幕間(1) ウヅキの報告
※ アオイ視点ではありません。
魔法大国イステンス王国の首都、ロンディール。
国王が住まう城や貴族の屋敷が建ち並ぶ区画の片隅、周囲の建物の間に溶け込むように、なるべく目立たないように静かに建っている屋敷がある。
その屋敷の応接室。
そこには神経質そうに髪をきっちりとまとめた壮年の男と、眼鏡を掛けた青年が向かい合うように座っていた。
中年の男はこの国の貴族が着るに相応しい質の良い衣服に身を包み、労働などしたことがない美しい手をしている。
それだけで彼がこの屋敷の主であることが読み取れる。
そして、男はこの世界に生まれてしまった転生者を発見し、密かに保護をする活動をしており、その活動を円滑におこなうための組織を作り上げた中心人物であり、青年の直属の上司である。
「……アヴィールに転生者だと!? しかもバーツ公爵家の一員として養子縁組!? アヴィールは何を考えている!?」
資料はどうやらアヴィールのバーツ公爵家の一員となったアオイに関するのようで、動揺を隠せない。
「ウヅキ、これはどういうことだ? なぜ転生者が国の中枢に近づいている!?」
「資料にある通りです。彼女はこれまでの転生者と違い、異世界の知識を表に出すことなく、捨て子の普通の孤児として立ち振舞い、福祉施設に保護されていました。なので、私が接触するまで誰も転生者だとは気づきませんでした。……しかし、北のあの国の不穏な空気を察したバーツ公爵家に、魔眼の持ち主であることを理由に養子として引き取られたのです」
「……待て。転生者を戦争に駆り出すのか!? ……帝国の悲劇を忘れたのか……!?」
「落ち着いてください。たしかに異世界の知識で再現された、異世界の武器、それを活躍させる戦術戦略は脅威です。皇帝がこの世界に遺してしまった『銃』は本当に厄介ですよ。今もにこの世界に存在するんですから……。ですが、彼女は転生者の中では、比較的無害である、元日本人です」
「……日本人だと?」
「はい。戦争とは悲劇を生むものでしかなく、のんびり平和に生きることが何よりも大事だと豪語し、美食と娯楽を満喫することを最大の生き甲斐、人生の喜びとする、彼らです」
ウヅキの言い方はアオイが聞けばため息をつきそうな、かなり酷いものだが、男は否定しない。
事実、過去の元日本人の転生者たちによる、政治とは関係ない、嫌な方向の騒動を引き起こした前例がいくつもあるからだ。
この屋敷に保管されている資料を紐解くとこんな一例を見つけることができる。
この世界において『本』とはとても貴重な物である。彼らがいた異世界とは違い、手書きの書物しか無いため、書物そのものが高価であり、金があるごく一部の、地位と教養が備わった人間しか持っていない貴重な品なのにも関わらず、娯楽本絡みの大規模な市を開催しようとし、様々な方面に迷惑をかけた者がいた。
最終的には活版印刷の基礎技術を公開し、この世界の製本技術を本来ならあり得ない早さで成長させてしまい、この世界における技術革新の整合性をどうまとめるのかで、当時のイステンス王国の上層部を振り回した転生者がいる。
厄介なことは続くもので、娯楽本の市の開催を望む転生者は、開催が不可能である理由、「書物が高価であるため、趣味として本を読む」ことが庶民の身近な娯楽となっていない上に、識字率が元の世界と比較して極端に低い、と知ると当時のイステンス国王に怒り任せに食って掛かり、国を豊かにするには国民一人一人の教育が大事であり、最低限の読み書き、計算ぐらいはきちんと学ばせなさい、と説教をぶちまけ、国王に当時からすればかなり無茶な教育政策を押し付けようとした。
記録によると、その転生者は前世の記憶を持って生まれ変わったことを特別視しており、自分はこの世界の生活基準を改善するためにやって来た、神から特別な使命を与えられた人物かのように振る舞っている節があったらしい。
この世界に転生者が生まれてくる理由を正しく知るイステンスの国王は、身分をわきまえず説教をする転生者に丁寧に反論した。
国民一人一人に、文字を読み書きと簡単な計算を教えるためには、教える側の人材と、教師として働いた者に支払う給与の確保が重要である。
また、公立学校を国内にいくつも建てるとなると、金も建築資材も足りない上に、上級役人を育てる訳でもない公立学校の建設予算の審議は紛糾するのは当然。
この世界は君がいた世界とは違うのだから諦めなさい。
最後はそう言い切った。
だがそれでも諦めが悪かったらしく、長時間の押し問答の末、転生者は「異世界コミケを諦めきれないから、識字率アップに貢献するわ!」と国王より偉そうな態度で妥協し、イステンスの辺境の村を回り、「寺子屋を参考にした」という学舎を兼ねた神殿をいくつも作り、やがてイステンスは大陸上位の識字率を誇る国となった。
また、ある者はこの世界の食材の流通事情に満足できず、自身が美味しいものを食べたいがためだけに様々な食材を扱う商いを始め、その店は最終的には大陸有数の大商会になった。
その成長の原因となったのは、非常に完成度の高い帳簿の存在である。
この世界では、学のある人間がそもそも少ないため、大雑把な金勘定で商売する者が多く、上手く商売ができる者は少なかった。
しかし、お金の管理がやり易くなるからと、同業者に異世界の非常に進んだ簿記技術を無償で公開した。
これもまた、大きな波乱を呼び込み、後始末が大変であった。
正直言って、勝手な解釈と偏見で獣人亜人狩りをやらかす他の転生者と毛色が違い過ぎて、別の意味で自分勝手すぎる、異質な存在として認識されている。
この世界の法を犯したわけでも、王族貴族を害するわけでもないから、捕縛や処分が簡単にはできない。
だが、基本的に無害だからと放置すると、いつの間にか異世界の知識を持ち込んで、騒動を起こす。
元日本人の転生者とは、そういう存在であった。
「バーツ公爵家の方々が責任を持って、良識のある子に育てる予定ですし、しばらくは静観で良いかと」
ウヅキはそう言って微笑んだ。上司である男は厳しい表情を崩さないまま、資料のある一点を人差し指で指し示す。
「イシュヴァレン伯爵家を巻き込んでいるようだが?」
「彼の家の特殊性は存じています。尊き白の一族の若君がアオイを助けると言い切った以上、私一人が反対しても意味がないですよ」
苦笑するウヅキの目は優しい。男はそれでアオイという転生者に興味を持った。
「どうやら、アオイはこれまでの転生者と違い、かなり柔軟な発想ができる人物です。異世界で騒ぎを起こすことを極端に嫌う彼女はきっと、転生者にまつわる様々な問題を解決する手掛かりを与えてくれるでしょう」
常識の違い、認識の齟齬、そういったものの差を埋めるため、男が作り上げた組織は努力を積み重ねてきた。
しかし、転生者たちはなぜか皆、異世界転生を喜び、周囲の戸惑いや混乱などを気にせず、後始末もせずに好き勝手に生きてしまう。
異世界の娯楽に基づいた、獣人亜人への偏見を平気でおこない、非難されても、なぜ非難されるのかを理解しない。ここはきちんとした現実世界であり、おとぎ話の世界ではないと、どれだけ説明を重ねても、娯楽による偏見を捨てない。
それに絶望し、異世界転生者を敵視する国もできてしまった。
「ところで、彼女には獣人亜人の混血児の話はしたか?」
「……いえ、そもそもアヴィールは混血の子供が極端に少ない国なので、その説明は後回しで構わないかと判断致しました」
「そうか。……実はな、デジャス皇国で厄介な事件が起きた。もちろん、転生者絡みだ」
「……我々の助けが必要な案件ですか?」
先ほどの穏やかな表情から一変、ウヅキは男と同じように厳しい表情になった。
ディジャス皇国は竜族が治める国である。不穏な動きを隠さない例の国とは南の国境で接している、大陸北部の大国でもある。
様々な種族が生きるこの世界では竜族は上位種族にあたり、彼らは弱い上に数が少ない種族を効率的に守るために竜族以外の他種族を受け入れた多種族国家を作った。
この時点でこの世界における「竜」と、アオイたちが知る「竜」とは根本的に異なる存在であることがはっきりしている。
「大陸西部の小国から飛び出した者がいただろう?」
「たしか、『せっかくファンタジー世界に生まれ変わったんだから、魔王を倒して世界を救う英雄になる!』とか言い出した馬……いえ、頭のゆるい方ですよね?」
「ディジャス皇国の事情を理解せず、たまたま皇城の外へ散歩に出ていたメル皇女殿下に出会い頭に切りかかり、片腕を切り落とした」
「……っ……!?」
ディジャス帝国の皇女メルはとある亜人の外見を強く受け継ぐ竜族、という極めて特殊な混血であり、外見だけで特殊性がはっきり出ている人物である。
その姿はアオイ達、転生者がこの世界に関する正しい情報無しに見れば……。
「……腕を切り落とした後、『アンデットモンスターが皇国の姫を騙るな』と言ったそうだ」
「その馬鹿は皇女を害した罰で処刑で良いのでは!? もう、魔王殺しの夢を見る必要は無いですよね!? というより、今から僕が殺してきますよ!!」
一人称を「私」から「僕」に変わったウヅキが一瞬で殺気立つ。右手にいつの間に手にしたのか、異国の意匠が目立つ細長い剣を握られている。
「落ち着け、ここで魔剣を出すな。既にサラサを派遣している。彼女の復元の魔眼は規格外だからな。切り落とされてしまった腕を元に戻せるだろう」
「あの方ならば確実に治せるでしょうね」
サラサはウヅキは密かに憧れている、組織の先輩構成員である。転生者が起こす騒ぎを見事なまでに上手に解決する手腕は毎回素晴らしく、また、彼女は優れた魔眼の持ち主であり、魔眼を使った様々な活躍により国王より一代貴族に叙せられている。
はっきりとした身分差というものがある以上、貴族ではないウヅキは彼女と結婚することは難しくなり、貴族になるという喜ばしい知らせを聞いた時はこっそり落ち込んだものだ。
それゆえか、彼女への恋情は月日を重ねるごとに激しくなっている。
そんなウヅキの心のうちを知る上司は、サラサの名前を出した途端、静かになった目の前の部下に呆れるしかなかった。
「お前の恋模様は見ていて飽きないが、近いうちにアヴィールにまた行くのだろう? すまないが、アオイ嬢にこの事を伝えてくれ」
「獣人亜人の混血の見た目の特殊性について、ですか?」
「そうだ。騒動を起こす前に回避できるならやるべきだ。亜人であるダルジア人と結婚するのではあれば避けては通れん話だろう?」
「……そうですね。なるべく早めに話しておきます」
ウヅキがうなずくと、応接室の扉が叩かれた。
「室長、私です」
「サラサか。入れ」
「失礼します」
室長と呼ばれた男の返事の後に一人の女性が入ってきた。魔眼の持ち主の特徴である、左右色違いの神秘的な眼を持っている。非常に整った美しい顔立ちをしているが、彼女の顔色は優れない。
「もう、終わったのか」
「はい。生きている方の手足の復元は成功率が高いですからね。切り落とされた右腕も綺麗な形で保存されていましたので、結合部分を復元するだけで済み、治療は成功致しました」
「相変わらず魔眼の力はでたらめなほど凄まじいな」
魔眼は能力の名前に込められた意味通りの規格外の魔法を行使できる。それは本来なら必要である魔法発動の要、「詠唱」を必要とはしないため、古くから持ち主を戦争の道具にする原因となっていた。
「それが魔眼ですからね。ですが、優秀な魔眼の使い手の一族であるダルジア人は魔眼特有の魔法を何種類も習得可能と聞きますよ?」
強力な魔眼の持ち主であるサラサがウヅキ達の組織に在籍しているのは、転生者が後先考えずに作ってしまった厄介な物を元の素材の状態に戻し、異世界の知識の痕跡を消すのに都合がいいためである。その関係で大陸のあちこちに派遣されるため、並みの使い手より魔眼の扱いが上手い。
「ディジャス皇国はしばらくは転生者の扱いが厳しくなるでしょうね。皇国のお姫様を魔物扱いするなんてびっくりですよ」
「転生者の多くは、獣人亜人に偏見があるからな。まさか混血の姫君があのお姿とは思わなかったのだろう」
「いやいや、混血特有の種族形態があるって信じるとか、あり得ないですよ!」
「その『あり得ない』を常識と誤解するのが転生者なのだ」
男がため息をつく。ウヅキも頭が痛くなってきた。
獣人亜人が普通にいるなら、異世界の娯楽小説ではお馴染みだという、ハーフエルフやヴァンピールなる存在が実在すると本気で信じ込む転生者は後を絶たない。
「さて、アオイさんにどう説明すればいいでしょうか……」
屋敷に保管されている過去の転生者の記録を読み解きながら、彼女が理解できる上手い説明を考えなくてはならない。今夜は徹夜かな、とサラサをちらっと見ながら、彼女を食事に誘えない状況に苛つくのであった。




