一人の武人の死
王座に就いたゼウロが真っ先に行ったのは、フォルドナに攻めこむ事であった。ファスラムと戦いたいという理由のみで王となったゼウロにしてみれば、当然の行動と言えるであろう。けれども、この戦いに於いてゼウロの目的が達成される事は無かった。開戦から実に一ヶ月足らず、ヒステンブルクへの襲撃から始まった戦争は、ゼウロとファスラムが邂逅せぬ内に終結したのだった。指揮官が倒された事でのダルナシア軍の指揮の低下も原因の一つではあるが、ゼウロ自身が前線に出なかった事こそが、最大の理由であった。否、出なかったと言うと語弊がある。出なかったのでは無く、出れなかったと言うのが正しい。ファスラムがこの戦いで討ち取った指揮官は五人中三人のみ。後の二人と相対する事は無かった。なら後の二人はこの時、何をしていたのか。答えは至極簡単。王の座を狙い、ゼウロに戦いを仕掛けていたのだ。数十人の部下を引き連れての奇襲であった。撃退する事には成功したものの、然しものゼウロも無傷とはいかなかった。ゼウロは悩んだ。傷自体は軽症、小者を相手にするのならば、問題は無いであろう。だが、ゼウロが戦う相手として望んでいるのは、初陣である筈の戦場で一騎当千の活躍を見せているファスラムだ。出来うるならば、万全の状態で挑みたい。相手がかつて無い程の強敵であると感じるからこその腹の内だった。戦いへの欲求との間で思い悩みもしたが、結局ゼウロはダルナシア全軍に退却を命じた。当初二千いた兵は三百人程度まで数を減らし、指揮官は全滅。完全なる敗走であった。これまでに一度足りとも敗北した事の無かったゼウロに取っては、これ以上無い程の屈辱。しかも本来の目的であったファスラムとの戦いは達成出来ず終い。ゼウロの心は悲憤に満ち溢れていた。しかし、ゼウロは身体が打ち震える程の激情を宿しながらも、それと同時に喜悦をも感じていた。矛盾しているであろうが、抗いようが無い事実。何故なら、ファスラムは今回の戦で、更に名声を高める事になるであろう。そして、ますます腕を磨く事にもなるであろう。ならば、今無理をして戦いに臨む必要性は無い。全ては今後の楽しみとして取って置けば良い。それに戦場に出れば自ずと機会も訪れるであろう。先々の事を思い浮かべ、ゼウロは笑んだ。それは見た者が恐怖を覚える程の、獰猛な笑みであった。
しかしながら、それから五年。最初以降四度の戦争では、様々な要因が重なり、ゼウロとファスラムが相見える事は無かった。理由は多々あるが、戦の度に、ゼウロと対峙していたのが、フォルドナ王国最強の騎士たるビスマルクだったのが、一番の理由であろう。ゼウロの目的はあくまでもファスラムとの一騎討ちだったが、ビスマルクとの戦いもまた看過出来ないものであった。何故なら、戦場に於いて、ビスマルク程、場慣れしている者はいなかったからだ。
齡48のビスマルクは実に四半世紀もの間、騎士としての務めを果たしてきた。初陣を飾ったのは、それよりも更に前、18の頃の事である。駆け巡った戦場は数知れず。屠ってきた数は優に数万を超えているであろう。故に、経験値が違う。圧倒的なまでの実践経験の差。如何なゼウロと言えども、それだけはビスマルクに及ぶべくもない。だが、五年という月日は、ゼウロの暴力的とも言える強さに磨きを掛け、ビスマルクの戦場での経験という優位性を、容易く塗り替えてしまった。その結果が、ゼウロの勝利であり、ビスマルクの死である。
ビスマルクは確かにいくつもの戦場を駆け抜け、死線を掻い潜ってきた勇士だった。逆境をものともせず、味方を鼓舞し、勇猛果敢に敵陣に斬り込む姿に、憧れを抱いた者も多い。彼は騎士団長と言う肩書きに恥じぬ真の武人であった。しかし、それだけだ。ビスマルクは戦いに関しての天賦の才というものを持ち得てはいなかった。彼の強さは長年の経験に裏打ちされたものであり、その才は汎用なものでしかなかったのだ。一方のゼウロはと言えば、戦場に出た経験こそ両手の指に収まる程しか無いが、その戦闘センスは誰もが認めるところであり、一部の者からは人外の者と評されている程の豪傑である。そんな二人が五年間、幾度にも渡って戦場で戦ってきたのだ。ビスマルクが敗北したのは必然だったのであろう。
ビスマルクは気付いていた。自身とゼウロの間には、大きな隔たりがある事を。それ故に、いずれ戦場でゼウロに敗北するであろう事を。一騎討ちでの勝利が出来ても決して仕留めきる事は出来ず、戦いを重ねる度に、退けるのが難しくなっていく。徐々に差を詰められ、追い詰められていく自身。しかし、それでもビスマルクはゼウロと戦い続けた。ゼウロの相手をしなければならないのは、己だけだと言う事を理解していたからだ。そもそも五年前、ゼウロが一番最初に起こした戦争で、ファスラムがゼウロと戦っていたら、ファスラムは間違いなく死んでいただろう。
ゼウロが戦いの天才であるように、ファスラムもまた戦いの天才である。だが、五年前の時点でゼウロと戦うには、ファスラムはまだ若すぎた。ゼウロはファスラムを好敵手と見定めていたが、ゼウロが望む程の強さを、ファスラムはまだ手に入れていなかったのだ。だからこそ、ビスマルクは己が倒れる最期のその時まで、ゼウロと刃を合わせ続けた。全てはファスラムをゼウロと互角に戦える程に成長させる為、経験を詰ませ、更なる高みへと昇らせる為に。
結果として、ビスマルクの思惑は見事に成功したと言えるだろう。全ての始まりとなった戦争から五年、20歳になったファスラムは、最早ビスマルクすら敵わぬ程の強さを身につけていた。その強さ、その才能に嫉妬をした事もある。けれども、それ以上に、誇らしかった。ファスラムという若く才ある者が、自分の様な粗野な武骨者の部下であるという事が、酷く誇らしかったのだ。ファスラムが強くなればなる程、その思いは強さを増していった。そして、ファスラムが国民から英雄と評されるまでになった頃、ビスマルクは考えた。ファスラムにならば、全てを任せられると。喩え自身が倒れようとも、ファスラムがいれば、王を、国を守ってくれるだろうと。
自身の最期の戦いを見定めたビスマルクは、戦いの前にファスラムを王の護衛の名目で、城に残るよう命じた。傷一つ負っていない万全の態勢でゼウロと戦って欲しかったからである。戦争勝利の要と言っても過言ではないファスラムが城に残る事に、誰もが難色を示したが、他でもない騎士団長ビスマルクの達ての希望であった為に、押し通される事となった。ファスラムがいない中での戦いが、自身にどんな結果を齎すのか、全てを承知の上で下した命令であった。
そして、ビスマルクは戦いに挑み、ゼウロの凶刃に倒れる事となった。今際の際のビスマルクの脳裏に過ったのは、ファスラムがゼウロに勝利する姿であった。二人の戦いの結末を最早風前の灯火にあるビスマルクが知る術は無い。されど、どうかそれが真になるようにと、願いながら、思い続けながら、ビスマルクの心臓は鼓動を止めた。ビスマルク・ハーゲン、享年48歳。王に忠義を尽くし、国の為に身を捧げた人生だった。その生涯に、悔いは無い。
レベル80超えの凡人と初期レベルの(但しレベル上がるの超速い)天才の戦い
ド○クエ風に例えると、ス○イムとド○ンゴが戦ってたみたいな感じ。
要は基本スペックが違うという事です。