side:R
『変わらないね。』
その言葉を貰うだけで。まだ自分は貴方に触れていいのだと、
錯覚を起こす。
―――—――—――—――—――—―――—―――—――
「・・・アル、私もどるわね。」
「うん。気を付けて。」
私よりも、頭一つ大きい幼馴染。愛しい人。
貴族の出でもないのに町の司書より遥かに博識な彼は呆れたように肩を落として私を見送る。そしてまた、彼と私の空白期間は続く。
あの時、町になだれ込む魔物達を一斉掃討したことに後悔はない。
怯えながらも私を守ろうと前へ出たアルに、一匹の心底気色悪い魔物がとびかかった。私の宝物が穢されてしまう。そう思うと、その一匹を殺しただけでは足りないほどの危機感がすとんと胸に落ちた。
『アルには触れさせない!!!』
こんなものが彼の目に映るだけで我慢ならない。
二人で遊んでいたのだ。町の端にある、綺麗な花畑で。ようやく戻ってきた綺麗な日常を、こんな汚らわしいモノで浸食されたくはなかった。
『レイ、だめだ!それは・・・!!』
したったらずに叫ぶ彼なんて関係はなかった。自身の安全なんて二の次だった。危機感だけが、行動の全てだった。
『かまわない!汚らわしいモノを消し去れ・・・【魔ガ亡者】!』
・・・そこに現れたのは、私をかたどった魔力。その私が溶けたようにみえた次の瞬間、地平線の先まで魔力が広がり視界内の魔物が渦をまいて消滅した。
その魔法は、これまで使ったことのない定理も定石も滅茶苦茶になるほど危うい魔法。当然、相当数の仮にも命を奪った対価は大きかった。
『ぐっ、かはっ・・・!っぅ、』
『レイ!・・・っ!』
目の前が色を失った。しかし白黒に加えられた血の赤黒さが妙に懐かしくて、見つめる。
私を呼ぶアルの声が途切れたと思えば、警戒心が強く滲む声色で私以外に発せられたのを弱くなる聴覚で聞き取った。
『あなたはだれだ・・・?』
咄嗟に顔を上げると、ローブをまとった若い男が一歩先に立っていた。美しい花畑で血反吐を吐く私を見つめる瞳には温度がない。咄嗟に敵だと思い、攻撃しようとしたが息をすることもままならない私では奴を排除できない。
『アルっ・・・にげ、・・・っかひゅ、』
『その必要はない。興味があるのはお前だけだ。』
首を捕まれ、乱雑に寝かされる。この男は何者か、当時は回らない頭で考えたものだ。
「戻ったか、レイシス・エレメント。」
「・・・ええ。ヴァロフ卿も帰って来てたのね。」
今やあの時の怪しすぎるこの男を殺せなくて良かったと、少しばかり思う。
「あの子は元気だったか。」
「貴方に心配されるほど、彼は脆くないわ。私より遥かに強いもの。」
「心配とはまた、随分私に似合わない言葉を選ぶものだね。」
この男はこの国随一の魔導士ヴァロフ卿。実際の年齢は聞いていないし興味もないが見た目はあの日から変わらない。彼には魔法の基礎から叩き込まれた。言葉通り叩き込まれたのだが、当時これほど自由自在に魔力を操れる者がこの国にいるとは思わず、らしくなく驚いた。
「そう?とても似合っているわよ。戦場であれを打った私をすぐに下がらせる貴方は傲慢に繊細な人だわ。」
「自分の話している言語をもう一度勉強しなおすか?レイシス・エレメント。」
「あら、間違ったことを言っているつもりはなくってよ。」
魔力自体が多くても、それを外へ発現できない者もいる。かくいう彼もそうだったらしい。しかし未だに初級魔法の打ち合いで勝てたためしはない。血を吐くことなんて、彼のしてきた努力のなかではざらだった。それをこの四年で身をもって感じた。・・・いわゆる師匠と弟子の関係だ。信頼しているし、尊敬もそれなりにしている。しかしアルの事となると別だ。
「でも、貴方がいくら気に入っているからといって彼は渡さないわよ。」
初めてヴァロフ卿と会ったとき、変わらぬ美しさの花畑でアルは言った。
『・・・あなたはレイをつれていくのか』
アルは分かっていたのだろう。国が動くことが。だからあの時止めたのだ。私がひた隠しにしてきた質の違う魔力を放つことを。
魔力で模られた私が溶ける瞬間、私自身の臓器も焼け爛れたかのように溶け始めた。それを見た彼は思ったのだ。この私を「出来損ない」と判断して。
『坊主。お前は存外頭の出来がいいのだな。』
何を考えていたのか、今思い出すとヴァロフ卿は楽しそうだった。
『その娘次第だが、こいつが死んだらお前を連れていくのも面白そうではある。』
『や・・・めろ!・・・私をっ、連れ・・・て、いけ・・・』
命を賭して守った宝物がこんな男に攫われるなんてありえない。
『必死だな。わかっているのか、小娘。私の居るところは軍だ。イレギュラーなお前をどう扱うかなんて想像がつく。大方研究棟に閉じ込められ戦争の道具となるだけだろう。』
いよいよ言葉の代わりに赤黒い血しか出なくなった私は、必死に睨みつけた。かまわないと、魔法を放つ前と同等以上の意思をもって。
『・・・はっ!お前とその娘。名前を言え。』
『・・・かのじょをつれていくのなら、かのじょのいのちがたすかると思っていいのか。』
『あぁ。そう思ってくれて構わない。この先お前と会えるかは定かではないが。』
私は思った。彼の平和が守られるならこの身など惜しくはないと。
・・・今思えば、ヴァロフ卿はしっかり言葉を濁していた。私が勝手に、秘密裏に王宮を抜け出せている事を考えれば、なるほど。最初から私たちを引き裂こうとしたわけではなかったらしい。
『・・・かのじょはレイ。ぼくはアル。』
『そうか。レイは今死んだ。お前の知りえる娘はここで魔物に食われ、亡くなったとこの村の連中に知らせるがいい。』
『・・・わかった。かのじょをたのむ。』
「男色家だと軍では噂になっているわ。」
「噂の元は誰だ消して来い。」
「いやよ。」
この様子では噂は噂であったらしい。それとなく疑っていたことなので嘘だと分かればいい。この男は本当にその趣味があったら開き直り『はっ』と意味深な笑みを浮かべる。それが肯定の印だと知っているものはすくないだろう。
「・・・やっと私の地位が安定してきたの。次の戦争で決着をつけるわ。」
「それは頼もしい。しかしお前が壊れて使い物にならなくなれば意味がない。せいぜい自分の力量は把握しておくことだ。」
やっと。戦争が終わり勝利をもって幕が下りたならば、私はレイシス・エレメントとして彼を迎えに行く。昔の彼女ではない、彼の前でもう一度凛と手を伸ばせる私として。
「ええ。もう町の天才少女じゃいられない。魔導士ヴァロフ卿の弟子として、最高の魔法使いとして、まだ足りないわ。」
そして何よりアルに会えない。
「わかっているなら気を抜くな。」
「ええ。念頭に置いておくわ。」
—――—愛してると伝えるには、彼に触れるには、まだ資格がない。
~おまけ~
「それでだ。お前は噂を誰から聞いた。」
「私は王宮の女官が裏で話しているのを聞いただけよ。」
「となると既に広範囲に広がっていると考えていいだろうな。」
「プライドの高い貴方が随分余裕ね。」
「はっ!私は余裕を崩したことなどない。さぁ、私の魔力だけでは不十分だ。この噂に関連した記憶をこの国から抹消しよう。」
「手っ取り早くお嫁さん貰ったらどう?」
「足手まといを身内に入れるのにどんなメリットがある。」
「それもそうね。」
(私もアル以上に愛せる人間なんて思いつかないわ。)
微妙に話がズレてくる最強師弟。
おまけは気持ちが高ぶって書いた感あります。