22.用無し
秋には収穫祭に合わせて学園でも催しを行う。
そうは言っても貴族の子女が通う学園でのもの。その規模は国を挙げて行われる催しの中では小さな物ではあるが、楽しみにしている者は意外に多い。
生徒の家から不要になった物が学園に寄付され、無料で平民に配られる。平民からすれば、中古とは言え貴族の持ち物などおいそれとは手に入らない物である。なかなかどうして喜ばれている。
未来の淑女達はハンカチーフに刺繍を施したものを、別に寄付する。それは学園によって販売され、その売り上げは孤児院に寄付される。
四人は集まって収穫祭の為の刺繍をカフェテリアで行っていた。
シモーヌは刺繍は不得意ではあるが、なんだかんだとそれらしいものが縫えるようになってはいた。継続は力なりとはよく言ったものだ。
「相変わらず刺繍は嫌いだけれど、収穫祭の時ばかりは、女性として生を受けた事に感謝してしまうわ」とはシモーヌの言である。
全員が満場一致で頷いた。
彼女がそう言うのには理由がある。
未来の淑女は刺繍を施したものを提出し、未来の紳士は集まった父兄を前に詩を誦じねばならない。
「兄は毎年この時期になると死にそうな顔になっていたわ」
誰かの詩を誦じるだけならまだしも、作らねばならない。こればかりは努力云々ではなく才能である。
父兄の心を動かせたなら、それだけ寄付される額が多くなるし、その生徒の父兄はしばらくの間鼻高々で過ごせる。下手な詩を口にすれば後々まで友人に揶揄されると言う恐ろしい行事だ。
女生徒達は心から男子生徒を不憫に思う。
つまる所、収穫祭は平民への感謝を貴族らしく表すのがこの国の慣例となっている。
マチューは詩でも優秀だったとアリゼは思い出した。ただ今年は参加しないと聞いている。毎年貢献してくれていたマチューに、学園としても出てもらいたかったようだが、最近の彼の様子からそれは酷だろうと判断されたようだった。これまでの貢献に感謝して、特例として認められたらしい。
「ピジエ様は今年が初参加ね。どんな詩を誦じるのかしら、やっぱりアリゼを想った内容かしらね?」
イレタの言葉にアリゼは頰を赤らめる。
「止めて。そんな事をされたら恥ずかしくて学園に通えなくなってしまうじゃないの」
そう言いながら、もしルネが詠む詩に自分が全く入っていなかったら少し悲しいとアリゼは思った。そして、自分の事を詩にしてくれたら、喜んでしまうだろうなと。
けれど、どちらの感情も口にする気はない。
アリゼは以前よりも明確にルネを意識していた。
ルネの学年だと分かると、つい目でルネを探してしまう。
魔術師を目指すルネは、後ろ姿でもすぐ分かる。残念ながらアリゼでなくとも分かってしまう。
魔力は髪に宿ると言われており、魔術師は総じて髪を伸ばしているからだ。魔術の才能があると分かってから、ルネはずっと髪を伸ばしており、いつも三つ編みにしてリボンで結んでいる。
髪を伸ばしている男子生徒は他にもいるが、三つ編みにしているのはルネだけだ。だからすぐに見つけられる。
たまにルネがアリゼに気付いて嬉しそうに微笑んでくれると、胸のあたりが温かくなって頰が緩んでしまい、シモーヌ達に揶揄われてしまうのが困りものである。
どんな些細な事でもルネはアリゼの話を真剣に聞き、決して否定する事はない。けれどアリゼが間違っていると思う事に関しては、何故そう考えたのかを確認した上で、言葉を選び、丁寧に諭してくれる。
真正面から否定されれば意固地にもなろうものだが、よくよく斟酌された上で発せられる言葉には納得がいくし、素直に反省も出来た。
ルネの言葉なら、素直に受け入れられた。
婚約者の姿を思い出し、リボンに刺繍をしたら喜んでもらえるだろうかと考える。
たとえば、自分の瞳と同じ色のリボンに刺繍をしたら、と考えてアリゼは固まった。
これでは彼を自分の物だと主張するようではないか。
婚約者なのだから、悪くはない。きっとルネは喜んで着けてくれるだろう。
ただ、そんな発想が自分から出て来た事に戸惑いを覚えた。
「そうそう、定期試験の結果を後で見に行きましょう」
「あぁ、今日が発表日だったのね」
アリゼは頷いた。
「確か午前には貼り出されていた筈です」
三ヶ月おきの試験は、収穫祭の際にはひと月早く行われる。試験を理由に詩を断る生徒が後を絶たなかった為、ではとひと月遅らせた所、試験の結果が散々な者まで現れた。
どちらにも身を入れられるようにと試験の日程が早まったと言う訳である。
四人はカフェテリアのテラス部分でも一番奥に腰掛けることが多かった。この席は建物からも庭の方からも木が目隠しをしてくれる為、長居をするのに最適なのだ。
「ちょっと待ってくれ!」
男子生徒の声だった。誰かを追いかけているようだ。
四人の意識が声の主に向けられる。
「次は絶対に勝つから!」
「本当かしら? ずっと順位の低かったルネ様が努力をした途端に負けたのに?」
この少し独特な喋り方はジュリアだ、とアリゼは気付いた。友人達も気付いたようである。
と言う事は、お相手は彼女の恋人とされるパオロと言う男子生徒だろう。
悪い事とは思いつつも、聞き耳を立ててしまう。
なにやら怪しい雲行きである。気にするなと言われても無理な話だった。
特にアリゼは、何故そこでルネの名が出て来るのだと問い詰めたい程だった。
「アイツは、アイツはきっと不正をしたんだ! そうでなければこんなにも順位が上がる筈がない! きっとそうだ!」
その言葉にアリゼは苛立ちを覚えた。
あれ程毎日、食べる事すら忘れて勉強をし続けているルネを掴まえて不正だなどと疑うなんて。
「もう良いわ、貴方に関心を持ったのも、ルネ様よりも成績が上だったからですもの。こんな簡単に負けてしまう方だなんて思わなかったわ」
「そんな……!」
「マチュー様の元に戻ろうかしら。爵位はなくともそれなりに優秀なら法服貴族として官職に就けるでしょうし。
まぁ、それが叶えばですけれど」
「ジュリア……!」
パオロの呼びかけにジュリアは答えずに去って行ったようだ。
何とも言えない空気が漂い、居心地が悪い。四人は目配せをして、手早く荷物を片付けるとカフェテリアを後にした。
予定より早まったが、成績の貼られた掲示板を見に来た。まずは自分達の学年の掲示板を。
マチューの名は十位以内に入っていなかった。このまま落ちていくのだろうかとアリゼは不安に思う。
けれど自分と彼は進む道が分かれたのだ。彼自身の事は彼自身でなんとかする事である。
ルネ達、二学年下の掲示板を見に行くと、ルネは四位になっており、パオロは五位だった。
「首席から五位に陥落したなんて、驚きね」
「前回の試験でピジエ様が躍り出て来たから、他の生徒達が必死に努力したのだろう、と言うのが妹の意見だったの」
「説得力がありますね」
アリゼは息を吐いた。
先程のジュリアの言葉に不快感は残るものの、彼女の矛先がルネでなくなるのは単純に有り難い。
ルネの態度が一貫していても、ジュリアは大変押しが強い。あの強引さでこれからも付き纏われたら困る。
ただ、マチューの名がまた出てきた事には胸がざらついた。彼女が離れた事でマチューは何かしら感じるところがあっただろう。それにも拘らずその相手がこれまでの己の行いをなかった事にして近付いて来るのだ。
ジュリアは随分と残酷な事をする。
考えても仕方がない、アリゼはもう一度息を吐き、頭からその事を追いやった。




