第11話 異界の精霊(2)
あれから俺の魔眼の魔法の練習の一貫としてホムラを安定して呼び出す自主練をするのが日課になった。
呼び出して、何らかの指示を出すのはさすがに負担が大きいのでやっていない。
このホムラ、どうも自我があるらしく、呼び出す度にすごい嬉しそうなオーラを全開にして、俺の前で臣下の礼を取るようになった。しゃべることは出来ないみたいだけど、アイコンタクトや仕草でなんとなく気持ちはわかるけど、なんでこんなに好意全快なんだろうか?
ホムラのそんな姿は本来あり得ないらしく、たまたま俺の日課を見ていたバーツ公爵は顔をひきつらせていたな。
だけど、バーツ公爵はダルジア人であるダニエルから何らかの秘密の方法でホムラを従わせる方法を教えてもらったと勝手に結論づけたらしい。
彼もダルジア人から魔眼の扱いを学んだ過去があるらしいから、それでかな?
てか、ダルジア人ってだけで納得するんか。
さすがハイスペック種族である。
ホムラに関する謎に頭を悩ませて数日。答えをくれそうなダニエルがやっと来た。
屋敷に着いて早々にホムラを呼んでみせてと言われたので、素直に呼び出す。
「だいぶ上手になってきたね! これなら、次の段階に進められそうだよ!」
……こいつ、笑顔で言い切りやがった!?
たしかに召喚するだけなら、魔力の消耗は少なく、ちょっと歩いた程度の疲労で済むようになった。
いや、だからって、魔眼の練習というか、実技訓練がハイペースっぽいのはどうなんだろ?
ヘイグ侯爵をぶっ潰す夜会本番まで時間が無いのはわかる。軽く暴れるのに最適な技量を身につけてほしいのもわかる。
だが、ちょっと待ってほしい。
これ、5歳の女の子にやるレベルの内容なのだろうか?
俺は前世の記憶があるから精神年齢が高いだけで、肉体は年相応である。
ゲーム的に例えるならば、初期ステータスで何のボーナス補正がない状態で、大型ボス攻略用の高度なスキルを習得させようとしてないか!?
淑女教育は平気だ。カレンがぎっちぎちにカリキュラムを組んでるけど、あれは頭を使うことがほとんどである。
だが、魔法は違う。前世の学校で受けてた体育の授業よりハードだ。
「もう次にいくのか? ちょっと早すぎない?」
「あれ? ゲオルグ様やレギウス様から聞いてない?」
「……何を?」
「近いうちに戦争が起きるかも知れないから、アオイを今のうちに鍛えてくれ、っていうお願いが僕のところに届いたんだよ」
「…………はい? ……もしかして北の大国との武力衝突が始まっちゃった?」
たしかに、国境付近でヤバイことが起きるかも? とは言ったさ。
でも、早すぎるだろ!?
ショックを受けて固まる俺にダニエルが慌てる。
「まだ大丈夫だよ。それにさすがに成人していない子を戦場に引っ張り出す人はいないよ」
「そうか?」
「そうだよ! 心配しすぎ! これは『戦争に参加できないけど、魔眼持ちの貴族としてちゃんと頑張ってます』と証明するためにやってるの!」
その言葉にほっとする。
あー、びっくりした。
「でもね、魔眼持ちは見た目が特殊だから、何もしてなくても目立つんだよ。訓練とかやってないと、あいつは不真面目で遊んでばっかりと思われて悪目立ちしちゃうんだよ」
異世界怖いなー。
魔眼持ちって、生まれた時からハードモード決定なのか。
……綺麗なドレスで着飾って優雅に笑ってられないのかよ。
「お、おう……それなら仕方ないな! 頑張る!」
「じゃあ、次にいくね。今度はホムラに使う魔力の消費を抑えて、実体化をなるべく長く維持する訓練だよ」
「実体化の維持?」
「異界の精霊は呼び出して、その存在を維持するだけでもそれなりの量の魔力を使っちゃうからね。なにか命令を出して動かす分の魔力もきちんと残すためにも、魔力の節約は大事なんだよ」
「ずっと疑問だったんだけど、なんでそんなに魔力を何回も消費するんだよ? おかしくない?」
「……それは……」
魔眼の専門家揃いのダルジア人であるダニエルなら何か知っているのだろう。
だが、シリアスっぽい暗い顔になったところを考えると、それはうっかりで話してしまえるような軽い話ではないようだ。
「わりぃ……。言いづらいなら、無理に答えなくていいよ」
「ううん。気にしてないよ。……まだ何も言えないんだ、ごめんね、ホムラ」
呼び出してまだ元に戻してなかったホムラに謝るダニエル。
ホムラは気にしてないと言わんばかりに、微笑み、首を横に振る。その様子に俺は軽く驚いた。
「あれ? もしかして、ホムラに自我があるの、知っていた?」
「知ってるもなにも、僕らの間では、ホムラたちに自我があるのは常識だよ? ホムラを自分だけの物にしようとして返り討ちにされた人の話があるから」
「へ?」
どうやら、ホムラたち『異界の精霊』に自我があるのは、魔眼を研究している専門家の間では知られていることらしい。
バーツ公爵が知らなかったのは、そこまで突っ込んだ勉強をしていないから。
ホムラのような精霊は魔眼でしか呼び出せない特殊な精霊であり、この世界の自然の中に溶け込み、あちこちに存在している『精霊種』とは格や性質が違う。
あまりにも異質な存在なので、魔眼の持ち主がどれだけたくさんの魔力を渡して喜ばせても、服従しないんだとか。
過去、この精霊を完全に服従させ、いろいろヤバイことをやりたがっていた人たちが居たけど、『力は貸すが忠誠は誓わない』と言われて失敗に終わり、以降、ホムラたちに関する研究その他諸々は中途半端なところで止まったままらしい。
なので、魔眼でしか呼び出せない彼らは正体不明ながらも仕事はきちんとこなす、摩訶不思議な存在と認識され、普通にあちこちにいる精霊種と区別するためになのか、『異界の精霊』と呼ばれるようになった。ついでに、この呼び名のせいで、勘違いする人まで現れて、今に至ると。
ふむふむ、なるほど。
ファンタジーな世界にありがちな精霊は『精霊種』と呼び、魔眼で呼び出す別種の精霊は『異界の精霊』と呼び分けていたのか。
呼び名だけ先に知っていた俺は詳しいことは知らなかったから、先日、軽く混乱してしまったようだ。
「ホムラたちの正体は僕らはおよそ掴んでいるけど、かなり繊細な問題を抱えてる内容だから、お祖父様から言っちゃ駄目って言われてるんだよ」
「もしかして、正体を知ったら、服従させることに成功するから?」
「……たぶん成功しちゃうね」
「なら、聞かない。必要な時に助けてくれるだけでいいや」
あっさりと興味や疑問を持たなくなった俺の様子にホムラがなぜか落ち込む。
イケメンの哀愁漂う顔は見てるこっちもつらくなるからやめてほしい。
「……まぁ、アオイに尽くしたくなるのは仕方ないんだけどね……」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない」
ダニエルが首を横に振って否定する。
「ところでアオイ、さっきから気づいてる? ホムラに流し込む魔力を無意識に調整して、実体化を維持しているの」
「……あれ? ほんとだ」
ダニエルと喋ることに夢中になっていたが、魔力があまり減ってない?
「その感覚を忘れないでね。アオイは魔力の操作を上手くやろうと意識し過ぎてるから無駄ができてるんだよ」
「肩の力を抜けってことか」
「正解。それじゃあ、その状態を維持したまま、次は『制約』について話すよ。ホムラを呼び出してアオイが『蝋燭に火を点けろ』というその場でやってほしいと指示するものより重く扱われる事柄……例えば『家族に危害を加えない』など、どんな時にでも守ってほしい指示を、呼び出す度に言うのは面倒だよね? 制約はその手間を減らせる便利なものだよ」
「ホムラに自我があるのに、そういうことをやっていいのか?」
「今のホムラは自由行動がかなり制限された状態なんだよ。そっちのほうが悪影響が大きい。自由に発言することすら許されてないから、アオイとお話できないし」
なるほど、だからホムラはずっと無言だったのか。
「『制約』と言ってから指示を出せば大丈夫だから、ホムラには『勝手に魔法を使わない』、『自由に話すことを許す』、『家族を勝手に傷つけない』、を三原則に行動するように、と言えばいいよ」
アドバイス通りに三つの制約をしてみた。これ、許可を出す場合も制約と呼ぶらしいから、けっこうややこしいな。
「ほら、もう君は自由にしゃべれるよ?」
ダニエルがそう言うと、ホムラはぷるぷると震えたかと思ったら、がばっといきなり俺に抱きついてきた。
「主様ー!!」
そして絶叫である。
いきなり耳元で叫ぶんじゃねぇ!
「ああ、主様! 主様! ようやく言葉を交わせます! この熱い思いを伝えられることをこのホムラ、大変感動しております! 危うく存在そのものが消えてしまうところを救ってくださり、ありがとうございます! また、この私に新しい姿と名を与えてくださり……」
「待て待て待て! 長い! うるさい! ちょっと離れろ!」
そう言って俺は抱きつくホムラを自分からひっぺ剥がす。
なんだ!? こいつ、モデルにしたゲームキャラ以上になんかウザい性格だな!?
「も、申し訳ございません!」
「声のトーンを下げろ」
「主様、『とーん』とは何でしょうか?」
「あー……説明がめんどうだな……。とりあえず落ち着いてくれ、頼むから」
「はい……」
しゅん、と落ち込むホムラ。
お前は飼い主に叱られて落ち込む犬か?
「俺と話ができて嬉しいのはわかった。だから普通にしてくれ」
会話が出来ない時のほうがイケメンに見えたのに、なんだこの残念具合は……。
「主様」
「なんだ?」
「主様のためなら私は何でも出来ます」
真っ直ぐに見てくる目が怖い。
「なぁ、ダニエル」
「ん? なに?」
静かだと思ったら、ホムラのハイテンションがツボに入ったのか、すごく笑っていた。
このテンションに巻き込まれた俺はすでに疲れてるのに。
「異界の精霊は服従しないんじゃないのか? なんだ、この暑苦しい状態は」
「ああ、あくまでそれは呼び出した側との相性の問題だよ。アオイみたいに忠誠を誓うに値する人と判断されたら、こうなる。……召喚の魔眼を使える人としては、すごいことなんだよ?」
こうなる、と言われたホムラはなぜか地面の上で正座し、まるで犬の「待て」のような状態でキラキラした目で待機していた。
「……とりあえず、ウザいから実体化を解くか」
「あ……そ、それは……それだけは……!」
言葉が続かないほどショックを受けんなよ、見た目は成人した大人だから反応に困る。
イケメン顔にするんじゃなかったな。
「まぁまぁ。普通なら絶対聞かない命令も聞いてくれるから、悪いことじゃないよ。国からの評価も高くなるから、そんなに怒らないで」
「そんな都合のいい展開は要らないんだよ! なんだよ、この主人公補正が付いたみたいなのは! マジで要らない!!」
ダニエルはそんな俺の心からの叫びにニコニコ笑うだけで何も言わない。
練習を少し離れた距離で見守っていたヘルミーネたちも、俺のスキルアップに喜ぶだけで、ホムラの変な性格はスルーしている。
普通じゃないスキル獲得系イベントは、妙なフラグが立つ気がするから、嫌なんだよ!!




