第15話 忍び寄る悪意(2)
エリュン駅に突然現れた不審者集団を駅の警備員が次々と拘束していく。暴力行為はまだ起こしてはないが、貴族ではない人間が特別待合室がある区画にいることが既におかしい事なので貴族をつけ狙う不審者として拘束されたのだ。
バーツ公爵が駅長に話を通したらしく、俺たちはすぐに列車の特別車両に案内された。
いいのかよ!?
まだ清掃や各機器の点検をしている人たちがいるんだけど!?
「落ち着いたかい?」
特別車両に入るなり、父さんが俺の顔を心配そうに覗き込んできた。
ちなみに俺はまだ母さんに抱えられている。
あの、落ち着いたんでそろそろ降ろしてくれないですか?
「うん。もう、大丈夫」
頷きながら体を動かしたら母さんはすぐに察したようで、ようやく降ろしてくれた。
俺は列車の車内になぜか存在するソファーに座り、父さんの顔をじっと見た。
俺の無言の催促に父さんは何から話せば良いのか迷ったみたいで難しい顔で唸る。
「そうだね……タジャールか黎明か分からないけれど、彼らは確実に異世界からの転生者の関係者だね」
「あのヒト、日本語を話してたもんねぇ……。ところで黎明って何?」
「ああ、この国の国教とは異なる宗教の通称だよ。『世界の夜明けを信じる者』という意味だったかな?」
なんだよ、その中二病臭い由来は!?
「黎明は端的に言えば、“異世界崇拝”を中心にした信仰だね。異世界の転生者を神の遣いとして扱い、彼らが持ち込む異世界の知識を尊重し、この世界の土着の信仰や価値観を否定する」
「土着の信仰?」
そういえば、ウヅキも皇帝が自身を特別視する原因である神は「この世界の神とは限らない」みたいなことを言っていたっけ?
「あれ? 施設で習わなかったかい?」
「習ってない。だから、この世界の宗教には疎いんだよ。町に教会が無かったし」
「この国に黎明の教会は無いよ」
「……ん……?」
あれ、なんだろ、久々に会話に違和感があったぞ。
「……もしかして黎明の宗教関係の施設は教会と呼ばれているの?」
おそるおそる確認を取る。
父さんや母さん、俺の詳しい事情を知らないはずのバーツ公爵が一緒に深く頷いた。
「マジか!? じゃあ、土着の信仰はどこで布教やお祈りをやってんだの!?」
「神殿だよ。大体は町の広場を囲むように、役場と神殿が建っているはずだけど?」
……そういえば、石造りのやたらと頑丈そうな建物があったな。
ヨーロッパの教会らしい形をしてなくて、なんていうか、ギリシャあたりに大昔に存在していたっぽい某神殿のミニチュア版みたいなのが。
「分かるかよ! ヨーロッパ風の町並みに溶け込んでない、あのへんてこな建物がそうだなんて!」
町並みに合っていなかったから、宗教施設とは思わなかったぞ!?
「神殿の建物の形はアカーシャ聖国が決めたからね。町並みと合ってないのは仕方ないんだよ」
「アカーシャ聖国? もしかして宗教国家か?」
きちんとしたこの世界の宗教があるなら、それを主体にした国があってもおかしくはないか。
「そうだよ。数千年も前から種族を問わず信仰されていた物をアカーシャ信仰と名前をつけ、ひとつの宗教として体系的にまとめあげ、それを主体にした宗教国家だね。黎明とは神話の解釈を巡って対立しているんだよ。タジャールは黎明を国教に指定して尊重している国だから、その真逆に等しい国だ」
「あの……元の世界でも宗教が絡んだ問題はかなり厄介だったんだけど、こっちも?」
「……あれから調べて判明した事なんだけれど、あの皇帝が生まれた国は黎明を信奉する国家だったんだよ。当時、その国には転生者を優遇する政策が存在した。だから生国の支援を受け、皇帝は異世界の知識を使った兵器を生み出せた。何かしらの支援が無ければ、さすがに作れないだろうからね。黎明は異世界の知識を駆使して種族による、生まれつきの能力差を埋めることを推奨していて、それは容易く種族差別を生み出したんだよ。こんな素晴らしいモノを生み出せる異世界に亜人獣人は居ない。彼らは本来、世界には不要な生き物なのだ、と」
「……っ……!」
直感で理解した。
ウヅキは本当は皇帝が信じる神や、皇帝が広めた種族差別の正体を分かっていて曖昧に濁したのか。
黎明に興味を持って欲しくなかったのだろう。
「種族差別思想と黎明は繋がってるのか」
「そうだよ。皇帝となった彼は黎明の最大の庇護者となったが、英雄アイリーン様の活躍により皇帝を失い、組織としての影響力も失っていった。代わりにアカーシャ信仰を国教にする国が増えていった」
「元々、この世界にあった信仰なら問題ないと?」
「当時の周辺国家の国王達はそう考えたみたいだね。ちなみにヴァンダール王国はアカーシャ信仰を国教にしていたから、アヴィールは今もアカーシャ信仰を大事にしているんだよ。だから教会ではなく、神殿がある」
「……ひとつ、聞いていい?」
「なんだい?」
予感はあったとはいえ、かなりシリアスな話だ。だからこそ、これだけは確認を取りたい。
「神話の解釈の違いって何? なんか、2つの宗教の元は同じ、って聞こえるんだけど?」
「……同じだよ。神話の登場人物は同じだし、話の半分ぐらいは同じだよ。ただ、神話の時代から現代に繋がる部分で、話が違っているんだ」
そう言うと父さんは車内に持ち込んだ荷物の中から一冊の本を取り出した。
それはこの世界で広く使われている言語、ユトラシア広域公語で書かれていた。この言語はアヴィールが公用語に指定している言語で、しかも大陸のほとんどの国でも公用語になっている。元日本人の俺からすると、なかなか凄い言語だ。
そのためなのか、この世界というか、アヴィールと周辺国家では言語の違いによる対立や認識の差というものが無い。
ただし、亜人獣人たちは違う言語を使うらしく、そちらは問題が山積みらしいが。
「これは神殿が発行している、神話の時代の物語を今風の娯楽小説仕立てにした本だよ。王都までかなり時間が掛かるし、私が直接説明するより分かりやすいと思う。巻末に黎明の解説もあるから、読んでみるといい」
神殿の仕事にしちゃあ、かなり発想が柔軟な気がするがちょうど良いな。
俺はその本を受け取るとそのまま読み始めた。
本の内容を簡潔にまとめると、神様が直接、地上を支配していた時代を『神話の時代』と呼び、神様は十柱もいる。ヒトと神様の中間に位置する半神半人の超越者は地上にいる、善良な者たちの守護者で、やがて神様の一柱《白》と結婚し、夫婦となる予定だった。
だが、当時は文字が今よりも普及しておらず、公的な記録は文章化されていない弊害で地上に生きる短命なヒト族は、超越者が神様の子供であることをすっかり忘れてしまっていた。
半分ヒトである超越者は《白》の伴侶に相応しくないと、マジギレに近い状態になり、大規模な反乱を起こした。
そして召喚術を改造し、神様並みに強い超越者を殺せる者……後に《勇者》と呼ばれる異世界人を召喚する魔法を作り出す。
この世界で神話の時代を正しく知る者達が異世界崇拝をする黎明をとことん警戒し、時には嫌悪感を隠さないのは、十一柱目の神様になる予定だった超越者を殺された事実を知っているからだとか。
しかも、超越者を殺すという大罪をやらかした異世界人を《勇者》、超越者を『十柱の神々を騙し地上の支配を目論んだ、神の血を引きながら邪悪な思考を持つ者』という意味を込めて《邪神》と呼び始め、《勇者》たちの行いを『神の地上への干渉を無くし、地上の自治権を勝ち取った、地上側が勝利した戦い』と言い切っている。
アカーシャ聖国の古い記録では《勇者》自身は超越者を殺したことをめっちゃ後悔してるんだが、黎明側はその記録を無視してる。
超越者を殺され、キレた十柱の神々は地上を荒らしまくり、最後は『もう地上のことは知らん!』と言わんばかりに、ヒトが足を踏み入ることができない領域に引きこもってしまった。
地上に残った神様の配下や弟子みたいなポジションにいた眷属たちは、異世界人召喚を使ってまた厄介な騒動を引き起こされたら次は確実に世界が滅ぶと察したようで、世界の滅亡を避けるためにアカーシャ聖国を建国した。
アカーシャ聖国は超越者の事情や神話を後世に正しく伝え、間違った情報を流したり、種族差別や異世界崇拝をする黎明をおかしいと常に抗議をしている。
これがアカーシャ信仰を大事にしている国々で語られている話。
アカーシャ信仰は世界と生き物すべてを作り、慈しむ神様に愛と感謝を捧げ、『もう反省しています。私たちの前に姿をお現しください』と祈る形になった。
で、本の巻末にあった黎明の主張はなかなか過激な物だった。
《勇者》に超越者を殺すように唆した連中が作った組織なだけあって、アカーシャ信仰側から見ればかなり怒りを買いそうな内容だ。
ぶちキレた神々の怒りで荒れた地上と異世界の知識の素晴らしさを間近で見たせいで当事者たちの頭がおかしくなったのか、《勇者》を神聖な存在だと特別視した上に異世界そのものを崇拝し、異世界には亜人獣人が居ないという事実から始まった種族差別を中心とした思想を持つ、『ヒト第一主義者』となった。
《勇者》から異世界の高度に進んだ文明や生活様式、異世界には神様が直接支配することがなく、この世界では神様の眷属の末裔である亜人獣人も居ない等を知ると、自分達が住む世界はなんと、不自由なのだろうと嘆いた。
地上は常に眷属たちに監視され、神々は圧倒的な力を持ちながら魔物や魔獣を滅ぼさない。
何もしない神々の代わりに彼らをずっと守ってくれた超越者は何の見返りも求めず守ってくれたがなぜ見返りを求めなかったのか。
なぜ、力の無い者に優しくするのか。
なぜ、神は超越者を特別扱いするのか。
そう疑問に思った矢先に《白》との婚姻話が持ち上がっていたことを思い出す。
彼らは思った。
魔獣や魔物は神々が用意した存在で、自分たちを信仰するように仕向けるために『意図的に作られた敵』だったのではないか、と。
誘導が成功したため、真実を知る超越者を神の一員に加え、秘密が漏れないようにしたのではないか。
神が世界を支配している間、ヒトは上位の存在になれない。
なぜなら神々の眷属の末裔である亜人獣人が地上に居るから。
亜人のように魔法が得意なわけでも、獣人のように鋭い牙や爪を持つわけでもないヒトはずっと劣等感を抱いて、小さくなっていないといけないのだろうか。
《勇者》が与えてくれた異世界の知識で作られた武器は超越者に通じた。
ならば神として純粋な存在である十柱の神々にも通じるはずである。
地上だけでなく、世界をまるごと神からの支配から解き放ち、異世界のようにヒトがヒトらしく、自由に生きられる世界にしよう。
そのためには異世界の知識がもっと必要である。異世界の知識を素晴らしいと思うなら、異世界の知識を与えてくれる者たちを大切にしようじゃないか。
この世界を支配する十柱の神々はヒトの成長を妨げる害悪であり、彼らを大事にするアカーシャ聖国は敵の総本山である。
……と、まぁ、ずっとこんな調子で書かれていて、支離滅裂すぎてヤバかった。
魔物や魔獣の脅威で縮こまる中、超越者の見返りを求めない行動で疑心暗鬼になり、異世界から《勇者》を呼び出して作戦が成功したせいで、自分たちがこの世界の支配者になれるんじゃないか? と思ったようだ。
「ずいぶん、面白い本を読んでいますね」
いきなり声を掛けられた。顔を上げると目の前にイステンスに帰ったはずのウヅキがいた。
いつの間にか列車は動き始めていたようで、窓の景色が常に変わっている。前世で新幹線に乗っていた事を思い出す光景だ。
ウヅキはいつ特別車両に入ってきたのだろうか……?
「……お久しぶりです」
「お久しぶりです。それは……この世界の神話について分かりやすく書かれた本ですね?」
「そうだよ。あ、そういえば、イステンスに本拠地を構えてる、ウヅキが所属してる組織の名前を聞いてなかった」
「あれ? 教えてませんでしたか? 『八色の瞳』ですよ。原初の二柱は地上を直接見守ることはせず、アカーシャ信仰では普段、祈りを捧げる対象は世界の始まりを告げる八柱なのが由来です」
「あと気になる点が……。地上のヒトたちがバカなことをやって、十一柱目の神になる予定だった人を殺したのに、まだこの世界が続いてるのはなぜなんだろ? この本には書いてなかったし」
『……お戻りになるからですよ』
「へ?」
突然、ホムラの声がした。俺が間抜けな声を出すと、いきなり温かい風が吹いた。
なぜかホムラがいきなり姿を現したぞ?
「なんでいきなり出てくるんだよ!?」
「我々は自力で実体化も出来るんですよ。その場合は自前の魔力を消費します。実体化を解いた後、かなり疲れて大変ですが」
「リスク有りなら、やるな!」
「りすく、という言葉の意味が分かりませんが、必要と感じた時にしかやりませんよ。先ほどは失敗しましたが」
先ほど、とは特別待合室の前で起きた騒ぎのことだろうか?
「エリュン駅の騒ぎは既に聞いています。彼らはタジャールの暗部の人間でしたよ。アオイさんを危険視した人が送り込んだようです」
「俺はまだ何もしてないし、自分で言うのもなんだが人畜無害な性格だぞ? 狙われる理由がわからん」
「転生者でありながら異世界の知識を公開しないことと、ダルジア人と婚約しているからだと思われます」
「ダニエルと婚約したことがそんなに不味いのか?」
「ダルジア人は神の眷属の末裔ですからね。おそらく裏切り者に見えたのでしょう」
ダニエルとの婚約は政略的な物なのになぜ裏切り者扱い!?
「なんか、頭が痛くなってきた」
だから宗教絡みはめんどくさいって言われるんだよ。簡単に視野が狭くなるから。
「で、ホムラ、誰が帰ってくるから神様は世界を滅ぼさなかったって?」
「超越者ですよ」
「……死んでるんだろ?」
「はい、ですが魂はご無事でした。十柱の神々は冷静になった後、再会を夢見て、超越者を転生させることを決め、その魂を探しました。ですが、《勇者》を召喚した術を改造し反転させ、《勇者》の生まれ育った異世界にあの御方の魂を飛ばしてしまったのです。この世界にあなたは必要ない、と」
「ちょっと待て! 神様と関係が深い魂を別の世界に送ったのか!? 問題はないのかよ!?」
「もちろん、大問題です。別の世界の神と繋がりがある者が異世界に居ると、異世界があまり良くない状態になるのですが、異世界の進んだ高度な知識を尊ぶくせにその辺が適当なんですよ。あちらの神々の影響力がおかしな状態になりますから、本来は絶対にやってはいけないことなんです。あちらの世界を支配する神の抗議を受ける前に、《銀》の主導で、異世界から超越者の魂を呼び戻す秘儀を組み込んだ装置を開発致しました。それがこの世界に異世界からの転生者が生まれ続けている原因です」
「超越者だけを狙って呼べないのか?」
俺の疑問にホムラは戸惑ってしまった。首を傾げているとウヅキが会話に入ってきた。
「狙った魂が転生するよう、操作するのは神であっても相当難しい事なんですよ。超越者が戻ってくることを嫌がる黎明の妨害工作もありまして、数えきれないほどの失敗をしています」
「ん? じゃ、皇帝が神に選ばれた、って話は……」
「一部分だけ切り取って都合よく吹き込まれたんでしょう。ただ、元の世界の神が送り出したわけでも、この世界の神々が狙って呼び出したわけでもないので、間違いだらけですが」
やはり、ウヅキはわざと本当のことを言ってなかったのか。
「それじゃ、異世界から転生してくる奴がいる限り、この世界には神様がいるって証明になるのか。超越者を呼び戻すためにやってるから」
「ええ、だから余計、彼らは暴走しています。すべての神を殺し、世界の支配者になるという、馬鹿な夢を見るほど」
ホムラは辛辣だな。彼らとの間に一体何があったのやら。
あれ? やたらと静かだと思ったら、母さんたちはどうしたの!?
今更ながらに車内を見渡すと、違うソファーに座って俺たちの会話を見守っていた。
「ふふ、ずいぶん魔眼の扱いが上達したわね」
「アオイが読書に夢中になっている間に、父上にすべてをお話したよ」
「お前があの時、兄上に話し掛けた内容がやっとわかって安心したぞ」
俺と目が合うと反応は三者三様だった。こちらの会話を理解してるのか、してないのかよく分からない反応で判断に困る。そして、なぜバーツ公爵は本気で安心してるんだろ?
「アオイ、もうすぐ王都に着くよ」
「もう!?」
「アヴィールはそれほど広くはないからね」
新幹線ではなく列車の移動速度なのに、半日も経っていないってことは、そうなんだろう。
「王都の駅で私の弟たちと待ち合わせているから、もっと興味深い話を聞けると思うよ。オリヴァーのディジャス皇国の話や、ヴォルフラムの東方からやってくる移民の話とか」
「ディジャス皇国……」
「ウヅキ?」
国の名前を聞いた瞬間、ウヅキの顔色が変わった。
「アオイさん」
「ん。何?」
「ディジャス皇国に興味があっても、少なくとも十年間は足を踏み入れないで下さい」
「リード、ずいぶん唐突なお願いだね?」
これには父さんも驚いていた。
「これは内密にお願いしたい話なのですが……我々が把握している転生者の一人が皇国の姫君を片腕を切り落として深く傷つけました」
ウヅキの衝撃的な話に車内が静まり返る。
どこの誰かは知らんが、なにやってんだぁぁぁぁ!!




