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04.婚約解消

 爵位を継ぐ事が決まっている学友達と、領地経営とは、まつりごととは、と言った語らいをして、未来に夢を膨らませ、上機嫌で帰宅したマチューは、父親であるテター伯爵に呼び出された。

 父親に呼び出される時は大抵、婚約者であるアリゼの事で苦言を呈される事が多く、折角の気分が台無しだとマチューは思った。

 夜会が近いにも拘らず、アリゼが自分にエスコートを頼みに来ない事を思い出していた。失敗ばかりするアリゼのエスコートは、マチューにとっても苛立ちが募る為、出来ればしたくはない。だが、婚約者として正しい振る舞いではない事は分かっている。だから頼まれればエスコートはするし、頼まれない場合に限れば、他の令嬢のエスコートもした。

 望まれて婿入りする立場なのだと思いたい、マチューのつまらない自尊心がそうさせていた。


 サロンに足を運ぶと、両親が揃っていた。二人とも眉間に皺を寄せている。やはりアリゼの事を言われるのだろうと身構えた。


「座りなさい」


「はい」


 お小言ならとっとと終われ、そう思いながらソファに腰掛けるマチューを見て、テター伯の眉間の皺は更に深くなる。テター夫人は煩しそうな表情を息子が見せた事を見逃さず、嘆かわしい事、と小さく呟き、首を横に振った。


「おまえとアリゼ嬢の婚約は解消になった」


「……は?」


 予想もしていなかった父親の言葉に、マチューは間の抜けた反応を返した。

 いつものように、夜会にアリゼ嬢を誘ったのかだとか、贈り物はしたのかと言った事を言われると思っていたマチューにとっては、ほんの僅かにも思いも寄らない内容だった。


「婚約者がいながら、他の令嬢と親しくしていたようだな」


 何故それを父が知っているのか。咄嗟に、アリゼが告げ口をしたのだろうとマチューは思った。


「アリゼから聞いたのですか?」


 すかさず訂正が入る。


「アリゼ嬢と呼べ。彼女はもう、おまえの婚約者ではない」


 煩わしいと思ったが、今はその点について父に噛み付いても仕方がない。婚約解消にいたる理由は明確にすべきだとマチューは考えた。


「アリゼ嬢が父上に言ったのですか?」


 小賢しい事を、とマチューは思った。次に会ったら絶対に謝罪させてやる、そう決意する。


「違う。娘の婚約に不満を抱いていたルデュック伯がおまえの素行を調べさせていたのだ」


 ぎくりとする。

 そうなると、まずルデュック伯の誤解を解かねばならない。マチューの胸に不安が湧き起こった。


「確かに何人か言い寄る令嬢はいましたが、僕だって馬鹿じゃない。アリゼと結婚出来なければ僕なんて、貴族籍こそあれど、爵位も何もない人間です。一線を越えるような相手なんて作る筈がない」


 実際マチューに言い寄る令嬢は少なくなかった。適当に相手をする事はあっても、深い付き合いをした令嬢はいない。婚姻前から浮気をするような男と思われるのは心外だった。


「深く付き合ってなければ済むとおまえは思っていたのか?」


「ただの友人です。頼まれれば夜会へのエスコートぐらいはしましたが、それ以上は何もない」


「学園の庭のベンチで、おまえの頰に口付けをしたとしてもか?」


 心当たりのあるマチューは、苦々しく思いながらも、まずは父親を味方につけねばと思った。


「される事はありました。婚約者のいる身としては不適切な距離感だった事は認めます。ですが僕からは何もしていません。異性の友人を持つ事がルデュック伯のお気に召さないのであれば、金輪際関わりを持たないようにします。

だから父上──」


「もう良い、黙りなさい」


 テター伯はマチューを睨み付けた。

 言いたい事はまだまだあったが、マチューは口を噤んだ。父親の怒りを感じたからだ。


「あれ程言って聞かせたにも拘らず、おまえはアリゼ嬢を全く大切にしなかった。今もアリゼ嬢が告げ口をしたのだと考えた。仮令そうだとして、何が問題だ。未来の夫が異性と不適切な関係にある事を窘める事の何が悪い」


「それは……はい、彼女にはその権利があります」


「アリゼ嬢の気持ちを一切斟酌しないおまえは彼女の夫に相応しくない」


「しかし! 彼女のようながさつな女は……!」


「口を慎め!」


 強い叱責が飛んできた。咄嗟に返した自分の言葉が良くなかった事はマチューにも分かる。失敗したと思うものの、時を戻す力でもない限り、発言をなかった事には出来ない。


「普段からそう言っていたのだろう。咄嗟の言動は日頃の振る舞いがそのまま出るものだ! おまえのその傲慢さがずっとアリゼ嬢を傷付けているのだと、私達もルデュック夫妻も言い続けた筈だ! アリゼ嬢の忍耐があればこそ続いた婚約など、不幸でしかない!」


 このように声を荒げて怒りを露わにする父親を初めて見た。返す言葉もなく、呆然とした表情でマチューは父親を見た。

 事ここに至っても、マチューは自分の事しか考えられなかった。アリゼの夫となって、ルデュック伯となる未来が足元から崩れようとしている。

 焦りがじわじわと押し寄せて、不安とないまぜになって、どうしようもない気持ちでいっぱいになる。


「謝り……ます、アリゼ……嬢に……謝らなければ……」


 自分の手から逃げようとする幸運をなんとか繋ぎ止めたくて、うわごとのようにマチューは呟いた。


「元には戻れないだろうが、謝罪は必要だ。おまえの態度はどうしようもないものだったからな。アリゼ嬢ではない、別の花嫁を見つける為にも、己の行いを省みるのは必要だ」


 そう言ってテター伯は立ち上がり、夫人を伴ってサロンを後にした。


 マチュー自身分かっていた。アリゼに対する己の行いが褒められたものではない事ぐらい。

 だが、山のように高い自尊心が、傲慢さがアリゼに歩み寄る事を是としなかった。自分のような優れた人間を婿に取れるのだから、アリゼは己の幸運に感謝すべきだと思っていた。歩み寄るべきはアリゼの方だと、アリゼが自分と同じ位置まで上がって来るべきだと思っていたのだ。


 彼女から歩み寄る必要などなかった。

 手を取り合える相手を選べば良いだけなのだから。

 伴侶として、歩み寄る必要はある。幸せになりたいと願うならば。

 両親も、ルデュック夫妻も、何度も言った。

 アリゼの気持ちを汲み取ってくれと。彼女が淑女として恥ずかしくないように、長い目で見てあげて欲しい。

 寄り添ってあげてくれと。

 それはひとえに、ただひたすらに、アリゼとマチューが幸せになる為に必要な事だった。

 あのように愚鈍なアリゼに対して、なんと生温い事を言っているのだとマチューは思っていた。




 マチューは翌日、ルデュック家に謝罪の為に訪れたいと手紙を認めたが、お断りすると言う旨の書かれた返事が来た。


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