2・1 拘束と迷夢
魔法使いを体現したような格好をした老人が部屋の中で呟いていた。
「やはりハイルラだったか、だがあやつらは転生者のことは知らぬはず、となると狙いは縁の力かのぉ」
「ロステリアの騎士団はちょいと都合が悪いのぉ、転生者と顔を合わせんようにしといてもらえるかの」
念話だろうか、その会話を終えた老人深くため息を吐いた。
「急がねばな……」
老人は手のひらから幾つもの魔法陣を浮かべ難しい顔で考え込んだ。
朝の光が差し込む、昨日と同じ二階の部屋のベッドの上。
「いや、須山先生、僕のためにそんな格好していただけるのは大変光栄なのですが、もうその時代は過ぎてしまったんです」
「確かにその小さな耳と細く長い尻尾に狂わされていた時期もありました、だがトレンドはうさ耳、うさ尻尾です」
「さぁ、そんな肩パッドスーツくらい時代遅れの猫娘セットは脱ぎ捨てて、このバニースーツにお着替えください!」
「え、そんな、大胆な!目の前で生着替えなんて……あ、続けて、続けて……」
「へっぷしっ!」
はい、おはようございます。
J-POPに腐る程出てくる[夢ならば覚めないで]という歌詞に今世界中で一番共感してるのはオレに違いない。
本来ならガバッと起き上がって愉快なリアクションの一つでも取りたいところだが諸事情あってベッドから起き上がることが出来ない。
昨日の騒動の後、聞きたいことがあると言っていたのにオネエ様からはなんの質問もなく、ほどなくしてみんな眠りについた。
だが、ようやく寝付いた頃に胸ぐらを掴まれ1m20cmほど地面から持ち上げられて目を覚ました。
目の前には全く無表情の剣聖様ことオネエ様、そしてその体勢のまま[なぜ魔法を無効化できたのか]とか[目的は何だ]とかあれこれと聞かれたが、目的なんてオレにもわからないので、結局伝えたのは暗黒属性魔法無効のスキルを持ってるということだけ。
あとの魔法やスキル、転生者であることについては黙っておいた。オネエ様が敵に回るとは思えないが信用できるとも言い切れない。
ただ暗黒属性魔法無効は人間が持ってることはかなりレアなスキルらしく、魔族の手下ではないかと細い目でそこそこきつめに尋問された。
だが、仕方がないかとも思う。
事情はわからないがオネエ様はかなりエリンのことを気にかけてるらしく、昨日の騒動で無事だった時の安堵の表情は印象的だった。
そんなエリンと一つ屋根の下に昨日今日出会ったばかりの得体の知れない[ど変態うさ耳マニア@暗黒魔法耐性持ち]がいればそりゃ心配だと思う。
というわけで、なんか得体の知れないアイテムでベッドに縛り付けられたまま眠っていたわけだ。
ガチャ
「おはようタイト昨日はごめんね、疑ったりして」
昨晩よりは幾らか穏やかな顔のオネエ様が部屋に入ってきた、その後ろにはエリンも付いてきていた。
「キャっ!タイトさん!どうしたんですか!?誰にそんなことを!」
エリンは駆け寄ってきてオレの拘束を取ろうと光の糸のような拘束を引っ張って取ろうとする。
「あたしよ、エリン」
そう、そこのオネエ様の仕業です。
「なぜですか!?」
「エリンを襲わないようにね♪」
「……あ……タ、タイトさんはそんな不純な人ではないと思います」
ほんの少し赤い顔で答えるエリン。
あ、そっちの意味の襲うね、いや、エリン、そっちの意味ならあり得……、いや、あり得ない![うさ耳を見守る会]の会長が手を出すなど言語道断!
「じゃぁもう解いてもらっていいですかねコレ、寝返りも打てないんですが」
「だーめ」
何指か分からない指を左右に振りながら言うオネエ様。
「もう私も起きてますし、そもそもタイトさんはそんな事しないと思います……」
そうだそうだ言ってやってくれ!うさ耳に誓ってそんな不埒な事しないぞオレは!
「ダメなのよエリン、事情はありそうだけどタイトは何か隠してるし、あたしの勘がそれはと~っても危険だって言ってるの」
と~っても危険かどうかはオレ自身も分からないけど、話すべきかはすごい悩むなぁ。
確かにドラマとか[いやその事件ってお前が無意味に秘密にしてるそのこと話してたら起きんかったやつやん]のオンパレードだしな。
さて、どうしたものか。
「オレが持ってる力のこと話したら拘束解いてもらえますか?」
「うーん、そうしてあげたいのは山々だけどあたしは能力鑑定のスキルなんて持ってないからタイトちゃんが嘘吐いてても分からないのよねぇ」
「じゃぁどうすれば?」
「昨日の騒ぎが魔族の仕業だってのはタイトも気付いたでしょ?」
「ええ、帰り際に男の顔が普通の人間のそれとは違う何かになってましたね」
「魔族って脅威なのよ、かなりね。だから今頃ロステリアに昨日の報告が上がってて後数時間もすれば調査団がこの街にやってくるわ」
「それがオレと何か関係あるんですか?」
「調査団には必ず鑑定士が在籍してるはずだから、その鑑定士にお願いしてタイトを鑑定してもらおうかなぁって」
あれ、なんかまずいなこの流れ。オネエ様なら最悪オレの能力に危険があっても見逃してくれる可能性もありそうだが、国家所属の調査団ともなれば絶対何かに巻き込まれる、いや、運が悪ければ死ぬまで実験体もありえる。
「あ、もちろんタイトが安全だって分かればすぐに拘束は解くわよ!お詫びもするわ♪」
そう言うとオネエ様は艶めかしく自分の体を撫でてみせる。
きっとオレの頭の翻訳機能が[お詫び]と[拷問]を聞き間違えたのであろう。
「まぁ例えタイトが危険な存在だったとしてもあたしの剣なら痛みも感じる間も無く一瞬だから、ね?」
なんの[ね?]か知らんが、見逃してくれへんのかい、オレ何も悪いことしてへんのに……。
何とかして逃げないとな、その鑑定とやらが魔法まで見れるかどうか分からないけど、[死のなんたら]シリーズなんて並ぶの見たら、いや、スキルだけでも危険なのがあるかも知れない。
しかし、剣聖とまで言われてる存在から逃げれるのか?……無理だろうなぁ……。
「お言葉ですが、ゴラグリュース様、昨日あの魔族より身を呈してタイトさんが私を守ってくれたのをご覧になられたのでは」
お、エリン!そうだ、言ってやれ!
「エリン……、でもね、そこまでが信用を得るための算段じゃないって言い切れる?」
「それは……」
諦めるなエリン!頑張れ!まだ逆転のチャンスはあるはずだ!
「ま、後数時間だから、ね、エリン、鑑定が終わったら解放するし」
「ゴラグリュース様がおっしゃるのであれば……」
エリン完全に諦めた、うん、そうだよね、相手は剣聖様だもんね。
どうするべきか、こんなことならオネエ様に会う前に[死のなんたら]シリーズの効果試しとけばよかったよ!
実は[死の宣告]ってやつだけは、森の入り口をうろついてる時に一度唱えてみた、いや流石に人や動物ではなくその辺で一番デカかった木に向かってだが。
MPは残り1まで減って空中に不気味な文様が浮かび上がり、焼印のようにその大木に文様刻まれた。
だが、何が起こるわけでもなくそのままで、二、三十分は観察してみたが特段枯れる様子もなくその場を後にした。
結局その後MPはいつまで経っても回復せず他の呪文を試す機会もないまま、つまり情報は依然ゼロのまま。
死の迷夢なんてこの状況を打破するのに使えそうな気がするんだけど、万が一でも使った瞬間に周りに致死レベルの毒ガスでも発生して、エリンの身に何かあったら、うさ耳を見守る会の立ち入りを未来永劫禁止されてしまう、いやそれどころか、その噂が広まって全世界獣耳アソシエーションからも会員資格剥奪されて、パンの耳同好会に左還され、死ぬまで耳あり・耳なし両サンドイッチ派閥の板挟みに、いや板サンドになって死んでいくんだ!
そんなことになったら絶対に遺書に[どっちでもええわ、ナンが最強じゃボケっ]って書いといてやる!!
と、抜け出す方法を考えることから少しばかり脱線したその時、
窓から黒い輪っか状の影が幾つも飛び込んできた。
「エリン!」
とっさにオネエ様はエリンを庇うように抱えその輪に背を向ける。
バチンッ!
ゴムが弾けるような音と共にオネエ様とエリンがその黒い輪に拘束される。
オネエ様がオーラが見えそうなくらいの怪力でその輪の拘束に力を込めるがビクともしない。
オネエ様が目線を窓の方へ向け静かに言う。
「魔族の家には玄関がないのかしら」
オレもその声の行き先へと視線を移す。
いつの間にかオレの真横に、青黒い肌に青い髪の毛そして髪の毛に小ぶりだがツノを生やした女が立っていた。
昨日も確かに魔族と接したがそれとは全く違う感覚、この魔族……恐ろしく……可愛い!
いや、可愛いと言ってもあれだ人間で言うと20歳前後、身長も165cmくらいで決して小柄と言う訳でもない、そういう可愛さじゃない。
ただ昔から獣耳以外のもう一つのオレの大好物、そう[淫魔]に似てる!そうエロ可愛いの権化!てかサキュバスであれ!
露出多めの皮のビキニっぽい服にこの身の毛もよだつ雰囲気、だが悪魔の尻尾的なのはこの角度からは確認できない!
クッソ、回り込みたい、あのスペード型の尻尾があるのであれば是非確認したい!
魔族と呼ばれたその女はオネエ様の皮肉は完全に無視して、オレの顔を覗き込む。
「……少しばかり付き合ってもらおう」
そう言うと、指先で触れただけでオレの拘束を弾き飛ばし、そして小脇に抱えられるオレ。
何なんだこの世界の人の連れて行きかたは基本的に小脇に抱えるんか、もっと魔法でふわっと浮かすとか触れただけで転移させるとか色々あるんちゃうか。
ヴォンっ!
いつの間にか拘束から抜け出していたオネエ様の剣が魔族とオレを一刀両断。
しかし、剣は空を凪いだだけで地面に刺さる、魔族は避けてもいない、なんかすり抜けた、剣が、オレの体も。
「あれ、迷夢が使えるなんてそこそこなのね、見かけによらずババアなのかしら?」
「……少し、借りていくだけだ」
女はそう言うと不用心にオネエ様に背を向けて窓の方へ歩き出す。
なんだろ、何か違和感が、今このサキュバス(仮)ちゃん一瞬焦ってなかったか?
「堅牢壁!」
エリンが呪文のような言葉を口にすると、窓の前に石の壁が現れ女の行く手を塞いだ。
すげーエリン魔法まで使えるんだ!うさ耳魔法使い、いや、うさ耳魔法少女とか最高かよ!
壁ができると同時に床から剣を引き抜いたオネエ様が再度女へと斬りかかろうと飛び上がる、女は慌てた様子もなくオレを片手で持ち上げて盾にする。
え、って、っ盾にしてんじゃねーよ!さっきみたいに迷夢とやらで避けろよ!オレに用があるんだろ!
っておいオネエ!お前も勢いそのままに斬りかかってくるんじゃねーよ、少しは怯め!人質がいるんだぞ!
ザンっ!
やはり剣は空を薙ぐだけでオレにも女にも当たらない。
やっぱこれってオレの持ってる死の迷夢って魔法と同じ魔法をこの女が持ってて使ってるのか?
だとしたら物理攻撃無効って最強じゃん!
ただ女が呪文を詠唱してる様子もないんだが、無詠唱でも使えるのだろうか。
なんて考えてる間もオネエ様が連続でこちらに斬りかかってくるが、一向に当たらない。
ただ、剣聖と呼ばれるほどの存在が既に効果がないと思われる攻撃をこんな闇雲に繰り返すだろうか、否!
オレの勘がこの切り掛かりは相手を油断させるためのブラフで、実は迷夢に対抗する技を出すタイミングを見計らってると告げている!
てことは魔族さん早く逃げないとオレも一緒に真っ二つにされそうなんですが、なぜそんなに悠長なのか、油断大敵ですよ!
「剣聖とはそんなものなのか?」
あ、馬鹿、それって相手が本気出すフラグじゃねーか!
何だ余裕があるのか?じゃぁ何でさっき焦ってた?
「そうかもね」
オネエ様は以外にもそれを軽く受け流した。
「……であれば、縁の力も預かるとしよう」
その言葉を聞いた瞬間、オネエ様の瞳孔がいつものようにスーッと細くなってゆく、
そして、オネエ様は剣を床に投げ捨てた、と次の瞬間その手から光が溢れ剣の形を作る。
「魔斬り!」
白い光の筋があっという間に迫ってくると先ほどまでオレを盾にしていた女が体を素早く入れ替えオレを庇いつつ光の筋を避ける。
避けきれなかったのか女の腕からは青い血が流れていた、傷は深くなさそうだが、オレなら泣いて土下座してるレベルの流血。
しかしそれでも取り乱す様子は一切なく淡々と言う。
「……縁の力は任せよう」
それだけ告げると、高く飛び上がり天井を拳で貫くとそのまま家の外へ飛び出した、オレを抱えて。
しかも、屋根から飛び出る時オレだけ強めに頭を天井に打ち付けた。いや、そこはさっきの霧みたいなやつですり抜けたりしないのか。
どこに連れていかれるのかわからないが、場所を隠匿するためにみぞおちパンチでゴフッってのを食らうのも嫌なので、頭を打った瞬間に気絶したと見せかけて、大人しく連れ去られた。