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君は君のままで  作者: 黛ちまた


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31/43

31.加害者であり、被害者であり

暴力表現があります。

ご注意下さい。


 アリゼとルネでパオロを引っ張りながら校舎に向かう。

 ルネよりも体格のしっかりしたパオロを引っ張るのは大変だった。

 わざとなのか放心状態の所為なのかは不明だが、パオロは校舎に戻りたくないようだった。始めは普通の歩みであったのに、今では足が上がりにくくなっていた。

 それでもなんとか途中の建物の前までたどり着く。


 ルネとアリゼは見合う。ルネが頷いた。

 このままではパオロを校舎に連れて行くだけで日が暮れてしまいそうだと二人とも思ったのだ。

 だからと言ってパオロをこのままにしておくつもりはない。

 犯しかけた罪は重く、それだけに一人になったパオロが自暴自棄になってしまわないかが心配だった。

 それに、ジュリアが事実を捻じ曲げた発言をする可能性についても危惧していた。


「アリゼ、校舎に戻って人を呼んで来てもらえるかな?」


「えぇ、勿論よ」


 頷いたアリゼがその場を去ろうとした時、パオロの手が伸びてアリゼの髪を掴んだ。アリゼが悲鳴をあげる。


「あっ!!」


「アリゼ! ゲイソン! 手を離して!」


 アリゼを見るパオロの目からは涙がぼたぼたとこぼれ落ちていた。


「駄目だ、行かせない……オレは、オレは悪くない……」


「ゲイソン!」


 ルネはアリゼの髪を掴むパオロの手をこじ開けて、少しずつアリゼの髪を解放していく。

 パオロの手からアリゼを解放し、かばうように彼女の前に立つルネの目は怒っていた。

 恐怖を覚えたアリゼはルネの後ろで震えている。


「ゲイソン! 君のやってる事は最低だ。今ここで僕達を足止めした所でソネゴ嬢が何を言うか分からない。

それを止めようとした僕らを攻撃するのは、ただの現実逃避で、何の解決にもならないどころか、更に状況を悪化させるだけのものだ!」


「じゃあ!」


 パオロが悲鳴のように叫ぶ。


「じゃあどうしろって言うんだ! オレは利用されただけなんだ! オレは別に何もしてない! 当て馬に利用されそうになっただけだ!」


 パオロはその場に座り込み、俯いて土に爪を立てた。


「それすら……」


 ぽたぽたとパオロからこぼれたものが膝の上に落ちて涙の滲みを作っていく。


「それすら、出来なかったと……捨てられて……成績も落ちて……皆に笑われて……」


 思春期の多感な少年少女の、薄い硝子のような心をパオロも持ち合わせていて、ジュリアの目的の為だけに利用されそうになり、結果粉々に砕かれた。

 パオロが怒りに駆られて咄嗟にジュリアの首に手をかけた事は酌量の余地のない悪手であった。

 けれど、パオロもまた、被害者なのは事実だった。


 パオロに心から同情を覚えたが、ルネもアリゼも、何と声をかけて良いのか分からなかった。

 大丈夫だとも言えない。

 君は悪くないとも言えない。

 沈黙がその場を支配したと思った刹那、建物に立て掛けられていた木材がアリゼ達に向かって倒れてきた。


「アリゼ!!」


 叫び声と共にルネがアリゼに覆い被さり、ルネを通して木材がぶつかる衝撃が伝わってきた。木材同士がぶつかり合う激しい音が響き渡った。


「ルネ!!」


 ガランガランと高く、それでいて重い音をさせて木材が殆ど倒れると、再び静寂が訪れた。

 その様子をパオロが呆然とした顔で見つめる。

 二人を助けなくては。そう思うのに突然の事に腰を抜かして、立ち上がれない。

 這うようにしてパオロが二人に近付こうとした時、木材が動き、ルネとアリゼが姿を見せた。

 木材がぶつかった際に出来たのだろう、ルネのローブはあちこちに傷が付いて、穴が空いてしまったのが見て取れる。


 自分達の上に倒れかかった木材を押し除けた後、ルネはアリゼの上から身体をのけて隣に座った。

 顔色は正直に良くない。


「ルネ!」


 泣きそうな顔でルネのローブを掴むアリゼに、ルネはうっすら微笑む。


「……大丈夫。頭には当たらないようにしたから……それに、思った以上に木が乾燥してたし……」


「頭もっ、大事だけれど、身体が……っ!」


 ぼろぼろとアリゼの目から涙が溢れる。

 そんな彼女アリゼを見て、子供の時もよく、こうやってアリゼは泣いていたなと思い出す。


「うん……痛い。もっと身体、鍛えておけば良かった……」


 そうすれば少しはマシだったかも知れない、とルネは思うが、実際そうなったかどうかは不明だ。


「何処?! 何処が痛いの?!」


 ルネにしがみつく手に力がこもる。


「ぶつけたけれど、刺さったりはしてないから、安心して」


「でも……っ!」


 背中や腕などに当たった木材の所為で呼吸が少し苦しくなったが、ゆっくりと呼吸すれば問題もなく、痛みが走る事もなかった。

 とりあえず今すぐどうにかはならなさそうだとルネは冷静に判断し、アリゼの頭を撫でた。


「大丈夫、泣かないで」


 ルネの言葉に少し落ち着きを取り戻し、アリゼは頷くと涙を拭った。


「ごめんなさい、ルネの方が辛いのに、動揺してしまって……」


「ううん、大丈夫」


 アリゼは立ち上がるとルネに手を差し出した。


「あぁ、もう、本当につまらないわ」


 予想もしなかった声にルネ達三人は驚き、身体をびくりと震わせた。

 建物の中から出て来たのはジュリアで、小型のナイフを手にしていた。


「アリゼに当てて怪我をさせようと思ったのに、ルネ様が庇ってしまわれるんだもの」


 やれやれと言わんばかりの表情でとんでもない事をさらりと言ってのける。


「!」


「……ソネゴ嬢、自分が何を言っているのか、分かっていますか?」


 ルネから低い声が出た。


「大丈夫よ。身体や顔にキズが付くぐらいだわ。それにその程度の顔でしょ? むしろその地味な顔が少し派手になるんじゃないかしら?」


 あまりに酷い言葉にアリゼは言葉を失う。

 コロコロと楽しそうに笑うジュリアが心底恐ろしい。


「興醒めしてしまったわ」


 手にしたナイフを適当に放り投げると、パオロを見てふん、と鼻で笑った。


「こんな時に腰を抜かすなんて、本当に役立たず」


 虫ケラでも見るような目でパオロを一瞥し、ジュリアは建物から出て校舎に向かおうとする。

 パオロの唇がわななく。

 ぐっと手を握りしめると、立ち上がろうと近くにあるものに手を伸ばした。

 本来なら支えになる筈だった棒は、パオロの体重を引き金にして、レバーが下りる。


「それは!」


 ルネが叫び、何の事かと振り向いたジュリアの顔を炎が襲う。

 パオロが掴んだのは、魔物を模して作られた石像であり、その口には筒状のものが嵌め込まれていた。

 籠城戦時に使うと言う名目で作られたその像は、ルネ達が入学する何十年も前からあると言われていた。

 建物の前にお飾りの番兵として置かれていたその像を、興味本位で動かそうとする生徒は多かったが、その像が炎を吐く事はなかった。

 レバーは上から押しても反応しなかった。使用方法は押せ、とだけ書かれている。

 何年も雨晒しにされており、不良品か、壊れたかと言われていた。それなのに、火を噴いた。

 ジュリアもその像を使ってアリゼ達に嫌がらせをしようと思っていたが、貼られた紙の通りに動かしても反応せず、諦めて別の嫌がらせを考えた。

 ロープで縛られていた木材を建物の中にあったナイフで切り、アリゼにぶつけようと考えていた。

 ──そう、少し怪我をするぐらいだと彼女は本気で思っていた。打ち所が悪ければアリゼが死ぬと言う事も考えてはいない。


「キャアアアアアアア!!」


 絹を裂くような悲鳴がして、ジュリアは顔を両手で押さえた。


「あああああああああああっ!」


 ルネは立ち上がろうとして、己の髪が木材に引っかかっている事に気付いた。

 まだ倒れていなかった木材が、倒れて来て石像に当たり、石像が横倒しになった。

 石像からは炎が吐かれ続け、ルネとアリゼを取り囲む木材が焼かれ始める。


「火が!」


 三人は急いでルネの髪を下敷きにしている木材をどかそうとするが、長い木材は何重にも折り重なっており、一本二本どかしても髪を引っ張る事は出来なかった。


「ゲイソン、人を呼んで来て欲しい」


「わ、分かった!」


 パオロは立ち上がり、校舎に向かって転けそうになりながら向かって行く。


「アリゼ、危ないから離れていて」


「嫌よ!」


 アリゼはルネが止めるのも聞かず、木材をどかそうと懸命に持ち上げていた。

 徐々に火が回ってきている。

 ルネが声を上げる。


「アリゼ、お願いだから逃げて!」


「嫌よ! ルネを置いて行くなんて絶対に嫌!」


 その後もどれだけルネが説得してもアリゼは諦めず、火が回って来た木材を持つのすら、厳しい状況になってきた。

 ルネはルネなりに身体の向きを変えたりとなんとかもがくものの、抜け出せなかった。


「あ……っ!」


 アリゼの声がして、ルネが目を向けると、木材でアリゼが火傷を負ったようだった。

 ルネは眉間に皺を寄せ、唇を噛み締めた。


「アリゼ、そこのナイフを取って欲しい」


「え?」


「お願い」


 ジュリアが木材を倒すのに用い、放り投げたナイフ。


「何に使うの? 変な事に使うのではないの?」


 ルネはアリゼに微笑む。


「大丈夫」


 ナイフを拾い上げたアリゼが、ルネに手渡すと、首の後ろにある髪を掴んでナイフで切り落としていった。


「ルネ!!」


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