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03.告白

 何もやる気にならないアリゼの髪を、侍女が手早く結い上げていく。

 今日はルネが来る。幼馴染である彼に、思わずマチューとの婚約解消についてこぼしてしまった。優しい彼の事だから、自分を慰めようとしてくれているのだとアリゼは思っていた。

 余計な事を言って心配させてしまった。ルネの前だとつい、アリゼは自分の気持ちを素直に口にしてしまう。


 支度が済んで間も無く、ドアがノックされた。

 侍女がドアを開け、用事を確認すると、アリゼに向けて声をかけた。


「お嬢様、ルネ様がお越しになられたそうです」


「今行くわ」


 アリゼは立ち上がり、鏡越しに自分の顔を見た。

 覇気のない顔。昨日もベッドの中でひとしきり泣いた。

 マチューが好きだからでは無い。昔抱いていた好意はもはや何処かにいってしまった。

 本来の自分を否定されて、それでも必死に努力していたのに、あの数年間は何だったのだろう、そう思うと涙がこぼれた。

 どうせ邪魔なら、爵位にしか関心がないのなら、自分は自分のままで良かったのではないか。

 両親も失望させてしまった。

 マチューとの婚約が解消されたなら、新しい婚約者を探さねばならない。

 ──見つけられるだろうか。

 散々マチューに否定され続けたアリゼは、どうやって自分に自信を持っていいのか分からなかった。

 幼い頃は根拠の無い自信に満ち溢れていた。

 世界が広がって、自分が取り立てて優れている所もない普通の人間だと知ってしまった。だからこそ、マチューに認めてもらえるように努力した。

 無駄になってしまった。

 けれどもう、無理だった。

 勇気が出せなくてまだ、両親にはマチューとの婚約解消について話せてはいない。


 サロンに入ると、ルネが窓の前に立って庭を眺めていた。こちらには気付いていないのか、背を向けたままだ。


「ルネ」


 声をかけると、ルネは振り返った。アリゼの入室にまったく気付いていなかったようで、少し慌てた様子だった。


「あっ、ごめん」


 アリゼは首を横に振った。暗い気持ちでいたのに、いつものルネの様子に、身体の強張りがほぐれていくのを感じた。

 ルネの手にあるものに自然と目がいく。黄色い花を集めた可愛らしい花束だった。


「花束?」


 うん、と頷くと、ルネはアリゼの前までやって来て差し出した。


「アリゼに」


「私に? どうして……?」


 今までもルネはアリゼに会いに来る事はあった。無論手ぶらではなかったけれど、花束を持って来た事はなかった。

 色の白いルネの顔が赤く染まる。何故ルネの顔が赤くなったのかが分からないアリゼは、不思議そうな顔をした。


「ルネ? 貴方、顔が真っ赤よ? 熱でもあるのではないの?」


 具合が悪いのに、自分を心配して来てくれたのだろうかとアリゼは思った。ルネは首を横に振って、大丈夫、と答える。


「アリゼ」


「なぁに?」


 体調が悪いのでなければ、ルネは何故こんなにも赤い顔をしているのかと、他に顔が赤くなるような理由について考えを巡らせた。


「マチューとの婚約が正式に解消されたら、僕との事を、考えてくれないかな」


 一瞬にしてアリゼの頭の中は真っ白になった。ルネの言葉にはそれだけの破壊力があった。

 ルネと同じように、アリゼの顔が赤く染まる。


「なっ、る、ルネ、からかわないで!」


「からかってない!」


 そう言ってルネは花束をアリゼの手に押し付けた。


「アリゼからしたら、僕は弟みたいなものだったかも知れないけどっ、僕はずっと、アリゼが好きだった」


 好き。

 知っている言葉なのに、アリゼの頭は理解出来ない。

 受け入れたくない、と言う理由ではなく、理解が追い付かない。

 ルネが言う通り、これまでずっと、弟のようにさえ思う事もあった年下の幼馴染が、自分への好意を口にした。

 しかも、ルネが。

 自分の思う事さえきちんと口に出来なかったルネが。


「え……っ、え……っ?!」


 混乱して何を言って良いのか分からないアリゼに、これ以上言えないルネは、お互いに赤い顔のまま、見つめあっていた。


 ドアが開き、侍女がワゴンに紅茶と菓子を乗せて入って来た。我に返った二人は慌てて離れ、視線を逸らした。

 顔は赤いままだ。


 ソファに腰掛け、紅茶を飲むうちに、アリゼは少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「あの……ルネ?」


 ちらりとルネに視線を向けるものの、ルネは俯いたままで、アリゼを見ない。


「……うん」


「さっきの……本気……?」


 アリゼは気持ちこそ落ち着いて来たものの、先程のルネの言葉は、弱っている自分の願望なのではないかと不安になり始めていた。本当は別の事を言っていたのに、そう聞こえてしまった、という奴だ。


「本気じゃなかったら、あんな事、言えない」


 視線は絡み合わないものの、ルネの顔が再び赤くなる。

 じわりと、アリゼの胸に温かいものが宿る。それが何かは分からない。けれど、温かくて、優しいそれは、アリゼを癒した。


 ルネは顔を上げると、赤い顔のままアリゼを見た。真剣な表情に、アリゼはどうして良いのか分からない。分からないけれど、視線を逸らせなかった。


「弱ってるアリゼに、こんな事を言って、自分でも卑怯だって、分かってるんだ。でも、早く、言いたかった」


 君が好きだと言いたかったのだと、ルネは言う。


「どうして……?」


「え?」


 アリゼの質問の意図が分からず、ルネは聞き返した。


「どうして早く言いたかったの?」


 ルネが少し苦しそうな顔をする。


「……ずっと、アリゼの悲しそうな顔を見るのが辛かった。自分ならそんな顔、させないのにって、思ってた」


 これまで、アリゼが学園で耐えきれずに一人で泣いていた時、必ずと言っていい程にルネが寄り添ってくれた。

 なんてタイミングが良いのだろうと思っていたけれど、そうではなかったのだと知った。

 彼はアリゼをずっと見守ってくれていて、傷付いた彼女を慰めてくれていたのだ。


「……ありがとう、ルネ」


「礼を言われる事は……してないと思うけど……」


「そんな事ないわ」




 ルネが帰った後、自室に花が飾られた。ルネからもらった黄色い花束だ。


「ルネ様は、本当にお嬢様の事を想ってらっしゃるのですね」


 そう言って侍女は微笑んだ。


「マチュー様が下さった花束はいつもピンク色でした。ですがルネ様が下さった花束は黄色です。お嬢様のお好きな色をちゃんと覚えて下さっていたのですね」


 侍女の言葉に、マチューから渡された花束を思い出す。

 婚約者としてマチューは花束をくれた。けれどそれはいつもピンク色の花が多かった。

 幼い頃、アリゼが好んで摘んだ花は黄色が多かった。お日様の光のようで、一番好きな花の色だと言った自分の言葉を、ルネは覚えてくれていたのだ。

 胸の中にまたひとつ、温かいものが灯る。

 ルネからの花束を、アリゼはじっと見つめた。

 マチューの事を思い出しても、胸はさほど痛まなかった。驚く程に、痛まなくなっている事にアリゼは気付いた。


 両親に、マチューとの婚約解消について話そう、そう決意した。


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