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reliance  作者: 月陽夢
少年の恋が終わった日
7/10

ファスラム・グルーガという人物

ファスラムは昔から強かった。13年前、オルテナ暦1348年――ファスラムは当時の騎士団長、ビスマルク・ハーゲンに兵士団に入隊させられた。ビスマルクがファスラムのその強さを国の為に活かせるものだと考えたからだった。だが、ファスラムの強さは一般の兵士の枠組に収まる程度のものではなかった。ファスラムは入隊から実に半年足らずで、全兵士を下してしまったのである。しかも、まだ13歳という若さでだ。その余りの強さに、周囲から遠巻きにされる様になるのに、時間は掛からなかった。当時の兵士長ですらファスラムに敵わなかったのだから。ビスマルクはファスラムをより高みへと上らせる為に、騎士団へと推挙した。しかし、10代で騎士になった者はおらず、ビスマルクは当時の貴族達から、痛烈な批判を浴びる事になった。ファスラムが騎士になる事は出来ぬまま、時間だけが過ぎていった。


オルテナ暦1350年――ダルナシアの二千の兵が軍艦5隻を率い、バレバ島西方の街ヒステンブルクを襲撃した。ダルナシアは王権が交代したばかりであり、国勢が安定するまでは、戦争を仕掛けて来ないだろうと、誰しもが油断していたところへの奇襲だった。西方の街ヒステンブルクは瞬く間に、戦場へと変わり、駐屯していた三百名の兵士と二名の騎士は国を守る為に、その命を散らす事になった。フォルドナ王サクリシスは直ぐ様騎士団への勅命を下した。王都への進軍を続けるダルナシア軍を、ヒステンブルク近郊のグロキア平原で向かい撃てと。当時の騎士団員は二名殉職した為、団長ビスマルクと、当時の副団長オルトレンを含めて十二名。しかし、内二名は北方にある港街バーロに駐屯していたので、実質動ける騎士は、十名だけだった。ビスマルクはサクリシスに、戦地にファスラムを連れて行く許可が欲しいと、直談判した。まだ一兵卒でしかないファスラムを戦地に連れて行きたいとの望みに、最初は難色を示していたサクリシスだったが、ビスマルクの鬼気迫る表情を見て、望みを聞き入れた。こうしてファスラムの初陣は決まった。ファスラムは15歳にして、戦場に立つ事が決まったのである。まだ、15歳の、精鋭部隊に所属している訳でも無い少年を、戦争の最前線に送る事への異議は多かったが、何かあった場合は、自分が責任を取ると言い切ったビスマルクを信じた陛下は、全てを黙殺したのだった。この時、ファスラムを戦地に送るという決断こそが、後にサクリシスが賢王と呼ばれる所以となる事は、まだ誰も知る由は無かった。


ファスラムの出陣が決定してから然程日を置かずに、フォルドナ軍とダルナシア軍はグロキア平原で激突した。ヒステンブルクの戦いで数を千六百人程に減らしていたダルナシア軍だったが、フォルドナ軍は、万が一の場合に備えて、王都に騎士二名を残した為、騎士団長ビスマルクと副団長オルトレンを含めた騎士が八名と、精鋭兵が三百人、ファスラムを含めた一般兵が五百人程だった。数の上では圧倒的な不利と言わざるを得ない状況であった。ダルナシア軍は、ヒステンブルクを落とした事で、士気も上がっていたので、尚更である。しかし、戦況は意外な人物にひっくり返される事となる。その人物こそ、当時、一般兵士の肩書きしか持っていなかったファスラムであった。ファスラムは敵陣に真っ先に斬り込み、その恐ろしいまでの剣技を以て、凡そ数日で敵兵の屍の山を築き上げた。余りの強さに、戦場に立つ者全て、味方ですら、恐怖を覚えた程であった。一週間が経った頃には、ファスラムは敵の指揮官の首まで獲ってしまった。指揮官が倒された事によるダルナシア軍の動揺は激しく、二週間程過ぎた頃には、敵兵の大半がヒステンブルク方面へ敗走していた。ファルドナ軍は更にそこから追撃を行い、遂にはダルナシア軍をファルドナの地から完全に撤退させる事に成功。ダルナシア軍のヒステンブルク襲撃から、一ヶ月と経たない内に戦争は終結したのだった。


ビスマルクは戦争を早期解決に導いた功労者はファスラムだと大々的に公表した。五人いたダルナシア軍の指揮官の内、三人を下したのは、ファスラムだったのだから、ファスラムを買っているビスマルクからしてみれば、当然ともいえる振る舞いであろう。この戦争での功績が認められたファスラムは、15歳にして、騎士になったのだった。これ以降も、幾度と無く、ダルナシアに戦争を仕掛けられたが、その度にファスラムは戦争終結の立役者となる。そして、その戦場での一騎当千の活躍から、いつからかこう呼ばれるようになった。フォルドナの英雄と――


オルテナ暦1355年――ダルナシアが実に六度目の戦争を仕掛けてきた。当時のダルナシア軍の全勢力二万人がバレバ島の北、南、西の三方向から戦艦で攻めてきたのである。後に、最も悲惨で苛烈なるバレバの戦いと呼ばれる事になる、バレバ島全土を巻き込んだ戦争の始まりであった。ダルナシア軍の猛攻は以前にも増して凄まじく、王都まで迫る勢いだった。質でこそ勝るフォルドナ軍だったが、圧倒的な兵力差の前には為す統べなく、徐々に不利な状況へと追い込まれていく事になった。しかし、王都に集結したフォルドナ軍は決して諦める事は無かった。降伏を薦める貴族はいたものの、ビスマルク率いる騎士団は徹底抗戦を唱えた。またも貴族からの批判を浴びる事となったビスマルクだったが、ダルナシアという国の現状を鑑みれば、降伏を反対するのは、仕方無い事だとも言えるだろう。ダルナシアは先王の崩御以降、急速的に軍事国家としての発展を遂げた。それというのも、ダルナシアの国王ゼウロ・ヒュノス・ダルナシアは、非常に好戦的な人物であり、戦を好む質であったからだ。それは国王という立場であるにも関わらず、戦場に何度も出陣してきている事からも窺えるであろう。ダルナシアは国王のその気質のせいで、既に困窮しきっている。もし降伏したら、フォルドナの民がどんな目に合うのかは、想像に難くない。民の安寧の為にも、降伏は選んではいけない選択肢であった。しかし、民を守る為、国を守る為、必死の抵抗を続けるフォルドナ軍に衝撃が走る。最前線で戦っていたビスマルクが、ダルナシア王ゼウロと交戦し、戦死したのだ。その悲報は、瞬く間にフォルドナ王国全土に広まった。フォルドナ王サクリシスや、王の護衛として、一人だけ城に残っていたファスラムにも直ぐに届けられた。フォルドナ軍の士気の低下は酷く、敗色濃厚と言わざるを得ない最悪の状況であった。このままでは、座して死を待つ事になると考えたサクリシスは、最後の賭けに出る事にした。それは、自身の戦場への出陣、延いてはファスラムの戦線復帰であった。武芸の出来ぬサクリシスが戦場に立つというのは、非常に危険を伴う行為であったが、それでもサクリシスは賭けた。騎士団長ビスマルクが最も買っていた男に、国の命運を託したのだ。











――――――――――――――――――――――――――――――











王都アルデア近郊ミザナ平野にて、両軍は対峙していた。ダルナシア王ゼウロ率いるダルナシア軍四千人と、フォルドナ王サクリシス率いるフォルドナ軍五百人。兵力差こそ十倍近くと、圧倒的な差があったが、これまでに数々の危機を救ってきたファスラムの戦線復帰は、士気の下がっていたフォルドナ軍を再び立ち直らせるに、十分な事象であった。活力を取り戻したフォルドナ軍とは対照的に、ダルナシア軍は、ファスラムの登場に肝を冷やしていた。何故なら、数の利に長けるダルナシア軍が勝利する事の出来なかった最大の要因。それこそがファスラムの存在だったからだ。散々辛酸苦渋を舐めさせられてきた相手の登場に、明らかに意欲を喪うダルナシア軍。敵軍の戦意の低下を感じ取ったサクリシスは、これ以上の犠牲を出さぬ為にも引いてくれる事を願ったが、兵が引く事は無かった。何故なら、敵軍の中で唯一、闘争心を漲らせる男がいたからだ。


――ゼウロ・ヒュノス・ダルナシア――


軍事国家ダルナシアの王である。年齢はファスラムより、15程歳上で、35歳。2m近い長身の分厚い筋肉を纏った大男で、眼光は鋭く、身体中に刻まれた傷は、彼を歴戦の猛者に見せていた。凡そ王らしからぬ風体の男だが、ダルナシアという国に於いては、これ程王に相応しい男はいないであろう。

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