家康を討つ?
家康と会見する前日の夕刻のこと。
秀吉の姿が見えない。
そんな報告が秀長の下に仁助の手の者からもたらされていた。
「姉上。兄者がどこにもおられませぬ。
近習の者たちに聞いても、誰一人知らぬそうです」
仁助の手の者からの報告に秀吉の居場所を探し回っていた秀長が私の所にやって来て、そう言った。
「いないと言う事は、茶々の所にもいないのですよね?」
「はい。姉上。
先日のお話より、もしや茶々様が何かと思いましたゆえ、真っ先に確かめに向かいました。
茶々様のお部屋近くも探し回りましたが、兄者の姿は見当たらず、茶々様に兄者の居所に心当たりがないかたずねましたが、これも心当たりはないと申しておりました」
「そうですか。
その時の茶々の様子はいかがでしたか?
特に変わった所とかは無かったですか?」
「そうですね……。
そう言えば、私などが茶々様の前に姿を現わすと、いつもは不機嫌そうな顔をなされるのですが、今日はそんな事なく、微笑んでおられましたですね。思い起こせば、ちょっと違和感が」
「そうですか。
きっと、殿下は城の外に出られたのかも知れませんね」
家康との対面前日の夜。秀吉が向かう場所には心当たりがあった。
秀長の屋敷に宿泊する家康の下だ。だけど、本当の歴史では、ここまで誰にも分からないように、隠れるようにして城を出て、近習の者も連れずに家康の下に向かったとは思えない。
何かが違う。
「城の外ですか?
一体全体どこへ?」
「仁助。
殿下はいつごろから、姿が見えないのですか?」
「一時は経っておりませぬ。
半時ほど前でしょうか」
「秀長殿。
この事は、私に任せてください」
そう言うと私はその部屋を出た。
目指すは秀長の屋敷。
たどり着いた秀長の屋敷の中は煌々とかがり火が焚かれていて、夜空に向けて明るく光を放っている。
侵入者を警戒しているのかも知れない。
門は閉じられ、中から閂がかけられているらしく、押してもビクともしない。
「大坂城の茶々様よりの使い。
開門願います」
声を張り上げる。
門の内側に人がざわめく気配がする。
きっと、門を開けていいのかを上の者にうかがおうとしているのだろう。
しばらくすると、ゆっくりと門が開き始めた。
ここはあの力を使うしかない。
それはここに来ると決めた時から、決めていた。
「止まれ!」
少し開いた門の隙間から、屋敷の中に入る。
至る所に設けられたかがり火に煌々と照らされた屋敷の中は、まるで昼間の明るさである。
その明りが映し出す屋敷の庭には、多くの兵が配置されていて、その内の何人かは外からの侵入者に備えているらしく、屋敷を取り囲む壁の上に視線を向けている。
家康を秀吉の兵が急襲する事を恐れてと言えばそれまでだけど、物々しいばかりの警護である。
秀吉が訪れているとしたら、屋敷の広間にいるはずである。
その広間に私はたどり着いた。
関白秀吉を迎える家康。
広間の奥にドカッと秀吉が座り、その前に家康が着座する。そんな想像する光景とは全く異なる展開が、広間にたどり着いた私の視界に映った。
広間の奥に秀吉が。だが、秀吉は着座しておらず、立ったままである。
そして、その対面の下座に家康らしき人物が。だが、立ったままで、その家康の喉元に一人の男が刀の切っ先を突きつけていて、主の危機とばかりに刀を抜いた徳川の家臣たちがその男と秀吉を取り巻いている。
辺りを見渡し、私が身を隠せそうな場所を探す。
広間の奥に鎧甲冑が置かれている。その後に身を潜め、時間を解放する。
「お前、何をしている?
徳川殿から離れろ!」
「殿下、何を申されているですか、今更。
隙を見て、家康を斬れ!
そう申されていたではないですか?」
「動くな!」
止めようと男に近づこうとした秀吉に徳川の侍の一人がそう言って、秀吉の前に立ちふさがった。
喉元に切っ先を突きつけられ、動けない家康。
それで動けない徳川の侍たち。
刀を構えた侍たちが壁になって動けない秀吉。
その状態で全てが静止している。
何か変?
家康に刃を向けている男は、なぜ止まっている?
秀吉に命じられていたのなら、戸惑うことなく、斬りつければいいはず。だと言うのに、何もしない。
そんな事をすれば、秀吉も斬られてしまうから? そんな展開は最初から想定できたはず。何の策もなく、こんな事を秀吉がする??
「どうされました?」
廊下からそんな声がした。声の主は風体から言って、侍ではない。年のころなら60くらいの年配の男。
「おお。利休殿」
声を上げたのは家康だ。
どうやら、この男が千利休。
大坂城に茶室を作ったとは聞いていたが、顔を見るのは初めてだ。
「家康殿!
これは一体?
それに殿下ではないですか!
えっ?
殿下が家康殿を襲わせているのですか?」
利休は秀吉の存在にも気づいて声を上げた。
「いや、利休。
これは違う」
そう言ったのは秀吉だ。
「いいえ。
私は殿下の命により、奸物 家康を討つ!」
男は秀吉の言葉を否定し、そう言い切った。




