第3話 魔眼の少女(3)
俺たちを乗せた馬車がバーツ公爵家の屋敷に到着した。5歳の体では馬車の乗り降りが大変なので義母が俺を抱っこする。
前世の記憶があり、精神年齢が実年齢より高い俺としてはこれはすごく精神的に辛い。
いや、施設に居た頃も何かと職員の世話になることがあって、羞恥心が半端なかったけど!
「ロジャー、父上は居るか?」
玄関に入るなり、義父が執事っぽい壮年の男に話しかけている。
おお、執事だ。ちょっと感動するね。
「はい。中庭で鍛練に励んでおります」
……王弟であるバーツ公爵は武闘派らしい。だって、二人はそれを聞いても動じてないし。
玄関ホールから長い廊下に移動し、中庭に出た。そこにはさっきのロジャーって人と年齢がそう変わらない男が剣を振っていた。上半身剥き出しで、全身の汗がやばい。
あ、この人は敵に回したらダメなタイプだと直感が告げている。
それなのに国防の見直しに反対している貴族がいるってか?
頭、絶対おかしいだろ!?
「レギウス、その子が魔眼持ちの孤児か?」
「はい。話を聞いたときは驚きました。国民は全員、魔眼の価値を知っていると思い込んでいましたから」
「アオイです」
ペコッと頭を下げる。まだ、貴族の令嬢の礼儀は知らんからできん。
剣を振る鍛練をやめたバーツ公爵はロジャーからタオルを受け取ると汗を拭き始めた。
「……やっと来たか。……どこにも属さない魔眼持ちを野放しはできん。ゆえに我が家に迎え入れる。それはわかるな?」
どうやら俺に聞いているらしい。
どこまで話を聞いているかは不明だが、ここは包み隠さずに言うべきか?
「魔眼に宿る魔法は通常の魔法では対応が不可能であることが多く、有事の際はその特殊性を活かせば、普通の魔術師の何十倍も活躍できるんだったか?」
年不相応だが、しっかりと答えてみた。反応は……大丈夫っぽいな。
そう、魔眼は便利な能力なのだ。
例えば、通常の魔法では精神に作用する類いの魔法は存在しない。
だが、魔眼の種類によってはゲームみたいな『錯乱』や『魅了』の魔法が扱える。
それを戦場で使われたら怖いと思わないか?
しかも魔眼によって精神をいじられた場合、魔眼の魔法を発動させた本人が解除するか、同系統の魔眼で対処するか、の二通りしか解決方法がないらしい。
もちろん、攻撃特化や身体能力向上系の魔眼もあり、複数人の魔眼持ちを戦場に投入したら、それこそ漫画みたいな超人バトル大会となる。
魔眼持ちが戦争の要になるわけだ。
戦闘に向かない種類の魔眼でも使い道が多岐に渡り存在するため、魔眼持ちが稼ぎまくったことで没落を免れた貴族の家もあったりする。
ちなみに魔眼持ちを重宝し、貴族の一員として迎え入れる慣習はどの国にもあるため、各国の貴族も魔眼持ちであることが多い。
つまり、戦争ではたくさんの貴族が戦場に立ち、魔眼を使って戦うわけだ。
目の前にいるバーツ公爵の見た目は右眼が赤色、左眼が緑色という、前世の世界風に言うならオッドアイだ。
魔眼持ちかどうかはこんな風に左右の眼の色が違う上に、体内を血液のように巡回している魔力が片方の眼に集中しているため、一目でわかってしまう。
「私が扱える魔眼の魔法は『束縛』。紐などで何かを縛ったあと、その状態を固定する魔法だ。刃物による切断、魔法の火による焼失で固定が解除されることが難しいというものだ」
その魔眼、めっちゃえげつないよ!?
普通に紐で縛った上に逃げれないようさらに対策を打てるなんて、卑怯極まりないな。
魔眼持ちが自らの特殊な魔法について語るのは信頼、友好の証だ。立場が上のバーツ公爵から明かした以上、俺も言わないといけないか。
「俺のはちょっと説明が難しいんで実演します。……ええと、使っても大丈夫ですか?」
首をかしげ、バーツ公爵に許可を求める。
「良いだろう。ロジャー、結界を頼む」
「はっ!」
どうやらロジャーは通常の魔法が扱える魔術師でもあるらしい。
魔眼持ちは通常の魔法が使えないから、それを扱う魔術師をそばに置くのは大事なことだね。
ロジャーがバーツ公爵たちを守るように結界を張った。それを確認してから俺は右眼に神経を集中させた。すると、脳内に赤や緑、青といったカラフルな光の玉のイメージが浮かんでくる。
そのうちの赤に語りかけるように、魔眼の魔法を発動させるために叫ぶ。
「来い、イフリート!」
ゴウッという音と共に熱風が吹き荒れる。しばらくすると落ち着き、俺の頭上に全身を赤色で統一した、砂漠の国の王子さま風の青年が現れた。
「……なっ!?」
すぐにイフリートの正体に気づいたバーツ公爵が絶句する。
俺はアハハと乾いた笑い声を出しながら、イフリートの姿を消した。終了に気づいたロジャーが結界の魔法を解く。
「俺の認識が正しければ、これは『召喚』の魔法だよな?」
「ああ、呼び出せるのは精霊であって精霊ではないもの。『異界の精霊』であり、呼び出せた精霊が彼らのみが扱える魔法を行使し、召喚主の代わりに戦う。ただし、異界の精霊本人が直接、力を振るうわけではないため威力は魔眼持ちの魔力量に依存する。使い勝手がいいが残念な成果しか出せない類いの魔眼だな」
正解。俺はそんな魔眼を器用貧乏魔眼と呼んでいます。
普通、召喚系の魔法なら呼び出したやつを使役して、そいつが全力で戦うと思うよな?
しかし、この世界の法則なのか、俺の魔眼の力で呼び出した場合は物凄く残念なことになる。
呼び出された存在を維持するためにけっこうな量の魔力を消費するので、残った魔力を糧に魔法を使うことになる。
つまり、魔眼持ちの魔力量が平均より少なすぎると呼び出した瞬間に元の世界とかに帰還という、残念すぎる結果になる。
『召喚』の魔眼は使い所に大変困るのだ。
前世でやったゲームだと召喚系の魔法は『召喚と何らかの魔法や行動がセット』が基本だったので、実際に使ってみた時に絶句したものだ。
だって火の魔法を使えるイフリートを呼び出して、暗い部屋で懐中電灯の代わりに火の玉を生み出し、5分維持させるだけでも、めちゃくちゃしんどかったし。
事前確認せずに前世のゲームの基本知識と同じ前提だと思って、うっかり使ってしまうとやばかったかも。
「だが、使い道はある」
「へ?」
俺が自身の失敗を思い出していると、バーツ公爵がそう言った。
「意外なことかも知れんが『召喚』の魔眼に関する知識がない人間は貴族にも一定数いる」
「あぁ、魔眼の魔法自体が特殊すぎて、体系的に研究できないせいですか?」
「うむ。どのように活用できるのか知られてるのは私の束縛のように、有益なやつばかりだからな」
王族狙いの不審者とかめちゃくちゃ被害にあってそうだもんなー、『束縛』って。
「夜会の場で彼らを騙すぐらいなら有効だろう」
ちょっと待て。夜会で暴れろってか!?
「一応貴族なら彼らも魔眼持ちでは?」
「兄上に無駄に歯向かうくせに、ここ十数年、魔眼持ちが生まれず、魔眼持ちの養子すら迎え入れておらん。取り巻きも真面目に国に尽くした実績すらない連中ばかりだ。はっきり言って国の荷物だ。遠慮はいらん」
あー、貴族の身分を取り上げる失態がないから排除できず、王に意見は出せるだけの家柄なのに、最近の実績はゼロ、と。
実力を重んじるっぽいバーツ公爵が一番嫌いなタイプっぽいね。
しかもそいつを筆頭にした派閥が出来上がり、重要な会議でぎゃあぎゎあ騒ぐと。
そりゃ、国を動かす立場からすれば害悪だ。
「貴族が魔眼持ちを重宝し、家に入れるのは国を守るため、あるいは自身の領地を守るためだよね? 一族の中から魔眼持ちが生まれない以上、平民や農民の魔眼持ちを迎え入れて、魔眼持ちの血筋ってのを守ることもしない。……本当に貴族なの?」
俺がそう言うとバーツ公爵は怖い笑みを浮かべながら深くうなずいた。
魔眼持ちは遺伝しやすい性質がある以上、魔眼持ちが生まれにくくなったら、魔眼持ちの庶民を養子を迎えるのは当然という認識だったはず。じゃなきゃ、養子に迎える風習が生まれた意味がわからない。
『魅了』の魔眼で荒稼ぎした娼婦を奥さんにした貴族の話に誰もドン引きしない世界なのだ!
荒稼ぎが出来るってことは優秀な魔眼持ちってことだからね。
元の身分が最悪でも、その奥さんが魔眼持ちを生めば、『よく生んだ。さすがだ!』と貴族の皆さんから褒めてもらえる。
そんな価値観が普通なのだ。
そんな世界で魔眼持ちを迎え入れんで没落一直線しても自業自得だと思う。
「だから、レギウスが君を迎え入れたという話は連中を精神的に追い詰める材料になる」
なんだか悪役っぽい、邪悪な笑みを浮かべ続けるバーツ公爵に引いてしまう。
終わったな、そいつら。一番敵に回したらダメなタイプの人間を激怒させたんだから。




