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16.出来ること

 ルネが帰った後、アリゼは父親の元を訪れた。

 暗い顔をしていた娘の表情に少し明るさが戻っている事にルデュック伯は安堵する。

 二人の間にどんなやり取りがあったのかは分からないが、娘の気持ちを上向かせるだけの言葉なり態度なりをルネがしてくれたのだろうと思った。


「お父様、お話があるの」


 ルデュック伯は娘を座らせると、自身も座った。


「なんだね?」


「あの、私って、あんまり淑女らしくないでしょう?」


 その事で辛い思いをさせた自覚があるルデュック伯は返答に窮する。何と答えたものかと複雑な表情をしている父親を見て、アリゼは苦笑いを浮かべた。


「大丈夫。頑張っても、マチュー様の望むような完璧な淑女にはなれなかったけれど、それらしく振る舞う事は出来るのよ。

ルネも、すべき時に出来ていれば良いって言ってくれたの」


 常に淑女であれとマチューは求めた。それは本来のアリゼを否定するものだった。元々のアリゼを是としたならば、それはそれで貴族として至らず、問題でもあった。

 それをルネが、すべき場所、すべき時に出来ているのなら問題ないと言って許容してくれた。


「私の事より自分の方が心配だとルネは言うのよ?」


 そう言っておかしそうに笑うアリゼに、ルデュック伯も自然と笑顔になる。作った笑顔ではない、娘の内面から溢れた笑顔が嬉しかった。


「先日夜会にルネと参加して、確かにルネは不安な所があるって思ったの。だからね、それを補えるぐらいに振る舞える淑女になりたいの。長時間は無理だけれど、短時間なら出来ると思うのだけれど、お父様、どう思って?」


 あれだけ淑女になれと言われる事を拒絶していたアリゼが、自分から学びたいと言う。

 ルデュック伯は驚き、良い事を言って褒めたいと思うのに、胸が詰まって上手い言葉が出て来ない。


「良い事だと思う。素晴らしい事だ」


「ありがとう、お父様」


 笑顔を見せた後、アリゼは俯き、ぽつぽつと話し始めた。


「淑女になるだとか、らしく、と言うのは今でも嫌なの。自分が貴族の令嬢として相応しい態度が出来ないのだから、言われても仕方のない事だとも分かっているの」


 ルデュック伯は何も言わず、頷く事もなく、娘の発する一言一句を真剣に受け止める。


「お父様とお母様のような夫婦になりたくて、婚約者になったマチュー様の期待に応えたいと思っていたのよ。いつか、認めてもらえる日が来ると信じていたの。

でも、マチュー様にとって、私が淑女として完璧になろうとなるまいと関係ないのだと、男爵令嬢に本音を漏らしているのを聞いてしまったの。

容姿も気性も何もかも気に入らない、価値があるのは私と婚姻を結んだら得られる爵位だけ……」


 手を膝の上でぎゅっと握り締める。話す事に勇気が要る事なのだろうと察せられる。


「新しい相手を見つけなくてはいけない、お父様達にご迷惑をおかけする。期待を裏切ってしまった……。

これまでも何度も婚約の解消についておっしゃって下さっていたのを断り続けておきながら、結局婚約を解消してしまってごめんなさい……」


 震える声に、何度も立ち上がって隣に座り、娘の肩を抱きしめたいと思ったが、全て出し切らせようと思って堪えた。

 これまでもマチューとの事、婚約解消の事、ルネとの婚約の事で話をする事はあった。けれどここまではっきりとアリゼが自身の感情を吐露する事はなかった。


「私との婚約はルネにとって負担が多いのに、領主としての勉強については教えてくれる人が多いから恵まれてると言って笑うのよ。それよりも自分の方が紳士として振る舞えるか心配だって……」


 顔を上げたアリゼの目は真っ赤になっていた。泣きそうになるのを耐えているのだろう。


「私は何も出来ないの。勝気で、地味な見た目。それなのに、ルネは私を好きだと言ってくれたの。淑女らしくなくても良いって。淑女のフリをする私も好きだと言うの」


 ここに来てルデュック伯は頷いた。


「そうだろうね。彼は伯爵位になど興味はない。アリゼの側にいる為に必要だから努力すると言ってる」


 アリゼは困ったように、頷いた。

 そうである事を彼女もよく分かっていたからだ。


「嬉しかったの。私に価値なんてないって思っていたのに、こんな私が良いって言ってくれた事が、本当に。

ルネを不幸にする婚約なら解消しなくちゃって思ったのに、ルネは気にしてなくて……。私も、婚約を解消したくないって思うの。

だから、せめて私に出来る事をしたい。支えられるのが一番だけれど、足手まといにならないようになりたい」


「好きなようにやってみると良い。仮令結果が思わしくなかったとしても、彼ならそれを笑ったりはしない」


 ルネならばきっと、頑張ったねと褒めてくれる事だろう。それが分かるから、アリゼは笑顔で頷いた。




 娘が去った後、椅子の背もたれに寄りかかったルデュック伯は息を吐いた。

 そこへ飲み物を持った夫人がやって来て、彼女も腰掛けた。


「アリゼとのお話はどうでした?」


「……複雑な気持ちでいるよ」


 妻が持って来てくれた紅茶を口にしながら、苦笑いを浮かべる。


「複雑?」


「いつまでも子供だと思っていた。これまでマチュー君と言う婚約者がいたが、アリゼは子供のままだったろう?」


 そうですね、と答えて夫人は頷く。


「ルネ君に支えられて、アリゼなりに色々と考えたようだ。どうしていきたいのかを」


「婚約を解消したいと言ってましたけれど、考えは改めたのですか?」


 ルデュック伯は頷く。その反応に夫人もほっと息を吐いて笑顔になった。


「それは良かった。ルネ様ならアリゼを幸せにして下さいますもの」


「アリゼはね、淑女教育に励むと言っている」


 予想外の言葉に夫人は瞬きをする。これまでのアリゼの嫌がり方からして、俄かに信じ難い。


「ルネ君の足を引っ張らないように、自分が出来る事をやりたいと言っていたよ」


「まぁ……」


 夫人は夫が言っていた、複雑な気持ちの正体を知った。


「ようやくあの子も大人になる事を受け入れたのですね」


 嬉しそうに微笑む夫人とは対照的に、ルデュック伯は相も変わらず何とも言えない表情のままである。


「愛娘が不幸にもならず、手元にいてくれるのですから、成長を素直に喜んではいかがです?」


「分かっているが、少し寂しいのだよ、父親としては。母親としてはそう言った感情はないのかね?」


「ございません。私が幸せな婚姻をしたように、アリゼにも幸せになって欲しい。それだけです」


 幸せだと言われてしまっては、ルデュック伯もこれ以上言えず、恨めしそうに妻を見た。

 夫人は楽しそうに笑った。


「あの二人なら、これから何があっても乗り越えていけるような気がするのです。

おっとりして一見頼りないように見えますけれど、ルネ様はピジエ家の方らしい気質を受け継いでらっしゃいます。時間はかかっても、より良い答えを導き出しますわ、きっと」


「……そうだな」


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