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茶々と家康

「三河に放った手の者の多くが戻って来ません」


 私にそう報告したのは仁助である。


「なら、家康が何を企んでいるか分からないって事よね?」

「申し訳ありません。

 ですが、一つ、気になる事が」

「なに?」

「一時期、半蔵の手の者がこの城に出入りしていていたようです」

「いやいや、あんた。

 そんな事、呑気に言ってないでよ。

 で、その一時期っていつの事なのよ?」

「それが、家康が上洛に応じる少し前のようで」

「と言う事はよ。

 今回の家康の企みと関係があるかも知れないじゃない。

 この城で何をしていたかは分かっているの?」

「それが、どうやら茶々様と接触していたようなのですが……」

「茶々と?」


 これまでの茶々の事を思い出してみる。

 勝家の北ノ庄城落城の際、城を落ちて来た茶々を出迎えた秀吉に茶々は上から目線で自分たちに触れるなと言った。その言葉、態度から言って、お市の影響を大きく受け、血筋の低い秀吉を蔑んでいた。それ以降もその態度は変わらず、秀吉がこの城に来るように誘っても一向に興味を示さなかった。

 その茶々が手のひらを返したかのように、この城にやって来て、秀吉と仲睦まじくしている。


「仁助。

 殿下と茶々はもう男女の関係なんだよね?」

「それが……」

「まだなの?」

「お預けを食らっていると申しましょうか……」


 そう言うと、仁助はある時の二人の出来事を語り始めた。


 茶々の膝枕に横たわった秀吉の耳をかいがいしく掃除する茶々。


「茶々、何か欲しいものはないか?

 なんでも買ってやるぞ。

 金ならいくらでもあるぞ」

「殿下」


 茶々はそう言うと、秀吉の耳に息を吹きかけ、少し意地悪そうな口調で言った。


「以前より申し上げているとおりです。私が欲しいものは」

「天下であったのう」

「そうですよ。

 殿下の天下」

「殿下の天下か。茶々に座布団一枚じゃ!」


 そう言うと、秀吉が手をまわして、茶々のお尻を触った。

 ぺしっ!

 茶々は秀吉のその手を遠慮なく叩くと、秀吉の耳元で囁いた。


「まだですよ」


 そして、にんまりと微笑むと、言葉を続けた。


「そんなに私を自由にしたいのでしたら、早く天下をお取りください。

 私が欲しいのは天下て・ん・か

 先の戦で徳川殿に勝てませなんだではございませぬか。

 このような状態で、みなが殿下に従いましょうや」

「待っておれ、茶々。

 わしが必ず家康を従わせ、天下をそちにくれてやるから」


 秀吉はそう言うと勢いよく立ち上がった。


「まずは家康じゃ、家康じゃ。

 やつを片付ければ、天下はわしのものと同じじゃ」


 その言葉を残して、秀吉は茶々の部屋を出て行った。




「はぁぁぁぁ」


 完全にお預けをくらった犬である。それが天下人秀吉の裏の姿。そう思うと、ため息が出てしまう。

 落胆した顔つきを引き締め治して、仁助に視線を戻す。


「まあ、秘め事が筒抜けってどうよと言うのは置いておくとして、殿下は茶々のために天下を盗る気になってるって事でいいのかな?」

「それは言葉のあやかと」


 仁助がそう答えたのは、私に気を使っての事であろう。


「で、殿下の口から家康の名が出ていたけど、もしかして殿下が朝日さんを家康に嫁がす事にしたのって、その後の事?」

「はい。左様でございます」

「なんだか茶々の掌の上で、殿下が転がされているみたいじゃない。

 て言うか、それもこれも家康が茶々と組んで何かを企んでいるんじゃないの?」

「確かに、茶々様は殿下が家康とぶつかるよう唆しているようでもありますが、それは決して家康にとって利のある話とも言えませんが」

「戦になれば、家康が必ず勝つと言う事も無い訳だしね。

 でも、茶々の行動探ってみてくれないかな?」

「承知しました」

「あ、でも。

 殿下と茶々の今のような会話は私に報告しなくていいから」

「承知しました」

 

 そう言って、引き下がっていく仁助の後ろ姿を見つめながら、茶々と家康が考えそうな策略を考える私の脳裏に一つの可能性が浮かんだ


 秀吉暗殺。

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