5・3 完敗と欲求
ハイルラのチートは度を超えていた。
オネエ様の斬撃、ネーシャの鉄拳、オレの魔法、どんな攻撃であってもありえない偶然が起こりハイルラの歩みを一歩も止めることが出来ないまま、エリンの目前まで迫る。
すると、おもむろに振り返り、何やら宣教活動を始めた。
「さて、皆様驚きのご様子ですねー、ご覧の通り、魔族も暗黒の魔法を操る変な人族も、そして剣聖ですら文字通り手も足も出ないのですねー、これこそが我らが信仰する運命を司る者カブロ様の成せる奇跡ですねー」
「カブロ教は人族やその他どんな種族にも広く門戸を開いておりますので、この機会に是非ご一考頂きたいですねー」
「教義も至極単純、[安穏に身を委ね、如何なる流れにも抗うべからず]、たったそれだけなんですねー」
「いずれ誰しも滅びるのですから、辛い思いをして生き抜いて滅びるか、楽しく成るがまま生きて滅びるか、どちらがいいですかねー?」
「以上ですねー、お邪魔しました」
ハイルラから守るようにオルタスがエリンを自分の背後に隠す。
「諦めが悪いですねー」
オルタスがビキニアーマーの胸の辺りから手のひらサイズの水晶のようなものを取り出すと同時に呪文を唱えた。
「解呪」
呪文を唱えると同時に背中から2mはある斧を抜くとその勢いのままハイルラ目がけて振り下ろす。
ザンっ
妙な偶然は起こらず、斧に真っ二つにされるハイルラ、しかしそれは迷夢で作られた霧を分断しただけだった。
「残念ですねー、その隠し玉ですが事前に情報を頂いてましてねー」
そう言いながらオルタスの方に向けて軽く腕を伸ばす。
突然現れた黒い空間に声を出す間も無く吸い込まれるエリン。
「エリンっ!」
咄嗟にオルタスが伸ばした手は何も掴めなかった。
「ガルドが寂しがってるでしょうに、人族の中で英雄などやってないでたまには里帰りしてあげるといいですねー」
それだけ言うと今度は自らが黒い空間に消えていった。
やべ、完全に圧倒されてた。
酷い無力感、ただの傍観者じゃねーか、ショーを見る観客のように自分の力では舞台上の流れを何一つ変えられないどころか変えようと言う気力さえ削がれたような感覚。
おかしいだろ、異世界転生で無双するのは転生者ってお決まりじゃないのか!
なんで妙な喋り方の奴に無双されちゃってんだよ!エリンが岩をぶつけられた時も、今目の前で連れて行かれるこの瞬間も、何も、何も出来てねーじゃん!
自分の不甲斐なさに呆れて脱力してるオレにオネエ様が話しかけてくる。
「エリンの救出に手を貸してくれるかしら?」
どうやらオレが敵だという疑い晴れたらしい。
「もちろん、協力させてください」
「そっちの魔族のおねーちゃんも味方ということでいいのかしら?」
「敵でも味方でもない私は上の命令に従うだけだ、ま、少なくともハイルラを消滅させるのであれば目的は同じだ」
ネーシャが素っ気なく返事をする。
赤い肌の女がオレたちに近付いてくる。
「私はオルタスだ。お前がタイトか、話はゴラグリュースから聞いている」
オルタスがオレに握手を求めてきたのでその手を握ると、ぐいっと引き寄せられ鼻と鼻が触れそうな距離で凄まれる。
「エリンの彼氏は私より強いやつと決めてるんだ、間違えても手を出そうとか思うなよ」
いや、そのセリフ、オネエ様からも聞いた。てか、こんなおっかなそーな奴らより強い彼氏って現れないんじゃ……エリン生涯独身の危機じゃん。
「は、はい……」
よし、と何かに満足したオルタスが説明を始める。
どうやらオルタスには魔族側とある程度コネクションがあるようで今回の件もあと数時間もすれば目的や連れ去られた場所などが偵察をしている情報屋から仔細が入ってくるだろうとのこと。
それと事前の情報としてカオンというカブロ教の総本山の街にカブロ教の信者が集い始めているらしく、エリンもカオンに連れて行かれたとみて間違いないだろうということ。
「じゃあ、すぐにでもそのカオンという街に向かいましょう」
オレがそう提案するとオルタスに背中をバシッっと叩かれた。
「お前は今の一連の騒動に何も感じなかったのか?勝てる見込みがあったのか?」
「……」
確かに同じようにハイルラと対峙したところで結果は見えている。
「既にカインとシフォン、それと騎士団の精鋭がカオンに向かっている。まぁそれでどうこうできる相手ではないが時間は稼いでくれるだろう。その間にあたしたちは確実にあの薄気味悪い魔術師を倒す方法を用意して向かう」
「……そんな方法あるんですか?」
「ないこともない。が、諸々の情報が入ってくるまで2、3時間休め、それから作戦会議とやら始めよう」
正直助かる、レベルを上げるための連戦で精根尽きた状態から休む間もなくハイルラとの戦いがあったためオレもネーシャも限界に近い疲労を抱えていた。
それからオルタスの家の一室を借りてオレとネーシャは仮眠を取ることにした。
うむ、ベッドは一つしかないから添い寝するのは普通だよな、うんうん。
先にネーシャが横になってるベッドへ自己弁護を脳内でリピートしつつゆっくりと潜り込む。
うむ、お前は床で寝てろとでも言われるかと思ったが、潜り込んだオレにネーシャが何かを言う素ぶりはない、もう寝ているのか?
オレの足にネーシャの尻尾がかすかに当たっている。
触りたい、その感触を確かめたい、いや、この一大事にオレは何を考えてるんだ!
今は体を休めて、あの気味の悪い変な喋り方のやつをボッコボコに……。
いや、体を休める=癒し、癒しは人それぞれだ、オレの癒しがこの尻尾を愛でることであるならばオレの行動に何らおかしな点はないはずだ!
オレはそっとネーシャの尻尾に触れた。
んっ、という小さな吐息を漏らすネーシャ。
ぐはっ、やばいやばいやばい、ダメダメ、そんな声出しちゃダメです!
オレはただ尻尾の感触を確かめて癒されたいだけでそんな不埒な事がしたいわけではない!
尻尾は高級な革製品のような温かみを感じる感触、先のスペード部分は少しぷにぷにと柔らかめだ。
などと、夢中で尻尾を触ってる間ネーシャは時折短い吐息を吐く。
これがまさに思考回路はショート寸前というやつだ。
オレの鼓動が早くなり呼吸も荒くなる、抑えられない何かに促されるようにネーシャのふとももに手を伸ばした。
きめ細やかで、温かく、柔らかい。
うん、既に癒しとかいう目的はすっ飛んで、興奮という無駄な体力を浪費しているが、もう止まらない、オレはふとももに置いた手を滑らせる。
すると、ぴくっと体を震わせたネーシャがそのまま顔をこちらに向けるように寝返りを打つ。
寝てると思っていたネーシャの目はうっすらと開いていて、目が合うとネーシャはオレの頬に両手を置いてそのまま自分の顔へと引き寄せた。
うぐむぐぐぐむぐっ、ぷはっ、こ、これは何度も夢で見たやつ!
あれ?もしかしてこれも夢?このあとくしゃみで起きるパターンか!?
しかし目の前のネーシャがオレの唇を指で拭う感触は現実のそれだった。
「お前の欲求に付き合うのはやぶさかではないが……今ではないな」
まぁ次の瞬間、拘束でオレは身動きを封じられるわけだが、なんか逆に良かったよ、自制できるラインなんてとっくに超えてたし。
そのままオレはしばしの眠りに落ちた。