2・2 料理と平和
トリニアの街に来た調査団を迎えるゴラグリュースとエリン。
「カイン様っ」
「エリンか、久しいな、今はトリニアに滞在中なのか?」
「はい、先日よりゴラグリュース様の元へお邪魔しており宿で提供する新しいメニューを考えておりました」
「はは、剣聖殿もエリンにかかると一料理研究家でしかないか」
「いえ、そんなことは……」
ゴラグリュースの方を見て少し申し訳なさそうな顔をするエリン。
「いいのよカイン、私が好きでやってることなんだから」
「それは申し訳ない事を、口が過ぎましたね。今やお二人の考える料理は周辺国でも評判でお陰様でロステリアの観光客も増えて国王も喜んでおります」
「それはカイン様や騎士団の皆様がロステリアの安全を担保してくれるからこそだと思います」
「それもそうね、戦争が始まれば料理なんて余裕なくなっちゃうんもん」
「それらは我らの力というよりも国王の平和主義がもたらす恩恵でしょう」
「で、カインまで出張ってくるということは、今回の件は単独の魔族の暴走ってわけでもなさそうね」
カインは少し難しそうな顔をしながら、昨晩の魔族が出現した現場へ向かう。
「はい、今回の報せを受けてすぐにオルタス様に相談しました」
「あの鬼女に?」
「はい、今や人族と魔族の繋がりは大変希薄なため、魔族の情報となるとオルタス様に相談する以外に方法もなく」
「怒鳴られた?」
「かなり……」
カインは苦笑いを浮かべる。
「まぁ今回は王位継承の話とは関係のない話だったのでそれほど邪険にされたわけではありません」
「で、オルタスは何て?」
「はい、状況から魔族は縁の力を狙ったという認識で間違いないと」
「そう……他には?」
「黒い霧の射出の魔法は多分死の片鱗だろうとも仰ってました」
「それはまた高度な暗黒魔法ね」
「ご存知なのですか?」
「霧状にした魔力を相手の体内に侵入させて中から爆発させるっていう考えただけでもうんざりする魔法よ」
「そんな高度な魔法の使い手を一刀に伏すとは……ゴラグリュース様、またロステリアに来て騎士団に稽古を付けてやってください」
「そうね、料理ならいくらでも教えるわよ」
「そうですか、残念です。だが料理なら教えて頂けるそうだよ、シフォン」
カインが先ほどから後ろを付いて来ている騎士団副長の女性に声を掛ける。
「あら、カイン様は料理は女のするものだとお考えで?」
「いや、そういう意味では……」
「騎士道を志した幼き頃よりどんな男性が相手でも剣で遅れを取ったことはありません」
「すまん、シフォン……」
「そんな私に向かって料理を習って素敵な旦那様を見つけ一男一女をもうけ子供達の成長を見守りながら戦場に向かう旦那様の帰りを祈りながら待てと?」
「そ、そのくらいにしてあげなさいシフォンちゃん」
ゴラグリュースはたじたじのカインに笑いを堪えていた。
「いいえ、この際だから一言言わせてください!私の幸せはロステリアで一番気高く強い男と共に戦場の最前線でロステリアを守ることです!だから、」
「一番気高く強い男ねぇー、誰のことかしら」
再びニヤニヤとし始めるゴラグリュース。
「え、いや、ちが、と、特定の方について話してるわけではなく……」
「カインはポールラビットのシチューが好きだったわね」
「よくご記憶で。最近はエリンの宿に顔を出す時間もなく、久しく食べれてませんけどね」
「シフォンちゃんあとでレシピ教えてあげるわね」
「いや、ゴラグリュース様だから私は剣に生きることを……」
「はいはい、ここが昨日の現場よ」
到着するなり帯同していた魔術師のような男が呪文を唱え始める。
「この光魔法はその場に残る魔力の属性や使用者の情報を可能な限り読み取ります」
見たことない魔法に興味津々の様子のエリンにカインが説明する。
「遺留鑑定」
空間から様々な文様が次から次へと浮かび上がり、魔術師の付き人がその文様を羊皮紙に書き留める。
「どうだ、何か分かったか」
カインが、浮かび上がった文様についてあれこれと議論する魔術師団に声を掛ける。
「それが、暗黒魔法が放たれたとこまでは分かるのですが、その消失の仕方が奇妙で」
「どういうことだ」
「放たれた魔力と同等、またはそれ以上の力で無効化されているようです」
「本来であれば対象に魔法が効力を発揮する瞬間に強い反応が残るのですが」
「ただ今回のこの魔法はまるで編み物をほぐすように綺麗に分解されて無に還ってしまった様に見受けられます」
魔術師団が少し興奮気味に口々に説明する。
「本当だったのねタイトの話は」
ゴラグリュースが独り言のように呟いた後、カインに事の次第を説明する。
「ということは、その暗黒魔法無効の能力を持つ男は魔族であると?」
「うーん、あたしにもなんとも言い切れないのよ、見た目は完全に人間だし、顔も悪くないわ、まぁ人型に化けてないとも言い切れないけど」
「そうですか、分かりました、能力鑑定士も連れて来ておりますので早速鑑定をしてみましょう」
「それがね、今朝連れ去られちゃった、他の魔族の女に」
「今朝も魔族が!?敵対する魔族同士なのか、仲間を迎えに来たのか……」
「借りるだけって言ってたわね、それと、縁の力も預かろうかとも尋ねられたわね」
「縁の力も……その男と縁の力が何か関係するのでしょうか……いまいち話が読めませんね」
「……そうね、ただエリンは当分あたしが預かったほうが良さそうね」
「そうして頂けると助かります、それにしてもゴラグリュース様が取り逃がすとはかなりの手練れでしたか?」
「ううん、身のこなしはそうでもなかったわ、ただ斬っても斬っても手応えがなくてね」
「昔魔王の側近クラスで似たような魔法を使う魔族に会ったことはあるけど、ただ、今回の子は無詠唱だったし、斬られていない事に一瞬驚きの表情も見えた気がしたのよねー」
「……と言うことは、もしかしたら近くにその魔法を使った仲間がいた可能性もありますね」
「実は最近ロステリアでも度々魔族が姿を現してます、ただどれも偵察のような感じで 不気味ではあるんですが実害もなく動くに動けない状態で……」
カインの言葉を遮るようにシフォンがイライラした様子で話に加わる。
「私は実害が起きるまで待つ必要はないと思います!討伐とは言いませんがこちらからも魔族を牽制する必要があるのでは?」
「確かに150年もの間、魔族と人族で休戦協定を結んでいるのは知っていますが、ただ15年前から交流がなくなってるとも耳にしました」
「15年の間魔族がこちらに攻め込む機会を伺っていて、今まさに動き出そうとしてるのでは?」
捲したてるシフォンを諭すようにカインが語りかける。
「15年前の件もそうだが、魔族が総意としてこちらに危害を加えてるという確証がない限り、いたずらに兵士を送って争いを引き起こすわけにはいかない」
「でも!」
「シフォン、我々が騎士団だからと言って戦いを望んではいけない、戦わずに済むのであればその方法を私は取りたい、国王も同じ考えだろう」
「はい……」
「ただ、今回の件も踏まえると風向きが怪しいのは事実で準備も必要だ。シフォン、ロステリアに戻ったら新たに傭兵部隊を編成するよう手配してくれ」
「承知しました」
「偉いわね」
ゴラグリュースがカインの肩に手を置いて呟いた。
「……真実を知ってからでないと。父や母、ゴラグリュース様が築いてくれたこの平和を維持することが私の務めですから」