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1・3 うさ耳と魔族

 ランちゃんこと巨体緑鱗トカゲオネエ様に連れられて来たトリニアは小さな町だが人通りも多く賑やかな町だ。

 どうも先先代の勇者がこの町から誕生したらしく勇者マニア的な観光客でそこそこ賑わってるらしい。

 ちなみに現在の勇者は城下町ロステリア郊外の村の出身で15年ほど前から行方不明だとも聞いた。

 これはあれかな、行方不明の勇者を探すか、またはその代わりに魔王を倒す的な使命がオレに課せられるフラグかな。

 などと今後の展開を予測していると[ランちゃんのお料理研究所]なる看板がついた普通の民家に辿り着いた。


「ここがあたしのお家よ、さぁ遠慮なく入っちゃって」

 扉を開くと中はワンフロア丸々が小綺麗なキッチン、確かにちょっとお料理教室っぽい。

「ありがとうございます、お邪魔します」

「その辺に適当に座ってて今お茶でも入れてくるから」

「ランちゃんはお料理の先生何ですか?」

「そうね、そんな感じよ」


 これで少し納得がいった、街に入ってからすれ違う人がオネエ様に挨拶をするんだがみんなちゃんと敬称を付けて、ゴラグリュース様って言っていたのは多分このオネエ様はこの界隈では有名なお料理研究家なのだろう。

 てか誰もランちゃんなんて呼んでねーじゃん!


「あ、ゴラグリュース様お帰りになられてたんですね」

「エリン、ただいま、ちょうどよかったこの人ね……」


 階段からキッチンのある部屋に降りて来た少女がオネエ様に話しかける。

 あ、やばい、まじ、猫耳とかオレ完全にシロートだったわ、エアプだわ、この瞬間から所属団体変更するわ、[うさ耳を見守る会]に!

 格好は普通の町娘、背もそんなに高くないが、ブラウンの瞳に、透き通る白い肌、お尻には丸くてほわほわした尻尾、そして何より軽くウェーブのかかった金髪から突き出る純白のうさ耳。

 一目見た刹那で三回は魂が浄化された気がする、一度目の輪廻の旅は安直な猫耳に踊らされた自分を省みる旅、二度目はより心に刺さる獣耳を探しうさ耳に出逢う旅、三度目はうさ耳と呼ぶかうさぎ耳なのかそれとも漢字の兎耳とするかの自問の旅、そして今ようやくこの現世に立ち戻り高らかに宣言しよう、うさ耳・イズ・ベスト!

 そうかオレの異世界転生はうさ耳ストとしての人生を大いに楽しむのが目的だったのですね、神様ありがとう!


「……ってわけだから明日一緒にロステリアまで連れてってあげてくれない?」

「ゴラグリュース様のお役に立てるなら喜んで、よろしくお願いしますタイトさん。……タイトさん?」


 しまった、魂レボリューションの最中に話しかけられたので、すごいアホヅラのままで返答が出てこない。

 第一印象はその後の関係の70%以上を決める大事な場面なのに、やばい、落ち着け、うさ耳なんて興味ないフリをするんだ、クールに陰のある男を演じるんだ!


「……うさ耳……さいこぉー……」


 ガタンっ

 うん、無理だった、魂の叫びが漏れ出した瞬間に興奮し過ぎて気を失った。

 最悪だ、これでエリンと呼ばれたこの子の中でのオレのイメージは失神ど変態イケメンで固定で、今後何をしても冷ややかな一瞥しかされず、少しでも近づけば眉間にしわを寄せて近づいた距離の三倍の距離を取られることだろう。

 ……あ、イケメンかどうかは確かめてないや、あとで鏡見よっと……、などと考えながらオレの意識は完全にブラックアウトした。


 気が付くと薄暗い部屋のベッド寝かされていた、額には冷たい布が乗せられていた。

 良かった、うさ耳興奮失神ど変態なんて家から放り出されていてもおかしくないのに、オネエ様ほんと優しい!


「あ、タイトさん気付かれました?」

「ファ、あ、え、と、あれ、さ、さっきはすみませんでした!!違くて、そういうんじゃなくて、あの、えと、その、エリンさんの耳があまりに神々しくて、あ、じゃなくて、綺麗で……」


 弁明しようとするが、変態を重ねてるだけで全然弁明にならない。


「ダメですよ、初対面の女の子にあんなこと言ったら」


 薄暗くて表情は見えないが少しはにかみながら言ってるように聞こえた。


「すみません……」

「でも、自慢の耳なので少しだけ嬉しかったです。ゴラグリュース様は[この変態さっきの森に捨ててこようか?]ってご立腹でしたけど」


 マジ天使。怒ってない、嫌われてない、しかも嬉しいって、やばい、フラグ以外も立ちそうだ。

 てか、オネエやっぱ追い出そうとしてんじゃねーか、全然優しくねー!


「晩御飯の用意出来てるので下に降りてきてくださいね」

「あ、はい!ありがとうございます!」


 下に降りると、今日オネエ様が狩ったブヒノスがマンガ肉ではない完全な料理として並べられていた。

「先ほどはすいませんでした……」

 先に席に座っているオネエ様に謝る、瞳孔は今までで一番細い。


「……エリンの彼氏の条件はあたしより強いことだから、変な気は起こさないほうがいいわよ」

「いや、そんなつもりじゃ……」


 怖いよ、まじ怖いよ、だけどこれはチャンス!このあとエリンが[からかわないでくださいよぉ(赤面)]でお互い気になるフラグ確定のやつ!

 ちらっとエリンの顔色を伺う。

 笑顔を浮かべているようだが、どうもオレの期待してるそれとは違う。赤面というか鼻息が荒い。


「では、説明させていただきますね!こっちがローストブヒノス、これがブヒノスのミンチ肉を焼いて香草のソースをかけたもの、で、これがブヒノスと野菜の煮込みです」

「やっぱり討伐レベルが高くて入手の難しいブヒノスだけあって良く肥えていて肉質は最高です!これがうちの宿屋で出せるようになるなんてほんと夢のようです!」

「あ、どうぞお召し上がりください!味の感想も是非是非!!」


 エリンは熱弁を終えると身を乗り出して、オレとオネエ様を交互に見て[さあどうぞ]と促す。

 良くわからないがこれは名誉挽回のチャンス、オレはローストブヒノスを口に運び恍惚顔で肉質を絶賛、ブヒノスのハンバーグ的なのを食べては肉汁に驚愕して鼻腔をくすぐる香草ソースを褒めちぎる。


 エリンの顔がみるみる紅潮して、はち切れんばかりの笑顔を浮かべる。


 お姉さまを見ると分かりにくいが多分オレと似たような表情で食べ進めて、野菜煮込みを口に入れた瞬間顔色が曇る。


 エリンが心底不安そうな顔で尋ねる。

「ゴラグリュース様、お気に召しませんでしたでしょうか……」

「……あたし野菜超苦手……」


 あぁトカゲって肉食ですもんね。いやそれ以前に料理研究家が野菜嫌いって適性ゼロだろ!

 ってせっかくエリンが気分良くなってきてるのに無粋なコメントしやがったのでオレがその不安吹き飛ばすほどの食レポを披露しようと思っていると、オネエ様の顔がさらに険しくなる。


「……野菜が苦手なのは今更よね、違うのエリン料理のせいじゃなくて、誰か来るわ、それもただ事じゃなさそうな雰囲気ね」


 その台詞を言い終わると同時に家の扉が強めにノックされる。

 ドンドンッ!ドンドンッ!


 食卓の脇に置いてあった、剣をおもむろに帯刀したオネエ様が扉を開ける。


「ゴラグリュース様!街の入り口付近でデアタイガーが十数頭現れ警備隊が応戦中ですが……」

「わかった、すぐ行くわ」

「ありがとうございます、警備隊の報告ではそのうち一頭は高レベルの亜種ではないかと……」

「……亜種までこっちに来てるなんて、しっかりしてよヴァンちゃん……」


 独り言のように呟いた後、オレ達には町民と一緒に警備隊について行って避難するように言うと颯爽と街の入り口へと向かって行った。

 避難所へ向かう途中、街の入り口の方から爆発音が聞こえる。

 ドォォォン!


 突然の轟音に身体がすくんで座り込むオレにエリンが声を掛ける。

「大丈夫よ、タイトさん。ゴラグリュース様がみんなを守ってくれるわ」


 確かにオネエ様は強そうだけど、街の警備隊が苦戦するような相手に料理研究家が敵うとは到底思えない。

 きっと少しばかり、ほんの少しばかり身体が震えていたオレを勇気付けてくれたのだろう。

 オレはもしもの時にはエリンを守ってかっこよく散る算段(妄想)を始めて心を落ち着けた。


 避難所だと思われる町民が大勢集まっている建物の前まで来たところで、

 遠くの方から歓声のような声が聞こえて来た。

 その声を聞いた町民たちはホッとしたような表情を浮かべていた。


「オレらが束になっても勝てないデアタイガーも剣聖様の前では束になっても無力か」

「こんなに安心して住める街は他にはないかもな」

「だな、最近は魔獣も頻繁に現れるようになったし、俺は絶対この町を離れんぞ」

「俺もだ」


 剣聖?そうか、オネエ様以外にも強い剣士がこの町にはいるのか。

 オレも当面この町で暮らすかな、安全第一だしな、ってダメだ、エリンはロステリアとか言う城下町に住んでるんだった!

 安全を取るかエリンを取るか、究極の選択を迫られたオレは選択の参考として今一度エリンのうさ耳を拝もうとエリンの方へ顔を向ける。


「あれ?エリンさん?」


 さっきまでそばに居たはずのエリンの姿がない。

 キョロキョロとあたりを見回してると細い路地からキャっという小さな叫び声が聞こえた。


「エリンさん!?」

 声の聞こえた方へ向かって走って行き路地を覗くと、うっすらと月明かりに照らされた人影が見えた。

 オレに気づいた人影がこちらに向かってものすごいスピードで迫って来る。

 近くまで迫って気付いたがその人影は小柄な町民の男と小脇に抱えられ逃げようともがくエリンだった。

 オレより細そうなのに人ひとり小脇に抱えるとか馬鹿力かよ。

 相手が人間だとしてもこんな奴に腕力では勝てそうにはない、だがまだ試してもない[死のなんたら]的な魔法を、エリンを抱えてる男に放つわけにもいかない。

 考えろ、考えろ、できることがあるはずだ、妄想をフル回転させろ!

 異世界ポケットは毒の果実しか入ってない、悠長にどうぞ食べてくださいなんてできない。

 えーっと、発動スキルの魔力暴発ってなんだ暴発って響きが嫌すぎる、あークッソ、もう相手が目の前じゃねーか、このままタックルしてもきっと吹き飛ばされるだけだ、

しょうがない、一か八かしかないならやってみるしかねーよな!


魔吸収(ドレイン)!」


 使い方もよくわからないが右手を前に突き出して一番安全そうなスキル名を叫んでみた。

 何も起きない……。

 相手はオレなんて眼中にもないかのようにまっすぐと身体をぶつけてきた。


 相手とオレの身体が触れた瞬間、微弱な電気のようなものが流れ込んでる感覚がした、そしてエリンを抱えた町民は足元がもつれるように転び大通りの真ん中で倒れた。

 オレは転がる寸前に町民から颯爽とエリンを奪い返しお姫様抱っこ……なんてオレの腕力でできるはずもなく、

 エリンを抱えた状態で盛大に尻餅をついた、痛い、尾てい骨まじ痛い。

 しかしここはカッコつけどころ、涙をこらえて爽やかな笑顔でエリンに声を掛ける。


「大丈夫か、エリン」


 残念、ぶつかった衝撃でエリンは気を失ってるようだ。


「キャーーーー!」

 大通りの方から叫び声が聞こえる、エリンから大通りに視線を移すと、さっき盛大に転んだ町民がこちらに向けて手を突き出してる、そしてその手には黒いモヤのようなものが渦巻いていた。

 異世界に来て初めて魔法とご対面か、なんて悠長なこと考えてる場合じゃない、オレはエリンを地面に寝かせると同時に、黒いモヤをこちらに放とうとする男の方へと走り出した。


「だめタイトさんっ!」

 あ、目醒ましちゃいました、だったら余計に躊躇はない!

 ど変態のまま死ぬわけにはいかないので最後の勇姿くらい刻ませてもらおう!


 次の瞬間男の手から黒いモヤが放たれると同時に男の首が宙に舞った。だが黒いモヤはそのままオレの方へと伸びて来る。

 男の後ろにはオネエ様が剣を凪いだすげーかっこいいポーズのままオレの方を見て[しまった]と言う表情をしている。

 いや、いいんですよ、オネエ様、エリンを守って死ねるのであればきっと四度目のうさ耳輪廻はより良いものになるはずなのだから!


「うぉぉぉぉ!エリーーーン!!」

 オレはかっこいい最期を演出するかのように雄叫びを上げる。

 そして、黒いモヤはオレに触れた瞬間に霧のように消えていった。何事も無く。

 一瞬の静寂……なんだろう助かったんだけどエリンとか叫んじゃってだいぶ恥ずかしい。

 安堵でへたり込むオレ、痛っ、また尾てい骨打った。


 オネエ様が駆け寄って来る。

 オレは大丈夫と言いたげに顔を上げるが、オネエ様はそのままスルーしてエリンの元へ駆けつける。

 うん、いいんだ、そうだよね、女の子優先。

 オネエ様が安堵の表情を浮かべてるのでエリンも大丈夫そうだ。


 町民たちが口々に[剣聖様!]と叫び、お祈りをするようにオネエ様の方を見ている。

 そうか、オネエ様が剣聖様だったか……。どうしよう、脳内でとはいえ出会った時に[巨体緑鱗トカゲオネエ]って呼んじゃってた。

 天罰とか当たったりしないかな。するだろうな絶対。


「タイトさん……ありがとうございます」

振り返るとエリンとオネエ様がオレの横に立っていた。

「いえいえ、うさm、いや、エリンさんを守って死ねるなら本望ですよ」


 今度こそ全力の爽やかな笑顔を向けることが出来た。

 エリンがオレの身体を抱きしめた。柔らかい感触、いやそれ以上にうさ耳までの距離推定18cm。

 ダメだ、無傷なのに違う理由でまた気を失いそうだ、いや、待てこの流れで頭をポンポンは自然な流れではないか!

 今しかない、オレは気を失いそうなほど高鳴る鼓動を気合いで抑えつつ、エリンの頭に手を伸ばす。


 パチっ、無情にもうさ耳まで推定3cmを残してオレの手はオネエ様の手により弾かれ地面へと戻された。

 そうこうしてる間に感謝のハグタイムが終わってしまった。


「初めて会った人のために無茶し過ぎですよ、タイトさん……」

 立ち上がったエリンは正真正銘のはにかみ顔でそうオレに声を掛けた。


「さてと、あとは警備隊に任せて家に帰りましょうか、少しタイトに聞きたいこともあるし」


 オネエ様はそう言うとオレの身体をひょいと持ち上げお姫様抱っこ状態。

 いや、クッソ恥ずかしいですけど、めっちゃいい雰囲気だったのにさっきまで。


「あ、歩けますんで……」

「いいのよ、頑張ったご褒美に家まで運んであげる」


 褒美か罰ゲームかは知らんが今は受け入れることにした。

 ふと先ほど切り落とされた男の頭部を見ると、町民の顔ではなく青黒い顔に小さなツノのようなものまで生えていた。

 あぁ、魔族だったんだ。オネエ様も同じところに視線をやってるが驚く様子もないので知っていたのだろう。

 さっきの最後の魔法って暗黒属性ってやつだったのかな、だから暗黒属性魔法無効のスキルを持ってるオレには効かなかったのか。

 もし無効じゃなかったらどうなってたんだろ、そもそもどんな魔法だったんだろ、やっぱり[死のなんたら]系だったのかな。

 まいっか、確実にエリンからの好感度は上がっただろうし、頑張ったよオレ、実力以上にカッコ良かったはず。


 まぁ巨体オネエ様にお姫様抱っこされてるこの状態を除けばだけどね!


 月明かりに照らされた街の教会の屋根の上。

「デアタイガーごときでは時間稼ぎにもならないわけですね、剣聖というのは厄介な存在ですね、邪魔ですね。けど何れにしても(えにし)の力を持つものを生かしておくわけにもいかないので、次は私の出番ですね……」


 一方、月明かりに照らされた街の鐘つき台の上。

「……という状況で殺された魔族はハイルラの配下の者だと思われます」

 今にも闇に紛れそうな青と黒の肌を持つ女はどこを見てるわけでもなく独り言のように喋り続ける。

「はい、明日にはロステリアから騎士団が今回の騒動の調査のため派遣されると思います」

「かしこまりました、では転生者の方はそのように対応致します」


 そして女は文字通り闇に紛れて消えた。

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