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第9話 雑用と不安と

「3番の注文上がったぞ。

 持ってってくれ。」


「はーい。

 今行きまーす。」


異世界へとやって来たその夜、僕は冒険者ギルドの食堂で給仕係として働いていた。


「ワイルドラビットのソテーお待たせしました。」


注文された料理をテーブルの隙間を縫って運ぶ。

昼間はまるで人がいなかったというのに夜のギルドの食堂は人であふれていた。


「こっちにワインの追加をくれー。」


「はーい。

 すぐ行きまーす。」


目についた空き皿を回収しつつ、おかわりを要求するお客さんに叫び返す。

他のテーブルからも空き皿を回収して厨房へと戻り、出来上がった料理やワインのおかわりを持って再びテーブルの合間を動き回る。


夕食時になってからずっとこの調子だ。

バイトの経験などなかったので、失敗しないように初めのうちは丁寧に愛想よく給仕を行っていた。

でも、あまりの忙しさにすぐにそんなことを気にする余裕はなくなっていた。



「あと30分ほどで落ち着くようになるから。

 それまでもう少し頑張りな。」


厨房に空き皿を下げに戻ると料理長の奥さんであるタバサさんからそう声をかけられる。


「どうして昼は全然人がいなかったのに、今はこんなに繁盛しているですか?」


持ってきた皿を流しに片づけながら、気になっていたことを聞いてみた。


「そりゃあ、この町にある他の食堂が店を閉めちまったからだよ。

 一応、今も営業している宿屋の食堂でも料理は食べられるんだけど、村だった頃からある宿だから狭くてね。

 だから、宿の客以外の連中のほとんどがこの食堂に食べに来るんだよ。

 ほら、ワインの追加上がったよ。

 持ってって。」


タバサさんから追加のワインを受け取り、ひとまず会話を中断して給仕に戻る。

結局、しばらくは会話する暇もないほど動き回ることになった。



「さっきの話なんですけど、他の食堂が店を閉めるほどこの町は人が少なくなっているんですか?」


タバサさんの言葉通り、30分ほどで食堂の忙しさが落ち着いたので、先ほどの会話で気になったことを尋ねる。


「あー、そうだねぇ。

 確かに人は減っているんだけど、それは町になってから増えた連中なんだよ。

 さっきまで来ていたのは村だった頃から住んでたのや、この町に骨を埋める気で移住してきた職を持った連中だね。

 で、減った連中なんだけど、そいつらは冒険者と王都の商会から来ていた商人たちなのさ。

 冒険者はダンジョンが使えなくなって稼ぎが悪くなったから、商会の連中は冒険者から買い取る物が無くなって儲けが見込めなくなったから。

 そんな理由でこの町を出て行っちまったよ。」


「冒険者は何となく分かるんですけど、商人の人までそんなに簡単に町から出て行くものなんですか?」


「いや、普通はそんなことはないよ。

 ただ、この町は村から町になったのが完全にダンジョンありきの話だったからねぇ。

 ダンジョンからの供給がなくなった途端に仕事がなくなっちまったんだよ。

 しかも、町が出来るときにでかい宿や食堂なんかの主要な施設を全て王都の商会が握っちまっていたからね。

 さすがに、ダンジョンが使えなくなってから2ヶ月ほどは、今までの資材やなんかで細々としたことをやっていたみたいだけど、状況に変化が期待できないと分かってからは早かったね。

 さっさと荷物をまとめて引き上げちまったよ。」


タバサさんの言葉に驚く。

それってつまりはこの町の根幹をその王都の商会が握っていて、しかもそれを放り出してこの町を見捨てたということなのではないだろうか。


「それって、町として大丈夫なんですか?

 大事そうな施設が色々と使えなくなっていそうなんですが。」


「まあ、まっとうな状態ではないね。

 ただ、村だった頃からあった店なんかはそのまま残っていたりするし、冒険者ギルドはもちろん、商人ギルドなんかもまだ町に残っているからね。

 村だった頃からやっていた畑や狩りなんかも別に辞めていたわけじゃないから、最悪、町になって増えたものが無くなってまた村に戻るだけだよ。

 ほれ、テーブルの片づけ行っといで。」


タバサさんの言葉に従って、テーブルの片づけへと向かう。

昼間のギルドの状況を見たときから何となく感じていたけど、この町は結構末期的な状況らしい。

タバサさんはただ村に戻るだけだと言っているけど、本当にそんな簡単なことなんだろうか?






「あー、つかれたー。」


そう言いながらベッドに倒れこむと、期待していたようなやわらかい感触ではなく、やや固い感触が返ってきた。

さすがに普段家で使っていたようなやわらかさはなかったらしい。

ただ、藁を敷き詰めたようなものや、毛布だけのベッドではなかったので、そこまで酷いものでもないのかもしれない。


ベッドに倒れこんだまま、今日から僕の寝床となる予定の部屋、冒険者ギルドの仮眠室を見回す。

といっても、所詮は仮眠室なので大して物は置かれていない。


扉から入った正面に窓があり、その前に机が1つ。

そして左右にベッドが1つずつ置かれ、その足元に小さなタンスがあるだけ。

その名のとおり、仮眠や短期の泊まりこみを想定した部屋なんだろう。



結局、エミリアさんからお金の話を聞いた後は、すぐに食堂の夕食準備になってしまったので詳しい話を聞くことが出来なかった。

ほとんど説明もなしにそのまま食堂の手伝いに回されてしまったのだ。

一応、冒険者ギルドの雑用はこの食堂の手伝いが主になるらしく、今日やってみた限りでは忙しかったけど僕でもやれないことはなさそうだった。

でも、食堂の手伝いだけだと借金を返済するまでにかなりの期間がかかりそうで正直不安だ。


「ちゃんと元の世界に帰れるのかなー?」


先にベッドで丸まっていたシロを指でつつきながら不安を口にする。

シロは迷惑そうに少しだけ目を開けて僕のほうを見ると、すぐに目を閉じてまた丸まってしまった。

どうやら、僕の愚痴に付き合ってくれるつもりはないらしい。


「借金は出来るし、町の外にはモンスターがいて危険があるみたいだし……。

 かといってお約束のチートはないみたいだし。」


のんきに丸まっているシロを見てぼやく。

せめてシロが強力なモンスターというのであれば、もう少し希望が持てたんだけど。


「一応、明日から初心者講習という形で訓練をつけてくれるらしいし、地道に頑張るしかないのかなー。」


元の世界に帰る方法を探すためには色んな町に行く必要が出てくると思う。

ただ、外壁に囲まれた町の外に出るとモンスターに襲われる危険が出てきてしまう。

一応、街道を使えばある程度の安全は保証されているらしいけど、絶対というわけではない。

というか、今日僕がワイルドウルフに襲われたのは街道での話だ。


安全に旅をしようとすると強い護衛を雇えばいいという話になるんだけど、護衛を雇うには当然お金がかかる。

かといって護衛を雇わずに済まそうとすると自分が強くなるしかない。


どちらを選択するにしても時間がかかりそうだ。

ただ、護衛を雇うためのお金を稼ぐためには相当な時間がかかりそうなので、自分の身を守りながら旅が出来る程度まで鍛えるほうが現実的な気はする。

何故かこの世界に来て体力が上がっているようだし。


後は明日からの訓練でどうするかを判断するしかないと思う。

僕がダメでも、もしかしたらシロが圧倒的な才能を見せるかもしれないし。


とにかく、出来ることからやっていこう。

そう決意して僕は眠りについた。



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