第19話 ある転生者の後悔
(どうしてこうなった?)
俺は何度目になるのか分からない問いを自分自身にぶつける。
今、俺は大陸有数の大国であるディジャス皇国の首都である皇都の処刑場にいる。
そして俺の処刑が今から執り行われようとしている真っ最中だ。目の前にある斬首台の階段に震える足を乗せてゆっくりと上っていく。
(……どうしてこうなった……?)
俺には前世の記憶がある。この世界とは異なる、魔法や不思議な生き物が居ない科学一辺倒の世界で生きてきた記憶が。
前世の俺はどこにでもいるごく普通の会社員だった。日本の大都市の生まれ育ちで、ぱっとしない平均的な成績で進学し、問題など起こさず普通に卒業し、苦労して入った会社が過酷な残業当たり前のよくあるブラック企業で、当然過労でぶっ倒れた末にそのまま死んだ。
そんな、異世界転生の主人公あるあるなテンプレ的な人生だった。
だが俺の人生は……物語は死んでから激変した。
生前好きで読みまくったライトノベルみたいに異世界に転生したのだ。
大陸の辺境の小さな国の小さな町の商人の子どもとして生まれたけど、生前憧れだった魔法や不思議な生き物が居るファンタジーな世界に行くことができたのだ。
それを実感した時はそりゃあもう嬉しかったさ。
四歳の時に《黎明》って組織から迎えが来て、『貴方は選ばれた存在です』と言われた時は『俺の時代、キター!』って叫んだね。
俺以外の転生者がいることを教えてもらい、そいつらが作ったという武器でこの世界を旅することを勧められた。
どうやら彼らでも存在を把握していない転生者が居るらしく、この世界を楽しむついでに見つけて保護をして欲しいらしい。
この世界は魔物や魔獣が普通にいる。前世の記憶に引っ張られがちな転生者たちはついうっかりでそれらのことを忘れてふらふらと町の外に出てしまい襲われてしまう……らしい。
え? 魔物や魔獣がいんの!?
思わずそう呟いたのを《黎明》の人は聞き逃さなかった。
『そうなのです! 我々は《邪神》の呪いによってとても弱い存在として定められているのです。異世界の知識が無ければ我々は呪いに負け、滅びてしまうでしょう。どうかお助けください!』
そう言われちゃったら協力するしかない。だって死にたくないし。
幸い、貰った武器は強くて使い勝手も良かったし。
その日から毎日三時間筋トレすることが俺の日課になった。あとこの世界の常識とかを《黎明》の人から教わった。
ただ、その人は俺以外にも世話をしている転生者がいるらしく、半年ぐらいで町から去ってしまった。
そしてさらに半年経った頃。この世界の魔法関係の先進国、イステンスから使者が来た。
イステンスの王様の命令でやって来た、と言われた時は『勇者か!? 俺、勇者になれるのか!?』とわくわくしたね。
だが、その人からまったく違うことを言われてしまった。
いわく、《黎明》は悪の秘密結社じみた、狂者の集団である。
いわく、《黎明》はこの世界の神を殺し、この世界を支配することを目論んでいる。
いわく、転生者は神に選ばれた特別な存在ではなく、人違いや事故で来てしまっただけなので『転生者あるあるの異世界やらかし』はこの世界の文明を破壊し、秩序を混乱させるだけなのでおとなしくして欲しい。
ふざけんなと思った。
俺の異世界転生は間違いだったと?
ああ、そうか。彼らは僻んでいるのだ。
神に選ばれた俺が羨ましいのだ。
俺が何かする度にガミガミうるさく文句を言ってくるイステンスの奴を無視していたらいつの間にか居なくなっていた。
やっと俺に嘘は通じないと理解したか。
そして俺は十五歳の時にある決心した。それは魔物や魔獣の親玉である魔王を見つけ出して殺し、この世界を平和にすること。
『世界を救うためにちょっと魔王殺してくるわ』と家族宛の書き置きをしてから旅に出た。
この世界を救うのは俺だ。他の転生者に譲ってやるかよ!
大陸のあちこちの国をめぐる旅は順調だった。行く先々で《黎明》の手厚い支援があったからな。そして俺はこの世界、というか大陸で指折りの大国、デジャス皇国にやって来た。
適当に皇都の賑やかな大通りををぶらついてみた。さすが竜の国って感じで大通りに面した建物の威圧感が半端ない。都のあちこちに竜っぽい角や尻尾をした人が歩いてるし。
ただ、この国ちょっと変だ。
獣人や亜人が普通に道路を歩いてるし、普通に笑って穏やかに暮らしてる。
俺の生まれた国や周辺国だと平民より格下で家無しの貧乏人姿が当たり前だった。
だって、そうだろ?
あいつら遠い遠い昔にいたっていう《邪神》の信者だったんだろ?
あいつらに市民権や知識とか与えたら駄目なんだろ?
《邪神》の復活のためにいろいろ悪いことをやってるって《黎明》から聞いてるし。なのに、なんだ、この皇都の様子は。
気持ち悪い。
俺の中の『常識』に照らし合わせればこんなことはあり得ない。
(まさか、魔王の手下でもいるのか?)
一度疑いだすと止まらない。
気づけば俺は皇帝とその家族が住んでいるという皇城に近づいていた。
あの建物で実は《邪神》復活のための悪巧みが行われているのだろうか?
そんな考えに捕らわれている俺の視界に信じられないものが飛び込んできた。
それは竜に似ていた。いや、似ていたと表現するのも竜に失礼だな。
この世界の竜は人と同等の知性を持つ、ヒトより上の上位種族だし。
だが、今、俺の目の前に居るのはお姫様が被るような綺麗に輝くティアラを頭に乗せ、お姫様っぽいフリフリのドレスを着た不気味な生き物だった。
大型のトカゲがミイラ化したとしか言えない、全身が骨のみ、という異様な姿。
この国の騎士(なんか偉くて強そう)とかすごく仕事が出来そうなメイド(侍女と呼ぶべき?)に守られ、ぽかぽかのいい天気の昼下がりの公園をゆったりとした歩調で散歩している。
どう見ても邪悪なモンスターがお姫様に化けてるだろ!?
なのに、公園にいる一般市民の皆さんはまるで微笑ましい光景に出会ったかのようなほっこりとした笑顔だ。
駄目だ。あれを殺さないとこの国は《邪神》の手に堕ちてしまう!
そう思った瞬間には人間のフリをしたモンスターの腕を斬っていた。
赤い鮮血が飛び散り、不意打ちを食らった騎士は我に返ると激怒って言葉じゃ足りないぐらいキレた様子で剣を抜く。そばにいたメイドは『メル殿下!? だ、誰か治癒を! お、お願いします! 姫様を助けてください!』と泣きじゃくり、血を流してパニックを起こすモンスターを抱き締めている。
『アンデットモンスターが皇国の姫を騙るな!』
俺がそう叫び、追加の攻撃を加えようとした瞬間、視界いっぱいに紫色が広がった。
(体が動かない!?)
体がまるで石像になったかのように指一本動かせなくなった。
混乱していると視界を埋め尽くす紫色が徐々に減っていき、次第に一人の少年の姿を作り出していった。
その少年は神秘的な人だった。
肉体に刻まれた本能的なものが告げている。彼は竜さえもひれ伏す、特別な存在。
この世界の神の一柱だ。
紫色の髪に薄紫色のフレームの眼鏡。顔はモデルでもできそうなほど美しく整っている。
まだ十歳前後の幼さが残る顔立ちが今は恐ろしいほど怒りに満ちていた。
『とうとう、やらかしましたね!? クソバカ勘違い転生者! 諸君、《紫》として断言します。これは生かしてはいけない存在です。まさか《器》の妹に手を掛けるとは思いもしませんでしたよ!』
そう言うなりあちこちからわらわらと騎士が集まってきた。騎士の中に治癒の心得がある者が居たらしく、あのモンスターに治癒を施す。
『ちょっと待てよ! あいつはモンスターじゃないのか!?』
『はっ? 何を言ってるのです? まさか、私のかわいいかわいい妹が魔物や魔獣の類いだと? 貴方の認識では竜は害獣ですか。そうですか。ものすごくびっくり仰天です。頭、弱すぎませんか?』
ものすごい勢いで神様っぽい少年に罵倒された。
え? この人の妹?
こいつ、モンスターじゃないのか!?
俺は自分がやらかした事実の重さをようやく理解した。
『だって、竜っぽくないし!』
『おや?メルは母方の種族の特徴を強く引く竜族の姫だとご存知ない? 君、どこの田舎の出身ですか?』
母方の血を強く引く?
どういうことだ?
『まぁ、君は恐らく《黎明》の使い捨ての駒でしょうし、この世界の常識とかを誤って教えられたのでしょうけど、あまりにもバカですね。一方的に与えられる情報を鵜呑みするとか』
その言葉でようやく俺は悟った。《邪神》復活とかそういう俺が喜んで興奮するようなファンタジーな話は嘘だったのだ。恐らく、歪んでいたのは俺のほうで……。
『ま、君には関係ない話ですね。真面目に生きる道を選ばなかった者に何か慈悲をやる優しさはとっくの昔に捨てましたから』
眼鏡の奥の紫色の瞳が怖い。
ふと、俺は元の世界で語られていた、神の二面性について思い出した。
日本人なら大抵は知っている、荒ぶる神を鎮めるための社を建てたり生け贄を差し出す話を。
彼や彼と同様の他の神はそういった荒々しい一面をいまだに持ち、この世界を見守る存在なんだろうか……?
数日後、俺は皇室主導の公開処刑で死ぬことが決まった。
牢屋で処刑を待つ間にイステンスからまた使いがやって来て、この世界の獣人や亜人についていろいろ教えてくれた。
今更知っても俺の頭の中は後悔だらけだ。
この世界における混血はハーフエルフのように特殊な種族になったり、父親か母親のどちらかの種族に決まった形で生まれてくるわけではないということを。
たしかに元の世界でもハーフはハーフだった。日本人とは違う瞳の色をした日本人を『日本人の特徴ではないからお前は別の存在だ』と言って何の落ち度も無いのに国から追い出したり、ただ見た目が違ってだけで命を奪うようなことしたら国際問題になる。
つまりはそういうことだったんだ。
俺はこの世界の仕組みを根本的に勘違いしていたんだ。
元いた世界のファンタジー系のライトノベルとかゲームのあるある設定を参考にできないし、してもいけない、ご都合設定など一切無い生々しい現実世界なのだと。
俺はそれを分かっていなかった!
無知は罪、とはよく言ったものだ!
ああ、もうすぐ処刑が始まる。
処刑人が俺の罪を高らかに告げている。
『……よってこの者を処刑する! 異議がある者は前に出よ!』
俺の処刑に反対する奴なんて居るわけない……!
ああ、せめてこれだけは言わないと。
『君は何か言い残すことはあるか?』
『……紫の神様にごめんなさい、と。あと《黎明》の胸くそ悪い連中は誰か殴っといてくれると助かります』
他力本願で申し訳ないけど、俺はもう死ぬし。だから、《黎明》を潰してこの世界を救えないのが悔しい。
『……安心しろ。この世界にお戻りになるべき御方がお戻りになった。その事実の重さで彼らの半分は死にたくなるだろう』
俺は処刑人が言わんとしていることに気づいた。
《邪神》絡みが彼らがついた嘘偽りであるなら本当はその神様は真逆の存在であるはずで……?
『ははっ、年貢のおさめ時ってやつか』
『うむ、そういうことだ』
それが最後の会話となった。
《八色の瞳》 監視員サラサ・オリュンの備忘録から抜粋
……以上がディジャス皇国における、メル皇女殿下の殺害未遂事件の全てです。
処刑される数日前に面会した当初、彼には反省の色が見えないと思っていましたが、彼の刑を執行した者の証言により、《黎明》の虚言妄言の類いに気付いたことが判明致しました。
《紫》様への言伝てをどう扱うかは組織内で議論されてますが、あの御方は恐らくご存知だと思われます。
本来、皇族を傷つけ死刑となった者は墓など作られません。あの御方を含めたくさんの方がお怒りになってますからね。
ですが、彼の生まれ故郷には出来て間もない、名が刻まれてない小さな墓標があるそうです。
彼もまた混乱するこの世界の犠牲者だったからな、と後にアオイ様がおっしゃっていたのでアオイ様のご慈悲なのでしょう。
アオイ様は特別です。特別なことなど何も持たないで生まれてくる、が前提であるはずの転生者の中で唯一魔眼をお持ちになって生まれた御方です。組織の上層部全員が気にかける特別な御方であります。
きっとあの御方こそは神々が地上をお見捨てになるきっかけとなったあの御方の……。
※ 公開されている備忘録はここまでです。




