茶々懐妊
九州平定後、聚楽第行幸を成功させた秀吉に、人生最大の喜びが訪れた。
茶々が懐妊したのだ。
大喜びの秀吉が茶々の産所とすべく秀長に淀城の改修を命じている最中、大きな事件が起きた。
「北政所様。
大変なことが起きております。
つきましては北政所様のお力をお借りいたしたく」
そう言ってきたのは三成である。
「都合のいい時だけ、私にそう言ってきますね。
で、此度はなんですか?」
「聚楽第の壁にお茶々様のご懐妊を茶化した落首が貼りだされたを知った殿下が激怒され、その時の番衆の鼻と耳を削ぎ、磔にしました」
「はあ?」
秀吉は晩年朝鮮出兵やら秀次切腹やら行いがやばくなったのは知っているけど、そんな事件の事は私の頭の中のカンペには無い。元々あったけど知らない事件なのか、歴史が変わってきているのか、私には分からない。だけど、分かるのは一つ。そんなやばい事件をほっておいてはいけない。
「あなた、止めなかったの?」
「落首を知った途端に殿下は命じられたようで、止める機会すら私にはありませなんだ」
「そうですか。
で、私に何をしろと?」
「殿下はそれだけではおさまらず、この件にかかわったとみられる浪人たちを引き渡すよう本願寺に命じられ、本願寺はその浪人たちの首を差し出してきたのですが、それだけでおさまらず、その者たちが住んでいた町の者も磔にするよう命じられたのです。
もし、このような事が行われれば、殿下の評判は地に落ちかねません」
「分かりました。
殿下の所に案内してください」
歴史的に何が正解かは分からない。でも人としての正解と思える確かな答えはある。それに従うまで。
広間でむすっとした表情で座り込んでいた秀吉は、やって来た三成を睨みつけながら言った。
「三成。ねねを連れてくるとはどう言う了見じゃ」
「北政所様も、私とお考えを同じゅうしてくださっておりまする。
つきましては、今一度お考え直しいただきとうございまする」
「お前の考えなどどうでもよい。
さっさとわしの命に従い、きゃつらが住んでおった町の者どもをひっ捕らえてまいれ!」
「殿下。そんな事、したらだめじゃない」
ずかずかと進んで行き、秀吉の前で立ち止まって言う。
「なんじゃ、ねね。
お前までわしに逆らうのか?」
「当たり前でしょ」
「わしは関白じゃ。
そのわしを小ばかにしたやつがどうなるか、見せしめが必要じゃ」
信長様もやばかったけど、今の秀吉もやばい奴に成り下がっている。
「そんな事をして人がついてくる訳ないじゃない」
「ねねは所詮女子じゃのう。
何もわかっておらん。
わしに逆らうとこうなると分かれば、みなわしに従うというものじゃ」
言っていることは完全なパワハラ親父じゃない!
「いい!
確かに力を振りかざせば、人は言うことを聞くかも知れない。
でもね、それは仕方なく従っているだけで、本心からその人のために何かしようとは思わないのよ。力がなくなったら、誰も助けてくれやしない」
「わしは誰の助けも必要ないわい。
それにわしはあのバテレンどもよりも先に」
「まだ北条も倒していないのに、よく言うわね」
秀吉の言葉を遮って、私が言った。
「奥州だってまだだし。
まだ全ての国が殿下に靡いていないんだから、三成だってまだ必要でしょ」
「言っておくがのう、ねね。
三成は算術は得意じゃが、戦は下手じゃ。北条相手に三成の出番はあるまい」
「殿下。左様な言いようは……」
三成が割って入ってきた。
視線を向けると少し悲し気な顔をしているけど、とりあえず三成は無視。
「殿下の後は誰が継ぐのよ?
茶々が産んだ殿下の子供でしょ?」
と言いながら、少し小首を傾げる。
この子は寿命が……。
かわいそうだけど、それは置いて、気を取り直す。
「だったら、皆がその殿下の子供が天下を引き継ぐのを喜ぶような世にすべきでしょ。
そのためには殿下が皆から好かれている事が必要でしょ?」
「分かったわい。
町の者たちを処分するのは取りやめる。
ねね、三成。それでよいな!」
「ははっ」
三成が秀吉に頭を下げた。
そして、茶々が産んだ子は男の子で、”棄”と名付けられ、秀吉の世継として扱われ、まだ赤子であるにも関わらず、朝鮮よりの使者にも世継ぎとして紹介するほどの親ばかぶりを発揮していた。




