も家族もいない、文化も異なる国に嫁ぐなんて、私には無理だと分かったのよ」


 侯爵家ともなれば、何の縁もなくとも他国から求婚される事もある。

 シモーヌの元にも来ていると言う他国からの釣書。相手はそれに釣り合うだけの家格だろう。

 縁もゆかりもない土地で、何から何まで始めなくてはならないなど、余程相手の事を愛しているか、何もかも捨てたいなどの事情がなければすんなりと頷けようもない。

 シモーヌの家も家族仲が良く、親類との関係も良好である。それら全てを捨ててまで得たいものがなければ、何の魅力も感じないのは普通の事だ。


「私は他国に嫁いでも良いかなと思っているわ」


 そう言ったのはイレタだった。


「文化が違うと言う事は、食文化が異なると言う事だもの。今までに口にした事がないような味を経験出来るかも知れないわ」


 なるほど、イレタの基準はそこなのだとアリゼ達は思う。日頃からカフェをこよなく愛していたのは、カフェで腕を振るうシェフがこの国出身ではなかったからである。

 王都の中でも探せば他国の料理を楽しめる店は多くあるだろうが、貴族向けの店となっているかは別の話だ。


「イレタならやっていけそうね」とシモーヌが言うと、エミリエンヌとアリゼは頷いた。


「私、実は年上が……」


 いつも能面のような顔をして、あまり多く喋る事のないエミリエンヌが、頰を赤らめて言った。


「社交の場には年上の方も多くいらっしゃるので、楽しみです」


 三年間一緒にいながら、初めて知る友人の異性の好みに驚きを隠せない。


「これからもお互いの色んな事を知っていくのね、きっと」


 アリゼの言葉に三人は笑顔で頷いた。


「そうよ」


「そうです」


 うんうん、とイレタも頷く。


「手紙を書くわ。

きっと目新しい事ばかりに驚いて、沢山書いてしまうと思うけれど、嫌がらないでね?」


 友人達はアリゼが領主の代わりを務められるようになる為、領地に向かう事を知っている。

 きっとこれまで知らなかった事に戸惑う事だろう。

 彼女達も子供ではない。キレイなものばかりに目を向けてはいられない事も知っている。

 領主ともなれば非情な判断を迫られる事もあるだろう。

 そんな時に、胸の内を吐露する先の一つに自分達がなれたらと彼女達は思っている。


「アリゼが流行から取り残されないように、色々と送って教えてあげる」


 頼もしいわ、と笑顔で答える。


 鐘が鳴る。

 見上げた先には、三年間欠かさず時間を知らせてくれた鐘が揺れていた。


 学生生活の終わりはもう、間近だ。

 新しい生活への期待と、不安と、寂しさで胸が一杯になる。

 気が付けば周囲の生徒達も鐘を見ていた。


 鐘が鳴り終え、友人達に声をかける。


「行きましょう」


 講堂にて行われる式をもって、アリゼ達は学園を卒業する。

 既に泣き出している生徒もいる。もらい泣きしてしまいそうになる。


 同学年の生徒が一堂に会する。

 囁く声が聞こえて来る。


「やっぱり来てないんだな」


「来れないだろう」


 今日の式に参加していない生徒は二人。

 ジュリアとマチューの二人だ。

 マチューはもうこの国を出た。一足先に卒業を認められ、王妃の生国へと旅立って行った。


 アリゼとルネはその話を聞いてマチューに面会を求めたが、断られた。

 数日後、二人宛にマチューから手紙が届いた。




拝啓

先日はせっかくの誘いを断って申し訳ない。

二人も知っての通り、事件の詳細が王室から伝えられても、オレへの印象が劇的に変わる事は無い。

全て己が不徳の致すところであり、当然の結果だと納得している。

こんなオレと接点を持つべきではない。面白おかしく騒ぎ立てられるだけだ。

ルネは魔術師の塔への入門が認められたし、家の知名度もある。これまで以上に足を引っ張ろうとする奴らが出て来る筈だ。有象無象に付け入る隙など与えるべきではない。


ルネ、改めて魔術師の塔への入門おめでとう。

ルネの努力が結実した事を、我が事のように嬉しく思う。

これからも大変だろうが頑張ってくれ。おまえならきっと大丈夫だ。

目先の事にとらわれずに、本当に大切なものを見つけられる、信念を貫ける力がおまえにはある。


アリゼ、今だけそう呼ぶのを許して欲しい。

オレのした事は最低だった。だから許してくれなくて良い。君に非はなかった。全てはオレの自尊心を満たす為だけの愚かな行為だった。

それなのに、オレに寄り添おうと努力してくれた事、自身を変えようとまでしてくれた事、感謝している。本当に申し訳なかった。

君はそのままで良い。ありのままでも、君は十分過ぎる人だ。


これから続く苦難にも、二人でなら乗り越えられると信じている。

二人の未来が幸多くなるように、祈らせて欲しい。

それでは、元気で。


マチュー・テター




 マチューからの手紙を読んだ後、アリゼは泣いた。

 悲しい訳でも、嬉しい訳でもなかった。

 ただ、涙が止まらなかった。

 アリゼが泣き止むまで、ルネはずっと側にいて、背中を撫でてくれた。


 もう会えないかも知れないもう一人の幼馴染。

 かつては婚約者だった人。

 確かに酷い事をされた。辛かったし苦しかった。

 けれどその事で彼の人生が閉ざされて欲しくない。

 もはや交わらなくなった道ではあるが、どうか、これからの彼の行く道が少しでもなだらかになるようにと願う。


 学園長からの送る言葉が終わるのと、アリゼの考え事が終わるのはほぼ同時だった。


「ここに、学園を卒業する事を認める。

君達の行く先に明るい未来があらんことを!」


 背後の扉が大きく開かれ、外の明るさが講堂に入り込む。

 学園では卒業式が終わったら生徒達が講堂を飛び出し、渡された紙吹雪を空に向かって撒くのが習わしだ。

 何故そうなったのかまでは知らないが、恒例行事となっている。

 春の少し強めの風に、撒かれた紙吹雪は飛ばされて、王都を花びらのように舞う。

 それを見て皆、新しい春が訪れるのだと感じる。


 春は目前だった。


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