2・3 赤面と苛立ち
「いや、佐々木さん、今は授業中で、ほ、ほら、机の下から、出て来ないと、出て、で、出……」
「え?いや、須山先生違うんです、僕は真面目に授業を聞いてるんですが、佐々木さんが……」
「[上は洪水、下は大火事ってな~んだ]じゃなくて、いや、今、下は大火事ですが、上はまだ空いてます、じゃなくて……」
「ぐむぐぐぐむぐっ、ぷはっ……た、確かにこれは洪水ですね、って、ほらクラスのみんなが見て、見、見てない!」
「みんな黒板に向いて静止してる、これはもしや、時間停止系のあれですか、そうとなれば、オレも全力で……」
『わー、ほんと消滅したかと思った……』
「え、誰?今、時間停止中ですけど、男が叶えたい夢の第4位の時間停止中ですよ、喋るとか無粋だわぁ」
『剣聖がいるなんて聞いてなかったーーーっ、料理研究所なんて書いてたら誰だって油断するじゃん』
あ、何だろう、急に現実的な話ぶっ込まれてるわ、これ。
うん、どうやら、気絶してるフリをしてる間に寝ちゃってなオレ。
男の夢第4位は惜しいが、渋々うす目を開けると、質素ではあるが小綺麗で広い室内、花が生けてあったり、本棚には何百冊という難しそうな本が綺麗に並べてあったり、彼女はインテリサキュバス(仮)なのだろうか?
もしこの世界にメガネというものがあるのならばぜひ装着して頂きたい。
インテリサキュバス(仮)は、テーブルに突っ伏して何やらぶつぶつと言ってる。
「死んだと思った、あんなスピードで斬りかかられて避けれるはずないもの……」
「あまりの事にびっくりして、あいつのこと盾にしちゃったけど、そんな事パラム様に知られたら絶対に怒られる、いや、もっと酷い事になるかも……」
「いや、でも、あたしの[……剣聖の力とはそんなものか?]はカッコ良かったわね、魔族っぽさ80点ね、声も震えてなかったし」
「あれよ、あれ!ああいうのがやりたかったのよ、初めての任務で剣聖相手にあのセリフ!あたしってばTHE・魔族ね!」
などと一人で反省したりはしゃいだり忙しそうだ。
うん、この部屋は絶対こいつの部屋じゃないわ、オレの勘がそう告げた。
「あのぉ……」
元インテリサキュバス(仮)が驚いた様子でこちらを振り返る。
しかし、すぐに表情を無に戻して、スっと立ち上がり背筋を伸ばしたキャットウォークで近づいてくる。
顔を覗き込まれ、首元に鋭利な爪をグッと押し当てられ元インテリが問う。
「何か見たか?」
「いえ、何も……」
見たとか聞いたとか言って、恥ずかしさで発狂されて殺されでもしたら面白くないからな。
安心したのか踵を返すと元居たテーブルまでまたキャットウォークで戻っていく。
ありましたよ!あった、スペード型の小悪魔の尻尾付いてました!
大げさな歩き方に合わせて右へ左へ揺れる尻尾を堪能しつつも、ふつふつと怒りのようなものが込み上げる。
なんかこの世界に来てまともに街歩きすらしてない上に、襲われたり、疑われたり、連れ去られたりと、振り回されてばかりで自由がないじゃないか。
普通異世界転生なんて転生直前に女神様に、[あ、目的なんてないから異世界での人生楽しんでね]って言われるんだろ!
女神にも会ってなければ、楽しむ時間もない、一体何が目的でオレはこの世界に転生されたんだろう、なんかオラちょっと腹立って来たぞ。
「あのぉ、オレに何かご用でしょうか?」
少しだけイラついた声で女に話しかけてみる。
「……」
無視だわ、連れ去った上に無視とか。
「用がないのであればオレ帰ってもいいですかね?」
帰るにしてもここがどこかも分からないし、帰るとこもないがな。
「……」
「[あたしってTHE・魔族ね♪]」
あまりに腹が立ったので、さっきの言い方を真似して口に出してみる。
するとキャットウォークも忘れ、青黒い顔なのに普通の人なら完全に赤面してるだろう表情で走って来て、全力で首を掴まれ持ち上げられる。
「……忘れろ、忘れたと言うまで下ろすつもりはない」
「うぐ、あ、ぁ、ぅ」
いや、声出ねーって、言えない、言えない、死んじゃう!
「ネーシャ!」
渋目の声が部屋に響き渡ると同時に、首を絞められていた手を離され尻餅をつくオレ、この世界はオレの尾てい骨を破壊するのが目的だと確信した。
「いや、パラム様これは違うのです、この者が魔族を舐めた態度を取る為に仕方なく威厳を……」
咳き込みながら尾てい骨をさするオレの横で直立不動の状態で弁明する元インテリサキュバス改めネーシャ。
部屋の入り口から静かに歩いてくる如何にもな魔法使いの爺様はぶつぶつと呪文のようなものを唱えている。
「パラム様!お許しをっ!」
懇願するネーシャに向けて爺様が魔法を放つ。
「解呪」
「ぁ、ぁーーーーーっ!……はぁん..」
いやに艶かしい悲鳴を上げてへたり込むネーシャ。
「すまんの客人、最近の若い者は礼儀がなってなくて困る」
そう言う爺様の話を右耳だけで聞きながら、オレの目線は床の上で転がりながら、悶えるように自分の身体に爪を立て、艶っぽい吐息を吐いているネーシャから離せない。
本来は連れ去られた先でボスっぽい人が出て来たら自分のこの後の処遇が気になるところだが、そんなことよりも爺様の使った魔法が気になってつい口に出してしまった。
「そそ、そ、その魔法ってオレにも使えますか、なんて魔法ですか、あ、オレ、属性は暗黒らしいですけど!」
我ながら焦りすぎた。
爺様はまるで水戸黄門のように[かーっかっかっか]と笑った後教えてくれた。
「これは魔法の効果ではないんじゃよ、この子は元々淫魔と言う種族でな、意思とは関係なく常に発情してしまう特異な体質なんじゃ」
「それを儂が考えた発情を抑制する魔法を日頃から施しておってな、今はそれを解除しただけじゃ」
なんか少しがっかりしたが、しかしそれ以上にサキュバスが確定になったことでオレのテンションは上がり、改めて妄想の世界へ飛び込もうとしたところ爺様が一言。
「まぁネーシャが望むようであれば後で発作が治るまで付き合ってやってくれてもいいが……」
「なっ……」
えと、それって、え、そういうこと?
ネーシャに視線をやると、お願いしますと言わんばかりの表情でこちらを見ている。
いや、本当にそういう表情かどうかは分からないが、少なくとも動揺しまくりのオレの目にはそう映った。
「じゃが、その前に……堕眠」
爺様はネーシャを眠らせてソファーへと寝かせてやる。
「お主がなぜここにおるかを説明せんとな……」
お、ついに転生の目的が説明される下りか!?
待ってました!