第0話 ある転生者の過ち
ここはとある王国の首都。その中でも一番重要な区画には王族が住まう城や国の要職に就く貴族の屋敷、貴族御用達の高級品を扱う店などが立ち並んでいる。
その区画の片隅にひっそりと周囲の光景に溶け込み、存在感を隠す屋敷がある。その屋敷の重い鉄の門扉をくぐり、手入れの行き届いた通路を歩いた先に屋敷がある。
その屋敷にはたくさんの客室があり、その一室に一人の少年が軟禁されていた。
客室のドアの脇に立つ見張りの存在にうんざりしつつ、いきなり部屋に入ってきた屋敷の主に向かって叫んだ。
「いい加減、俺がここに閉じ込められてる理由を話せよ!」
少年は苛立っていた。少年が生まれ育った村を襲う魔獣から守るために「とある道具」の作り方を教えたら、なぜか目の前のこの男が村にやって来て、両親に多額の金を渡して、身柄を拘束し、この部屋に押し込められてしまった。
わけがわからない状況に混乱したまま数日が経ち、その間外部とは一切連絡が取れず、今日にいたる。
屋敷の主は仕立ての良い服を着ており、顔もそこそこ整っている。眼鏡を掛けた知的な雰囲気が、男の育ちの良さを物語っていた。ただの村人である少年とは本来、出会うはずがない相手である。
「あれが読めるのか」
男が口を開いた。表情は変わらないが、その声にはかすかに緊張が含まれていた。
男の目線の先には簡単な書き物ができるよう設置された机があり、その横には様々な言語で書かれた書物が入った本棚がある。
そこから一冊の本を抜き出して暇潰しに本を読んでいると、この男が見張りと一緒に部屋に入ってきたのだ。
ただの村人が文字を知っていることはこの国では不自然ではない。教育に関して他国より抜きん出て優れた政策を打ち出しており、簡単な読み書き程度なら、この国の民なら当たり前にできる。
この国が公用語に指定している言語で書かれた本を読んでいたなら、男が慌てる必要はない。
その本棚には「この世界には存在しない言語で書かれた本」が混ざっており、少年のような「普通ではない事情を抱えた者」を見つけ出すある種の罠となっていた。
「君は転生者……しかも日本からやってきた人だね?」
男の言葉を理解した少年から徐々に怒りの感情が消えていく。
「え? へ!? もしかして、俺以外の転生者がいんの!?」
少年は男が「転生者」という言葉を知っていることに驚いた。さっきまで読んでいた本と男の顔を交互に見比べ、混乱していく。
「君が転生者ではないかと疑惑を抱いた理由は簡単だ。君がこの世界にない道具……いや、あれは兵器の類いか。ともかく、魔力で発動し爆発する仕組みの……異世界の知識を元に『地雷』を作り、故郷の村やその周辺にその技術を広めたからだ」
「へ? それだけ?」
「君は地雷を村の畑を荒らす魔獣対策で作ったのかも知れないが、その技術を知ったある犯罪組織が地雷に改良を施し、それで貴族の馬車を襲い、馬車に乗っていた貴族の暗殺に成功した」
「……え?」
自分が作ったもので人一人が死んだと唐突に言われても、少年はピンとこなかった。
前世で読んだライトノベルではよくあるお決まりの行動を取った。
それだけのはず……だった。
だが、少年は知らない。
この世界は転生者の都合で動くことはない。
物語の主人公のような、前世の記憶を持ったまま生まれてきたことそのものに特別な意味がある存在ではないのだ。
この世界において異世界からの転生者は厄介者扱いだ。
様々な種類の魔法があり、獣のような特徴を持つ獣人、精霊と人の間に立つ亜人などがヒトと同じ文化レベルを持って暮らす世界で、常識や倫理がまったく違う世界で生きていた者は混乱を招く元凶にしかならない。
転生者が誰かの助けになればと公開した異世界の知識が、転生者の知らないところで悪用されてしまう事件が度々起きてしまっていた。
少年のように、単なる村の人間として生まれ変わった場合、手に入る情報は極端に少なく、事件を知るのは最悪の結末を迎えてたからである。
「君はこの世界に対して不用心過ぎる。なぜ、この世界に馴染むよう努力しない? なぜ、この世界にない物を作った? 君が責任を持って管理できる年齢でも、地位や権力があるわけでもないのに! ただの村の子の発想であれは作れないのは誰もが理解している! 君があれを作り、君のご両親がどれだけ村で肩身の狭い思いをしているのか、わかっているのか!?」
「ちょっと待てよ! なんだよ、肩身の狭い思いって!?」
「化け物」
「へ?」
「簡単に魔獣を殺せる物を作り出した君を、村の人たちは化け物のようだと噂している。『ヒトの皮を被った化け物だから、あんな恐ろしいものを平気で思い付くのだ』だと。……君がいた村の人たちは毎日そんな話をする。君のご両親はその噂に振り回され、君に大変怯えていた」
「……違う……俺は……両親やみんなの負担を軽くしたかった。ファンタジーな世界に生まれ変わったけど、チートな力とか無くて……だから……せめて頭を使って、なんか作って、恩返しを……したいって……!!」
予想もしなかった話を聞かされ、少年の混乱はピークに達し、自然と涙が溢れて止まらなくなってしまった。
男は目を伏せ、泣き止むのを静かに待つ。
少年は自分が前世で読みまくった小説の主人公になったつもりになっていた。
読者からすれば、ふざけてるとか言い様がない、めちゃくちゃなチート能力は持っておらず、役に立ちそうな専門的な知識も無く、それでも剣と魔法があるファンタジーな世界に生まれ変わったことに少年は歓喜していた。
だが首都からかなり離れた小さな村の人間として生まれたため、異世界スローライフ系の主人公かよ、とは思った。
新しい両親は農業で生計を立てている、少し臆病で荒事が苦手な農民夫婦だった。
毎日、魔獣が畑を荒らさないか、びくびくしながら生き、畑を耕す。
その姿を見るのが辛くて、魔法があるならそれを駆使して、魔獣を駆除できる罠を作ろうと思い立ち、両親は魔獣を殺せるほど戦闘面で優れていないからと、工夫をこらして殺傷能力を高めた結果、罠を踏んだら爆発が起きて、魔獣を一発で殺せる物騒な罠が出来上がった。
この世界では魔法はとても身近にあるであり、魔法で動かす道具も存在する。
道具に魔法の効果を定着させるやり方はただの村人でも知っていたため、少年は極めて凶悪な物を生み出したという自覚がなかった。
罠を使う相手も畑にやって来る魔獣を想定しており、前世の世界のように誰かを殺してしまう人が現れるとは思い至らなかった。
罠の作り方を教わった大人の一部は、その「危険な使い方」にすぐに思い至り、「あんな物騒な物を生み出すなんて、なんて恐ろしい」と噂し始めた。
少年は罠が発動して死んだ魔獣の死体を見て、畑をちゃんと守れたという結果だけを見て喜び、そんな大人たちの様子に気づくことはなく、村は日に日に不穏な空気に包まれていった。
また、男が少年の身柄を確保した経緯も複雑なものだった。
暗殺事件の捜査担当者が暗殺に使われた罠が、辺境で噂になっている物騒な罠を改造強化した物だと見抜き、報告を聞いた国の上層部が『そんな物騒な罠の原型を作ったのは誰だ!?』と大騒ぎになり、たった一人の少年という報告に誰もが絶句した。
少年を裁判にかけ、貴族を殺した元凶として死刑とするか、厳重な監視体制を敷き、これ以上物騒な物を作り出さないように注意するかで、意見が割れた。
そんな突拍子もない発想でモノを作れるなら、専門教育を受けさせ、国に尽くすようにすればいい、というものであったが、まとめられた報告を聞いた国王がそれに強硬に反対し、少年をどう扱うかを決める会議は混沌とした。
結論が出ない中、国王は少年に関する資料を読むうちに、少年の年齢とはかけ離れた不自然な賢さに疑いを持ち、ある可能性に思い至る。
少年は転生者であり、異世界の知識を使ったのではないか、と。
もし仮に転生者であれば、生み出した物が他にもあり、少年がいる村は「異世界の知識に溢れた魔境」となっているかも知れない。
それを想像した瞬間、国王は背筋が寒くなったという。
会議が紛糾する中、国王はある密命を背負った家柄の男を呼び出し、少年が転生者か見極めるよう頼み込んだ。
男の家は、この世界に生まれてくる転生者の監視と管理を使命とする特殊な家で、男は切迫した事態に頭を抱えながら、少年のいる村にやってきた。
村にいた少年はどこにでもいる、ちょっと賢い感じの男の子だった。
ごく普通の善良な少年に見えた。しかし、男は少年の身柄を引き取ることにした。
陰で少年を化け物と囁き、少年に厳しい目を向ける村人たちの姿に、国王が危惧した方向とは違うが、村全体が厄介な状況になっていることに気づいたからだ。
やっと少年が泣き止み、男はほっとした。
「私の家はこの世界に生まれてきた転生者を見つけ、保護する役目を背負っている。この意味がわかるかね?」
「……異世界の知識が欲しいんですか?」
男の質問に、少年は少し考えた後、そう答えた。
異世界から転生する者がいることを知っているなら、異世界の知識の価値を知っているに違いない。
少年がよく読むライトノベルの中には、転生者を保護し、世界の発展に繋げる話もあった。
だから少年はそう考えてしまった。
自分は特別な存在だからこそ、特別な使命を持つ男が動いたのだと。
その答えに男は首を横に振り、否定する。
「逆だよ。この世界にはこの世界に相応しい在り方がある。異世界の知識はこの世界を歪める原因になる。はっきり言って迷惑なんだよ。転生者に好き勝手されるのは!」
吐き捨てるような言葉に少年は体を震わせた。言葉に含まれた棘や毒が痛い。
「なぜ、転生者が歓迎されないのか……。それを今から語ろう。だが悲観することはない。私の話を聞いてくれた君には二つの選択肢が与えられる。それは、ある御方が切り拓いてくれた選択肢だ。詳しい話を聞きたいか?」
「……はい」
少年は泣き腫らした目で男をじっと見つめる。
男はその様子から話を進めても大丈夫そうだと安心した。転生者だからといって、男の所属する組織は少年の命を奪うことはしない。
なぜなら前世の記憶を……異世界の知識を持ったまま生まれたということだけで、大罪人として扱ってはならないと、この世界の十二柱の神々が定めたのだから。
男はゆっくりと語り出す。
男の家の代々の当主が書き残した記録の中に眠る物語を。
この世界に転生し、世界を歪ませる存在と戦い続けた、彼女の物語を。




