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恋は燃え上がるように

作者: 藤崎

 俺は生まれてからの間、ずっと自分を平凡な人間だと思っていた。社会の一部の顔なき人として生まれ、過ごし、そして死ぬ。それに何の不満も抱いていないはずだった。

 子供の頃から胸の中にある原風景は、田舎のおばあちゃんの家とその横にある真っ青な田んぼが風になびく様だった。

 俺が年を取った時は、おばあちゃんのように田んぼに種を植え、水を張り、実りを待ち、収穫し、それで生活をするのだと、漠然とそう思っていた。

 『その日』は一日の終わり頃になるまでは、何事もない平穏な日だった。ともすれば無数の記憶の中で見分けのつかなくなるような日々の一ピースだった。終わり良ければすべて良しというように、物事の本質は終わりのみによって決まる。何が言いたいのか? 『その日』の終わりは普通ではなかったということだ。俺はこの日まで、自分を平凡な人間だと思っていたのだ。


 俺は親に通わされている塾からの帰り、暗闇の中でその一部始終を見ていた。見てしまった。

 新月の夜、星明かりさえも雲に呑まれ、あたりに差し込む光は人工のもののみとなった淀むような暗がりの中に彼女はいた。

 どうしてそんな夜の暗がりの人影から逃げなかったのか、と言われれば俺は本能か何かできっと理解していたのだろうとしか返すことができない。そこに平穏を燃やし尽くすような火種が潜んでいるということを。

 その一連の『行為』の間、彼女は周りを一切確認することはなかった。

 俺も『行為』の間彼女がそこで何をしていたのかの詳細を見ることが出来たわけではなかった。ただ、ガサゴソとものを探るような音、衣擦れの音、密やかな声だけを、闇に溶け込みながら聞いていた。

 『行為』が終わった後の彼女の頰は常よりも赤みが差し、表情は晴れ晴れとし、その瞳は煌々と輝き、息を弾ませていた。学校での彼女とはまるで別人だと、すぐさま直感した。そして俺はそんな彼女に暗がりから見入ってしまっていた。

 暫しその光景に心を奪われていたが、我に帰る。ここから一刻も早く立ち去らねばならない。

 ガサッ、と急ぐあまりに物音を立ててしまう。彼女がこちらを振り向き、彼女と目が合う。

「通報しないの?」

 学校で友達に話しかけているときよりも陽気な声の調子で、どこかこちらを挑発するような声色だった。

 それに取り合わず、寝かせていた自転車を起こし全速力でその場を離脱した。



 翌日のクラスは一つの話題で持ちきりだったが、俺はそれどころではなかった。当事者の一人の彼女が何事もなく学校に現れ、素知らぬ顔でクラスメイトと会話を続けているのだから。加えて時折、彼女は監視のようにこちらに目線をやる。

 その翌日も翌々日も、あの夜の出来事が嘘であったかのように何事もなく終わっていった。俺はその間ずっとずっと彼女のことだけを考えていた。……本当だろうか? 俺は彼女の『行為』の一部始終を思い返していただけではないのか? 今でも思い返せば心臓の鼓動の高鳴りを抑えられない。

 新月の夜の暗さ、静けさ、音を出さないように地面に寝かせた自転車の角度、身を潜めていた物陰の地面、そこに生えていた雑草。そして彼女。

 そんなことは日常のイレギュラーとして忘れてしまえばよかったのだと、誰かは俺を責めるかもしれないが、それは到底無理な話だった。あの瞬間俺の原風景は更新されてしまったのだから。

 そうやって思い悩む日々は終わりを告げる。下駄箱に手紙という古典的な方法で俺は彼女に呼びだされることとなる。



 誰にも見られていないことを確認し、校舎裏に足を運ぶ。

 正面に立つ彼女の姿を今一度確認してみる。美しく整った目鼻顔立ち、校則の範囲内で個性を強く主張する髪型に、制服は一分たりとも着崩されていない。スカートから覗くふくらはぎの白さが嫌に眩しく映る。彼女を敢えて表現するなら『シンデレラ』といったところだろうか。

「ねぇ、『この間』、見てたんでしょう? どこから?」

「最初から」

「ふぅん、なんで通報しないの? ってあの夜も聞いたっけ。なんで?」

 その問いの答えを一生懸命に探していると、彼女がまくし立てる。

「君は期待してるんでしょ? 最高に気持ちいいよ? 君はあれを見て同じこと思ったんじゃない?」

 彼女の言葉は心の奥底まで見透かすようで、俺は完全に黙り込む。

「ちょうどマンネリだなぁって思ってたんだ、君も一緒にどう? 君は私の同類だと思うんだよねえ」

 彼女の誘いは、思いもよらないもので。唐突な事態に心臓があの夜の鼓動にシンクロする。

「やっぱり、ね」

 全てを確信した風な彼女の誘いに乗り、俺たちの火遊びが始まった。


 

 それからというものの、俺の生活から平穏という言葉は消え失せた。それをどこかで楽しんでいる自分がいる。変わらない日々は彼女との二人きりの秘密の上に成り立っている。それだけで全てが変わって見えた。

 相変わらず学校で彼女と話す事はなかったけれど、携帯で授業中に次の予定はよく練っていた。彼女は先達だけあって、手慣れた様子で全てを終わらせてしまう。場所選びも下準備もお見事と言わざるを得ない手際の良さだった。俺はそれを横で見ながら学んでいた。

 何回かの後、俺は彼女に持ちかけて俺のいう通りにしてくれないかと持ちかけた。彼女は二つ返事で承知し、俺に全てを預けてくれた。

 全てを自らの手で成し遂げ達成感たるや! この時俺は彼女が言っていた『気持ちいい』という感覚を真に得たように思う。歓喜にうち震える体を夜風がすっと撫でていく。初めてにしてはよくやれた方だったと、少しは自惚れてもいいだろうか、と満足そうな彼女を見てそんなことを思う。



 よく恋に燃えるといった表現を使うが、俺たちのそれはまさしくそれだった。『行為』を重ねるたびに俺たちの結束は深くなり、お互いへの理解も深まり、愛へと変わって行くのも時間の問題のように思えた。だが、全てのものはやがて燃え尽きるものだ。終わりは確実にやってくる。

 俺たちの火遊びは生徒の外出が禁じられるまで続いた。



 夜間外出を禁じられた以上、俺たちにできる事はそう多くなかった。それでもメールでの次の予定だけを立て続けていた。それがいかに空虚な事かを理解しながら。

 だが、メールを交わすうちに、どちらからともなくこれではダメだというようなことを言い始めた。俺たちはもう一週間と我慢できなくなっていたのだ。

 溜まり続けるフラストレーションを抑えられなくなっていた。それは彼女も同じだったようで、夜中に家を抜け出して落ち合うことにした。

 この状況での外出というものが言い訳の効かないものである事はお互いに理解していた、だがそれでももう俺たちには『放火』のない生活というのは考えられなかった。



 あの夜、燃え上がる火を背景に微笑む彼女は誰よりも何よりも綺麗だった。寝ても覚めても俺の心にフラッシュバックし、焚き付ける。お前も燃やしてしまいたいんだろう? と。彼女の横で燃え上がる火を見ていると勉強のストレスが一緒に焼け落ちていくようだった。

「さぁ、何を燃やそうか?」

 不敵に微笑む彼女には火が似合う。あの激しい赤色こそが彼女を美しく着飾るのだ。

「なんでもいいよ」

 なんだって。彼女の笑顔を見るためなら何でも燃やしてしまおうじゃないか。


 

 終わり良ければすべて良し、俺は終わりを思い浮かべ、火を放った。


古戦場中に思いついたものの、時間取れなかったので、古戦場終わってから書きました、やはりこれぐらいの分量が限界といったところ

「火遊び」という単語で遊びたかっただけです、n番煎じだとは思うけれど、私が書くとこうなるということでどうか

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