彼女とソロキャンプ
「お久しぶりですー」
彼女は軽く片手をあげながらにこにこと楽しそうにそう言った。
「結局行きませんでしたねー。釣り」
ウェッジカットと言われる、モ〇バーガーで提供されるポテトと同じような切り方をしたフライドポテトをつまみ、口にする。
手を机の上に戻す流れの延長で、お手拭きで指先をぬぐった。
「釣り竿は買ったの?」
と聞けば
「予定が確定したら買いに行こうと思ってましたが、確定しなかったので買いませんでした」
咀嚼中の口元を隠しながら答える。
ある程度咀嚼が終わったところで手元にあったハイボールと共に飲み込み
「その代わりと言っては何ですが、キャンプ道具揃えてキャンプ行ってきましたよ」
見てくださいと楽しそうにスマホの画面を見せてくる。
そこには一枚の写真が表示されており、その真ん中にテントとチェア。
それから焚火台が写っている。
「ソロ?」
「ソロですねー」
「女性のソロキャンとか危なくない?」
彼女の眉間に皺が寄った。
それをほぐすように眉間に指をあて、少し間を空けて口を開く。
「危ない、と、思いますが」
歯切れ悪くそこまで言うと言葉を止め、ジョッキに満タンに近く入っていたハイボールを半分ほど空ける。
一度口を閉じ、また開き、小さくうなった。
そうして今度は残りを飲み干す。
「大丈夫?」
「ちょっと酔いをまわそうとおもいまして。この後無茶しなければ大丈夫です」
言って、水の入ったジョッキを半分空ける。
それから軽く手を上げ、大きくも小さくもない声で店員を呼んだ。
「さて」
ふふっと小さく笑いをもらしながら、梅酒のロックを口に含む。
「女性のソロキャンの危なさについてですよね」
目が笑みの形に細められ、口角が左側だけ持ち上げられる。
「なんか怒ってる?」
笑みが深くなった。
「怒ると言いますか、なんでしょうね」
串についたままの塩味の焼き鳥を口に含む。
「なんなんでしょうねー」
咀嚼する口内を見せないよう隠しながらも言葉を発する。
「女性だからとか、女性はとか。嫌いなんですよねー」
女性が危ないのなんて結局男性のせいじゃん。
と、すごく嫌そうに言ってから、今度は横から大きく串にかぶりつく。
タレ派ですけど、塩も美味しいですねー。
なんて、すごく嫌そうな顔をした直後とは思えないほどゆるく笑った。
「絶対なんてものはないですけどね」
オレンジの皮を器にしたゼリーを口にする。
「女性しか居ない場所では基本的には安全なんですよ」
男性であるこちらに警戒心の見えない笑顔を向ける。
「とは言え、男性がいるからと言って必ずしも危ないわけでもなくてですね」
スマホ画面にもう一度写真を表示させ
「まだ何も起こっていないのに最初からあきらめてやらない選択肢ってなかったんですよねー」
焚火の上で焼かれる肉の写真を自慢げに見せつけてきた。
その顔が楽しそうに、美味しそうでしょと語る。
「何の変哲もない特別な味付けもしていない、塩コショウを振っただけのお肉なんですけどね。美味しかったですよー」
スマホを持っていない方の手をぐっと握る。
「危ないからと言って最初から諦めてたら、これが!食べられなかったんですよ!!」
握りこぶしが少し持ち上げられた。
「誰かと行くという選択肢はなかったの?」
言ってから見た何とも言えない彼女の顔に、失言だったなと思う。
「誰かと行くという選択肢とは????」
本当に不思議で仕方ないという感じに問われる。
「何で誰かと行かないといけないの?」
こてんと首をかしげながらポテトサラダを口へ運ぶ。
「き、危険を避けるため。かな」
歯切れが悪くなったこちらをふーんと一瞥し、煮卵を同じ皿に乗っていた海苔と共に口にする。
もぐもぐとゆっくり咀嚼し、ぐいっと梅酒で流し込んだ。
「危険な場所に行くわけでないのに危険なのって不思議ですよねー」
そう言って、にっこり笑った。
食べすぎ。