第4話 魔眼の少女(4)
なかなか子宝に恵まれない、バーツ公爵の息子夫婦が魔眼持ちの孤児を引き取ったという噂は凄まじい勢いで広まっていったらしい。
ちなみに噂が国中に広がる間、俺は一人の少女から夜会で必要になる礼儀作法を教わっていた。
少女の名はヘルミーネ・ユンゲル。
俺より一歳年上の6歳だ。
ヘルミーネは魔眼持ちでは無いが、ちょっとした特殊体質らしく、特定の魔眼の影響を受けにくいらしい。
ヘルミーネの親はバーツ公爵に仕える人間らしく、俺の侍女にしたいとバーツ公爵が言ったら、どうぞどうぞ、とすぐに俺のもとに送られてきた、俺専属の侍女。
「いいですか、お嬢様? まず会場に入りましたら、主催者様にご挨拶です。何事もまずはご挨拶! それをお守りください!」
始終こんな感じで教えてくれる。
ヘルミーネは侍女らしい質素な装いの服を着ており、逆に俺は貴族令嬢らしい華やかなドレスを着ている。どうやらこの世界にメイド服は無いようだ。ちょっと残念かな。
「そういえば、ヘルミーネ」
「はい?」
「俺は夜会で何をやるんだ?」
「お嬢様が初めてご参加なさるのは国王陛下主催の夜会です。まずは陛下にご挨拶なさってください。まだ挨拶のお作法の途中です」
「いや、そんなことより、夜会でなんか物騒なことを期待されてるって知ってる?」
「もちろん存じ上げております。しかし! まずは公爵家令嬢にふさわしい礼儀作法を覚えてから、作戦会議です」
微妙に物騒な言葉が混ざっていたが、どうやらヘルミーネも件の貴族連中を夜会で潰すことを知っているらしい。
金髪の可憐系美少女なのに、気が強そうな気配がするのはなぜか。
「どんな貴族か、情報収集がしたいんだけど」
「でしたら、午後からお会いになる婚約者様にお尋ねください」
「……こん……やく……しゃ……?」
婚約者!? 初耳なんですが!?
「はい! お嬢様のお噂をお耳に挟んだイシュヴァレン伯爵様のご子息です」
「なぁ……」
「はい?」
「俺は初耳なんだが?」
「お嬢様、貴族のご令嬢の婚姻はその家の当主が決めるものです。大体は5歳ぐらいの、ちょうど今の時期に婚約が決まります」
「……な、なるほど……。まさか、ヘルミーネもいるの?」
「はい! 我が家も下級ながら爵位を持つ家柄ですので、父がお決めになった方と婚約をしております」
婚約の話にびっくりだが、自身の婚約にまったく何のリアクションもしないヘルミーネにびっくりする。
なんだ、この6歳は…。普通じゃねぇぞ!?
言動が完全に大人じゃないか。
この世界の成人は15歳だから、精神的な成長は元の世界より早いのかも知れんが、これは早すぎる。
「婚約の件はわかった。ところで、ヘルミーネ、性格とか変わってるとか言われない?」
「はい? 周囲からもう少し可愛らしく振る舞いなさいとは言われますが……」
首をかしげ、不思議な話ですよねと続けるヘルミーネに俺は呆れた。
たぶん、子供らしく、年相応の無邪気な感じでお願いって意味で言ったんだとは思うが、バーツ公爵に仕える親の影響を受けまくったんだろうな。
かなりしっかりした女の子に育ってしまったようだ。
ああ……義父たちが俺の妙な言動に最初は驚いたけど、すぐに慣れてしまったのはヘルミーネがいたからか。で、特殊体質のこともあり、俺の侍女に相応しいと判断して、侍女にしたいと要請かな?
「午後から会う婚約者の家って、バーツ公爵家の味方?」
「絶対の味方ではないですが、有事の際、最も敵に回してはいけない家ですね。婚約することで、敵に回る危険を減らしたいという思惑があるようです」
「敵に回したくない? ……よその国の重要人物と血縁があるとか?」
「イシュヴァレン伯爵家は先代当主が生粋のダルジア人の入り婿様で、その血を濃く受け継ぐ現当主はダルジア人貴族の代表者なんです」
その説明だけで終わってしまった。
どうやらヘルミーネの中では、ダルジア人であることと、その重要性は今さら説明しなきゃならん事柄ではなく、知っていて当たり前らしい。
だが、貴族の子になって数日の俺には完全に説明不足なわけで。
「すまん。ダルジア人って?」
「まずはそこからでしたか」
「うん、ごめん」
「お嬢様は魔眼持ちですから、そのお力は親から子へ受け継がれやすいモノである、というのはご存じですよね?」
「ああ、そう聞いてる」
「では、その特殊な力である、魔眼が両眼に宿ったら、どうなると思いますか?」
「両眼!?」
魔眼は通常の魔法とは違う魔法を行使できる者だという目印と勘違いされやすいが、それは違うのだ。
魔力が体の一部分に集まり、そこだけ魔力の影響を受けて変質した結果なのだ。
それが左右色違いの眼として現れているだけ。
それが両眼だと!?
「ある学者の一説によると、片眼だけが魔眼となるのはおかしいことなのだと言います。ダルジア人のように両眼に宿り、魔眼特有の魔法の威力も、国を滅ぼし、地形を変えるほどが正しい、のだとも」
なんだ、そのチートっぷりは!?
「また、ダルジア人はその魔眼の影響なのか、ダルジア人の血を引く者は尋常ではない自然治癒力を持っており、多少の怪我は怪我のうちに入らず、すぐに治ってしまうんだそうです。そんなダルジア人が戦場に現れ、その強力な魔眼の魔法で一方的に戦えば……恐ろしいことになります。ただ、いくつかの歴史的な経緯により、ダルジア人は自分達の国を持っておらず、大半のダルジア人はアヴィール王国のとある地域に住んでいるのです」
「そしてそんなダルジア人の血を引く有力者であるイシュヴァレン伯爵とその息子が今からやって来ると?」
「はい」
ヘルミーネの無表情な顔からは感情を読み取りにくいが、どうやらこの婚約には賛成らしい。
「もしかして、ヘルミーネが魔眼の影響を受けにくいのって……?」
「ああ、私は魔眼持ちではないものの、両親が魔眼持ちでして、その影響が出ているようなんです」
この世界では魔眼持ちであること自体は珍しくないし、持ち主同士が結婚することも珍しくないとはいえ、俺の周りにそんな特殊な人間がたくさん現れていいのだろうか?
いや……。
「そもそも俺が捨てられてなかったら、俺以外の魔眼持ちに出会う機会はもっと早い段階からあったか……」
「はい?」
「いや、なんでもない」
思わず口から出てしまった言葉を笑ってごまかす。
前世の記憶がある俺には、はっきりと捨てられた瞬間の記憶もある。
孤児が生活する施設の前でも、警備隊の駐屯所の前でもない、田舎町の広場の片隅。
そこに粗末な布で俺の体を覆って、嫌な顔を隠しもせず捨てていった最悪な女。
なぜそんな顔をするのか。
なぜ俺を捨てることに一言も謝罪が無いのか。
なぜ父親がいないのか?
そんなことが頭のなかでぐるぐる回りながら、俺は泣き続けた。
母親を呼び戻すためではなく、周りにいるはずの誰かを呼ぶために。俺は死にたくなかった。
また親に殺されるのはまっぴらごめんだったから。
「お嬢様?」
ヘルミーネに呼ばれ、はっとした。
「……大丈夫だよ」
いけない。暗いことを考えるのは無しだと決めたのに。
「それじゃ、午後から来るっていう婚約者のために、気合い入れた格好をするか!」
「まだ礼儀作法のお勉強が終っておりません!」
「ちっ!」
「お嬢様? 今、お勉強から逃げようとなさりましたね?」
「な、なんのことかな?」
慌ててごまかすが、ヘルミーネにはお見通しだった。
本当に賢いな。マジで同世代か?
その後、夜会やその他諸々の場面での、貴族令嬢に相応しい立ち振舞いってやつを叩き込まれ続けた。
一通りの実技練習を終えたタイミングで、婚約者達が屋敷にやってきたとの知らせがくる。




