第16話 忍び寄る悪意(3)
王都の駅まであと少しというタイミングで知った、俺以外の転生者が大国のお姫様を傷つけたという話はかなりショックだった。
「何がどうなって、そんな結果になるんだよ……?」
「そうですね……。まずは簡単な状況の説明を致します。場所はディジャス皇国の皇都ヴェル=ヘルムの国立公園内です。時刻は一月ほど前のちょうど昼前の、今ごろですね。事件は姫殿下の日課の散歩中に起こりました。国立公園は皇都市民の憩いの場としての側面が強く、治安の良い場所だったため、姫殿下の警護は必要最小限だったそうです。事件を引き起こした転生者は大陸西部の小国出身の方で、元の世界の怪物退治物の冒険譚に強い憧れがありました。『魔法があって、魔物や魔獣がいる世界なら魔王がいるはず。俺は魔王を倒す英雄になる!』と言い出し、故郷を飛び出した馬鹿者です」
「……魔王!?」
そういえば異世界転生系の小説には付き物だったね、魔王って。
「……先に言っておきますが、この世界には亜人獣人の種族をまとめる族長と呼ばれる方、亜人獣人が統治する国の王などはいらっしゃいますが、いわゆる魔物魔獣を支配する、魔の頂点に立つ存在は居ませんよ。そんな方が居るならば、過去に誰かが和平交渉などをおこなっているはずですし」
「そうなんだ? ホムラは知ってる?」
「そんな方が居たら、超越者が地上の人々を守るために戦う理由がありませんよ」
「あ、そうか。仮に居るとしたら魔王は知性がありそうだから、会話自体は成り立ちそうだもんね」
「平和的解決が出来るかは別問題でしょうけどね」
ホムラの言葉はきっと正しい。
たしかに魔を統べる王が、ヒトと同じ価値観や倫理観を持ってるとは限らないから、戦わずに交渉の席につかせるのは並大抵ではないだろう。なぜか流行りの小説だと仲良しだったり、かわいい感じのキャラクターだったけど。
「この世界に転生して魔王退治を夢見るのは理解できたけど、公園で帝国のお姫様に会って、いきなり傷つけた展開が分からない」
「これも異世界の娯楽が充実していた弊害の一つですよ」
「へ?」
「アオイさん、ハーフエルフやヴァンピールは聞いたことがありますか?」
「あるよ。ファンタジーの定番だね。亜人獣人とヒトの混血。両方の種族の特徴を受け継いだ、ヒト型の『亜種』って扱いだったかな? 作品によって異なるけど、ヴァンピールはヴァンパイアの子どもでありながら、彼らを倒す役目を背負ってたり、ハーフエルフはヒトと同じ価値観を持つ、魔法に長けた存在だったりするね」
遺伝とか生物学とか、学術的にそういう存在があり得るのかどうかの話は正直よくわからんが、ファンタジー物ではハーフ特有の種族って何種類か居たな。
「……簡単に言うと、この世界ではそういった『亜種』というのは存在しません」
「ヒトとの間に子供が作れるのに?」
「お嬢様、両親の種族が違っていても生まれてくるのは、どちらかの親と同じ種族の子供です。世界の理として、二つの種族の血と能力を受け継いだ『亜種』という存在を許してしまうと、それぞれの種族の繁栄に支障が出てしまいます。社会的に高い地位にある方々はその種族の一族を護る者であり、代表者だからです。混血児が両親どちらとも違う『亜種』として生まれてくるのは問題しか起きません。貴族や王族が異種族婚ができるということは生まれてくる子供に何の問題が無いから許されていることなんです。お嬢様、異世界では違う種類の動物同士の掛け合わせをした結果、どうなっていましたか?」
ホムラの質問に背筋が寒くなった。
前世の世界ではミックスの動物がいた。普通の動物をペットにするだけでは満足できず、意図的に生み出された命。そういった動物は繁殖能力に問題があっはたはず…。
たしかに異種族婚の結果で生まれてくる子供が生まれつき病弱とか、能力が中途半端な感じが当たり前だと一族繁栄の邪魔になるし、身分の高い人たちの婚姻の相手は同族に限られてしまう。
「なので、この世界には『亜種』は居ません。混血は、ダルジア人の血を引くヒトや、ヒトから生まれた竜族、みたいな括り方をします」
「アオイ、補足だが、アヴィールの二代目国王陛下がダルジア人だったので、アヴィール王家はダルジア人の家系として扱われている。先代国王陛下……つまり、私の父がダルジア人の血が濃く出た御方だったからな」
バーツ公爵が突然、話に加わってきた。
俺の隣に座り、メモ帳みたいな物を取り出し、何やら書き込んでいく。
「黎明が公開する知識の中にはこの世界に完全に馴染んでしまった物もある。この列車がそうだ。国境を接する我が国にタジャールが大々的に宣伝を行い、外交筋を通して強制的に買わされてしまった物だがな……。だが列車の便利さに商人たちは飛びつき、我が国に必要不可欠な物となってしまった。そういう形で黎明が広めていく知識や商品はいくつもある。『先祖返り』もその一つで、異種族婚により生まれてくる子供を説明できる」
どうやらメモ帳に書き込まれているのはアヴィールの歴代国王の名だ。
「名前の横に印を付けたのがダルジア人の最大の特徴である、エルの瞳をお持ちだった方だ。王妃は政略結婚で決められるため、種族も家柄もその時代によって異なる。だが、それでも王家から常にダルジア人が生まれている……。たとえエルの瞳を持つ王族が生まれない時代があろうとも、その体にダルジア人の血が流れてるからだ」
「それが異種族婚が忌避されず、数千年経っても亜人獣人が存在している理由ですよ。あと、魔眼が遺伝しやすいのも、それが血と密接に繋がった、ある種の体質的な物だからです」
「異種族婚が出来ない状況だった場合、地上最弱の種族であるヒトはすぐに淘汰されますね。異種族婚が許されているからこそ、亜人獣人の家族の一員となり、彼らの庇護を受け、超越者が生まれてくる以前の厳しい時代を生き延びたのですから」
バーツ公爵、ウヅキ、ホムラの順に説明を受けていく。
「四百年前……かの皇帝が人狼と呼び、蔑んだ種族を一方的に滅ぼせたのも、血を引いてそうな者を徹底的に調べあげ、殺していった結果ですし」
「ところでリード、なぜ混血の話をした? 帝室に所属している、混血の特殊な事情をお持ちの姫君となるとメルヴィ皇女殿下しか、私は存じ上げないが?」
「ん? 特殊な事情? 何の問題があるの?」
「私が先ほどした話は、異種族婚で生まれてくる子供は『亜種ではなく、必ず親か親戚の誰かの種族の者として生まれてくる』という話ですよ。私がこれからする話は『異種族婚で生まれてくる子供の外見的特徴』についてです。ダルジア人は眼が特徴的過ぎる、例外中の例外の種族ですが、この外見の部分が種族決定に関わらない例もあるんです」
「……つまり、どういうことだ?」
「水棲の亜人は肌が鱗で覆われていて、撥水性が高い特殊な肌をしています。彼らは水中で活動できるように、陸の上で生きる者が持っていない呼吸器官を持っています。肌と特殊な呼吸器官、この両方を持っていて、はじめてその種族だと認められるのですが、混血の者の中には肌は鱗で覆われていても水中で呼吸するための器官を持たない体で生まれてくる場合があるのです。肌は髪や眼の色と同じ、種族決定に関わらない部分として扱われるので、見た目は水棲の亜人ですが、種族としてはヒトということになります。そういった特殊な姿で生まれても、この世界では異種族婚は一族繁栄の面で問題がないため、普段は話題になりません。アオイさんだって、前世で肌の色で日本人じゃない、と否定されるのは嫌ですよね?」
たしかに日本にも見た目が外国人の日本国籍を有する混血の人がいた。
外見的特徴の話とは、そういう話なのか。
日本人はパートナーに日本人を選ぶ傾向が強いから分かりにくいけど、多種多様な人種、民族を抱える国だと、国籍不明なよく分からない外見をした人もいると聞いたことがある。
「ディジャス皇国の帝室は竜族の家系で、基本的に皇族は竜族として生まれてきます。しかし、メルヴィ皇女殿下は母君が大陸東部の少数種族の御方で、その種族の外見的特徴と竜族の特徴が複雑に合わさり、その……転生者から見れば化け物に見えたらしく……」
大国のお姫様の外見を悪く言えないため、ウヅキは言いよどむ。
「……しかも転生者に襲撃された際、殿下を守る護衛が皇国の姫君と知っての凶行なのかと尋ねたのですが、『アンデットモンスターが帝国の姫を騙るな』と叫んだようです」
「え、それ、突っ込みどころ多くない? 国が雇ってる護衛に守られてる重要人物なら、手を出したら死刑確実じゃない? 見た目が特殊でもやっちゃ駄目でしょ? 傍迷惑かつ遠回しな自殺志願なの? てか、そもそも、どうやってお姫様に傷をつけたの!?」
「それは私も気になるな。皇族の護衛が守りきれないほどの攻撃手段を持っている点にかなり脅威を感じるぞ」
「暗殺に特化した、ワイヤーと呼ばれる物で出来たタジャール製の特殊な武器です。鞭や荒縄のように振り回す形なのですが、現在ワイヤーはタジャールでしか流通していません。調べてみると、ワイヤーは黎明の関係者からの贈り物でした。転生者はこれを使って、魔王を探しつつ、各地で魔獣や魔物を狩っていたようです」
「それはいつだったか、タジャールで見たことがあるな。扱いが難しい、癖のある得物で、さすがにこれは使えないと軍の正式装備としての採用が見送られた物のはずだ」
「それでお姫様や護衛をスパッと?」
「ええ……。騒ぎを聞き付け、応援が来るまでの間に現場は既に血で染め上げられていたそうです。姫殿下は御年十歳。まだ幼く、怪我らしい怪我を負ったことがない、とても大事にされている御方です。痛みで泣き叫ぶ声が公園中に響き渡り、誰もが胸を痛めたそうです。転生者はすぐに捕縛され、明日には裁判が始まる予定ですが、死刑は確実でしょうね」
「そいつ、反省してる?」
「してません。転生者には姫殿下のお姿は化け物にしか見えないせいか、娯楽でハーフエルフなどに触れてきたせいなのか、まったく事情を分かっていないそうです」
「混血の話はしたの?」
「八色の瞳の関係者を皇国に派遣し、面会致しましたが、その方がお話しても手応えが無かったようで……」
「魔王退治を夢見るぐらいだから、この世界の亜人獣人の事情を理解しようとしたことかないんかな……」
「黎明がワイヤーを転生者に贈った時に悪意ある嘘を吹き込まれた可能性があるようです。転生者が生まれた国は、四百年前を境に亜人獣人が極端に減った国の一つで、今や、異種族婚もゼロに等しい国になりましたから嘘をそのまま信じてしまったんでしょう。正しい情報を得る手段は物凄く限られますから」
「新聞すら無いからねぇ」
紙はあっても安価に大量に作れないから新聞が無いし、本も庶民には手が出せないほど高い。
俺みたいに公爵家の屋敷の書庫でたくさんの本を読んで調べることも出来ないだろう。
「なるほど。状況はよくわかった。皇国の偉い人たちで転生者について知っている人たちは、しばらく神経質になっている、って思っておけば大丈夫でなのか?」
「ええ。姫殿下の腕は我々が派遣した魔眼持ちの方の活躍により治りましたが、精神的な部分が傷ついたままですからね」
魔眼の魔法で切り落とされた腕が治ったの!?
さすがファンタジー!!
「治療に特化した魔眼とかあるんだ……」
「ありますよ。超越者がいた時代から『癒し手』と呼ばれ、各国で重宝されています。ですが、さすがに切り落とされた腕の治療が出来る位になると、大陸でも片手で数えられるほどしかおりませんよ?」
「イステンスに最高位の癒し手が……? まさかサラサ女史か?」
「サラサ様をご存じでしたか。転生者絡みの事件ですからね。彼女は八色の瞳に所属した方ですから適任でした」
「彼女の魔眼は治癒ではなく、四百年前の帝国の遺物や兵器の解体に特化した物のはずだが?」
「本来の使い方はそうなのですが、治癒に用いることも出来ます」
「さすが魔法大国イステンスだな。魔眼の魔法の応用ができる優秀な魔眼持ちを確保しているとは」
エルシール魔導学園で魔眼について勉強したはずのバーツ公爵が驚くってことは、本来とは違う使い方をするのは相当難しいってことか。
てか、イステンスは魔眼の研究がアヴィールより進んでますよ、というアピールになってない?
「お嬢様、異界の精霊の中には治癒に特化した方も居ます。お嬢様がその気になればその方を召喚すれば同じことが出来ますよ?」
「……ありがと」
ホムラがフォローしてきたが、今はそんな情報は要らない。
だが、ホムラの余計な発言で車内の空気が凍ってしまった。
「……アオイ、呼び出せる異界の精霊はホムラだけじゃないのかい?」
ずっと黙っていた父さんが代表で尋ねてきた。
「ん? 魔眼による召喚は一人だけなの?」
「魔眼で複数の精霊を呼び出せるのは魔眼の魔力が高い者ならあり得るが最高位の癒し手と同等の異界の精霊の召喚は難易度が桁違いなのだがな?」
「アオイ、ホムラはまだ比較的召喚しやすい存在だからね?」
「サラサさんと同等の異界の精霊を……?」
イステンスの元王族の母さんが軽くショックを受けている。
だが俺には気になった点がある。
「そいつを召喚した記録があるんだ?」
「エルシール敷地内にある図書館にその記録があるはずだぞ? 入学したら、召喚の魔眼について調べてみるといい」
「うん」
「ちなみにお嬢様がドモンと呼んでいる奴ですよ」
「ああ、あいつか」
施設にいた頃も今も一度も召喚したことがない奴だ。
治癒や結界を張るのに特化した奴だから、召喚する機会がまったく無かったからな。
「では、私からのお願いですが、その異界の精霊をいつでも召喚出来るようになってください。これからエリュン駅で起きたような事件は何回か起きるでしょうから」
「黎明から一方的に裏切り者扱いされて殺されるって意味不明だし、分かったよ」
「大丈夫です! お嬢様を傷つける者はこの私が全力で潰します!」
そう言ってホムラは棍棒をいきなり出す。
「狭い場所で武器を出すな! 戻せ!」
「……はい」
叱られて落ち込む姿は完全に悪戯をした直後の犬そのもの。
「バーツ公爵、もうすぐ王都に到着致します」
シリアスな話から少しギャグみたいな話に切り替わったせいなのか、車掌が知らせにやってきた。
「そうか。……リード、忙しい中、よく知らせてくれた。帝国の話は私から陛下に伝えておこう」
「ありがとうございます。転生者が絡んだ話はなかなか伝えにくいので助かります」
ウヅキが特別車両に入ってきたのは、バーツ講釈を通じてアヴィールの国王陛下に伝えるためだったのか。
さて、駅に着いたら二人の叔父さんに会えるわけだけれど、どんな人なんだろうな。ちょっと楽しみだ。




