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感心と寒心

 正徳寺に向けて私と信長様で練った策。と言っても、私的には歴史通りなだけなんだけど……。



 道三に会うため正徳寺に向かう信長様の軍列。その兵力は道三を威嚇するに十分。

 何と言っても、鉄砲300丁の威圧は凄まじい。しかも、それだけではなく、槍衆が携えている槍も普通よりも長い。もし、正徳寺で信長様を討てば、自分もただでは済まない。

 相手が真っ当な思考能力を有していれば、誰でもそう考えるに違いなかった。


「ねね。見送り大儀じゃ」


 通り過ぎる時、私に気づいた信長様が私に声をそうかけた。


「頑張って来て下さい」


 私の声に信長様はにこりと微笑んだ。


「しかし、立派な軍勢じゃと言うのにうつけの殿は相変わらずじゃのう」


 信長様の軍勢を見つめる民衆の中から、そんな声が聞こえてきた。それも納得はできる。信長様は相変わらずの茶筅まげで、薄汚い帷子を羽織って馬に乗っている。しかも、その背の絵柄は天に向かってそそり立つ男根。

 義父であり、美濃の国主との会見に向かう姿とは思えない。

 当然、この姿のまま会う訳ではないのだけど、みんながそれを知っている訳もない。


 軍勢には関心のため息を、信長様の姿には寒心のため息を漏らす民衆たち。

 それも信長様の軍勢の後ろ姿が見えなくなってくると、霧散して消え始め、私もそんな人々に紛れて、家を目指し始めた時だった。

 私の少し先で、今の私と同じ年くらいの男の子に背後から、侍らしい小太りの中年男がぶつかり、子供はそのはずみで、ぽよよんと弾き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。


「気を付けろ!

 この下郎めが」


 男がそう怒鳴ると、その男の配下らしき若い男が刀を抜き放ち、あろう事か、子供にその切っ先を向けた。

 ただの威嚇。そうだとは思うけど、子供に対してとる態度としてはいただけない。しかも、男の子の背後からぶつかったと言う事は、明らかに男たちの方に大きな落ち度がある。


「許してやってください」


 男の子の祖父らしい初老の男が刀を手にした男の前に割って入って、地面に土下座した。


「こいつはお前の孫か?

 代わりにお前が首を差し出すか?」

「ちょっと、待ってください。

 子供とお爺さん相手に大人げなくないですか?

 それにぶつかったのはあなたじゃないですか?」


 我慢しきれず、ついつい口出ししてしまった。


「なんだ、お前は?

 わしは前を見て歩いておったわ。

 こやつがわしの前に出てきて、わしにぶつかったのじゃ」

「その子はずっと立ち止まってましたよ。

 あなた、お腹が出過ぎて下が見えなかったんじゃないですか?」

「この無礼者めが!」

「林様。少々お待ちくだされ。

 この小娘、どこかで見た覚えがあるような」


 刀を抜いた男が私に顔を向けて言った。でも、はっきり言って、私にはその男の顔に見覚えは無い。


「思い出した。

 お前はここのところ、よく信長様と一緒にいる小娘か」


 この二人は信長様の家臣? としたら、このまま話を丸く収められる? と思ったのは間違いだった。


「ほう。

 あのうつけ殿は最近はこんな小娘まで引き連れておるのか?

 まあ、よい。

 小僧の代わりに、この小娘を斬り捨てよ」

「はっ。林様」


 男は刀を振り上げた。

 えっ? 最悪な展開。

 使いたくはなかったけど、生き残るためには隠していた力を使うしかない。

 そう覚悟を決めた時だった。


「ぐふっ!」


 先ほどまで土下座していた老人が、私に刀を構えた男の鳩尾に信じられない速さで拳をねじ込んだ。

 男は振り上げた刀を振り下ろす前に、苦痛に顔を歪め、力なく崩れ落ちた。


「き、き、貴さま!」


 林と呼ばれた男も刀を抜き放つと、老人に切っ先を向けた。


「あなた様はご身分がおありの方とお見受けいたします。

 この男のように、刀も持たぬ老人に膝を屈する姿を晒したくはありますまい。

 刀をおさめ、引き下がってはくれますまいか」


 老人が放つ老人に似つかわしくない覇気に気圧され、林と言う男は刀をおさめ、地面に突っ伏し呻いている男の腕を取り、立ち去って行った。


「ありがとうございます」

「いえ。こちらこそ。

 この八郎をかばってくれたのですから。

 娘さんはどちらのお方ですか?」

「私は浅野の家のねねと申します。

 あなたはただのご老人にではないですよね?」

「はっはっは」


 その笑い声。もしや、水戸のご隠居?

 んな訳はないか。


「この先の市で、薬草を扱っておりまする小太郎と申すただの老人ですよ。

 あなたのような真っすぐな方は、これからも色々とお困り事にあうやも知れません」

「それって、私の事非難されてます?」

「いやいや。

 ここで会ったのも何かの縁。

 何か困った時にはお役に立ちたいと思ったまで。

 役に立てるかどうかは分かりませぬが、いつでもお訪ねくだされ」

「ありがとうございます。

 よろしくお願いいたします」

「さて、八郎。行こうか」


 立ち去る二人の後ろ姿を一礼して見送る私の脳裏には、事件を解決し、宿場を離れる水戸のご隠居一行の姿が浮かんでいた。

 

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