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小田原攻め

 北条は上洛に際し秀吉の妹を正室に娶った家康との扱いなどを理由に上洛を果たさないばかりか、秀吉の裁定に背き真田の名胡桃城を奪取した。

 この事に激怒した秀吉はついに小田原征伐に乗り出していた。



「北政所様。黒田殿の使いという者が参っております」


 大坂城内の私の部屋の前で私の侍女がそう言った。

 官兵衛は今、秀吉とともに小田原である。その官兵衛が私に使いを出すとは、何か困った事が起きたのかもしれない。

 他の場所で話すより、この部屋で話した方が内容が外にもれる可能性は低いはずだ。


「ここに連れてきてください」


 しばらくすると、障子を開けて私の部屋の中に一人の男が姿を現した。

 年のころなら中年と呼ぶにふさわしい。とは言え、私の元の世界の中年のようなお腹周りに少し脂肪を蓄えたような感じはなく、精悍である。


「失礼いたします」


 そう言って、私の前で平伏したその男の顔には見覚えが。


「あなた、もしかして八郎さん?」

「北政所様。

 はい。八郎でございます。

 色々とお世話になりました」

「お世話になったのは私の方ですよ。

 最後にお会いしたのは、本能寺で信長様が討たれた日でしたね。

 あの時も、助かりました。

 ところで、黒田官兵衛の使いと聞きましたが、官兵衛の家臣になったのですか?」

「いえ。

 北政所様にお会いするため、黒田殿にお願いし、使者と言う立場を与えていただきました」

「そういう事でしたか」


 小太郎と八郎は私が先に起きることを知っている事を知っている。

 小田原攻めの最中に私を訪ねて来た理由とは。


「私の所の来られたのは、これから小田原城がどうなるかと言う事を探りに来たのですね?」

「嘘を申しますまい。

 北政所様のご推察どおりでございます。

 今、わが大殿と殿の小田原城は秀吉殿に包囲されており、城内では主戦派と籠城派が日々議論を繰り返しておりますが、結論を出せずにいます」

「小田原評定ってやつね」


 八郎が私の言葉に一瞬小首をかしげた後、話を続けた。


「結論を出すため、お館さまが私にこの戦の行く末を北政所様がどう見ているのか探ってくるようお命じになられたのです」

「では、その答えは、あなたの目の前にあるではないですか。

 もし、秀吉が敗れるのなら、私はここでこんなにのんびりとしていませんよ。

 北条は滅ぼされます」

「しかし、小田原城はいずれ秀吉殿の軍勢と一戦を交える事を想定し、守りを固めてきました。今のあの城はそう簡単に落ちるものでもなく、現に緒戦では上方の軍勢に打撃を与え追い散らしております」

「確かに町をも取り込んだ小田原城は強固でしょう。

 ですが、それだけでは戦に勝てませんよ」

「われらも城の守りのみに頼っている訳ではございません」

「支城は次々に落とされているのではないのですか?」

「それは確かに。

 もっと時間が稼げると思っていたのですが……。

 ですが、申し上げられませんが、ほかにも」

「伊達政宗ですか?」

「ご存じでしたか。

 では、お聞きいたします。

 伊達政宗はやって来ますか?」


 私は頷いて見せた。さっきまでちょっと狼狽気味だった八郎がほっとした表情で、私を見つめている。きっと、わたしの目が寄るか確かめているのだろう。

 ここから八郎の希望を絶望に反転させる少し意地悪な笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「ですが。

 あの者は白装束で殿下の前に現れ、遅参したことを詫び、寄せ手に加わります」

「えっ!」

「いいですか、八郎さん。

 色々お世話になった間柄ですから、小田原が地獄になるのは見たくありません」


 もう私は嘘をつく時も目を寄せたりしない。


「伊達政宗が本当に白装束で殿下前に現れるか、探っておけばよろしかろう。

 そのあと、ちょっと待ってくださいね」


 そう言うと、近くの硯い迎い、一枚の紙に“城”と一文字だけ書き、封をした。


「これを」


 そう言って、その紙を八郎に渡した。


「これは?」

「伊達政宗が殿下に臣従を誓った後、小田原城に籠るあなたたちを驚かせる事件が起きます。

そこにその事を書いています。

 小田原城の中が騒然となった時、その封を解き、起きた事件とそこに書かれている事を比べてみてください。そして、それが当たっていれば、私が言っていることが本当だと分るでしょう。

 小田原の人々が地獄を見る前に、如何なる条件であろうとも、殿下と和睦を結んでください。民のためにも、兵のためにも。

 誰も多くの人の命が奪われることを望んではおりません」


 ほおっておいても、小田原城は開城されるかも知れない。が、ここはブラフだ。

 私の言葉に顔を強張らせながら、八郎は退出していった。

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