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11・1 喰らう者と祈る者

「お前が王を殺せ」


 鼻先が触れる距離でナミアに凄むキャスパー。


「王の弟は王を殺すことも、王になることも拒んだためこのような姿となってしまったが、お前はそれほど愚かではないだろうナミア」


 ナミアの傍らには胴体を二つに分断され息絶えたシヴァテアが横たわっていた。


 自分の意思とは関係なく体が震える。

 そして頭の中は混乱を極め、言葉を紡ぐことさえ困難な中、そんな自分の感情の起伏によって英傑の力が成長するその感覚だけは明確にナミアに伝わっていた。


「わ、私を殺しなさい」

 ようやく声を絞り出すナミア。


「それは出来ぬ相談だ、一つだけ教えてやろう、お前のその悲観や絶望はお前が持つ英傑の力に増幅され、私の可愛い蟲へと注がれている」


 驚きの表情を浮かべるナミア。


「意味は分かっているようだな、そうだお前のその感情の一つ一つがこの世界を終わりへと刻々と近付けるのだよ」


 フーッと長い息を吐くナミア。

「英傑の本当の力を知らないようですね、キャスパー」


「ほう」

「私の感情が人を危険に晒すと分かった今、貴方の言葉に惑わされることがないように英傑の力を発揮します」


 英傑の力とは、他人をその言動により支配することだけでなく、他人の言葉に支配されることのないよう自分を制すること。


「私と根比べをしようと言うのか、よかろう。私も魔族なので気は長い方だからな、あの方の準備が整うまではその遊びに付き合ってやろう」


 キャスパーが手を振ると小さな虫が大量に発生し、シヴァテアの遺体に群がる。

 そして、その体と飛び散った血も含めて全てを最初から何事もなかったように綺麗にする。


「お前の体も綺麗にしてやろう」


 虫たちがナミアがに群がり浴びた鮮血を啜ってゆく。

 常人なら悲鳴を上げてしまいそうな光景だがナミアは静かに目を閉じてされるがままそれが終わるのを待つ。


「ふっ、それが英傑の本当の力か、お前がどうすれば悲鳴を上げるかを考えるだけで私の中の何かが目覚めそうだよ」


 ナミアは気丈に答える。

「やってみなさい」


「そうだな、まずは毎朝お前が目覚める度に、ロステリアの王を殺すべきか、お前の父親であるカサオーヌの王を殺すべきか問う事にしよう、ほんの十年ほどだが感情を押し殺して耐えてみるがいい」


 キャスパーはナミアの傍らに歩み寄りその頬に手を添える。


「だが、たとえお前が耐えたとしても、時が来ればロステリアの王を殺し、私の可愛い蟲は世に放たれる」


 ナミアは静かに目を閉じる。


「そうだな、万が一の望みは、お前が耐えきり、王は殺され、世に出た蟲が不完全な場合はどこぞに蟲を倒せる奴がいるかもしれない、だが、勇者と聖女はあてにするな……」


 その日の夜はそうして終えた。


 その日から十年余り、キャスパーは宣言通り毎日ナミアの心に絶望を植え付けようと様々な言動をナミアに投げ掛けた。

 それらに可能な限り心を閉ざしていたナミアだったが、キャスパーの正体が皆に明るみに出る数週間前、ついにキャスパーはナミアの琴線に触れてしまった。


「そうか、お前はまだシヴァテアの死を引きずっていたのか、簡単な事だったな」


「そのような行為、神がお許しになると思うのですか」

 ナミアは表に出ようとする憎悪を抑えつつキャスパーと対面していた。


「まさかシヴァテアに子供が居たとはな、私の調査不足だったな」


 ある日、キャスパーは王位をスネーテに譲りたいと王が話していたのを聞き、その存在に気気付くことになる。

 そして翌日、毎朝続くロステリア王とカサオーヌ王のどちらを殺すべきかというナミアに対する問いにスネーテを加えた。


 シヴァテアが殺されたあの日の夜を再現するのはどうかと言ったのだ。


 あの日までシヴァテアはロステリアを、この世界の人々を救うためにこの魔族を一人でいなし続けていた、そしてナミア自身も十余年の月日を犠牲者が出ぬよう一人でこの魔族を相手にしていた。


 しかし、魔族が提示する期限は近付き、さらにはこの国の次の希望となるはずのスネーテの存在も知られてしまった。


 シヴァテアの為にもスネーテを守らなければいけない、そしてこの国も、この世界も。


 そういった強い思いがナミアの心の静寂に綻びを作り始めていた。


 もう自分だけではこの魔族を抑えておくことは不可能だ、しかし、この企みを王に話せばキャスパーは即座に王を殺してしまうだろう。


 そんな気持ちの狭間で今日まで苦しみ続けていた。


 それが、キャスパーが自らの首を持って王の間から消えたその夜に、ここに集まったオレ達に王妃から語られた顛末だった。


 オルタスは我を失い、王の間を破壊しそうな勢いで斧を振るう。

 今ここには居ない、シヴァテアの仇への怒りを転化するように。


 王はナミアの肩を抱き謝り続けている。

 王として夫として、妻の十余年の苦しみに何一つ気付いてやれなかった自分を悔いながら。


 スネーテはオルタスに近付き斧を振るうその腕を掴み、告げる。


「母上、やっと見つかりました。共に父の仇を討ち取りましょう」

 オルタスは渾身の力を込めてスネーテを抱き締める。


「スネーテ……」

 涙を流し始めたオルタスはそれ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。


 ドドドドドドっ!


 王妃の話を聞いてる間も、この地鳴りはその間隔を狭めながら響き続けている。


 王が立ち上がり、告げる。

「残念だが、余の封印もそう長くは持たなそうだ、この世界を数刻で喰らい尽くすという伝説の蟲だ、諦める方がよっぽど良い死に方が出来るやもしれん、だが、なんとか、なんとかしてやってはくれぬか」


 声色はいつも通りだが、王にとっては悲痛の叫び。

 ただそう言われなくても、オレ達には立ち向かう以外の選択肢は存在しなかった。


「やりますよね、オネエ様」

「もちろん」

 ネーシャ、エリン、ニムル、カイン、シフォン、そしてオルタスとスネーテ、皆が同様に頷く。


「ガウ」

 あ、ヴァンも。


 そうだ出番が少なかった穴埋めにかっこいい台詞の一つでも打ってやろう。


「安心してくださいロステリア王、私はこの世界の混乱を収めるために異世界から召喚された勇者タイトです! 必ずしやこの世界を救い、この国に獣耳アソシエーションの本部を構えると誓いましょう!」


 フフ、決まったっしょ。


 見渡すとほぼ全員が「は?」という表情。


 低脳がと言わんばかりの表情のネーシャとニムル。


 誠か!的な表情でゴラグリュースを見るロステリア王。

 分かんないという感じで両方の掌を開くゴラグリュース。


 あっれ、おかしいな皆が口を揃えて勇者様!みたいな流れを想定していたんだが。


「ま、まぁ頼む」

 なんかとりあえず言っておこうかみたいな感じでオレに告げる王、くっそ、せめてフォローしろよ魔族達!


「失礼致します」

 バァーンっ!

 王の間の扉が、豪快に開かれる。


「各国の伝令より緊急事態の報告あり! 各国に魔王イ××を名乗る者が現れました」


『各国に!?』


「いやいや、イ××は降臨のための眠りに……」


 そこまで言ってオレは自分が口にしたはずのその魔王の名がかき消されてることに気付く。


「名前が言えない……」


 世界を喰らう蟲だけでも無理ゲーなのに、魔王まで復活?

 間違いなくここにいる皆の心で悲観が絶望に変わった瞬間、一際大きな地響きが鳴り響く。


 ドゴゴゴゴゴゴゴッ!


 しまった、絶望を喰って成長するんだった。

 って、分かってても無理だろう、絶望は絶望だろ。


「で、その魔王は各国で何をしてるの?」

 オネエ様が報告に来た兵士に尋ねる。


「祈りを……捧げてるそうです」

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