第1話 状況確認
“召喚魔法を試してみたら自分が異世界に召喚されてしまった”
突然のことに驚いてそんな風に考えてしまったが、現実にそんなことがあり得るのだろうか?
家の物置で気を失っている間にどこか遠くの草原に放り出されただけじゃないのだろうか?
幸いなことに僕の家は割と裕福な家庭だ。
なのでうちのお金を狙う悪人に誘拐されてしまったのかもしれない。
うん、そちらの方が召喚魔法によって異世界へ飛ばされたなんて考えよりよっぽど可能性が高そうだ。
……まあ、こんな何もない草原まで大した時間をかけずに運んでいるという不自然さはあるんだけど。
というか、そもそも召喚が成功?する方がおかしい。
魔方陣は確かに、いかにもそれっぽい古びた羊皮紙に描かれていたものをできる限り正確に再現した。
でも、生贄の血で描くと書かれていた魔方陣については単に血のように赤いだけの普通のインクを使って描いたし、羊皮紙の手順に書かれていた魔石についても色のついたガラス玉で代用した。
最後の魔力を込めて詠唱しろなんてのも、魔力なんて知らないので当然そんなものを込めた覚えはない。
そんなテキトーな儀式でなぜこんなことになっているのか。
むしろテキトーだったからこんなことになっているのか?
そんなことを考えて現実逃避をしていたが、目の前にある現実が変わるわけもなく。
……仕方がないので行動することに決めた。
「まずは持ち物の確認だ。」
そう意気込んでみたが、確認するまでもなく終わってしまった。
ほぼ何も持っていなかったのだ。
今の服装はTシャツにジーパン、そして雰囲気作りのために羽織っていたローブである。
ジーパンはもちろん、ローブにもポケットはついているが今は何も入っていない。
召喚魔法の実験は家の物置でやっていたので財布などは持っていなかったし、ケータイも雰囲気作りのために邪魔になると考えて部屋に置いたままだった。
結果、唯一の所持品が左手に持っていた古い羊皮紙である。
もう一度召喚魔法を行えとでもいうのであろうか?
そんなわけで、僕はこの現状を好転させるのに役に立ちそうなものを一切持っていなかった。
いきなりつまずいたような形になったが、ないものは仕方ないと気持ちを切り替え、今度は周囲の確認をする。
先ほど見回したときにはきちんと確認していなかったが、前方と左手には遠くに森が見える。
振り返って後方を確認してみると、右手と後方の遠いところには崖のようなものがあり、その先には海が見えた。
つまり、森に向かうか海に向かうかの選択になるわけだ。
だが、海の方は崖になっているように見えたので向かうなら森の方だろう。
“海までたどり着きました。ですが目の前は断崖絶壁です。”ではさすがにやっていられない。
そう考えて前方の森に向かって歩き出そうとする。
そのとき、ふと頭にある考えが浮かんだ。
「そういえば、ここが異世界だったらステータス確認とかができるんじゃないのか?」
そう、異世界の定番であるステータスチェックである。
……ここが異世界ではなく現実世界で誘拐されただけだと考えていたことは、この際置いておく。
なんにせよ、森へ向かうのを中断して、先にステータスチェックなどの実験をすることに決めた。
(ステータス)
そう念じると頭の中にステータスを思われる情報が表示される。
名前:黒川 真夏(クロカワ マナ)
種族:ヒト
性別:男性
年齢:13
レベル:1
称号:漂流者
スキル:自動翻訳、召喚魔法 Lv.1
「そんな……。」
思惑通りにステータスが表示されたというのに、口からは無意識のうちにそんな言葉がこぼれていた。
自分でやっておいてなんだが、本当に表示されるとは思っていなかったのだ。
しかし、本当に表示されてしまったことで、今自分がいる場所が異世界かどこかであり、自分の常識が通じないであろう場所であることが確定してしまった。
「……。」
立ち止まった状態のまましばらくうなだれてしまう。
だが、来てしまったものはしょうがないと気持ちを奮い立たせ、表示されたステータスについて考えることにする。
表示されたステータスにそれほどの情報量があったわけではないが、落ち着くためにも地面に座って確認することにしよう。
名前から年齢までの上の4つはとりあえずおいておく。
もともと知っていた情報だ。
しかし、種族が“ヒト”となっているということは“ヒト”以外の種族がいるのだろうか?などと考えつつ、その下に並ぶレベル、称号、スキルという文字を見る。
どうやらここはレベルやスキルがある世界のようだ。
そして、称号の“漂流者”という文字を見て何とも言えない気分になった。
まあ、事実としてそういう状態になっているのは確かなのだろうが、今の状況的にはあんまりな称号だ。
次にスキルを確認するが、こちらには“自動翻訳”と“召喚魔法 Lv.1”の2つが存在していた。
“自動翻訳”というスキルは世界を超えたことによる特典なのだろうか?
僕は日本語しか話せないので、このようなスキルを持つことになるような心当たりがない。
しかし、このスキルがあればこの世界でも日本語を使って会話ができるようになるのだろうと思われる。
問題はそんなありがたい“自動翻訳”というスキルではなく、“召喚魔法 Lv.1”というスキルにあった。
“召喚魔法”というスキルを持っていることから、やはりあの召喚魔法の詠唱は成功していたのだろうか?
しかし、目を覚ましてから今まで、周囲に人はおろか動物やモンスターすら見かけていない。
ということは、自分を異世界に召喚して“召喚魔法”を覚えたとでもいうのであろうか?
自虐的にそんなことを考えてみたが答えが出るわけもなく、結局“召喚魔法”については保留とすることに決めた。
ステータスに表示された称号の“漂流者”とスキルの“召喚魔法”によって微妙な気持ちになってしまったが、僕は改めて前方の森に向かって歩き始めた。