3・1 理由と自重
爺様が訥々と話し始めたオレの転生の理由は、よくある昔話のようなものから始まった。
「あれは今から五百年ほど前、今の魔王様が魔王に就任してすぐじゃったかの……」
「……パラムよ、余には理だという理由だけで魔族と人族が争うのが腑に落ちなくてな」
「とはいえ王よ、我らが隷属である魔獣が人間を殺める限り、人族にとって儂らは憎しみの対象で、儂らとて黙って人族に殺られてやる訳にはいきませぬ」
「お前の言うことが分からぬわけではない、だが魔獣は魔獣だ動物と変わらん、魔法で従属させでもしない限り我々の意思を反映するものでもない」
「ですが人族から見れば我々魔族も魔獣も同じく闇から親も持たずに生まれる者、切り離して考えるように理解させるには途方も無い時間がかかるかと」
その頃は魔獣というのは魔族が世に放った使い魔であり、魔族の命令で人々を襲っていると考えられていた。
いつからか人々には魔族は恐ろしく、そして憎しみを持って接する相手として定着していた。
だが本来この世界の魔族の大半は魔大陸に暮らしており、人族と関わることもなければ圧倒的な力量により意識する相手でもなかった。
しかし魔獣の存在に対する小さき誤解からやがて人族は魔族を討伐の対象として、
魔族は人族を愚かな侵略者として認識するようになり様々な因果を生んでいた。
「両者に言い分は多分にあるということか、だが、余がこの大陸を治める間は神のいたずらで生み出されたこの理を廃してみよう思うのだが、どうだ」
「魔族の中でも大きな反発が予想されますが、王が望むのであればこの老いぼれに何の意見がありましょう」
それから魔王はすぐに人族の王達に今後理由なく人族と対立し危害を加えた魔族には処罰を与えるとして、人族の王にも同様の対応を促す休戦協定の書簡を送った。
人族の中で幾らか反発はあったようだが、圧倒的な力の差がある魔族側からの休戦協定に、書簡を送られた全ての王が申し出を受け入れるという意思を表明した。
この取り決めにより、魔族と人族の争いが全く無くなったわけではないがごく稀に小競り合い発生する程度に収まった。
だが魔族の中では人族の心の醜さを訴え、必ず裏切りが起こり寝首を掻かれることになるとの内部的な反発が根強くあったため、ある取り決めを定めた。
それは、三年に一度人族の中でその時代に最も力を持つ四人を魔大陸に招き魔王と接見すること。
そして少しでも人族側に休戦協定に反する目論見が見受けられた場合は、その四人は還す事が出来ないという取り決めであった。
裏切りがあるようならば最大戦力を奪うという一種の人質のようなものだった。
「ちょっといいかな爺様」
話の内容からこの爺様が魔王の側近であり畏怖する存在だということはわかっていたが、その落ち着いた語り口に少し自分の祖父を思い出してつい気軽に話しかけてしまう。
「なんじゃもう飽きたんか?ここからがお主に関わる重要な話だというのに……」
正直、五百年前の話から始まって一体いつオレの話になるのかとうんざりしていたが、仕方ない。
「すみません、しばらく大人しく聞きます」
「うむ、それじゃ茶でも煎れるかの」
一方、トリニアのゴラグリュースの家では、一通りの調査を終えたシフォンがゴラグリュースとエリンにポールラビットのシチューの作り方を教えてもらっていた。
「……と、ここまでやったら、次は臭みを取るためにこのローザンと言う香草と一緒に下茹でします」
「エリンさんはほんと料理の手際が良いのですね」
褒められたエリンは少し照れくさそうに言った。
「ありがとうございます、シフォン様と同じでやらなければいけない理由があったから真摯に取り組めたんだと思います」
「理由?」
「私は幼い頃に両親を亡くして、宿屋を経営していた叔父夫婦に引き取ってもらったので、少しでも早く叔父たちの役に立って楽をさせてあげたいと幼い頃から思ってました」
「そうでしたか」
「はい、なので宿屋で提供する料理に満足頂ければまたお客さんが利用してくれるのではと頑張ったんです、叔父達は楽になるどころか忙しくなってしまって困り顔ですが」
「今ではロステリアで一番料理が美味しい宿屋なんだからエリンちゃんはほんと偉いわ~」
「そういう理由があったのですね」
「そうよだからあんたもカインを思う気持ちが本気であれば必ず美味しいシチューが作れるようになるわよ♪」
「ば、な、だから、カイン様は関係ないというか、た、たまたま料理がしたくなっただけです!」
「そういえばシフォン、さっき魔族に牽制が必要ってカインに言ってたけど15年前の話は聞いてないの?」
「……魔族との交流が無くなったとは聞いてます」
「そうか理由までは聞いて無いのね」
ゴラグリュースが言うには魔族との交流とは三年に一度人族の代表が魔王と接見する行事だったという。
もう何百年もの間、何事もなく続けられていた行事だったが15年前のその日、ある問題が起きた。
その問題の渦中に居たのが人族の代表として魔王の接見に向かっていた勇者と聖女であるカインの両親だった。
「カイン様のご両親が、勇者様と聖女様なのですか!?」
「そうよ、色々あってカインが自ら話すことはあまり無いけどね……」
「……[色々]ですか?」
その日は勇者と聖女の他にも英雄と呼ばれた鬼人族の女と剣聖と呼ばれた竜人族の男が帯同していたが、二人が別の用事で馬車を離れたわずかな間に勇者と聖女は姿を消していた。
その頃は魔族と人族の間での争いが数件起きておりその責任を取らされる恐れから、勇者と聖女が逃げ出したと吹聴する輩も出たが、後日現場の遺留魔力を調べた結果、ほぼ魔族しか使い手のいない暗黒魔法の痕跡が検出されたことで、魔族側が何らかの理由で勇者と聖女連れ去り亡き者にしたという話で伝聞されていった。
この事件をきっかけに人族の王達は連名でこの件が解決されるまでは、三年に一度の接見を保留とすることを魔王へと通達し、その後魔王からの返答もなく今に至る。
「やはり、その時から魔族は約束を反古していたわけですよね」
少し怒りがこみ上げてきた様子でシフォンがゴラグリュースに詰め寄る。
「そうかもしれないわね、でもそうじゃ無いかもしれないじゃない?」
「さっきカインが言ってたように、例えその事件の首謀者が魔族だったとしてもそれが魔族の総意だったかはわからないわ」
「でも魔王は王達の通達を無視したわけですよね?やましいことがあるからじゃ?」
「逆に考えたら魔王に何かがあったから、一部の魔族が身勝手な行動に走り出したって可能性もあるわよ」
「でも……だったとしても、カイン様には仇を取る正当な理由があるじゃ無いですか」
「そうよ、それでも憎しみや争いの連鎖を起こさないためにもカインは自分の胸の内で留めてるのかもね」
「そんな……」
「カインならいざとなったら単身でも魔王に挑むと思うわ、でも、その覚悟もあれば、無闇に多くの人族を危険に晒す行為を自重する強さもある。……そんな強さに惚れてるんでしょ?♪」
「……はい……こ、この話は聞かなかった事にします、いつかカイン様がお話ししてくれるまで。でも、軽率な発言をしたことは謝ってきます……」
「そうね、シチューが出来上がったら持って行くといいわ」
「はい!あ、エリンさん、次は何をしましょう?」
「そうですね、次はベシャメルを作りましょ」
「はい、あ、エリンさんは気になる人とかいるんですか?」
「え?えーっと……少しだけ気になる人が……」
「えーどんな人ですか?教えてくださいよー!」
「あらあら」
若いっていいわね、そんな顔をしてゴラグリュースは連れ去られたタイトのことを考えていた。