プロローグ
広い敷地の中に建てられた古びた洋館のその奥、敷地の片隅にひっそりと建てられた小さな物置の中でその儀式は行われていた。
元々大して物が置かれていなかったのであろうその物置の中でわずかに存在した道具やガラクタたちは隅に追いやられ、儀式のために広く床が空けられている。
薄暗い物置の中でローブをまとった少年が大きな紙を広げた。
レンガ造りの物置には窓がなく、机の上に置かれたランプだけがわずかな光を放っている。
少年は床に広げられた紙を丁寧に伸ばすと、そのわずかな明かりを頼りに手に持っていた古い羊皮紙を確認した。
羊皮紙には魔方陣が描かれており、広げられた紙にも同じ魔方陣が描かれている。
紙の魔方陣は血のような赤で描かれており、それは2重になった円に六芒星が重ねられているものだ。
そして、六芒星の各頂点がある円と円の間にはラテン語で“光”、“火”、“風”、“闇”、“水”、“土”の文字が書かれている。
少年は六芒星の各頂点に羊皮紙に書かれたとおりに色の付いた石を置き始めた。
“光”には“白”、“火”には“赤”、“風”には“緑”、“闇”には“黒”、“水”には“青”、“土”には“黄”の石を対応させる。
全ての頂点に石を置き終えると少年は満足そうにうなずいた。
左手に羊皮紙を持ち、空いた右手を紙の魔方陣にかざして詠唱を始める。
「あまねく世界に在りし魂よ、我が呼び声、我が望みに応じ、我とともに在ることを望むのであれば応えよ。」
薄暗い物置の中、少年のゆっくりとした詠唱だけが大きく響く。
詠唱が始まると同時に魔方陣が淡く光を放ち始めたが、目をつむって詠唱している少年は気づかない。
次第に輝きを増していく光は、詠唱が完了すると同時にその輝きを一気に強めた。
「えっ!?」
閉じた瞼越しでも感じるその光の輝きに気づいた少年は驚きの声を上げる。
だが、目を開いた少年はそのまま光の奔流に飲まれ、まばゆい光の中で意識を失った。
数瞬の後、光が収まったその場所に少年の姿はなかった。
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「うぅ……。」
少年は呻きをあげて目を覚ました。
そして、周囲を見渡して驚きの声を上げる。
「……なに、これ?」
そこは意識を失う直前にいた物置の中ではなく、草原の真っただ中だった。
ランプによる頼りない光などではなく、太陽からのまばゆいばかりの光が周囲に降り注いでいる。
少年はまばたきを繰り返し、目の前の光景が幻ではないかと確認を繰り返す。
しかし、何度まばたきを繰り返しても目の前にある景色が変わることはなかった。
「召喚魔法で自分が召喚されるとか、何の冗談だよ……。」
少年は天を仰いで力なくそうつぶやいた。