4・2 暴発と契約
「ダァぁぁーーーっ!あぶねっ!」
オレはギリギリでバイルパイソンと呼ばれる大型の蛇の岩をも砕きそうな尻尾の一撃をかわした。
「いや、いやいや、ゴリラドッグとの差がえげつない!」
「ごちゃごちゃ言ってないで魔法の一つでも撃ってあいつを止めろ!」
ネーシャもバイルパイソンの牙から連続で噴射される毒液から逃げ惑いながらオレを叱咤する。
どうやらオレたちは調子に乗って森の奥に進み過ぎたようだ。
先ほどまでのゴリラドッグ無双で気を良くしたオレは体調6メートルほどの蛇型の魔獣を発見するや否やなんの躊躇もなく攻撃を仕掛けた。
放った死の片鱗は軽々とかわされ、その巨体からは想像もできないスピードでオレたちに向かって来たバイルパイソン。
そこからは呪文を唱えようにも連続攻撃に阻まれ、ようやく唱えてもかわされる。
広範囲に効果が出ていた死の舞踏に至っては全く効いてる様子がない。多分こいつ生まれつきMP0の毒と物理攻撃特化だわ。
「ネーシャ、お前こそ、その怪力で蛇の頭叩き潰せよ!」
「こんな素早く動いてる的に私の拳は当たらん!」
なんで偉そうなんだよ。
「じゃ、ラバンドで拘束は?」
「さっきから何度も試してるが避けられる一方で私の魔力が尽きる方が早そうだ」
打つ手のない状態で攻撃のなすり合いをしていると、バイルパイソンが大きく尻尾を振りかぶった。
「あ、やばっ、攻撃範囲広いぞこれ!」
避けられる間合いでは無さそうなので咄嗟に防御体制を取るオレとネーシャ。
ブォンっ!
周辺の木々をなぎ倒しながらバイルパイソン尻尾がオレとネーシャを吹っ飛ばす。
「キャーーーっ!ぐふっ……」
ネーシャが飛ばされた先で木に直撃。
オレは、あれ?当たってない、バイルパイソン尻尾がオレの身体をすり抜けていったようだ。
あ、死の迷夢が自動発動してるのか!?よし、これで物理攻撃は怖くなくなった!
ネーシャが倒れている場所に駆け寄り声をかける。
「おい、ネーシャ、生きてるか!」
「……下等な人族に心配されるほど落ちぶれてなど……いな……ぃ」
かろうじて目は開けてるが今にも気を失いそうだ。
「しょうがねーな、リスクありそうで使いたくはなかったが奥の手だ!」
「ネーシャ、目ぇ見開いて見てろ!何が起こるか分からないがこれがオレの全力だ!」
バイルパイソンを睨みつけて、オレのサキュバスに手を出したお前はぶっ殺すと心の中で凄む。
「魔力暴走!!」
ドクンっ!
ドクドクドクドクドクドクドクッ!!
尋常ではないスピードと強さで心臓が鼓動を打ち鳴らす。
身体中の血液が血管をハイウェイに見立てたかのように高速で移動し始める。
外気が圧縮され体内に取り込まれるような感覚。
そして、弾ける。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
体内の魔力が何倍にも膨れ上がった感覚、と、強烈な痛み。
泣く、泣く、泣いちゃう、いや、違う、これ、死んじゃうやつ。
深呼吸をして息を整え文字通りの魔力の暴走を落ち着けようと試みる。
が、全く制御できる様子がない。
「……お、おい、お前、それ、まずくないか……」
ネーシャの震えた声が背中越しに聞こえてくる。
うん、分かってる、分かってるんだが、どうすればいいんだ……。
ピシッ!ピキッ!
身体が軋む不気味な音が聞こえてくると同時にまた強烈な痛みが走る。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!」
とりあえず体内の魔力を放出しないといけないんだろうけど、下手に放出しようとすると身体の至る所から放射状に拡散しそうな感覚、つまり比喩抜きで身体が爆発しそうだ。
目の前には漏れ出す魔力に中てられたのかバイルパイソンが身動きできず硬直している。
体内の魔力を抑えるように慎重に少しずつバイルパイソンに近付く、そしてそっとバイルパイソンの蛇腹に手のひらを当て、その部分からだけ魔力を放つ感覚を慎重にイメージした。
「死の片鱗」
少しだけ、体内の魔力が手のひらからバイルパイソンに移った感覚があった次の瞬間。
パァンっ!
目の前のバイルパイソンが欠片一つ残さず血の霧と化した。
辺り一面、オレもネーシャも含めて視界の全てが血の霧で真っ赤に染まる。
オレの血じゃありませんように!バイルパイソンの血に毒が含まれてませんように!
謎の神頼みをしてみたが問題はそんなことではなかった。
全然、全くと言っていいほど体内の魔力が発散できてない……。
身体中の血管が浮き出る、血が巡るのが目視でわかるほど血管が波打つ。
うさ耳ともサキュバスともイチャコラできてないのに爆発して死ぬなんて、
ネットでリア充爆発しろって書き込みすぎた天罰か……。
ギュッ!
オレにはあまり馴染みのない柔らかいが控えめな感触が背中に伝わってくる。
目線を少し後ろに向けると血だらけでドロドロのネーシャがオレの背中に抱きついていた。
「お前、名前なんだっけ?」
「今、ぞれ、聞くごとぉ?」
くっ、身体中に力が入ってまともに喋れない。
「名前だ!いいから名前を言え!」
「だ、、だ、タイド、タイトだ……」
「……創造神に愛されし縁を繋ぐ者に誓う、此のネルシャリーズの如何なる権限も我が主となるタイトに譲渡する隷属の契約を結ぶ!その対価として主タイトより相応の魔力を要求する!契約!」
- イセサキタイトに問います、魔族ネルシャリーズと契約し対価として相応の魔力を提供しますか? -
「な、なんだ、なんが、あだまの中で、話がけられだぞ……」
「いいから、さっさと契約すると言え!」
「……よ、よぐわがらんが、契約すずぞ!契約ずる!」
- イセサキタイトとネルシャリーズの隷属の契約を締結させました。 -
背筋がゾクッとするような感覚と共に魔力がネーシャの身体へ移っていく。
だが、たぶんそれでも二割ほどしか失ってない。
魔力を受け取ったであろうネーシャの身体はガクガクと大きく震え始めた。
「お、おい、今の何だ、というかネーシャ大丈夫か?」
「も、問題ない、い、今のうちに暴発しないように残りの魔力を解放しろ!」
「解放しろと言われてもどうすりゃいいんだ!?」
ネーシャが背後からブルブルと震えてる手でオレの両手を掴んで空に掲げる。
「か、身体の力を抜け!」
身体の力を抜くって、えーっと、とりあえず深呼吸か、スー、ハー、スー、ハー……。
「早く抜けと言ってるだろ!ガチガチじゃないか!」
「そうは言われてもだな!こういうのはそうそう治るもんでもないだろ!」
「……勘違いするなよ……」
何を言い出したかと思った次の瞬間。
……はむ……ぺろ……ちゅっ……。
「は、はふん……」
なぜオレの耳が弱いと分かった?サキュバスの特殊能力か?
体中から力が抜けたと同時に手のひらから腕までが燃えているような熱を持つ、そして、稲妻を帯びた黒い球体がオレの腕から遠い空に向かって飛び出した。
- 魔力破弾を習得しました。 -
うわ、この世界で初めて何かを習得したきっかけが耳を攻められたことだなんて……誰にも知られたくない。
てか、この技使う度に思い出しちゃいそう。
体内に渦巻いていた魔力はすっかりと消えていた、それどころかへたり込んで立ち上がることもできない。
大丈夫、下は土だから尾てい骨へのダメージは軽度だ。
ネーシャの方は受け取った魔力をうまく制御したようで身体の震えが止まっていた。
「ネーシャ、さっきの契約って……」
「馬鹿野郎!」
ネーシャのビンタがオレの顔めがけて飛んでくる。
ヴォン!
オレの頬にビンタが当たる直前でネーシャの手が不思議な力で弾き返される。
「くっ……お前を死なせたら、私はきっとパラム様に愛想を尽かされて、消滅させられるとこだったんだぞ!」
「それだけじゃない!お前が死んだら、パラム様も魔王様も……」
たぶん言ってはいけない事だったのだろう、急に声のボリュームが最小になった後にまた怒り出す。
「大体制御もできない力でこれ見よがしに[目見開いて見てろ!]とかほざいてんじゃねー!」
「お前こそ耳かっぽじってよく聞け!お前なんか勝手に死ねばいい!けどやることやってから死ね!」
魔族ってもうちょっと冷静というか無感情というか、そんな感じだと思ってた。
恐怖からの安堵そして怒り、そしてさっきの明らかにネーシャに不利な契約は魔族のプライドってやつからすると死に等しいのでは?
どうもオレがこの世界で死ぬのはかなりマズイことらしい。
「なんか……ごめんな、ネーシャ」
ネーシャの頭を撫でながらつい謝ってしまうTHE・日本人なオレ。
「とりあえず、返り血でドロドロだし、ヘトヘトなんで今日は帰らないか?」
「……そうだな、美味いものが食べたい」
「あ、オレ、ロステリアに食事のうまい宿知ってるよ、行った事ないけど」
「……決まりだな」
「ところで、魔族って街入れるの?」
「下等な人族になどなりたくはないが、人化の能力で人族の見た目になれる」
「よしっ、じゃ行こう」
まじか、人の見た目にもなれるなんて一粒で二度美味しいとはまさにこの事!