6・1 脳筋とあっちの嫁
家の広間ではオルタスがゴラグリュースの質問責めにあっていた。
「何なのあいつ?あの偶然はあいつの能力か何かなの?」
オルタスはイエスともノーともつかない首を傾げる仕草で答える。
「あいつ特有の能力かと言われれば違う、カブロ教徒が物事が行き詰まった時に唱える一種のおまじないみたいなもんだな。カブロ教自体が運命を司る者を崇拝してるからか運命に左右される博徒や運一つが生死に直結する兵士や傭兵なんかに信者が多い、そいつらがここ1番の時によく使う掛け声が確率変動と言われるあのおまじないだ、聞いたことくらいはあるだろ?」
「いやいや、おまじないにしちゃ強力すぎるでしょ!完璧に世界の法則を歪めるレベルの運の良さだったわよ」
「そうだな、本来は気休めに口にされるだけのまじないだからな、あそこまで効果が発揮されることはない。推測だがあいつはかなり敬虔なカブロ教徒で運命を司る者から加護またはそれに近いものとしてあの能力を授けられたのかもな」
「でもあんた、あの能力を無効にできたわよね?」
オルタスが最後にハイルラを分断した時、確かに妙な偶然は起こらなかった。
「ああ、少し前にガルドの使いが来て解呪の魔法が込められた水晶を渡されたのさ」
「ガルドってあれよね?あなたの育ての親で魔王の側近のごついおっさんよね」
「あぁ何事も力で解決できると信じてやまない脳筋の親父だ」
「そうよね、魔法を卑怯者のたわごとって呼ぶあの脳筋親父よね?そんな脳筋魔族が魔法を込めた水晶をよこすなんて、よっぽどのことね……」
「そうだな、どういう風の吹き回しか分からんがこれであいつが無敵ではないことが分かった。今回は手を読まれてたようで傷すら付けれなかったがな」
ゴラグリュースは思い浮かんだ疑問を素直にぶつけてみる。
「てか、最初から使えば良かったんじゃない?」
「いや、そうなんだが、渡してくれたのがあの脳筋親父だぞ?何か説明があったと思うか?最後にもしやと思って使ってみた私を褒めて欲しいくらいだ」
「言わなくても察しろってダメな男の典型ね」
「ははっ、そう言ってくれるなあれでも私には優しいんだぞ」
少し呆れたような微笑ましいような複雑な表情のゴラグリュースが続ける。
「もう一つ聞きたかったんだけど」
「なんだ?」
少し言いにくそうに切り出す。
「スネーテの件なんだけど……」
「あぁ、王位継承だなんだかんだの件か」
「どうするつもりなの?」
両手を組み高く掲げ一つ大きく背伸びをしながらオルタスが答える。
「ん~、どうもこうもない、私とシヴァテアが出会った時点でシヴァテアは既に王族ではなくただの人族の男だった、そんな私たちの子供が国王として祭り上げられるなんておかしな話だろ、そもそもスネーテが納得しない、あいつは根っからの冒険者だぞ、政治なんてまぁーーーーー無理だ」
色々聞きはしたいが他所の家庭事情にどこまで突っ込んでいいか分からず言葉を選んでいるゴラグリュースにオルタスが話を続ける。
「少なくても、私の子供なんだから半分は鬼人の血だ、そんな奴が人族の国王なんてやってみろ謂れのないやっかみで国を治めるどころじゃなくなるだろ」
「でも、英雄と呼ばれたあなたの子よ」
「第一!その英雄って呼ばれ方も嫌いだ!お前の剣聖はまだ良い、かっこいいし実際に剣の達人だからな、英雄ってなんだ、ぼんやりしてるし、そもそもそんなむさい肩書きじゃなくて、もうちょっと可憐な肩書きにして欲しかった!」
「例えば?」
「……巨斧の赤鬼なんてどうだ!」
「親子揃って脳筋だわ……」
ロステリアの街の外、暗闇に立つ二つの影。
「何の用だ」
もう一つの小さな影に声をかけるネーシャ。
「いや、偉そうっ!あんた自分の立場が分かってないんじゃないの、そもそもねー、パラム様がなんでこんな重要な案件にあんたをあてがったのかを知りたいわ!」
ちょっとイラっとした様子で答えるニムル。
「私の力を買ってのことだろう」
ネーシャがそう口にするのと同時に全力で頬をつねられる。
「イタタタっ!イタっ!切れる、頬がねじ切れるっ!」
「バカなの?あんたみたいな生まれたての淫魔なんて魔族の中では最弱の部類よ、せめてちゃんとお守りでもできてれば良いけど、街に魔法ぶっ放して危うく大惨事だったし、そもそもハイルラごときに縁の力連れ去られるとか、事の重大さが分かってないんじゃない?」
「街に魔法?いや、というか、縁の力が連れてかれるのがマズイと分かってるならば加勢してくれれば良かったのでは?」
「イタタタっ!イタっ!切れる、今度は逆の頬がねじ切れるっ!」
またもや頬をつねられるネーシャ。
「残念ながらうちの上司はパラム様側ではあるけど、もしものことも考えて大っぴらにあいつらに敵対するわけにはいかないみたいなのよねー、その意味、あんただって分かるでしょ」
「ああ、分かってるが、潔くないな、パラム様は我が王の……」
「イタタタっ!イタっ!もうやめて!喋るたびに頬に痛恨の一撃はやめてっ!」
「あたしだってね、上司はパラム様みたいな優しくて聡明で部下思いのおじいちゃんが言いに決まってるじゃない! けど、極稀に数十年に一度くらいはネイト様も良いとこ見せてくれるのよ!って、そんなことはどうでも良いわ」
ニムルは大きく一息ついて話し始める。
「カオンに人族の傭兵や兵士が集められてるわ、そこにハイルラが縁の力を連れて向かってる、ということは?」
「???」
「ちっ分かれよ……きっと運命の聖女もその場に現れるわ、ハイルラだけなら私が蹂躙してやっても良いんだけど、運命の聖女もいるとなるとそうもいかないわ」
「つまり?」
「あたしもカオンに向かう人族と同行する、というかあいつらをぶっ潰すなら転生者の力が必要になるしね」
少し考え込むネーシャ。
「大丈夫か?タイトは少しど変態の気があるぞ、そんな奴のところに銀髪の幼女が現れたりしたら……」
「いや、実際はお前と違って二百歳超えてるし、そもそも見た目がそんな幼い子に手出す馬鹿はいないでしょ」
「……」
「……いや、やめてよ、妙な間を作るの……」
「えっくしっ!」
誰だオレのことイケメンだなんだかんだと噂してるのは?あれ?なんか肌寒いと思ったらマイスィートデビルテイルネーシャがいつの間にかいないではないか!?
もしかしてオレを襲ってしまいそうで気を紛らわすために散歩にでも出たかな、いやぁ、モテる男はつらいねー。
さてと、拘束も解かれてるようだしずっと気になってたあれを確かめてみるか。
ヴォンっ
オレの目の前に小さな異空間が現れる。うん、やっぱり異世界ポケットぉ~って呪文なんて唱えなくても開くんだね、実は微妙に恥ずかしかったんだよねあれ。
「えっと、まずは、えろ本!」
別に大して欲しくないけど、どうでも良い物だけど、別に求めてもいないし、役に立つわけでもないんだけど、なんか適当に、元の世界からアイテムが現れるのか試す必要があったから、ほんと何でも良かったんだけど本を取り出してみる。
ヴォンっ
「キタコレ!極楽天じゃん!しかも今月号かなこれ、少なくともオレが転送されたより後のものだな……」
よしっ、繋がってる!あっちの世界と繋がっちゃてるよこれ!
もしかしてこっちの世界のアイテムもなんでも出せちゃう?
そんなチートがありえる?あり得て欲しい!
てかお願いします!
「ミスリルソード!」
ぷぉ~ん
ー ミスリルソードで登録されたアイテムはありません ー
「ローストブヒノス!」
ぷぉ~ん
ー ローストブヒノスで登録されたアイテムはありません ー
「くっ、こっちの世界のものは入れたものだけかぁ……」
だが、あっちの世界と共通の価値あるものを取り出せば金持ちじゃん!
「金塊!」
ぷぉ~ん
ー イセサキサキタイトは元の世界で生涯金塊を手にすることはありませんでした ー
「ダメかぁ……ん?生涯?手にすることはありませんでした?過去形?」
そっか、向こうの世界で死ぬまでに手に入れたものしかダメなのかぁ……。
ん?待て待てっ、オレが転送された時点で生涯が終えたと仮定すると極楽天今月号も手に入れてるはずがない……。
あれ?もしかしてだけど、オレ、あの日突然消えてこちらの世界に来たわけではなくて、記憶に残ってないだけで元の世界では老衰か病気か分からないが寿命を終えるその時まで人生を一回全うしちゃってるってこと……?
「それってもう戻るところもないってこと……? うぁ急にテンション下がった!」
突然の真実(仮定)に全身の力が抜けてベッドに倒れこむ。
「ん~、でも、まいっか……」
なんか元の世界での記憶のない人生が、今のうさ耳や悪魔の尻尾を愛でる日々より素敵だったかどうかなんて答えは分からないけど、今は今である意味充実してるしな、うん、人間諦めも肝心!
それよりも、オレが元の世界の人生で手に入れたものに関してはこの異世界ポケットから取り出せるってのは助かる!
ただ、現金とか出してもこっちでは使えないしなぁ、金や高価な宝石付きの指輪とか、こっちでも換金できそうな物買ってねーかな、向こうのオレ。
高価な指輪……婚約指輪とかならある程度の価値があるかなぁ……待て、その前にオレ結婚したのか……?
はっ、嫁だ!生涯の伴侶を見つけていれば、この空間からオレの嫁が出てくる?でも待て!これで何も出てこなければ、オレは元の世界で生涯独身だったことが確定してしまう、てか、それ以前にシワシワのおばあちゃんが出てくる可能性も大いにある……。
いや、男なら負けるとわかっていても挑まないといけない時がある、それが今だ!
きっと違う、けど、そうだ!
「嫁」
……ドキドキ……
ぷぉ~ん
「ぐぁ!生涯独身確定!」
ー 植物を除くほぼ全ての生命体はこの空間を利用できません ー
「あ、そっかよくある規定だな、よかったまだ独身孤独死は確定してない!」
だが、あえて言おう!婚約指輪や婚姻届などを取り出してみようなどとは思わないし絶対やらない!さっきの一瞬で、まじドキドキし過ぎて禿げるかと思ったからな。
それにどうせ戻れないのであれば、嫁が居たかも関係ないし、写真なんて出して顔を見た日には、オレの感情どうなっちゃうかわかんないしね。
ごめん向こうのオレの嫁!向こうのオレが君を幸せに出来たことを願うよ。
一旦忘れよう、嫁のことは。
こっちで絶世の美女と添い遂げてやるさ!
それまでは極楽天、頼んだぞ!