第13話 冒険者について
ギルドマスターから訓練の終了を告げられた翌日、僕はエミリアさんから冒険者登録についての説明を受けていた。
なんというか、サブギルドマスターのエミリアさんから説明を受けるというのも変な感じだ。
まあ、説明を担当すべき受付のアメリアさんが、遠征に出ていたEランクの冒険者パーティーの対応をしていたからというだけなんだけど。
「まず、冒険者について説明するわね。」
ギルドの受付で向かい合って座るエミリアさんが、そう切り出して話し始める。
「冒険者は、冒険者ギルドに認められてギルドに登録された人のことを指すわ。
まあ、ギルドに認められたといっても、犯罪者でない限りはよほどのことがない限り認められるんだけど。
もちろんマナ君も登録可能よ。」
そう言って、エミリアさんは机の上に一枚の紙を置く。
「これは?」
その紙を見ながらたずねる。
質問してから気付いたが、紙には“冒険者登録申請書”と書かれていた。
「一番上に書かれているとおり、冒険者として登録するための申請書よ。
字は書けるんでしょう?
とりあえず書けるところから書いていってちょうだい。」
その言葉を聞き、申請書を手元に引き寄せて確認する。
パッと見て分かっていたけれど、記入する項目が少ない。
上部に基本項目として名前に性別、年齢、出身地、そして下部に自分ができることを書く欄だ。
具体的には、パーティー内での職種と特技、スキルに称号、最後に特記事項となっている。
ひとまず、名前、性別、年齢まで記入したところで質問する。
「出身地はどうすればいいんでしょうか?」
「そこは空欄でいいわよ。
マナ君は漂流者だから、称号にそう書いていればわかるから。
後、下の欄は書きたいものだけ書いてくれればいいから。
一応、ギルドとしてその人が何ができるかを確認するためのものではあるんだけど、隠したいことまで無理に書かせることはないわ。」
「じゃあ、僕の場合だと職種に弓士、スキルに弓と書けばいいですか?」
「そうね、マナ君の場合は普通の召喚士とは違うから弓士でいいと思うわ。
でも、シロちゃんがいるからスキルの召喚魔法を隠すのは無理だと思うわよ。」
「……確かにそうですね。」
エミリアさんの指摘に従い、スキルに召喚魔法を書き足す。
最後に微妙な気持ちで漂流者と書き込み、ざっと見直してから申請書をエミリアさんに手渡した。
「うん、問題ないわ。
じゃあ、登録証を発行するから少し待っていて。」
申請書を確認すると、エミリアさんはそう言って奥へと向かっていった。
「はい、これがマナ君の登録証よ。」
奥でなにやら作業をしていたエミリアさんが戻ってくると、そう言って小さな金属の板を机の上に置いた。
登録証といわれたその金属の板は、角に丸みのある長方形で端の方に小さな穴が開いている。
映画の中なんかで見かけるようなドッグタグのようなものらしい。
手に取って確認すると、表面には僕の名前と所属国としてファスティリア王国の名前、そしてランクであろう“F”の文字が書かれていた。
「スキルとかは書かれていないんですね。」
気になったことを聞いてみる。
何となく、冒険者の登録証というとスキルなども含めた個人情報が謎技術で浮かびあがるようなものを想像していた。
「ええ、登録証には必要最低限の情報しか書かれていないわ。
もちろん、ギルドにある装置を使えば登録している情報を読み出せるようにはなっているけどね。
ちなみに私のはこんな感じよ。」
そう言うと、エミリアさんは首にかけていた登録証をはずして僕に見せてくれる。
そこには僕の登録証と同じように、エミリアさんの名前と所属国のファスティリア王国、ランクを示す“C”の文字が書かれていた。
「エミリアさんはCランクの冒険者なんですか?」
「そうよ。
こう見えて、私もそれなりに戦えるのよ。」
そう得意げに答えるエミリアさんに僕はあいまいにうなずく。
Cランクといわれても、イマイチどの程度凄いのかが分からない。
確か、キースさんたちがBランク冒険者で、ギルドマスターが元Aランク冒険者という話だったはずだけど。
「……とりあえず、話を戻すわ。
この登録証なんだけど、冒険者ギルドがある国であれば公式な身分証として使うことができるの。
主要な国には全て冒険者ギルドが設置されているし、設置されていない国でもある程度の保証にはなるから、国家間の移動するような人は大体登録しているわね。
まあ、冒険者ギルド以外にも商人ギルドや魔法ギルドなどもあるから、そちらに登録している場合もあるけれど。」
エミリアさんは登録証を首に戻して続きを説明し始める。
僕の反応が薄かったのが気に入らなかったのか、不満げな表情だけど。
「マナ君も冒険者にランクがつけられていることは知っているみたいだけど、それがどの程度なのかが分かっていないみたいだから説明するわね。
まず、冒険者のランクは7段階に分けられているの。
一番上がSランクでその次がAランク、それ以降はBランク、Cランク、Dランク、Eランク、Fランクとなっているわ。
一番下のFランクは見習い扱いで、冒険者はみんなFランクから始めることになるからマナ君もここからね。
依頼をいくつかこなすことでEランクに上がることができるわ。」
受け取った登録証にもFランクと書かれているので、そのとおりなんだろう。
僕はうなずいて続きを促す。
「Eランクになれば、とりあえずは一人前の冒険者として扱われるわ。
まあ一人前といっても、依頼に対して自分自身で判断できるとみなされるだけで、実力が一人前というわけではないんだけどね。
で、そこから実績を重ねていくことでDランク、Cランクとランクが上がっていくわ。
ただ、その次のBランクからは昇格するための審査が必要になってくるの。
Bランクになると国や貴族からの依頼なんかを優先的に回すことになるから、その人が信用できる冒険者かを審査するわけね。
当然実力も必要なんだけど、稀にその人となりでもってBランクに昇格される冒険者も中にいるわ。
まあ、逆に国や貴族と関わりたくないからといって、実力があってもCランクのまま通す冒険者もいるけどね。」
「じゃあ、Bランクのキースさんとロビンさんは凄い人だったんですね。」
「そうよ、あの2人はこの町で一番の冒険者なんだから。
実は、この町のダンジョンが見つかったときにお父さんが帝国の冒険者ギルドからスカウトしてきたのよねー。
……今となっては、少し申し訳ない気になるけれど。」
そう言ってエミリアさんは目を伏せる。
「帝国の冒険者だったんですか?」
「ええ、この町に冒険者ギルドを立ち上げる関係でお父さんが帝国に行っていたときにスカウトしたらしいわ。
ちょうどパーティーメンバーが負傷して引退、そのままパーティーが解散になったからちょうど良かったんですって。
後、ロビンさんの奥さんが獣人というのも理由の1つみたいだけど。」
「ロビンさんって結婚していたんですね。
でも、獣人であることが理由ってどうしてですか?」
「あれっ、説明していなかったっけ。
帝国はガチガチのヒト至上主義なのよ。
隣国の獣王国から獣人をさらっては奴隷にしているってうわさもあるくらいで、ハッキリ言ってあの国での獣人差別は凄いわよ。
本気で気分が悪くなるくらいなんだから。」
……獣人差別があるのか。
というか、隣の国から人をさらってきて奴隷にするってかなりヤバイ国なのでは?
できれば、かかわりあいになりたくないなあ。
「あと、キースさんも結婚しているわよ。
というか、アメリアがキースさんの奥さんよ。
聞いてない?」
「……聞いてません。」
キースさんとアメリアさんが結婚していたのか。
それなりに親しくしてもらっていると思っていたけど、意外に知らないことが多いみたいだ。
「そう?まあ、話を戻すわね。
冒険者のランクについてなんだけど、モンスターにも同じようにランクが付けられていて、それに対応するような形になっているわ。
なので、冒険者のランクは、対応するランクのモンスターを余裕を持って倒せる程度の実力ということになるの。」
「ということは、キースさんたちはBランクのモンスターを余裕を持って倒せるということですね。
……Bランクのモンスターがどの程度かがわかりませんが。」
「うーん、実際にそういうわけではなくてあくまで目安になるかな?
一応、Cランクにあがるまでは実力が基準になるからそのとおりなんだけど、Bランク以上になると確実に倒せるかは微妙ね。
相性の問題もあるし、Bランク以上になるとモンスターも強さであったり、その性質であったりというものにかなり幅があるからね。
このあたりのBランクモンスターだとダンジョンボスのミスリルゴーレムがいるんだけど、キースさんたちだと相性的に微妙かな。
たぶん倒すことはできるとは思うんだけど、苦戦することになると思うわ。」
Bランクモンスターでミスリルゴーレム。
たぶん名前どおりミスリルでできたゴーレムなんだろうけど、やっぱり良く分からない。
そう思ったことがエミリアさんにもわかったらしく、追加で説明をしてくれた。
「あくまでイメージなんだけど、もう少しランクについて説明するわね。
一番下のGランクモンスターがほぼ無害のモンスターで子供でも武器があれば倒せる程度よ。
次のFランクが大人が倒せる程度、Eランクが訓練をつんだ兵士が倒せる程度、Dランクが訓練をつんだ兵士が連携をして倒せる程度ね。
Cランクからは強くなって軍の小隊レベルが倒せる程度、Bランクは軍の大隊レベルが倒せる程度、Aランクに至っては国の軍隊の総力を挙げて対応するレベルね。
さらに上のSランクになるともはや国の軍隊では倒せないレベルといわれているわ。」
「……国で倒せないSランクモンスターって、どうするんですか?
あと、Cランクのエミリアさんは軍の小隊レベルの強さがあるんですか?
というか、キースさんたちは大隊レベルで、ギルドマスターは国の軍隊に匹敵する???」
何となく想像できそうな説明ではあったんだけど、規模が大きくなって逆に想像できなくなってきた。
軍隊の小隊や大隊といわれても具体的にどの程度の人数かとかが良く分からない。
とりあえず兵士がたくさんというイメージしか思い浮かばない。
しかも、それがキースさんたちやギルドマスターの強さと同等だといわれると、もはや何がなんだかわからない。
「ふふふ、今の説明はあくまでも目安よ。
AランクやBランクだからといって、実際に軍隊を相手にできるわけではないわ。
というか、冒険者のランクはあくまでモンスター相手のものだから、軍隊みたいな人を相手にするようなものとは別物よ。
あと、Sランクモンスターに関しては各国の英雄と呼ばれるような人たちが出てきて対処するわ。
一応、ドラゴンスレイヤーの称号を持つお父さんもそのうちの1人といえば1人なんだけど、わかりやすいところだと勇者とかかしら。
まあ、そういう英雄という人たちも国に所属しているわけだから、Sランクモンスターを国が倒せないという訳ではないんだけどね。
あくまで普通の軍隊では対処できないというだけだから。」
なるほど、確かにモンスターを相手にするのと軍隊を相手にするのを一緒にして考えるのは無理か。
しかし、Sランクモンスターを相手にできるなんて、やっぱり勇者は凄いな。
漂流者である僕はFランクだというのに。
「ランクに関してはこんなところだけど、何か質問はある?」
「そうですね……。
Fランクだと、どういった依頼があるんですか?」
なんにしても、まずは借金を返すための依頼をこなさなくてはならない。
なので効率の良い依頼を教えてもらえないものかと質問してみた。
「……そうね、本来であればFランクでもいろいろな依頼があるんだけど、今は常時依頼として出されているワイルドラビットの素材の収集依頼と薬草の採集依頼だけね。
ダンジョンが使えた頃なら、それに関連した雑用であったり、ダンジョン低層の討伐依頼とかもあったんだけど。」
「もしかして、あまり良い依頼ではないんですか?」
「あー、そんなことはないわよ。
そもそもFランクの依頼だとそんなに大差ないから。
ただ、ろくに選択肢もない状況が申し訳なくてね……。」
微妙に地雷を踏んでしまったのか、エミリアさんが表情を暗くしてしまう。
ただ、それも少しの間だけで、すぐに表情を戻して他に質問がないかと聞いてきた。
細かい依頼の内容なんかは後で詳しく確認すればいいだろうから、ひとまずは大丈夫だと答えておく。
「それじゃあ、最後に登録証について話しておくわね。
最初に言った通り登録証には身分証としての役割もあるのだけれど、冒険者としては万が一のときに身元を確認するためのものでもあるのよ。
もちろん、万が一のことなんてないにこしたことはないんだけど、冒険者として活動する以上、危険は付き物だから。
だから、マナ君も登録証は首にかけるなりして常に身に着けておくようにしてね。
あと、もし亡くなっている冒険者を見つけた場合は、登録証を回収して冒険者ギルドに届けて頂戴。
その場合、亡くなった冒険者の持ち物の権利と冒険者ギルドから登録証の回収に対する報酬が与えられるわ。」
「持ち物の権利ですか?」
「ええ、亡くなった冒険者の持ち物は発見して回収した冒険者に権利が移るのよ。
もちろん冒険者ギルドに届ける必要はないんだけど、登録証を回収してくると冒険者ギルドとして公式にその権利を認める形になるわ。」
「……それだと、盗賊的なことをする冒険者が出たりしないんですか?」
「まあ、絶対にないとは言わないけど、ほとんどそういうことはないわ。
この町だとわからないかもしれないけど、冒険者には横のつながりというのも結構あるものなのよ。
それに、冒険者ギルドでも各冒険者がどういった依頼を受けているかは把握しているから、不審な亡くなり方をすればすぐにわかるわ。
さすがに依頼に出ていないときまではどうしようもないけど、それは衛兵の管轄になるからね。」
うーん、まだ抜け道というか、やりようはありそうな気はするけど……。
まあ、この世界で冒険者という職が成立して、そういう制度になっている以上はそれでどうにかなっているんだろう。
一応用心だけはしておくようにしておこう。
「とりあえず、冒険者についての説明はこんなものね。
他になければこれで説明を終わるけど、どう?」
何となく考え込んでいたら、エミリアさんがそう声をかけてきた。
あわてて意識をそちらに移して考えてみるが、特に質問したいことは思い浮かばない。
「えーと、大丈夫です。」
「そう、じゃあこれで説明は終了します。
これから冒険者としての活動をよろしくね。
あと、食堂の方の手伝いも。」
そう言って立ち去るエミリアさんを見送る。
ギルドの時計を確認するとまだ10時にもなっていない。
食堂の手伝いまで1時間近く時間が空いてしまったようだ。
「どうしようか、シロ。」
足元で丸まっていたシロを膝の上に抱き上げて問いかける。
けれど、シロは特に反応することなく僕の膝の上で丸くなって目を閉じてしまった。
仕方ないのでシロをゆっくりとなでつつ、ギルドの中を見回す。
どうやら、アメリアさんが対応していたEランク冒険者のパーティーはいなくなったようだ。
姿が見えない。
ついでにアメリアさんもいなくなっていたみたいで、いつの間にか僕とシロだけになっていたらしい。
何となく寂しさを感じながらもさらに視線を動かすと、壁にかけられている依頼ボードが目に入った。
時間もあることだし、先に依頼を確認しておこう。
僕はそう決め、食堂の手伝いまでの時間をのんびりと依頼を確認して過ごすことにした。