第13話 密やかに動く者(2)
※ アオイ視点ではありません。
アヴィールの首都ヴァンでは近々催される王家主催の大規模な夜会の噂でもちきりだった。
特にバーツ公爵家が先日引き取った子供が魔眼持ちであり、その夜会で正式にお披露目されるという話には誰もが食いついた。
「やはり北のタジャールとの戦争が近いんでしょうか?」
庶民向けの飲食店が立ち並ぶ一角にある、貴族もお忍びで利用するという隠れた名店「ひだまり亭」では一組の男女が食事を楽しみながら話をしていた。
口を開いたのは黒髪のすらっとした長く美しい髪をした女。悩ましげな表情でぽつりと呟く。
女が食事をする姿は丁寧かつ教本通りで隙がない。
対する男も平凡な顔立ちだがどこか超然とした雰囲気を放っており、はっきり言って、この店の本来の客層とは異なる客人である。
ひだまり亭の店主はその様子からあの二人はお忍びで食べにいらした、どこぞの貴族様の恋人か夫婦かなと想像する。
店主が作る料理は宮廷料理人と肩を並べられるほど美味だという噂が貴族の間で流れて以降、この店はこうしてたまに貴族がやって来るようになった。
出している物は庶民向けの安くて大量というだけの物のはずだが、貴族様はどうして俺の料理を気に入るのかね、と首を傾げる。
そんな店主の様子に気づくことのない二人は料理の味を堪能しながら、会話を続ける。
「なぜそう思うんだい?」
「近々催される夜会は我が国の有力貴族の家に魔眼持ちがいることを国内外に発信する示威行為ですね?」
「まぁ、主催者側の意図としてはそうだね」
「バーツ公爵家に引き取られた子供は5歳だとか……。本来、成人してから社交界でお披露目されるところをそんな幼い年でお披露目なんて、聞いたことがありません。誰でもこの意図は読めます。……ですから、これはあくまで表向き、ですね?」
「ほぅ……?」
女の言葉に男は目を細める。返答次第では真面目に答えやると言わんばかりに、体勢を変える。
その上から目線な態度に気分を悪くすることなく、女は己の推測を述べる。
「陛下が夜会の開催で得る一番の利益。それはバーツ公爵とヘイグ侯爵の確執の解消……いえ、仲直りの演出です」
「本当に仲直りする、とは言わないんだね?」
「どちらの家も真の愛国者が当主を務めている家です。長年の怒りや恨みで蓄積された確執なんて本当はどこにも無いのでしょう。有事の際、陛下の背中を刺す心配が無い方々が国の中枢を担っているのです。個人の感情で国を困らせることはありません」
「ヘイグ侯爵が真の愛国者?」
ヘイグ侯爵の世間の評価は酷いものだ。
最悪の裏切り者。
先祖の誇りを踏みにじる、恥さらし。
最低の差別主義者。
彼の噂はありとあらゆる罵詈雑言に満ちている。そんな酷い噂を知っているだろうに、目の前の彼女は惑わされていないらしい。
素晴らしいと、男は絶賛する。
だが、それを口にせず、徐々に目が鋭くしていく。
女は相手の反応を慎重に観察しながら、話を続ける。
「たしかにあの時は言葉で言い表せないほど、お怒りになったのは本当なのでしょう。後見人であったヘイグ侯爵に事前の相談をしなかったのですから。ですが、本当に権力や地位に溺れ、種族差別に走り、選民思想で性根が腐ったのであれば、少々判断に困る噂を耳にしたのです」
「なんだい?」
「タジャールが戦争を仕掛けるなら、地形の影響が少なく、進軍がしやすい我が国が真っ先に狙われるのは明らかです。そして北の国境線を守護するのは、ヘルゼ辺境伯です。そのヘルゼ辺境伯はヘイグ侯爵家の派閥に所属はしておりませんが、親戚関係にあります。ヘルゼ辺境伯はここ数年、陛下と頻繁にお会いになっているそうです。タジャールからやってきて我が国で暗躍する工作員を領内で何人も捕縛したことと、その方々がおこなっていた工作活動を報告するために。……これはヘルゼ辺境伯がご自分の領土を守るために独自で動いているだけなのか、ヘイグ侯爵の指示なのか……。もし仮にヘイグ侯爵が命じたのであれば、彼は陛下に忠誠を誓い、愛する国を守る素晴らしい御方だということになりませんか?」
「……つまり、君はバーツ公爵とヘイグ侯爵の対立はお芝居だと? なぜわざと対立する真似を?」
「これは私の完全な憶測になりますが、タジャールの工作活動を可能な限り抑え込み、工作員の手に落ちた国内の裏切り者をあぶり出すため、でしょうか? 片方が悪役になれば、裏切り者たちはそちらを味方するでしょうから」
女の話はそれで終わった。女はじっと静かに男を見つめる。
「すまないが、果実酒の追加を頼むよ」
そんな女の様子ににっこりと笑ったあと、二人のそばをたまたま歩いていた店員に男は話しかけた。
「はい」
あまり接客が得意でないのか、ぶっきらぼうな返事をする店員の態度に男は意外そうな顔をする。
貴族がお忍びで利用するほどの店なら、接客上手な者を雇うだろうに何か事情でもあるのだろうか?
女の話とは関係ないことに興味を持ってしまった男に、女は「また悪い癖が出ましたね」とため息をつく。
「……アーノルド様?」
「ああ、すまない。……君の推測は大体合っているよ。あの二人が互いを嫌っていて、会議で言い争う姿は演技ではないけれど、派閥争いを激化させるようなことはしない。だから、そこに気づけた事が私は嬉しいんだよ。一つ訂正するなら、タジャールが力をつける前、もともと後ろ盾が弱かった陛下が国内の貴族たちをひとつにまとめるために始めたんだよ」
「素直にお認めになるんですね」
「国の中枢にいる有力貴族二人が堂々と対立し、貴族社会に常に緊張を持たせ、陛下が仲裁して落ち着かせ、一つの方向に導いて解決し、それを陛下の実績とする。それが即位するにあたり、陛下とお二人がお考えになったことだよ。当時はまだタジャールは我が国と国境を接するだけの弱小国家で誰も見向きもしなかったからね。即位するにあたり避けては通れない問題はただ一つ……エルの瞳を持たず、片眼の魔眼すら持たない陛下が即位することに反対する貴族が争いを起こす危険性だった。国が荒れる前にその原因になりそうな貴族たちをひとつにまとめて抑え込んでおく必要があり、陛下はヘイグ侯爵に『悪役をになれ』、とおっしゃった。バーツ公爵に裏切られたことが原因で最悪の貴族に堕ちたことにしてくれ、と。……これが最悪の裏切り者の正体だよ」
女はアーノルドの告白に目を丸くする。この国の王の指示だったことまでは見抜けなかったらしい。
「だが、もうこのやり方は使えないね」
「それは……なぜですか?」
「裏切りとは関係なく、そもそもヘイグ侯爵の影響力が落ちてきた最大の理由は何か、忘れたのかい?」
アーノルドの質問に女は真剣に考える。
「たしか、魔眼持ちが分家筋からも生まれず、平民から引き取ることもしないせい、ですよね?」
「そう。我が国がヴァンダール王国の歴史を受け継いだ国である以上、魔眼持ちはどの国よりも『価値ある能力者』として扱われ、報酬の高い仕事が与えられ、安定した生活を得られる。だからこそ高位貴族の家でありながら、魔眼持ちが新たに生まれてこないというのは怖いことなんだよ」
「……アーノルド様、まさか……」
頭の回転が早い女はすぐに察した。
このやり方は使えない、という意味を。
「そう、生まれたんだよ。最近生まれたヘイグ侯爵の直系のひ孫は魔眼持ちなんだ。年齢的にバーツ公爵の孫娘と近い。まだ幼い二人には悪いが、タジャールと戦争することになったら、貴族の子供たちをまとめる役を担ってもらうことになる」
「新たな世代の代表格、というわけですか」
「あの子達が親友同士になれば、殺伐とした空気を和ます、癒しにもなると思わないかい?」
たしかに幼い少女たちが仲良くする光景は微笑ましいだろう。
そこに大人たちの思惑が絡んでいると知らなければ。
「ふふ、夜会が楽しみだよ」
そう言ってアーノルドは果実酒を口をつけるのだった。
宮廷料理人と肩を並べられるという、ひだまり亭の料理を一通り堪能した二人は会計を済ませ、笑顔で店を出る。
「さて、馬車はどこで待っているんだったかな?」
「そこの角を曲がった先です」
久しぶりの外食を楽しんだ二人は店を出てすぐの角を曲がる。
そこには家紋など何も付けていない馬車が停まっていた。
「帰るよ」
馭者に声を掛ける。馭者は恭しく頭を下げ、馬車の扉を開ける。
「ほら、お姫様、お手をどうぞ」
舞台役者のような気障な仕草でアーノルドは女の手を取る。
「アーノルド殿下、飲み過ぎです」
「いいじゃないか、城に戻るまでは悪ふざけは許してくれないかな?」
「……もぅ、まったく……」
「それに君は本物の姫じゃないか。この僕の大事な奥さん、カトリーナ妃殿下だろう?」
手を引き、カトリーナの耳元でそっと囁く。
そう、二人は貴族ではなかった。
アヴィール国王の四人いる子供の一人、アーノルド王太子とその妃であった。
「この偽装の魔法はすごいね。誰も僕に気づかなかったよ」
「さすがダルジア人の職人が作った魔法道具ですね。こんな物を作れるなんて」
アーノルドが右手にある指輪に触れると、顔から薄い魔力の膜が剥がれ落ち、平凡な顔立ちからレギウスによく似た、気品溢れる顔が現れる。
「レギウスの顔は平民によく知られているからね。あいつに似てるせいで、こっそり遊びに出れないとか、不便で仕方ないよ」
「陛下とバーツ公爵は双子ですから、その子供が似てしまうのは当然かと」
「うん……分かってはいるけどね、カトリーナ、あまりはっきり言わないでくれ……」
カトリーナを抱き締めながら、公爵家の屋敷にいるであろう従弟に軽く怒りの念を送る。
「さて、帰ったら君に協力してほしいことがあるんだ」
「何でしょうか? 夜会の話ではないですよね?」
「うん。……ほら、新しい世代を支える貴族の子供がいるなら、その子たちと仲良くする王族がいたら、民は安心するだろう?」
その言葉の意味を理解したカトリーナは赤面する。
アーノルドは、普段は冷静で落ち着いている彼女の慌てた様子に、可愛いなぁと思うのであった。
「魔眼持ちなら、なおさら、なんですよね?」
「もちろん。……今夜は寝かせないよ?」
そう言うなり、カトリーナを抱き上げ、馬車に乗り込む。
「で、殿下!?」
「ああ、もう、可愛いな! 最高だよ!」
「は、恥ずかしいので叫ばないでください! ほら、あなた、早く出しなさい!」
二人の甘い空気に飲み込まれ、ぼうっとしていた馭者は急いで馬車を動かす準備をする。
やがて馬車が王城に向かってゆっくりと動き出す。
夜会開催まであと三日。




