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5・2 拒絶とチート

 オレは駆け寄る足を緩め、ゆっくりとエリンに近付く。

 瓦礫の上に立ち夕日に照らされるその獣人のシルエットはまるで美しい絵画を観ているようだ。

 うさ耳崇拝者として今すぐにでも地面にひれ伏し祈りを捧げたい衝動にも駆られるが、その美しい女神が両目に涙を溜めている、状況も分からず掛ける言葉が一つも出てこなかった。


 するとエリンは涙を拭い、瓦礫から降りて来てオレに話しかけてくれた。

「タイトさん……無事だったんですね、そちらの方……はっ!?」


 しまった!人化してるとは言え一度間近で見てるエリンにはネーシャがゴラグリュースの家であった魔族だと簡単にバレてしまったようだ。


 後退りながら距離をとるエリン。

「違うんだエリン!……これには事情があって……」


 エリンは距離を取りながら震えた声で言う。

「なぜか、なぜかは分かりませんが、タイトさんのことは信じてます。けど、魔族は、魔族のことは……」


 悲痛な声で拒絶するエリン。

「エリン……でも、魔族にも、人との共存を望む……」


「タイトさん!聞きたくないんです!この瓦礫を見てください!私を育ててくれた大切な叔父さんと叔母さんが築いてきた宿屋です……大切な宿屋(うち)だったんです!」

「エリン……これは魔族が?」

「……そうだと聞きました」

「……だとしてもここに居るネーシャやその仲間がやったわけじゃ……」

「分かってます!そうかもしれません!でも、今は何も聞きたくないんです!」


 その場から走り出そうとするエリンを追いかけようと数歩踏み出した。

堅牢壁(ウォール)!」


 エリンが作り出した壁が行く手を阻む。


 確かにオレも魔族が絶対に安全だとか信頼できるとかは言えない。

 ましてやつい最近連れ去られそうになったり家を破壊されたとなれば、その怖さや憎しみはかなりのものだろう。

 たぶん、追いかけても今のオレには慰める術もない。


 呆然と立ち尽くすオレにネーシャが言う。

「まぁ今日のところは引き下がったほうが良さそうだぞ、お前のことは信じてるらしいから、また時間を於けば聞く耳も持ってくれるさ」

「そうだな、でも、やっぱりしんどいな、勝手にカテゴライズされて、勝手に嫌われて、慰めることすら出来ないって……大体オレを連れ去る時もそうだが魔族のやり方が強引だからこういう誤解を……」


『きゃーっ!』

『魔族だ!騎士団を呼べっ!!』


 エリンの作り出した壁の向こうからいくつもの悲鳴や怒号が聞こえネーシャヘの愚痴を遮られる。


「行こう、ネーシャ!」

 ネーシャが目の前の壁を一発の拳で粉々にする。


 ほんとこいつは強いのか弱いのかわからん。

 拓けた視界の先の逃げ惑う町民の中心に黄色のローブに身を包んだ魔術師が立っていた、皆を逃がそうと魔術師の周りに岩の壁を幾つも作り出すエリンに向かって魔術師がゆっくりと歩き始める。


 オレとネーシャは魔術師の居る場所まで全力で走り、ネーシャはそのまま魔術師へと拳を打ちつけたが、魔術師の体は霧のようにふわりと拡散しネーシャは殴った勢いのままその霧を通り過ぎる。

 霧は元の位置に集まり魔術師の体を再度形成する。


「ネーシャ?ですねー?ワタクシが誰だか分かってるんですかねー?」

 フードに隠れた魔術師の目がギロリとネーシャ睨む。


「知ってるさ!ハイルラだろ!魔族の面汚しが!」

「言いますねー、遊んであげるのはやぶさかではないですねー、ただ今日は目的が違いますねー」


 ハイルラと呼ばれた魔術師がエリンの作り出した壁に手のひらを向けその手を左から右へスーっと動かすと全ての岩の壁が砂になって崩れ落ちた。


 そして、両腕を高く掲げると先ほどの砂が宙に舞い上がり、一箇所に集まったかと思うと今度は凝固し始め3mほどの巨大な岩の塊が形成された。


「……試したいことがあったんですよねー」


 ハイルラが独り言のように呟きながら掲げていた腕を振り下ろすとその岩はエリンの頭めがけて加速する。


「きゃーっ!」

「エリンっ!」

 エリンに駆け寄ろうとするオレの足が魔法で拘束される、同じくエリンに向かって走り始めていたネーシャも同じように拘束され派手に転ぶ。


 そして、皆が見守る中、巨大な岩はエリンの頭上に落ち……地面にめり込んだ。


「エリーーンっ!」

 叫ぶオレの顔を見てハイルラが言う。


「死んだんですかねー?死んだと思います?」


 飄々とした態度に血管が切れそうなほど頭に血が昇る。


「……お前だけは、ぶっ殺す理由が出来たぞボケコラ!ハゲっ!」

 足が拘束され地面に転がった状態だが躊躇することなくそいつに向けて死の宣告を唱えまくる、おどろおどろしい紋様が幾つも浮かび上がりハイルラに向かって飛んでゆく。


「あなた人間のようですけど、珍しい魔法を使いますねー、でもね……」

 ハイルラは向かってくる紋様に指先で少しだけ触れる、すると、死の宣告の紋様は方向を180度変えてオレに向かってくる。


 紋様オレの体に黒い輝きを放ちながら刻まれる。

「はい、死んだんですねー」


 ハイルラが死の宣告を発動させようとしたのだろうが、全ての紋様がオレの体に溶け込むように消えていく。


「あーーー!、ほんっと珍しいですねー!暗黒魔法無効なんてヴァン×××以外初めて見ましたよ!」

 確かにハイルラがその名を口にしたのだが名前の一部分がまるで音声が途切れたようにこちらには聞こえてこなかった。


「興奮してるところ悪いんだけど……」

 その声にハイルラが焦って飛び退くと、いつの間にかハイルラの真後ろにはオネエ様が立っていた。


「ゴラグリュース!?ロステリアに来てたんですねー、ワタクシも運がないですねー」

 少し焦った様子を見せるハイルラ。


「エリンが、エリンがその岩の下に!!」

 オレはオネエ様にすがるような想いで伝える。


 パシュ、パシュっ!

 オネエ様は指先から出した光の刃でオレとネーシャの拘束を断ち切る。


「エリンなら大丈夫よ、けどちょっとだけその気持ち悪いフード野郎構っててくれる?」

 オレとネーシャにそう言うとエリンが下敷きになっている岩に駆け寄り持ち上げようと渾身の力を振り絞るオネエ様。


 いや、あんな巨石に押しつぶされて大丈夫なわけないじゃん!

 とか考えてる場合でもないようで、オネエ様の背後に向けて何やら魔法を撃とうとするハイルラ。


「おらッ!」

 拘束が解けて自由を取り戻したネーシャがハイルラに殴りかかり、ハイルラは魔法を中断する。

 やはり迷夢が掛かっているのか拳はハイルラをすり抜ける、が、霧が元の体に戻ろうとするところを何故かささやかな悪口を添えて連続で殴りかかるネーシャ。


「ほらっ!ハゲっ!短足!変な語尾!ハイルラ!こうしてたら一生霧のままで元の体に戻れないんじゃないの?」

 少し小馬鹿にしたような言い方でハイルラを挑発するネーシャ。


 オレは霧状態のハイルラに触れて魔吸収(ドレイン)と唱える。

 時々霧の中に口だけが形成され、途切れ途切れで何か言っている。

「あな……たの……どれ……いん……なん……て……ワタクシに……つう……よう……するわけ……ない……ばか……です……ねー……」


 そうか?なんかオレの体には力溢れて来てるけど?

 「あれ……まりょ……くが……あれ?……あれ?」

 明らかに焦り出すハイルラ。


 一発、二発とネーシャのパンチがハイルラに当たり出す。


「ばか……なっ……」

 いや、今一番馬鹿っぽいのはお前だけどなハイルラ。


「……小賢しい、虫ケラどもですねーぇぇぇぇぇ!黒円刃(ハモン)!」

 迷夢作戦を諦めたのかハイルラが実体に戻った瞬間にその体を中心に円形の鎌のような黒い刃が広範囲に拡がる。


 ネーシャは屈んで避けたが青く美しいストレートの髪がバサッと切り落とされた。

 しかし、オレの体にはやはりその黒い刃は当たらない。


「お前、一体何者なのですかねー?聞いてないですねー、でも危険ですねー!ワタクシ戦況的に不利ですかねー」

 ハイルラが周囲を見渡す。


 オレも同時にオネエ様の方へ目線を移すと、オネエ様は巨石をどかし抱きかかえたエリンを赤い肌の女に預けようとしていた。

 エリンは少し服が汚れたり破けてる程度で怪我してる様子もなく意識もあるようだ。

 何故無事なのかはさっぱりわからないが無事なら良し!

 あとはこいつをボッコボコにしたい衝動を満たすだけだ!


 オネエ様がこちらにゆっくりと歩いてくる。

 うん、だいぶ怒っているのが細い瞳孔から読み取れる。


 その背後から赤い女が声を掛ける。

「ゴラグリュース、加勢がいるかい?」


 オネエ様は笑顔を作り振り返ることなく後ろに向かって手をひらひらと降る。


「これ間違いなくワタクシが消滅させられてしまう流れですねー……」

「だな、残念だったな」

 ハイルラの独り言に答えてやるオレ。


「勝てる見込みは2%前後、逃げれる可能性ですら10%前後ですかねー」

「悠長に計算する暇があったらオレには効かない魔法の2、3発でも出した方が確率上がるぞ?」


 オレの忠告は無視して計算を続けるハイルラ。

「剣聖に勝つのは0.02%も無さそうですねー、絶対的に不利ですねー、ですよね?」

 何故か同意を求められるオレ。


 あ、なんかすげー嫌な予感、なんかこいつ今フラグを裏返したと言うかなんというか、とりあえず何かがまずい流れになった気がする。


確率変動(カブロ・カブロ)

 ハイルラが気味の悪い笑顔を浮かべながら呟く。

 が、特に何かが起きた様子もない。


「あたしの剣は迷夢も斬れるわよ!」

一瞬でハイルラまでの間合いを詰めて光の剣を振り下ろすオネエ様。


 が、手前の石につまずいて剣はあらぬ方向、オレの鼻先10cmほどをかすめる。

「え?」

「ふぇ?」

 同時に情けない声を出してしまうオレとオネエ様。

 いや、てか、その巨体で[ふぇ?]はねーわ、オネエ様、悪気はないけどなんかイラっとしたわ。


「剣聖なんて呼ばれて慢心してたんですかねー、小石に躓くようではねー」

 くっくっくっと気味の悪い笑い方をするハイルラ。


 そしてそのままオレたちの存在を無視するかのように赤い女の隣で震えているエリンの方へ歩き出す。


 ネーシャが行く手を阻んで拳を打ち付ける、いや、打ちつけようとしたところで足を抱えてうずくまる。


「今度は足でも攣ったんですかねー、みなさん運動不足ですねー」


 ネーシャの横を悠々と通り過ぎようとするハイルラ、その足を掴もうと手を伸ばすネーシャ。

 その伸ばした腕に噛み付く犬。犬ぅ?

 何故か急に走ってきて噛み付く犬に驚くネーシャ。


「普段から動物愛護の精神が足りませんでしたかねー」


死の片鱗(ブレイクパーツ)!」

 オレの手から黒い霧がハイルラめがけて飛んでいく。

 完全に捉えた感触!よっしゃ爆発しろ!


 パンっ!

 いつもよりずっと軽い音で弾けるブレイクパーツ、ハイルラの頬にうっすらと血が滲んでいる。


「ちょうどここ吹き出物が出来てたんですよねー、潰して頂けるなんてご親切に」


 再び光の剣でハイルラの背後から斬りかかるオネエ様。

 不意に突風が吹き[タナトス洋裁店]と書かれた看板が顔面めがけて飛んでくる、が、それを薙ぎ払うとさらに勢いをつけてハイルラに斬りかかるオネエ様。


「おっとっ」

 今度はハイルラが石につまずき前屈みに体制を崩した。

 その上をオネエ様の剣が通り過ぎる。


「はてはて、偉そうに言ってるワタクシも運動不足ですかねー」

 また、くっくっと笑うハイルラ。

 楽しくてしょうがないと言う感じがよりその薄気味悪さを増す。


 呆然とするオレたちに勝ち誇るかのようにゆっくりゆっくりとエリンに近付くハイルラ。


 あ、なんだろ、オレは今、本物のチートを見てる気がする。

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