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京から戻って来た藤吉郎

「ねねぇぇぇ。聞いてくれぇぇぇ」


 いつも声が大きいけど、今日の藤吉郎の声は飛び切り大きく、語尾がのびにのびていた。


「わしは今、京から戻って来たんじゃが、話を聞いてくれぬか?」


 自分の事が最初かよ!

 元気にしておったかとか、寂しゅうはなかったかとか、大好きじゃとかは無いのかよ!


「いいけど、なに?」


 ちょっと素っ気なく言った。まあ、話を聞かない限り、物語も進まない訳だし……。


「わしは将軍様と話をするまでになったんじゃあ!」


 どうやら、出世の自慢話らしい。まあ、これを聞くのも私の仕事だし。


「それはすごいじゃない!」


 おだてるのも私の仕事。


「そうであろう!」


 そう言って、藤吉郎は京での出来事を話し始めた。




 信長様が京に入る前、京には足利義輝を暗殺した三好三人衆が担ぎ上げた14代将軍足利義栄がいたが、六角が実質一日の戦いで敗走した事を知った三好三人衆は義栄を連れて京を離れた。


「松永久秀と言う者がおってな。

 信長様の所にやって来て、従う証として人質と九十九髪茄子とか言う茶器を差し出したのじゃが、わしは知らなんだが、その価値と来たら城一つにも匹敵するそうじゃ。

 ねねにも見せたかったのう」

「そんな凄いものを見たなんて、凄いじゃない」


 正直、茶器なんて興味ないけど。元の時代に持って帰れるなら、それはそれで欲しいし、なんでも〇定団に出してみたい。


「そして、信長様が丹羽様と共に京に残って、京での政務を執り行うよう命じられたのじゃ。

 とすると、上様とも話をせねばならぬで、信長様にわしには荷が重すぎると申し上げたら、大笑いされてな。

 『さればこそ、そちがいいのじゃ。これからの時代、家柄や血筋、古いしきたりなど意味ない事を上様に分からせるのが、そちの仕事じゃ』

 と申されてな。

 わしは信長様の意向に従い、上様に会いに行ったのじゃ」


 そして、話は続いた。





 義昭の仮御所である本圀寺を藤吉郎が訪れた。


「信長様より、取次ぎ役に命じられた木下藤吉郎秀吉でございます。

 上様へその旨、お伝えに参上つかまつりましたしだい」


 義昭の取次ぎの者に藤吉郎はそう告げた。


「木下藤吉郎秀吉殿でございまするか?

 聞かぬ名ですが、上様へ拝謁の約束はされておられまするのか?」

「これはすみませぬ。

 急に信長様より命じられたため、今飛んできたばかりゆえ、そのようなものはござりませぬ」

「木下殿は上様をどのように心得ておられるのか?

 ぽっと来て、会えるようなお方ではござらぬ。

 そうですなぁ。一週間ほど前に申し入れていただければ調整いたしまするが。

 それが上様とのお会いになると言う事でございます」


 取次ぎの者はそう言い終えると、身を翻し、立ち去ろうとした。


「待たれよ。

 その言葉、信長様にお伝えしてよろしいのでござるな?」


 藤吉郎が信長様の名を出したことで、取次の者は足を止めて、再び藤吉郎に向き合った。


「それはどう言う事でござりましょうか?」


 少し顔に緊張が走っている。


「私は信長様の取次ぎ役。

 その私に一週間待てと申されるは、信長様に一週間待てと申されるに同じこと。

 違いますかな?」

「い、い、いや、それは」

「まあ、よろしい。

 私は戻りまするゆえ、一週間後にまた来させていただきまする。

 信長様にはその旨、報告いたしましょう」


 そう言い終えると、今度は藤吉郎が身を翻した。


「ま、ま、待たれよ。

 今すぐ、上様に言上してまいるゆえ」

「一週間待たずともよいのですかな?」

「今しばらく、お待ちを」


 藤吉郎の前に現れた時の大柄な態度とは打って変わり、狼狽気味に去って行った。

 そして、しばらくして戻って来たその男は、藤吉郎を義昭の前に案内した。



「木下藤吉郎秀吉にござりまする」


 細川藤孝や明智光秀が並ぶ前で、藤吉郎は義昭に平伏して名乗った。


「信長殿の取次ぎ役と聞いておる。

 面を上げられよ」

「ははっ。

 此度、信長様より上様との取次ぎの役を命じられました。

 何事でも遠慮のう、お申しつけくださりませ」

「うむ。

 よろしく頼む。

 ならば、早速じゃが、松永久秀のことじゃ。

 信長殿は知らぬのかも知れぬが、あやつも我が兄 義輝暗殺に関わっておる。

 あやつを許す事などあってはならぬ事。処罰すべきと伝えてくれぬか」

「承知いたしました。

 その旨、信長様にお伝えいたします。

 が、京の安寧のためには松永久秀を利用する事も肝要と信長様は考えて松永久秀を許し、取り込んでおられるものと思われます。

 上様におかれましても、京の安寧を望んでおられるはず」


 藤吉郎はそれだけ言って、義昭を見つめた。

 その意味は松永久秀の処分は拒否と言う事を義昭は理解していた。しかも、それを将軍たる自分に言っているのは、身分も低き者。

 腹の底で煮えくり返る怒りをぐっと抑えようとはするものの、体は言う事を聞かない。

 握る拳はぷるぷる震え、顔には怒りの表情が浮かび上がる。


「ともかく、信長殿に伝えるがよい。

 あと、もう一つ。取次ぎは明智光秀を用いるがよかろうと信長殿に伝えておいてくれ」

「ははあ。

 承知いたしました」



「と言う事で、子細を信長様に伝えたのじゃ。

 すると、大笑いされ、『でかしたぞ、サル』と申されたのじゃ」


 藤吉郎は将軍にも会え、力も無いのに権威だけで威張る幕臣たちをちょっと愚弄し、信長様に褒められご満悦。


 確かに義昭に古き権威など意味無き事と分からせるには、藤吉郎はうってつけ。でも、この程度で自分の立場に気づく事ができる相手かどうか……。

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