第12話 初心者講習の成果
それから1か月、僕はギルドマスターから初心者講習という名のしごきを受け続けた。
結果、1週間で“弓”スキル、2週間で“受け”スキルを身に着け、最後には“短剣”スキル、“回避”スキルまでをも身につけることができた。
訓練の内容も、最初のうちは初日と同じく午前が体力アップ、筋力アップを目的としたランニングと筋トレ、午後が武器の扱い方、戦い方を覚えるための弓の訓練と軽い立会いというものだった。
それが2週間経って“受け”スキルを身に着けてからは、午後の軽い立会いがより実践を想定したものに変更されてしまった。
そのタイミングでシロも訓練に参加するようになり、僕と同じように“回避”スキルを身に着けている。
「シロ、右に回り込んでっ。」
ギルドマスターから十分に距離をとった位置で弓を構えながら叫ぶ。
シロはその声を受け、ギルドマスターへと正面から向かっていた進路を素早く右方向に転換し、大剣を持たない左腕側から飛びかかる。
その攻撃に反応した隙をついて、僕はギルドマスターの頭を狙って矢を放つ。
「甘いわっ。」
その言葉と同時に、ギルドマスターは身体をわずかにひねり、左腕を使ってシロの攻撃をすくい上げるように受け流す。
さらに飛んできた矢を大剣ではじき飛ばし、そのまま回転してシロを大剣で吹き飛ばした。
「フギャッ。」
シロがうめき声をあげて地面をすべる様に転がっていく。
だが、こんなことはいつものことだ。
すぐに立ち上がるとギルドマスターを警戒しながら距離をとる。
僕も矢を放った瞬間に左方向に走りだしている。
シロへと追い打ちをかけようと動き出したギルドマスターに対し、移動しながら牽制の矢を放つ。
移動しながら放った矢はギルドマスターの身体に届くことはなかったが、足を止めるという牽制の役目は十分に果たした。
僕とシロが距離をとって並び、ギルドマスターと向かい合いながら様子を窺う。
立ち合いに一瞬の間ができた。
だが、ギルドマスターはそんな空気を気にすることなく大剣を肩に担ぎあげるとそのまま歩いて距離を詰めてくる。
その様子を見て背中の矢筒から矢を抜きつつ、左にいるシロと視線を交わす。
直後、僕とシロはそれぞれ反対方向に駆け出した。
それを見たギルドマスターは一瞬考えたようだが、僕に狙いをつけたみたいだ。
こちらに向かって駆け出してくる。
距離を詰めてくるギルドマスターに対して、僕は逃げるように走りながら矢を次々と放っていく。
しかし、走りながら、それも後ろへと放った矢は、大した威力もなくそのすべてが右手に持った大剣によってあっさりと弾かれる。
大剣の届く距離になろうかというところで、僕は弓を捨てて腰の短剣を引き抜く。
間一髪といったタイミングで、ギルドマスターが振り下ろした大剣を両手で持った短剣で受け止める。
だが、立ち止まった直後の安定しない状態ではすぐに弾き飛ばされてしまいそうだ。
そのタイミングで後方からシロがギルドマスターの後頭部を狙って飛びかかるのが見えた。
内心で決まったと思うが、死角からの攻撃であったにもかかわらず、ギルドマスターは頭をかしげるだけで難なく避けてしまう。
「くっ。」
僕は一瞬力が弱まった大剣を右下に流すようにいなし、シロを受け止める。
すぐさま受け止めたシロをギルドマスターの顔に向かって投げつけ、自分自身も低い位置から左足を狙う。
けれど、ギルドマスターはシロを大剣で弾き飛ばし、僕を右足で横から蹴り飛ばした。
「ニャッ。」
「ぐぅっ。」
蹴り飛ばされた僕は、そのまま勢いよく地面を滑っていき、壁にぶつかってとまる。
一方、シロは弾き飛ばされたところで着地するとすぐさまギルドマスターへと飛びかかっていた。
「フギャッ。」
しかし、振り下ろされた大剣によってあっさりとつぶされる。
転がった状態のままその様子を見ていた僕は、短剣を手に身体を起こす。
そこにギルドマスターから何かが投げつけられた。
それを認識した瞬間に身体を投げ出して避ける。
どうやら投げられたのは片手斧らしい。
視線を片手斧から前方に戻すと、目の前にギルドマスターの姿があった。
「まあ、こんなもんだろ。」
その言葉と同時に、僕もまた大剣によって叩き潰されるのであった。
「今日で訓練は終了だ。
明日からは冒険者としてバリバリと依頼をこなしてきてくれ。」
数分後、回復ポーションによって傷と体力を回復した僕とシロに向かってギルドマスターがそう告げた。
その言葉を聞いて、僕はシロと顔を見合わせる。
瞬間、シロが飛びついてきた。
僕はシロを抱きとめ、その背をなでながら今までの訓練を思い出し感激に打ち震える。
はっきり言ってなぜ訓練に耐えられたのかわからない。
それが僕の正直な感想だ。
「とりあえず、冒険者についての説明は明日にでもエミリアかアメリアに聞いてくれ。」
最後にそう付け加えると、ギルドマスターはこちらに背を向けて歩き出す。
「スゲーな。
まさか、ギルマスの訓練を受け切るとは思わなかったぜ。」
ギルドマスターが離れるのを確認して、訓練を見守っていたキースさんが声をかけてきた。
「ああ、今どき回復ポーションを使って限界以上に追い込む訓練は、はっきり言って異常だからな。」
同じように訓練を見守っていたロビンさんが応じる。
「えっ。」
その言葉にシロをなでる手が止まる。
そして非難の目を訓練場から出ていこうとするギルドマスターに向ける。
「何を言っているんだ?
冒険者としてやっていこうというのであれば、この程度の訓練をこなすくらい出来て当然だろう。
最近の奴らが貧弱すぎるだけだ。」
けれど、僕の視線に気付いたギルドマスターは真顔でそう返すだけで、そのまま訓練場を出ていってしまった。
それを聞いたキースさんとロビンさんはお互いの顔を見合わせて首を振る。
「まあ、ギルマスだし仕方ないか。
ところで、マナは今日も食堂の手伝いをするのか?」
「はい。
それに今日で訓練は終わりましたが、一応明日からもギルドの部屋を借りる対価として食堂の手伝いを続ける予定です。」
キースさんの質問に、明日からの予定も含めて答える。
「そうか。
じゃあ、この後打ち上げに、というのも難しいな。
……それじゃあ、料理長に頼んで何かうまいもんでも差し入れてもらうか、打ち上げはまたの機会ということにして。
マナは酒はダメなんだよな?」
「ええ、元の世界ではお酒は20歳になってからなので。
というか、良いんですか?」
「ふんっ、子供が遠慮するものではない。
俺もキースもこう見えてBランクの冒険者だから金の心配はいらないし、はっきり言ってこの町も人手不足だからな。
若いマナには、しっかりと活躍してもらう必要がある。」
僕の不安げな問いかけに対し、ロビンさんがそう返してくる。
その後は、食堂の準備までの余った時間を使って、僕とシロの訓練の話やキースさんとロビンさんの今までの依頼の話をして盛り上がった。
ディナータイムの片付けが終わり、まかないの夕食を受け取りに向かう。
そこには、いつものまかないの夕食とは異なる豪華なメニューが置かれていた。
予想以上のメニューに驚いてブルーノさんを見る。
「キースたちからの分に加えて、俺達からの分も追加している。
明日からも手伝いに入ってくれるみたいだし、お前には頑張ってもらわないといけないからな。」
ブルーノさんは照れたようにそう言うと、すぐに後ろを向いて作業に戻ってしまう。
その姿を見て、僕の心は暖かい気持ちに満たされる。
突然訳も分からず異世界へと飛ばされたけれど、案外どうにかやっていけるのかもしれない。
「いただきます。」
訓練最終日に味わったその日の夕食はとてもおいしく、人の優しさを感じられるものだった。