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魔眼は夢をみる  作者: 聖堂 天音
第一章 異世界に生まれ落ちて
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第6話 作戦会議と事情説明(1)

 剣の勝負がついたことで、ようやく本題である、俺の婚約話を詰めるために中庭にいた全員が屋敷の中に戻る。


 大きくて立派な暖炉があり、家族憩いの間である、談話室に二人を招く。


 貴族の屋敷では、誰がどの部屋を使うのか、客人の出入りが許される部屋はどこまでなのか、しっかり決まっている。


 そんな決まり事は面倒この上ないが、客人がどれだけ屋敷の住人に歓迎されているかを示すパラメーターのようなもので、これが適当な人間は、決まり事にうるさい人に嫌われるらしい。


 本来なら家族だけが使える談話室にイシュヴァレン伯爵とダニエルを招き入れるって、かなり仲が良くないと無理だぞ?


 伯爵とダニエルは長くゆったりとした幅広の紺色の上品なソファーに座ると、養父が懐から一枚の上質な紙を出した。


 この世界では紙の大量生産は難しいらしく、紙そのものが高価な贅沢品であり、貴族同士の契約で紙を用いるのは、かなり大事な契約だという証になる。


「アオイとダニエル君が婚約する。……その約束を極めて重要なものであると国中に噂させるためだよ」


 養女にしたばかりでまだ何の実績もない俺の婚約の話を進めるために、贅沢品である紙を使うことに俺が驚いていると養父がそう説明してくれた。


「いくら父が王弟であっても、アオイが魔眼持ちであっても、軽んじた態度を取る人はいるからね」


「ヒト第一主義の奴等だな」


 イシュヴァレン伯爵が養父の言葉に深く頷いている。


「家柄や血縁を誇るのは悪いことじゃないが、ある程度は個人の能力が大事だろ?」


 魔法や魔眼なんてものがある世界である以上、実力主義な傾向があるのは事実だからな。じゃなきゃ、魔眼持ちの養子縁組みの風潮は生まれないだろ。


「普通はそうだね。だけどね、このアヴィールという国にはちょっと複雑な事情というか、歴史があるんだ」


「ん?」


 そういえば、ヘルミーネもダルジア人の歴史がどうのこうのとか、ちらっと言っていた気がするな。


 施設にいた頃は魔眼のことしか詳しく調べてなかったから、この世界の歴史そのものに疎い。


 俺が首を傾げていると、養父が咳払いの後、静かに語り出した。


「今から四百年ほど前。今、アヴィール王国がある場所には当時、ダルジア人が作り上げた王国があった。名はヴァンダール王国。国民の大半がダルジア人で、当然どこの国よりも魔眼持ちが多く、また普通の魔法の研究も盛んにおこなわれた、当時では大陸最強の魔法大国だった」


 その国はヒトを魔眼持ちで区別せず、個人の能力を最重要視する方針で栄えていた国だった。


 周辺諸国との付き合いも良く、今も存在する西の魔法大国、イステンス王国とも良好だった。


 この世界には獣のような耳と尻尾を持った『獣人』と呼ばれる存在と、精霊と血が近い半人半霊の『亜人』がいる。


 ヴァンダール王国が大陸の覇者であった時代はこれらの種族は今よりたくさんの種類がいて、彼らは魔法すら扱えない無力なヒトを魔獣や争い事から守り、共存共栄していた。


 すべての知性ある存在が互いを尊重し支え合う、優しい時代だった。


 だが、とある国に異変が起き、そんな穏やかな時代が終わりを迎えた。


 大陸北部の小国の貴族の青年が、ヒトが最も偉くて、尊い種族だという思想を掲げ、その思想に共感した複数の貴族たちと協力し、その国を乗っ取ったのだ。


 中心人物であった青年は野蛮な亜人獣人の支配体制からヒトを救うべく、自分は神に選ばれた存在なのだと言い、自らを皇帝だと名乗り、支配した国を帝国と呼び名を変えた。


 魔獣や魔法がある世界である以上、特別優れた能力を持つわけではないヒトが抱える事情や立場の解釈をねじ曲げていることに、誰もが絶句した。


 帝国は誰もが考えたことすらない強力な兵器をいくつも生み出し、近隣の国々に戦争を仕掛け、勝利していった。


 それだけではなく、皇帝の恐ろしいところは、皇帝としての強健を発動して、帝国に住む亜人獣人から市民権を剥奪し、強制的に奴隷身分に落とす、ヒトとの異種族婚を許さないという法律を作り、それを自らの国だけではなく、戦争で勝ち支配した属国にまで押し付けたことである。


 それにより、徐々にその間違って歪んでいる思想がある種の宗教のようになっていった。


 大抵のヒトは種族的な弱さにある程度の折り合いをつけ、妥協をしており、自分たちではどうにもならない部分を亜人獣人たちがフォローしていることに疑問や劣等感を抱かない。


 だが一部のヒトはそれ許せず、彼らの劣等感を刺激する皇帝の掲げた思想に熱狂していった。


 皇帝の暴走は加速していき、たまたま帝国とその属国に旅行や働きに来ていただけの外国籍の獣人亜人を捕縛し、奴隷にするという暴挙に出るようになった。


 皇帝が作り上げたヒトを第一とする選民思想から生まれた異種族婚の否定は、『獣人をヒトが獣と交わった末に生まれた野蛮な種族である』という妄想まで生み出し、混乱を極めていった。


 自国の民を一方的に奴隷にされたことを知ったヴァンダール王国の王は激怒したものの、彼らは何の非もない善良なヴァンダールの民であるから、どうか帰してくれと皇帝に願った。


 だが、その願いは無視され、帝国の亜人獣人狩りは激化した。


 一方的に奴隷にされた獣人亜人の中には、結婚したばかりの女性もおり、彼女たちは主人となった者に性的暴行を受け、それが原因で生きることに絶望し、自害する者も出始めた。


 日に日に悪くなっていく状況から彼らを救うべく、ヴァンダール王国はとうとう帝国に宣戦布告する。


 本来なら魔法の研究の最先端であり、大陸最大軍事力を有するヴァンダール王国が勝つはずだった。


 帝国の未知の兵器でヴァンダール王国軍を返り討ちにし、その勢いでヴァンダール王国の国土に侵入。


 ヴァンダール王国を兵器による恐怖と暴力で蹂躙し、ヴァンダール王国の国民が九割も殺される結果となる。


「……戦争によりヴァンダール王国は滅び、かの国の属国アヴィールが生まれ、イステンスから救国の英雄がやって来るまでの間に、この国は皇帝の選民思想に染め上げられ、今も一部の貴族はそれを受け継いでるのさ」


「……その皇帝ってやつはバカか? 互いに支え合っていたのに、互いに憎しみ合う世界にして、何が楽しいんだか……」


「皇帝がこの思想を生み出した真意はいまだにわからない。だが、彼が残した厄介な思想がある限り、アオイは必ず攻撃される」


「ん? 獣人亜人を差別するやつが貴族に居るのはわかったけど、ダニエルと婚約することに何の意味が?」


 たしかダルジア人はかなり特殊な体質の民族だったはず。


 もしダルジア人をいわゆる『亜人』に区分するなら、その血を受け継ぐイシュヴァレン伯爵家の皆さんも嫌われてないか?


「さすがアオイ、察しがいいね。たしかにダルジア人は亜人に区分され、彼らは差別してくるよ。しかし、通常の魔眼持ちより遥かに強力な魔法を扱えるのがダルジア人の最大の特徴だ。いくら選民思想があっても、彼らに真正面から喧嘩を売ったらどうなるかな?」


「……キレて全力の魔法をぶつけられても、文句は言えんな」


 要はあれだ。

 柔道やボクシングをやってる人間が、素人に簡単に手を出さないからって、バカが煽りまくった結果、殴られても、そもそも最初に挑発したお前が悪い、ってやつだ。


 まさか、それを夜会でやる気なのか!?


「……まさかとは思うが……夜会で俺を餌に連中を引き寄せ、俺が何かされたら、イシュヴァレン伯爵が出てきて、キレる。そして、選民思想が戦争の引き金になった以上、そんな言動をするやつは国の中枢に居るべきじゃない。そうやって、件のバカな連中を中枢から締め出すのか?」


 頭痛がしそうな、凶悪なシナリオにげんなりする。


 養父はとびっきりの笑顔で頷く。伯爵とダニエルも俺の飲み込みの早さに感心している。


「夜会にはイステンスから使者殿も参加なさる。かの国はあの悪夢のような戦乱を生き抜いた国だけあって、選民思想をどの国よりも徹底に嫌い、政治や社交の場に持ち込むなと法律にしてしまうほどだ。……そんな国の使者殿の前で、やらかしたら……ね……?」


「しかもイステンスはヴァンダール王国と仲が良かったんだろ? その国の子孫とも言えるイシュヴァレン伯爵家を大事にしてるよな?」


「もちろん、ダルジア人がもっとも多く住むアヴィール王国は外交の支障にならないよう、そういった愚かな人間が重要な役職に就かないよう、常に注意を払っている。しかも、純血のダルジア人である先代イシュヴァレン伯爵はイステンスに非常に強い繋がりがあり、その人脈や影響力を受け継いだルイス様を国王陛下はとても大事にしている」


 待て。俺にちょっかいを出したら、そいつらは即、詰みじゃねぇか!?


 だが、ふと気づく。

 なぜ、こんな凶悪な手段に出るまで、そいつらに手出しできなかったのか?


「なぁ、なんで、そいつら今までほったらかしだったんだ?」


「……」


 養父はいきなり無言になった。

 こりゃ、相当厄介な事情がありそうだ。

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