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桶狭間 籠城準備

 そして、ついに時はやって来た。



「よいか。さっさと城の中に運び込むのじゃ」


 米俵を目一杯乗せた何台もの荷車を引く男たちに向かって、城からの買い出しを命じられたと思われる男が声を荒げている。


「信長様の命により、わしは米だけでなく味噌や酒もたんまりと買わねばならぬのだ。

 あとはそなたたちに頼んだぞ。ちゃんと城に運び込んでくれよ」


 そう言い残すと、その男はどこかへ駆け去って行った。きっと、味噌や酒を売っている店に向かったに違いない。

 慌ただしく米俵を運ぶ男たちの姿とその男の言葉で、通りの人々はざわめき始めた。


「噂は本当だったんだ」

「今川が攻めてくれば、うつけの殿では籠城以外にどうしようもあるまい」

「いやいや、籠城してもあっという間に押しつぶされるであろうて」




「米を買い込んでおったあの男は確かねねの所で小者をやっていた木下藤吉郎だな」

「はい。小太郎様。

 今は信長様付きの小者のようですが、あれでは買い込みの使いになりますまい。

 籠城のための買い込みなら、密かにやらねばならぬものをあのように目立つ行動をとっていては自分で籠城すると宣伝しているようなものです」

「ふむ。そうではあるが、逆に籠城が今川殿を欺く策というのもありかも知れぬぞ」

「ですが、兵力が違い過ぎます。

 籠城以外に手はありますまい」

「確かにな」


 小太郎がそう言い終えた時、その視界に米を扱っている商人 彦左衛門が映った。


「彦左衛門殿」


 小太郎が彦左衛門に駆け寄って、声をかけた。


「あの荷車の米はそちらのもので?」

「おうよ。

 蔵の米、全てを買い上げてくれた。

 しかも、普段の価格の1.5倍でじゃ」


 彦左衛門はにんまりと微笑んで答えた。


「それはいいのう。

 わしらのような薬草は買い付けに来てくれぬわ。

 全ての米を売り払ったのであれば、そなたは銭だけ持って逃げると言う事もできるではないか」

「おうよ。と、言いたいところだが、そうもいかぬのよ。

 全ての米を買い上げてくれたのはいいのだが、いくらかは蔵に残して行ったのよ。

 いつか取りに来るから、それまで預かっていろと言ってな」

「荷車に乗せきれなんだのか?」

「そんなことあるまい。

 それに信長様や城の者には絶対言うなと口止めされてな」

「どう言うことじゃ?」

「はてさて」



 彦左衛門との会話を終えると、小太郎は八郎に向けて言った。


「どう言う事だと思う?」

「木下藤吉郎、あの者は下賤の出ゆえ、戦に乗じて横領しようとしているのでしょう」

「うつけの殿が何か奇策を考えていると言う事はあるまいか?」

「今のところ、重臣たちは軍議が開かれるのを城中にて待っておりますが、うつけの殿は軍議など開いても無駄じゃと申して、姿も見せていないようです」

「姿を見せず、何をしておるのじゃ?」

「帰蝶の部屋に入り浸っているとか。

 そう言えば、時折、そこにあのねねも姿を見せているようです。

 呑気に女にうつつを抜かしている。そんな感じですが」

「帰蝶にねねか。

 あの二人も得たいが知れぬのぅ。

 帰蝶の部屋で、どんな話が交わされているか、調べられんのか?」

「周辺にはあのあかめとか言う伊賀者がおり、容易に近づく事はできません」

「うーむ。やはり、何か考えておるのではなかろうか。

 お館様には清須の城下では信長の家臣による兵糧等の買いだめの動きがあり、籠城の準備を進めているかに見えるが、この動き擬装の可能性も無きにしも非ず。

 そう書状にしたためておこう」


 小太郎はそう言うと、書状をしたため始めた。

ブクマ入れて下さり、ありがとうございます。

桶狭間の戦いも楽しんでいただけるよう頑張りますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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