第12話 密やかに動く者(1)
※ アオイ視点ではありません。
アヴィール王国西南部、首都ヴァンに次いで大都市である、エル=レイン。ここはヴァンダール王国時代の首都だった頃の名残がそこかしこに見ることができる歴史ある街であり、街の北部にある城は一番の観光名所になっていた。その城は誰もが見惚れるほど白く美しく、『白磁の城ヴィーカ』として、地元の市民や観光客に親しまれていた。
その城は現在、ヴァンダール王国の王家の血を今に残すイシュヴァレン伯爵家が住んでいる。
大国だったヴァンダールの王城として相応しく、城の敷地面積はヴァンにあるアヴィール王家の城より広い。
そんな場所をアヴィール王家ではなく、イシュヴァレン伯爵家の住まいとすることの異常さを、バーツ公爵家の屋敷からめったに出ないアオイは知らない。
その城に一台の馬車が入っていく。馬車には太陽と白い鳥が描かれた紋章が飾られており、城の門番はそれを見て、城の主の帰還を知る。
「開門せよ!」
馬車の馭者が門番に向かって叫ぶ。門番が詰め所の机の上にある水晶に手をかざすと、城の扉が勝手に開いていく。
完全に扉が開ききると馭者は馬に合図を送った。馬は慣れた様子でゆっくりと動きだし、馬車は門をくぐる。
美しく統一されたアプローチを通り抜け、馬車は玄関前の開けた空間に着いた。馭者が馬車から降り、馬車の扉を開ける。すると中からまるで物語に出てくる王子様のような見目麗しく、立ち振舞いも美しい少年が出てきた。
金色の髪と瞳が特徴のダルジア人であり、イシュヴァレン伯爵家の跡継ぎでもある、ダニエルである。
アオイの前で見せていた優しい雰囲気などどこにも無く、出迎える使用人たちの言葉に静かにうなずく様子は、人の上に立つ者としての威厳がある。
ダニエルが城の中に入ると、城の奥からドタバタと誰かが走る音が聞こえてきた。足音の主が誰なのか理解したダニエルは、仕方ないなという顔で表情を崩す。
「兄さん、おかえり!」
現れたのはダニエルに見た目がそっくりな少年。どこか大人びた顔をするダニエルと違い、こちらは年相応の幼さを感じる。
「ただいま、ちゃんと訓練は受けたのか?」
「うっ……。ロバートのくんれんはたのしくない! やりたくない!」
そう言ってダニエルにそっくりな少年は口を尖らせる。
「……リシャール、僕らはそうやって訓練を嫌がることは許されないんだよ?」
「なんで? 《白》がそうきめたから?」
「そうだよ。《白》が決めたからだよ。彼の血を引く唯一の種族である僕らは、常に強者でないといけないんだ」
ダルジア人に対する世間の評価は非常に高い。その評価を勝手に壊すことはイシュヴァレン伯爵家の者は特に許されない。
「でも、ぼくら、てーこくにまけたよ?」
「あれはこの世界の力を使わず、異世界の知識を戦争に使ったからだよ。この世界に無いもので勝っても、《白》や原初の神々は祝福しない。だから、帝国は簡単に滅んだ」
「けっとうみたいに、せんそーにもきまりがあるの?」
「当たり前だよ、リシャール。今度、その話をしようか?」
「うん! 兄さんのおはなしはむずかしーけどだいすき!」
そう言ってダニエルに抱きつく。ダニエルはリシャールと呼ばれた少年の頭を撫でる。その顔は愛しいものを慈しむ優しさに満ちていた。
「君は僕に似て賢いからすぐに理解できるようになるよ」
「ほんと? お父さんのおてつだいをしてる兄さんみたいになれる?」
「あはは、リシャールなら、絶対になれる! それじゃあ、僕は父上に帰りを報告したいからごめんね。父上はどこ?」
「『えっけんのま』にいた!」
「そうか、ありがとう」
名残惜しそうにもう一回頭を撫でてからダニエルは長い廊下を歩いた先にある部屋に向かった。
部屋に入ると、かつてヴァンダール国王の謁見の間として使われていた部屋の床に巨大な魔方陣が描かれていた。
見るものが見れば、これは同じ魔方陣同士をつなぎ合わせ、魔方陣の上に立つ者の姿を幻視する、かなり高度な幻惑系の儀式魔法だとわかる。
「準備は?」
魔方陣に魔力を注ぎ込む作業をしていた父親であるイシュヴァレン伯爵に声を掛ける。彼のそばにも数人同じ作業をしている者たちがいるが、ダニエルは彼らを無視する。
「まだ少し魔力が足りておりません。地脈を通じて集めておりますが」
「時間がない。ルイス、鍵をこちらに寄越せ。残りは俺がやる」
「はっ! どうぞ」
鍵を手渡したイシュヴァレン伯爵がダニエルに臣下の礼を取り、部屋の片隅に移動する。
その光景に違和感を抱く者はこの場に一人もいない。
この城の主はイシュヴァレン伯爵ではなく、ダニエルなのである。
ダニエルは手渡された儀式魔法の鍵となる手鏡を受け取ると、普段は抑え込んでいる魔力を開放する。
「《白》が命ずる。時空の扉よ、我が言葉に従い、その扉を開くがよい」
本来の手順を踏まず、簡略化された言葉と共に手鏡に魔力を注ぎ込み、淡々と儀式魔法を発動させる。
「す、すばらしい……」
魔力切れで倒れることを考えず、ダルジア人から見ても非常識な量の魔力を一度に消費する姿に、儀式を手伝っていた者たちが感動する。中には躊躇しないダニエルの姿に崇めるような仕草をしながら、感動で泣き出す者までいる。
「これが《神の器》か」
そんな規格外な様子を見たイシュヴァレン伯爵は疲れたように呟いた。
息子ダニエルが《白》の意識体を宿した《神の器》だと知ったのはちょうど一年前。
《白》の血を強く引くため、ダニエルの正体にいち早く気づいたルイス・イシュヴァレンは、数千年ぶりに地上に現れた神に慌てながらもまずは謝罪し、ひれ伏した。
ダルジア人が《白》の命で作り上げた王国が滅びたことを知り、直接彼らを罰するために現れたと思ったからだ。
『君たちを罰することはない。ようやく《転生の秘儀》で目的の魂を転生させることに成功したから、地上に降りただけだ』
その言葉にルイスは震えた。
神話の時代、この世界で何が起きたのか、正しく知る一族の長である彼は、これから起きるであろう事を正しく理解できてしまったからだ。
『それはつまり、あの御方が帰ってきたということなのですね?』
『そうだ。だから俺も地上に帰ってきたのだ。やるべきことをやるために』
かつて、この世界の神の一柱をヒトは一方的に邪神と呼んだ。
悲劇はそこから始まり、この世界は本来の形から歪んでしまい、嘆き怒り狂った神々はヒトを愛することやめ、一部の神が眠りにつき、やがてすべての神が地上かは姿を消した。
それから数千年。
神話の真実を知るのは、ダルジア人などの一部の長命種のみとなり、人々は神の存在を忘れてしまっていた。
「久しいな、《白》よ」
懐かしい声がした。
どうやら儀式魔法は無事成功したようで、魔方陣の上に7人のヒトの姿をした幻が現れる。
この幻惑系の儀式魔法は術者が対応する魔方陣の上に乗っており、なおかつ魔力が尽きるまでの間であれば、遠方にいる者と直接会話ができる、高度な物だった。もちろん、この儀式魔法は秘匿されており、大国の国王でもめったに使わない。
「……お前は《黒》か。そちらも久しいな。たしか大陸の東で眷属たちに国を作らせていたな? その器はそこに住む者か?」
《黒》と呼ばれたのは、漆黒の髪に黒い瞳をした少年であった。肌の色もダニエルとは異なっている。
「ああ、そうだ。イヅモの末裔だ」
「相変わらずの異世界好きだな。異世界の神にゆかりのある名を付けたのか。そんなんだからあの《勇者》を騙した連中につけこまれたんだぞ?」
ダニエルは呆れたように笑う。
「気にするな。あちらも気にしていないだろうからな。……大規模な飢饉が数年前に起きて以降、こちらの政情は不安定だ。俺がやれることは基本無いし、何千人もの民が飢えと貧しさに耐えきれず、西へ向かった。その民に紛れ、近いうちにそちらに伺うとしよう」
「国を捨てるような薄情者どもと一緒は旅をしてはいかんぞ! その体はおぬしの大事な《神の器》だろうに! 替えがきかん物なのだ。大事に扱わんか」
《黒》の言葉に、赤いドレスを着た幼女が口を挟む。
「まったく、おぬしは相変わらずじゃのう。妾のようにもう少し慎重に動かんか。たとえ力は本体と同じだけ保有していても、《神の器》の強度はヒトと同等なのだぞ?」
「《赤》、慎重にとおっしゃるなら、その時代錯誤な口調はやめたほうがいいんじゃないかしら? かなり目立つわよ」
「《青》に同意。《赤》は現在の貴族令嬢の日常会話を学習するべきと提案」
「《青》と《金》に言われとうないわ! 《青》よ、なぜ器が男なのだ? おぬしは女であろ? 違和感しかないわ! 《金》はいい加減、その自動人形から出てこんか! それを《神の器》とは言い切るのは、ちと苦しいと思わんのか!?」
口調が時代錯誤と言われ、苛ついた《赤》が抗議する。《青》は質素な青色のドレスに身を包んだ美少年だった。その姿は大変似合っており、事情を知らない人には可憐な貴族令嬢に見えるだろう。
ダニエルはいくらなんでもそれはない、と《赤》に同意し、深くうなずいた。
《金》は他の《神の器》と違い、魔力で動く人形を依り代にしている。
そのせいで一人だけ背丈が高く、目線が高い。そして見た目がこの中で一番特殊すぎた。
限りなくヒトに近づけてはいるが、間近で見れば人形だとわかる造りである。
肌は本物同様の柔らかい触り心地らしいが、そこはこだわるところではない。
「反論。《神の器》の定義に反していない」
「そうよ? 『私たちが直接、地上に出ない代わりに地上の眷属たちに依り代になる器を用意させる』、『私たちが宿るに相応しい魔力許容力を持っていること』としか決めてないじゃない? 今さら抗議しないでよね?」
「くっ……!」
二人の言葉は正しい。
地上の変化は常に激しい。そのため、細かく決めてしまうと、地上に出てくる時、使える依り代が存在しないという事態になると予想し、《神の器》の定義に幅をもたせ、数千年も前にその定義に同意したのだから、今さらである。
「だが、妾たちは目立ってはいかんのじゃ。まだ、あやつらが存在してるからの」
「そうですね。彼らの存在に我々は最大限の警戒をすべきだと思います。この会議の時間は有限です。話すべきこと、決めるべきことはサクッと済ませましょう。……《銀》、『転生の秘儀』の管理は貴女の管轄でしたよね?」
《赤》の言葉に《紫》が同意し、《銀》に話を振る。昔から極端に寡黙な性格の《緑》はめったに発言しない。
「『転生の秘儀』を弄った形跡を確認。しかも、それに《 》も巻き込まれてる。だから《 》だった頃の記憶がない状態で転生してしまったのだと思う」
眼鏡を掛けた知的な銀髪の少女が淡々と説明する。すると、空中に大量の文章が浮かび上がる。
「『黎明』はいい加減、滅ぶべきだと思う。あの子を呼び戻すための大事な『塔』で悪さをするなんて許せない……!」
それは《銀》が作り出し、地上の眷属たちと一緒に管理をしている施設、《塔》の設備を勝手に利用した記録であった。
「あやつらは自分等の都合で動く生き物だからの。数千年経ってもあの性根は治らんかったか」
「《白》へ。《 》の現在の状況の情報提供を求める」
「わかった。《 》は現在、俺の管轄する領域にいる。地上での確かな身分も既に得ており、アオイ・バーツを名乗っている。地上に降りる前に危惧していた通り、《 》の頃の記憶が無いだけでなく、神の権能も大半を喪っており、彼女の直属の眷属すらまともに動かせないほどだ。今はどこにでもいる片眼の魔眼の持ち主という状態で、不安定過ぎる。これから少しずつ刺激を与え、記憶と力を取り戻してもらう予定だ」
ダニエルの説明に七人全員の顔色が変わる。
「まったく、妾たちの中で最もヒトを愛し慈しんでおる《 》をここまで痛め付ける神経が正直わからんよ」
「《赤》は妹のように可愛がっていましたよね。その怒り、わかりますわ」
「《青》、おぬしの怒りも相当だな。魔方陣越しでも伝わってくるぞ?」
「一番怒ってるのは《白》だと思う」
「《銀》に同意」
「まぁ、どれだけ時間が経っても反省しない彼らには相応の報いを与えましょう」
「ほぅ……? 《神罰》を与えるのか? 《勇者》以来でないか?」
彼らの怒りで魔方陣の中の空気がビリビリと震える。
「『黎明』は《勇者》が父上の《神罰》で消滅した後に、《勇者》を召喚した連中が作った、異端で異常な教義を掲げる集団だ。《 》を邪神扱いし、《勇者》の『神殺し』を正当化し、《 》の復活を恐れている」
「なるほど。だから『転生の秘儀』を邪魔しよったのか」
「そうだ。ちなみに転生を邪魔し、安心した彼らの次の獲物が俺たちだ」
ダニエルも《銀》と同様に空中に頭の中で思い浮かべた、とある国の詳細な情報を映し出す。
「彼らの本拠地があるのは異世界の知識を惜しげもなく公開し、利用する国、タジャール共和国」
「ふむ、第二の帝国になるかも知れんとあちこちで噂されとる国か」
「そうだ。奴等は帝国と同じような、異世界の知識で満たされた国を作ろうとしている」
「帝政を廃し、共和制にして、国を弱体化させた意味が無い」
「異世界の知識を持つ皇帝一人に権力が集中し過ぎておったが故の悲劇だと思ったからの。皇帝さえおらんようになれば、異世界の知識は自然と地上から消滅すると思っておったしの」
「疑問。異世界の知識の継承がされていないのはなぜ?」
「ああ、それは元の世界と同じ《理》がこの世界でも働いていると思い込んでいたからですよ。魔法より物理法則が優先され、大事にされるという大原則です。ついでの話ですが、技術の進化の整合性が無い、突拍子もない技術の進化はこの世界に根付かないというのもわかってないみたいですよ?」
《金》の疑問に《紫》が答える。それに《赤》もうなずく。
「妾たちを舐めておるのも関係しとるの。《勇者》の武器は異世界の知識の塊だった。ゆえに異世界の知識を妾たちより上位の物と思っておるのかもな」
「彼らの理屈は意味不明」
「元より理性より欲望を優先させている連中だ。しかも異世界の知識を惜しげもなく公開し、国の発展に使うせいで、『転生の秘儀』の暴走に巻き込まれた普通の転生者たちがタジャールに集まりつつある」
「正規の手順で転生できなかったゆえに妾たちの加護や祝福を受けずに生まれしまった、無力な者たちか」
「『異世界転生したのにチート能力を授からなかったら、そりゃ生活基準が一番マシそうなタジャールに行くわな。俺だって異世界の知識を悪用した皇帝の話を知らなかったら行ってるわ』、だそうだ」
「なんじゃその台詞は?」
「あの国の技術力の出所が専門知識を持つ転生者たち、と知ったアオイのタジャールに対する感想だよ。事情を知らない時からあの国の技術力には警戒していたらしい」
「さすが妾たちの可愛い妹よ。記憶は無くと賢いのう」
「肯定。今すぐ抱き締めたいと《白》に請願」
「《金》、お前が全力で抱き締めたらアオイが潰れるから却下だ」
「反論。腕力の調整をすると確約」
「それでも却下だ」
ダニエルはすぐに可愛い可愛いと連呼する同胞たちにため息をつく。
「とりあえず、これだけは先に決めませんか? 我らの可愛い妹《 》は今後アオイと呼びませんか? あの子の権能が喪われ、いつまでも発声できない名を使うのは正直疲れます」
《紫》の提案にダニエルを含め全員が同意する。
「《竜の谷》におられる父上たちへの連絡は《紫》がするのかの?」
「ええ、私が適任でしょうね。私はちょうど今、デジャス帝国に居ますし」
「では、おぬしに頼むとしよう。妾はタジャール以外の国で暗躍しとる『黎明』の構成員を見つけ次第、潰すとするかの。《銀》は《塔》の機能回復を優先してくれ。まだ暴走しておるのだろう?」
「わかった。私はイステンスにいるから、なにかあったら転生者監視機構《八色の瞳》に連絡して。この器の名はエステル・リード」
「うん? ……リード?」
ダニエルがその家名に反応する。
「先日、貴方が会ったのはこの器の兄」
「なるほど。彼が持っていたアレは君が与えた物だったのか」
「適性があった。ウヅキは眷属の中ではこの器の次に優秀」
「で、《白》、おぬしはアオイに付きっきりか」
「そうだな。せめて自衛できるぐらいには回復してもらわないとな」
「《青》はどうするのかの?」
「そうねぇ……。うちの領域にいる『黎明』の末端組織がなんだか怪しい動きをしているからしばらく動けそうもないわね」
「それは仕方ないの。《黒》はやはりアオイに会いに行くのかの?」
「基本、暇だからな。彼らの知識に飢饉で荒れた大地を復活させる術があるなら利用するが」
「それは妾たちが掲げる信条に反しないかぇ?」
「上手く動くさ。どちらが上位なのか、きっちり教え込んでやるよ」
「それは頼もしいの。あやつらの悔しがる顔が思い浮かぶわい」
くすくすと笑う声が謁見の間に響く。
「まったく発言してないが、《緑》はどうするんだ?」
《黒》がずっと沈黙している《緑》に話しかける。
「……異世界の知識で荒らされた土地を守る……」
「それも頭の痛い問題じゃったな」
「彼らは際限なく、天然資源を掘り出しては浪費してますからね」
「石油、じゃったか。あれは大地と空気を汚す。あの地に住む精霊種たちが弱り果てておるのがなぜわからんのか」
「精霊種は直接、意思の疎通ができないから無視してるのよね?」
「うむ。妾のところにはそのような噂が届いておる」
「精霊種と共存できる環境づくりをしないとは、さすが神殺しをする傲慢な連中らしい……。見事なまでに横暴だな」
「精霊種がいなくなった土地は荒れ果て、イヅモの飢饉のようになるのは分かりきっておるだろうに……かわいそうなことじゃ」
「それがヒトの悪いところだな」
そうだな、とダニエルがうなずいていると魔方陣が時間切れを教えるように点滅をし始めた。
「……次回は一月後でいいか?」
「うむ、妾はそれでかまわぬぞ。他はどうじゃ?」
「私も問題ないわね」
「空いてなくても作る」
「肯定。参加の意思を表明」
「私も大丈夫です。もしかしたら、父上が参加なさるかも知れませんが」
「俺も平気だ。アヴィールにいる間は《白》の拠点に間借りする予定だしな」
「……参加する……」
全員が次回の会合の参加表明を告げた瞬間、魔方陣が力尽きたように床から消えた。ダニエルの右手に収まっていた手鏡も、何の力も宿っていない。儀式が跡形もなく消えたことを確認してから、ずっと後ろで控えていたルイスに手鏡を押し付ける。
「会合の内容を理解しているな?」
「はい、我々の果たすべき目標は二つ。アオイ様の完全復活と、タジャールにある『黎明』の本拠地の壊滅です」
「そうだ。いまだに我々に喧嘩を売る愚かな連中を今度こそ確実に潰さねばならん。大陸東部では既に実害が出ているんだ。猶予などもう無い」
腕を組み、真剣な表情でダニエルは言い切る。
「十年前、《塔》の秘密を知った彼らが、故郷に帰りたがる転生者を唆し、ようやくこの世界に戻ってきたアオイ様が記憶喪失になるなど、当時は考えもしませんでした」
「転生は繊細なものだ。大賢者と呼ばれる者であっても簡単に弄っていいものじゃないんだがな」
「彼らは転生の魔法で誰を転生させたがったのでしょうか?」
「恐らくヴァンダールを滅ぼした兵器を次々と生み出した皇帝を現代に呼びたかったんだろう。当時もいろいろ手を組んでいたらしいからな」
「なるほど……恐ろしいことです」
四百年前、ヴァンダールの王城であったヴィーカ城も戦火に巻き込まれ、城の一部が崩れた。
長い時間をかけて修復作業をおこない、元に戻せた時はダルジア人全員が喜んだものだ。
「この世界は彼らに渡さない。アオイも殺させない」
「はっ、仰せのままに」
ルイスがダニエルの前で恭しく跪く。
「……気取られるなよ?」
「はっ!」
ダニエルは謁見の間の壁際に立っていた男たちに声を掛けた。男たちは一礼をしたあと、謁見の間から姿を消す。
「さて、アオイの次の課題を考えようかな? なんとかホムラと意思疎通ができるようになったんだ。次に行くか」
アオイが聞けば悲鳴を上げそうなことを呟くダニエルにルイスは困ったように笑う。
ダニエルはそんなルイスの気づかないまま、気難しい顔で謁見の間を出ていく。
自分の部屋に戻ろうと廊下を歩くダニエルに、ルイスは気になっていたことを尋ねた。
「バーツ公爵とヘイグ侯爵はいかがなさりますか?」
「ああ、あいつらは問題ない。どちらも真の愛国者だ。グレゴールを困らせるようなことをやらないだろう」
「会議を荒らしておりますが……」
「だから、大丈夫なんだよ。《白》として断言する」
「……はい、貴方様がそう仰るのであれば。我々は中立を貫き、静観すればよろしいのですね?」
「そうだ。夜会の計画に変更はない。ちゃんとあれで上手くいく」
アヴィールを騒がせている元凶とも言える二人とは付き合いが長く、それぞれの性格を正しく理解しているルイスは今一つ、あの計画で二人が仲直りするのか、理解できない。
彼は根っからの武闘派で、貴族同士の化かし合いや腹の探り合いが苦手だった。
「ルイス、迷うな。俺を信じろ」
ぐだぐだと悩んでいると、敬愛する《白》の言葉で頭の中から一気に悩みが吹き飛ぶ。
いつの間にか立ち止まり、こちらを見ている。彼の力強い存在感に圧倒される。
「はい!」
その存在感でルイスはようやく自分達を導く《白》の素晴らしさを思いだし、彼の言葉を信じてみようと思い、笑顔でうなずいたのだった。




