第14話 忍び寄る悪意(1)
アヴィール王家主催の夜会まであと二日と迫ってきた。
計画の鍵となる俺の魔眼の能力アップも、目標に達したらしく、先ほどバーツ公爵にホムラを出してみたら、あの邪悪そうな感じで満足そうに笑っていた。笑顔なのになぜか怖い。元王族には見えないぞ?
白人系の彫りが深い顔つきのせいか?
……でも、まぁ、正直、夜会に間に合ってよかった。
あれからまたダニエルの要求レベルが上がって、マジで焦ったからな。
あいつは将来、乙女ゲームにありがちな、ヒロインをいじめる鬼畜キャラにでもなるつもりか?
夜会はこの国の首都であるヴァンで催されるので、大掛かりな出発の準備をすることになった。
俺はバーツ公爵家の人たちと一緒に出掛ける準備をする。と言っても、俺が直接荷物をまとめるわけではない。バーツ公爵家が所有する、王都の屋敷に持っていきたい物をリストアップし、それをカレンたちに伝えるだけだ。
自動車は無いが列車はあるので、以前の馬車移動に比べて出発までの時間に余裕があるため、まだ荷造りやら何やらで慌ただしい。
俺は使用人たちの荷造りの様子を見守りながら、そわそわと落ち着きなく屋敷の中を歩き回る。
この世界の列車に乗るのは初めてなので、ワクワクしているのだ。
まだアヴィール国内の主要都市のみにしか駅が無いらしく、俺がいた施設があった町には駅が無かったから列車を見たことすらないんだよな。
線路すら存在しないってどうしてだよ……? 俺がいた町は優先度が低いのかも知れんが、身近な電車を移動手段として慣れ親しんでいた元日本人としてはショックだった。
ふと思ったが、ウヅキいわく、この世界の列車はタジャールにいる転生者の知識で作られた物が最初らしいけど、列車の動力は何なのだろか?
元の世界と同じ仕組みなのか?
魔力を動力にして動くように改造されたやつか?
異世界ファンタジー物に出てくる列車って作品によって仕様が違うから、そこが気になる。
施設にいた頃、自力で歩いて動けるぐらいに体が大きくなり、俺が施設を抜け出し、こっそり町に行ってみたことがある。
施設があった町はアヴィールのどこにでもある平凡な田舎町だと聞いていたが、目に飛び込んできたのは『便利な文明の利器が無い、大昔のヨーロッパ風の静かな田舎』ではく、『ガス灯やら電報やらが生み出され、近代化していくヨーロッパの町』のモデルみたい町だったからな。
道行く人たちの会話から魔法仕掛けの電灯や列車まであると知った時の衝撃は言葉では説明しがたい。
それらを生み出したのが、不穏な空気を隠さないタジャール共和国なのだから怖い。
ちなみに俺はつい最近まで、北の大国と呼んでいる国の正式名称を知らなかった。
だって、みんな名前で言わないんだよ!?
調べものに便利なインターネットが無いって、こういう時に不便だな。屋敷の書庫で調べてなかったら大変だったかも。
あの大告白の日、ウヅキから帰り際にタジャールには転生者がたくさんいるって話を聞いた時はさらにびっくりしたなー。
あの国はタジャール国外の転生者も受け入れた結果、異世界の……特に科学とか機械に関する専門知識をたくさん得たらしい。
それらの中から再現、利用できそうな知識を選び抜いて、他国に売れそうなモノを作りあげ、特産品として輸出することで国庫を潤し、周辺諸国が警戒するほどの発展を遂げた国家だったなんて。
……駄目だ。戦争が起きる未来が見える。
地理的に真っ先に狙われるの、うちだろ。
ざっくり仕様だったが、この大陸の地図を見た感じでは軍の進行を妨げそうな大きな山や大きな川や広い湖とかが無かったからな。
国がある程度の規模に発展すると領土を広げたいとか、豊かさを求めて、とかで戦争が起きるのはなぜなんだ?
戦後の後始末って、めんどくせぇだろ?
俺がそんなことを考えている間、俺の部屋ではカレンとヘルミーネの二人はキャスター付き衣装箱としか言い様のない形をした収納箱に次々とドレスなどを収納していた。
例えば夜会用のドレスや普段着用のドレス、公爵家の令嬢として身に付けておかないといけない綺麗な装飾品や小物などなど。
あのそこそこサイズのある衣装箱に入っていくのはすべて俺の私物だ。
養父母たちの私物や衣装は別の部屋で他の使用人たちが頑張って衣装箱に詰めている。
前世では冠婚葬祭、どこに行くのにも学校の制服を着て大丈夫だったから、この持っていく荷物の量にはちょっと引く。
制服って素晴らしいな!
制服のお手軽さを思い出し、軽く現実逃避したくなるほどに荷物が大量なんだ。察してくれ。
しかし、ここであることに気づいた。ある意味、異世界ファンタジー物の定番である、あの魔法の存在が無いことに。
「なぁ、カレン」
「はい、なんでしょうか? もしかして枕も必要でしょうか? 今ならまだ間に合いますが」
枕! その発想は無かった!
うん、たしかに人によっては、枕が変わったら寝れないとかあるな。
前世の身近な人間にそんな困った癖がある奴は居なかったけど。
前世でも旅のお供として認知されつつあるアイテムだったな。
「あ、いや、それは大丈夫だよ。枕が変わったら寝れないなら、この屋敷に来た日の夜に困ってるだろ? 施設の枕は施設の備品だから持っていけないんだからさ」
「ああ、そうですよね! では、一体……?」
「変なこと聞くけどさ、その衣装箱に魔法は掛かってないの? 貴族なら魔法の掛かった道具とか買えるのは知ってるんだけどさ。どれがそれなのか、俺、まったく知らないんだよね」
「この衣装箱には結界の魔法を応用した、防犯用の魔法が掛かっているだけですが……」
「それだけ?」
「はい、それだけです。……お嬢様は何を期待していたのでしょうか?」
「あー、いやー、ほら、衣装箱の収納能力を上げる魔法って存在するのかなと。あったら荷造りが簡単になって、便利じゃない?」
異世界ファンタジー物なら定番だよな。見た目はすごく小さな鞄なのに、あり得ないほど大量の物が入るようになる、ご存知、魔法の鞄!
作品によっては主人公のスキルで異空間(作品によっては亜空間かな?)に収納可能、しかもキャパ無しで設定されてるやつもあって、この世界にもそういう魔法があったら、かなり便利だなと思った記憶がある。
だが、屋敷のあちこちの部屋で使用人たちが荷物の詰め方を工夫している様子を見て、気づいてしまった。
前世で婆さんたちとどっかに出掛ける度に、よく見ていた光景だと!
あれ? もしかして、この世界にはそれが無いのかな、と。
俺の質問にカレンは申し訳なさそうに首を横に振った。
「その魔法はこの世界に存在しません。しかし、その魔法の開発はどの国でもたくさんの予算を充てられた、人気の研究課題ですね」
「魔眼でなんとかならないの?」
「たしか、ダルジア人の方々の魔眼であっても習得不可能だったかと」
ほぅ、まだ誰にも扱えない魔法があるのか。
今も実現に向け、研究されている、という話はなかなかロマンがある。
俺は自然と笑顔になっていた。その様子に気づいたカレンがくすっと笑う。
「お嬢様は列車より未知の魔法にご興味がおありなんですね」
「俺は魔眼持ちだからな! 魔法に対する好奇心や知識欲は当然あるよ?」
学ぶ目標は一応ある。
ホムラを大人しくさせるためにさらに異界の精霊について、もっと専門的に学びたいんだよな。
あいつ、喋るようになってからうるさいから。
『主様、何のご用でしょうか!?』
『主様、私を常におそばに置いてください! 実体化を解かないでください! お願いします!』
呼び出す度に「主様」って連呼し、暑苦しい台詞を吐くので、あまりにも鬱陶しい。
制約で「私のことを主様じゃなくて、お嬢様と呼べ」と言ってしまったぐらいだ。
もちろん、何の解決にもならないことはわかってるけど、変な呼び方は反応に困るんだよ。
だからこそ異界の精霊に関する知識を深めて、ホムラを静かにさせたいとこなんたけど、異界の精霊に関する研究は中途半端なところで止まったままらしいし。
じゃあ、俺が研究を進めてしまおうか、って結論になった。
ウヅキたちが警戒しているのは『異世界のまったく系統の異なる知識を使用や公開』や『転生者が前世のお伽話やイメージのままに種族差別につながる混乱を起こす』ことのようだし、止まったままになってる研究の進めること自体は大丈夫だと思うんだよな。
まぁ、本当に大丈夫かはウヅキに会った時にちゃんと確認取るけど。
「そういや、魔法を勉強できる学校ってあるの?」
義務教育で国民全員が通うことになるまではヨーロッパの貴族の子供の教育は優秀な家庭教師を雇うか、貴族の子弟向けに作られた私設の学校ぐらいしか無かったよな?
「魔眼をお持ちの子供達はヴァンダール王国時代に作られた、エルシール魔導学園に入ることになっておりますよ?」
「そうなの?」
「はい。魔眼の研究施設と軍事教練施設が一体化した学校となってます」
あ、なるほど。国の戦力を使い物になるように鍛えるための専門施設か。魔眼持ち同士の繋がりも作る場にもなるし、国も戦力を把握しやすいし、なかなか考えられてるな。
「俺もそこに入学するのか」
「はい。ダニエル様と同じ年のご入学になります」
「場所は?」
「エル=レイン、ヴァンダールの首都だった街にございます」
ああ、そうか。ヴァンダール王国時代に作った、国の重要施設なら普通そっちか。
どうも、まだこっちの事情を頭に叩き込めてないようだ。たまにこの世界に関する考察に没頭してしまうせいかもな。
「……お嬢様、荷物はこれだけでしょうか?」
カレンと話をしているうちに俺の荷造りが完了したらしい。
「これ、列車に持ち込めるの?」
これ、と言って衣装箱を指さす。
どう考えても、旅行で活躍する大容量のトランクケースよりさらにでかいし、重そうだ。他の乗客に明らかに迷惑をかけるレベルだろ。
「もちろんです。お嬢様がお乗りになる便は貴族向けの特別車両が連結されていますからね。特別車両は大変広く、荷物の置き場に困りませんよ」
「特別車両?」
「……そうですね。例えるならば、談話室をまるごと車両にした、と言いましょうか……」
え。まさか古い洋画で出てくるような、あれか!?
貴族用に作られた貸切空間で、列車に乗っている感覚から遠ざかれそうな、あれ!?
俺は広々とした車内を陣取る高級そうなソファーに座ってくつろぎ、ワインが入ったグラスを片手に、足を組んで微笑んでいる、太った禿げ頭の男を思い出した。
なんで今、これを思い出したんだよ。出典すら正確に記憶してねぇのに。
「噂でしか聞いたことがないやつか。あまりにも馴染みが無さすぎて忘れてた」
「貴族の方々でも少々きつい利用料が必要ですからね」
特別車両は貴族でもおいそれと使えんほど、贅沢ってわけか。
それを一家のほぼ全員が一度に乗るからと利用する、バーツ公爵家の財力に恐れ入るね。
全員の荷造りが終わり、出発となった。俺がこの屋敷に来た時に乗っていたのとは違う、一回りほど大きな馬車に乗って、まずは駅がある街、エリュンを目指す。
身の回りの世話をする使用人たちも何人か連れていくことになり、彼らは後続の馬車に乗っている。
俺と一緒の馬車に乗っているのはバーツ公爵、養父レギウス、養母アウローラ、道中の彼らの世話のためにカレンもいる。
「そうだ、アオイ」
「ん? なに?」
「王都の駅で私の弟二人と待ち合わせをしているから、むこうに着いたら紹介するよ」
「弟ってことは、俺からみたら叔父さんだよね?」
「そうだね。上の弟オリヴァーは結婚相手を決めるためにディジャスにいてね。本来はまだあちらにいるんだが、今回の夜会に参加するために帰ってきたんだよ。下の弟ヴォルフラムは軍人で、こちらは東の国境線沿いにある駐屯地で任務についている」
「ヴォルフラムさんは軍人なんだ?」
「彼は魔眼持ちだからね」
「……ということは、軍人になる前はエルシール魔導学園をいたの?」
「そうだよ。アオイは来年入学だから、ヴォルフラムからいろいろ聞いてみるといい。私は魔眼持ちじゃないから、内部の詳しいことは知らないからね」
魔眼に関する軍事機密がたっぷりありそうな場所だし、家族であっても話せない事があるか。
そんな話をしているうちに馬車はエリュンに到着した。
エリュンはヴァンダール王国時代から存在する歴史ある都市で、その人口の多さはなんと、アヴィール王国第三位である。
ちなみに第一位は首都のヴァンで、第二位がエル=レインである。その次に大きな街であるエリュンを治めるバーツ公爵家の政治的、経済的な影響力は凄そうだ。
「あれがエリュンの駅だよ」
馬車の小さな窓からだと煉瓦の壁しか見えん。どうやらかなり大きな建物のようだ。
すぐに馬車から降りて駅舎をじっくり観察する。
パッと見、大正時代にありそうな建物に見える。煉瓦の壁や駅舎全体のデザインが懐かしさを引き出してるのか?
重く、どっしりとした建物が放つ、重厚な雰囲気に自然と懐かしい気持ちになる。建物や歴史に関する専門知識が無いから断言出来ないが、いかにも列車が走る時代の建物に相応しいと言える。
この世界の人たちから見れば列車は新しい物に分類されるんだろうが、祖父母達が旅行好きだった関係で新幹線に乗ってあちこちに行きまくっていた俺には過去の遺産に触れているような物だ。
「アオイ、こっちにいらっしゃい」
養母が俺の手を軽く引く。
「うん」
小さくうなずいて一緒に歩き出す。駅舎の前の大通りにいる人たちが「見て! 公爵家の皆様よ!」みたいに囁き合っているが聞こえてくる。
やはり魔眼持ちの貴族ってのは目立つな。
仕立ての良い服を着ている、左右色違いの眼の人って、かなり特徴がありすぎるからなぁ。
駅舎の中は庶民向けと貴族向けにスペースが分かれているらしく、俺たちが入った区画はまるでホテルのロビーのような豪華な空間だった。
白い石の床はぴかぴかに磨かれて美しく俺の姿が少し映っているし、壁際に置かれた観葉植物が等間隔に配置され、駅員が詰める窓口はホテルの静かなカウンターそのものだ。
天井には魔力で動く照明があるらしく、窓はあまり大きくないのに駅舎内部はかなり明るい。蝋燭ではまず生み出せない明るさにびっくりする。
前世で慣れ親しんだ明るさのはずなのに数年間、蝋燭の火を使った生活だったせいで元の生活を忘れてしまっていたようだ。
養父がカウンターに近づく前に駅長らしき人がカウンターから出てきた。バーツ公爵に恭しく一礼し、貴族専用の特別待合室に案内する。
特別待合室は禁煙ではないらしく、煙草っぽい、嫌な煙と匂いで充満していた。そういや、元の世界での禁煙の気風は最近の物だったな。
異世界でも愛煙家は相当数、いるようだ。
「お養母さん、列車が来る前にトイレに行ってもいい?」
馬車に乗っている間ずっと我慢してたから限界が近い。
「えぇ、いいわよ。カレン、お願いするわね」
「一人で大丈夫だって」
あの、俺の精神年齢、十五歳なんですが?
迷子になったり、トイレに間に合わないとか起きないよ?
「アオイ、貴族の女性は一人で行動しては駄目なのよ?」
「……わかりました」
そう言われてしまえば納得するしかなく、俺はカレンを連れて特別待合室のすぐそばにあるトイレに向かった。
トイレも近代化されており、水洗式だったのは助かった。施設のは汲み取り式だったからな。これもタジャールの転生者達が自重せずに作り出した物なんだろう。さすがにウォシュレットじゃなかったけど、水で洗い流す仕組みを再現出来たのがすごい。
「ん?」
トイレから出て特別待合室に向かおうと廊下を歩いていたら、特別待合室の前に変な集団が居るのが見えた。
駅員や警備員っぽい人たちと押し問答している。
「だーかーらー! 中にいる方に取り次いでくださいよ! 少し話がしたいだけです!」
集団の代表らしき、ショートボブの女性が駅員に怒鳴り散らしている。
おいおい……。貴族専用の特別待合室に入れんような人間が、貴族と話が出来ると本気で思ってるのか?
偉い人がどこかに外出すると、その道中で直談判する庶民の話が前世の世界の歴史に残っていたけど、偉い人に会うための手順をすっ飛ばしたやり方は歓迎されていなかったよな?
なにも庶民が嫌いで会いたくないから煩雑な手順を踏ませ、振り回してるわけではない。
日本の大名にしろ、ヨーロッパの貴族にしろ、基本彼らって領地経営したり、国に仕えてたりして、毎日忙しいからね。
偉い人の生活がどんなんか想像出来ない庶民は彼らが抱えてる仕事量とその繊細さを知らない。
前世で爺さんは「話を聞いて欲しいと言ってる奴ほど、相手の都合を考えない」と言っていた。
名言っぽいこと言える爺さんなのに、母さんが気合いの入ったストーカーになったんだからタチが悪い。
とにかく、庶民は自分達の生活の改善要求を自分達の都合のいいタイミングとやり方でやらかす。
もし仮に直談判が暴力行為だった場合、権力者に暴力を振るった罪で、普通の暴力事件より重い罰を受けるだろう。
また、その人に状況を改善する権限があるのかどうか、直談判する人間が分かっていなかったりする。
テレビとか無いからね。社会の仕組みや偉い人の生活を知らなくて当然なんだよね。
元の世界だと学校の社会科の授業で当たり前のように国会の仕組みとか習うけど、学校が無い時代は王様が一番偉い、貴族も偉い、武器を持って街を警備してる人はおっかない、ぐらいの大雑把さなんだよなぁ。
だから、この世界みたいに貴族とか庶民とか、身分差がはっきりと存在する社会だと彼女みたいに「会いたいから会わせろ、このヤロー!」みたいに叫ぶのはアウトだ。
てか、さっきから貴族に会わせたらまた新しい騒動が確実に生まれそうな、乱暴な言動に引くわ。
目が合ったらコンマ一秒で殴ってきそうな勢いだ。
「お嬢様」
カレンはキリッとした顔で私を抱き上げた。そして慎重に特別待合室に向かう。
魔眼持ちのメイドと魔眼持ちの貴族令嬢に絡むバカじゃないことを祈ろう。
てか、魔眼は詠唱要らずで魔法を使えるため、先手必勝の襲撃が出来ないから喧嘩しちゃ駄目なのが分からなかったら、あの人たちは相当な馬鹿だと思う。
「失礼致します」
カレンが俺を抱いたまま軽く一礼をし、道を開けるよう彼女達に言う。だが、彼女達は俺を見た瞬間にニヤリと笑った。
「ハジメマシテ」
その言葉に俺はびくっと震えた。
日本語だった。それも悪意がたっぷりと含まれた。
『……!? お嬢様!』
ホムラの悲痛な叫びを聞いたような気がした。
「おやめなさい」
俺の怯えを感じ取ったカレンが己の魔眼を発動させた。
すると彼女たちの傍に置かれていた観葉植物の枝がいきなり伸び始め、彼女達の手足を拘束した。
「きゃっ……! なによ、もう!」
「バーツ公爵家の方々を守ることも使用人の役目です。お嬢様に悪意を向けることは許しません」
彼女たちのヤバい気配を感じ取った警備員も警棒みたいな物を腰から外し、警戒している。
「何事だい?」
養父が特別待合室から出てきた。観葉植物の枝で拘束された集団を見るなり、険しい顔になる。
「これは……カレンの魔眼の力だね。何かあったのかな?」
「彼女達はお嬢様に危害を加えようとしました」
「挨拶をしただけよ!」
怒りの形相で反論する女を養父は目線で封じる。
「挨拶?」
「ハジメマシテ、と」
「ハジメマシテ?」
日本語なので養父は意味を理解できない。困惑しているのはカレンも同じだ。
「日本語だよ。……この大陸で理解できる人間は数える程度しか居ない、はず」
五歳の女の子とは思えない説明の仕方に駅の関係者全員が驚いている。
「……黎明か、タジャールの手の者か……。どちらにせよ、貴族専用のこの区画にどうやって入り込んだのか、聞き出す必要があるな」
養父の呟きは半分しか意味が分からなかったが、なんかヤバい事案であることはわかった。
「カレン、とりあえず中に入ってくれ」
「かしこまりました」
俺を抱いたまま、カレンは特別待合室に入っていく。中にも騒ぎは伝わっていたようで、養母がカレンから引ったくるよう俺を抱きしめた。
「アオイ、大丈夫!? 怪我はない!?」
養母の温かい声にとうとう俺の我慢が限界を迎える。
まるで小さい子供のように泣き出してしまった。養母の胸に顔を埋め、大声を出して泣き叫ぶ。
前世で母親の愛情に恵まれず、今世でも母親に捨てられた。
俺はどこかで母親の愛情というものを幻想だと思い、割りきっていた。
転生しても施設には親の愛情に恵まれていない子供がたくさん居て、本当に存在するのだと信じる要素が無かった。
だが、俺は今初めて母親という存在に触れた。
温かく、柔らかい。
頭の上から降ってくる、俺を気遣う優しい声。
そういえば、この人は一度我が子を喪っているのだ。
出産のリスクが前世の世界より高いから仕方がないのかも知れないけど、大事な我が子を喪ってしまったのだ。
だからこそ、こんなに取り乱すのだろう。
魔眼持ちは有事の際、戦場に行くというのにきっとそれは別問題なのだろう。
貴族の義務として引き取っただけではない、見返りを求めない本物の愛情を注いでくれる人。
「……ひっく……」
泣き続ける俺の小さな背中を養母は……いや、母さんはぽんぽんと安心させるように叩く。
優しいリズムで叩かれ、次第に落ち着いていく。
「貴女はしっかり者だから気づくのが遅れてごめんなさいね。本当は誰かに甘えるのが凄く下手な、臆病な子なのに」
ああ、そうだ。
俺は死にたくない。
死ぬのが怖い臆病者だ。
だって、前世で殺された記憶があるんだよ?
そんな記憶があるのに、国のために戦うことなんて……出来ない。
「でも……今は違う……」
「アオイ?」
「俺、死にたくない! 母さんを守るために生きたい! 戦場で……戦争で死にたくない! 母さんを悲しませたくない!」
自己保身ではなく、母さんのために死にたくない。
そう、はっきりと思った。
その瞬間、俺の耳にホムラの声が届く。
『お嬢様の決意……誰かを守りたいという想い……あぁ、懐かしい……』
なんか、またフラグを立てたような気がするが、後悔は無い。
死亡フラグなんぞ、ポキッと折れば問題ないだろう。
さて、涙を拭いたら、父さんに事情を聞かないとね!
黎明って何だろうな?




