第8話 作戦会議と事情説明(3)
ウヅキの「転生者」という言葉に養父たちが首を傾げた。
「リード、『てんせいしゃ』とは何かな?」
代表して養父がウヅキに尋ねる。ウヅキは一瞬、しまったという顔をした後、すぐに「そうですね」と言った。
「そうですね。原因がはっきりしない、神秘の類いの話になりますが、よろしいでしょうか?」
「もちろん。我々は全ての現象を解き明かせているわけではないのは承知してるよ」
「……ありがとうございます。意外とそのことを理解している方が少ないんですよね。専門家であっても、説明が出来ない現象があると」
「……それで『てんせいしゃ』とは?」
「これはかの帝国を中心に起きた大戦が終わった後、戦後処理のために開かれた会議で我が国の王の口から語られた話です。アヴィールでは王位を継ぐ者にしか受け継がれていない話だと聞いております」
「……わかった。この事は口外しないと誓おう。バーツ公爵家は王家に連なる家とはいえ、本来なら知らされていない情報であるならね」
「長い話ですので、座ってもよろしいでしょうか?」
「かまわないよ」
「ありがとうございます。……さて、まずは私自身の説明が先ですね。私……というか、リード家がこの事を知っているのは当時の当主が爵位を持たないながらも末席の書記官として、あの会議に出席していたためです。以来、重大な国家機密を守る家として、我が家は平民の家系でありながらある密命を代々のイステンス国王より与えられております」
俺はその言葉にびっくりした。
「それって、もしかして俺みたいな転生者を見つけ出すことか!?」
「ええ、そうです。転生者が生まれた家が平民であればリード家の養子として保護し、貴族ならばリード家と同じ使命を持つイステンス貴族の家に引き取られます。他国の者ならばその国の国王を通じて同じ措置をお願いしてます。なぜ、転生者を身近に置くのか、わかりますか?」
「……さっき、帝国に関係のある話をするために開いた会議で、って言ったよな?」
「ええ」
「……皇帝が種族差別する理由がはっきりと明かされていないって……まさか……皇帝は……!?」
「お察しの通り、貴女と同じく転生者です。しかも最悪の思考回路を持つ、バカ野郎でした」
「嘘だろ……おい……最悪って……」
信じられない歴史の真実に頭が痛くなる。
そりゃ、事情を知る権力者が他の転生者に監視をつけたくなるわ。転生者がよりにもよって、種族差別の思想を異世界に持ち込み、暴虐の限りを尽くし、当時の大国を滅ぼしたのだから。
「祖国を滅ぼされたイシュヴァレン伯爵にとっては辛い話なのですが、かの皇帝はこの世界の人間として生まれながら、異世界で生きていた頃の前世の記憶持つ方でした」
「異世界?」
「この世界とは異なる世界のことです。ありとあらゆる物事の法則が根本から違っているそうです。英雄アイリーン様が残した記録によると、皇帝がかつて生きていた異世界は魔法そのものが無く、代わりに人の手によって様々な便利な道具や乗り物を作り出し、我々には想像すらできないほど高度な文化文明を築き上げた世界だったそうです。アイリーン様は他者の記憶を読むことができる魔眼の魔法の使い手であることはご存じですよね? 魔眼によって皇帝の記憶が特殊であることを見抜きました」
「……皇帝を生きて捕らえ、拷問にかけたのか」
たしか精神に作用する系統の魔眼は通常の精神状態より、拷問にかけ、不安定にさせたほうがいいとは聞いていたが本当だったのか。
「拷問は必要なことだったと伝えられています。なにしろ、種族差別思想は危険過ぎました。この世界の元からある価値観や倫理、在り方を根本から歪ませていたので」
「……なるほど。一般的には、帝国の最後の戦の最中に皇帝は英雄に首を斬られて死んだ、と言われているが違っていたんだね。たしかに当時の状況は皇帝が憎いあまり、帝国侵攻に参加した元ヴァンダール国民の兵士たちが帝国民全員を殺しかねない勢いだったらしいから、実はまだ生きていたというのが知られるの不味かったのかな」
養父も納得といった様子だ。そこまで追い詰められていたのか……。
「当初、異世界の記憶妄想だと思われていました。ですが、皇帝がひそかに保護していた他の転生者たちを保護し、その方々の記憶も読んだアイリーン様は、彼らは異世界で生まれて死に、その記憶が消えることなく、世界に生まれ変わったのだと確信したそうです。何人もの転生者の人格や思考回路、この世界での生活を調べた後、皇帝だけが特別異常だったことが判明致しました。……ところでアオイさん」
「ん?」
「アイリーン様は見つけた転生者に『テンプレートな異世界転生そのままだ! 自分は特別な存在で、異世界で好き勝手に生活をしても良いんだ!』と思ったのかどうか、聞いて回ったそうですが、この質問の意味がわかりますか?」
その言葉で皇帝がバカをやった原因をなんとなく理解した。
……理解できてしまった。
「テンプレートはたしか、娯楽小説や舞台の芝居でいう、誰もが物語を楽しめるよう、決まりきった演出や設定のことで、いわゆる『話を作っていく上の、大事なお約束』ってやつだったかな? 俺が居た世界は娯楽がこの世界以上に溢れてて、そこには当然、獣人亜人をテーマにしたものや、記憶を持ったまま異世界に生まれ変わる話もある。生まれ変わる系統の話は大抵、自分達が居た世界の知識を駆使して、この世界に無いモノを作り出し、異世界で元の世界に近い、便利で快適な生活を目指すものが大半なんだ。俺はそういった作品を趣味として読むことがあったが、実際、転生者になって突っ込みたいことが出来た」
「なんでしょうか? アイリーン様はその返答次第で、転生者を見つけた場合の対応策十通りの中から、最善の策を選べと言い遺してますが」
俺はそれを聞いて、本当に転生者は厄介者扱いで、信頼、信用されていないんだなと痛感した。
すうっと息を吸い、一気に言葉を吐き出す。
「内政チートだろうが、元の世界の文化や知識を大公開だろうが、チート能力で戦闘で大活躍だろうが関係なく、何の脈絡もなく異世界でいきなり好き勝手にやったら、まず変人扱いされて、ドン引きされて、最終的には化け物扱いになるだろ!? 好き放題やった結果、国とかに拘束されてハーレムとか作れるわけねーだろ! だって、昨日まで概念すら無かったもんを作ったんだぞ!? 異世界で美食を追及するにしても、いきなり美味い美味いで大絶賛するか!? お前らだって、インドの伝統料理とか、日本と食文化が根本から違う国のよくわからん飯をある日突然作り出して、美味しいからとりあえず食えって言い出す奴が居たら、絶対、ドン引きするだろうがぁぁぁ!!」
これ、これなのだ!
生まれてすぐに「異世界転生だ! やっほーい!」と喜べなくなった最大の理由だ。
施設のご飯がどれだけ俺の味覚に合わなくても、日本の料理を再現しようと思わなかった。材料が揃わないのもそうだが、まず根本的に理解されないのだ。異世界料理がアイディアの勝利とされるはずがない。
まず間違いなく、見た目がグロテスクでよくわからん、マズい料理を生み出したという印象しか与えない。
見た目をクリアしても、類似した料理が無ければ味の想像すら出来ず、食べる気にならず、口にしないだろう。
日本人が美食にこだわるあまり、異世界でやらかす、料理の話は無理があり過ぎるのだ。
続いて、内政チート物に関して。
これはまず、内政チートできる立場になってからじゃないと意味がない。だって、貴族とか、身分が大事になってる世界なんだし。
皇帝は貴族の生まれだったらしいから、そういった「国の内政に関われる方法がある」ってのが必要になってくる。
そこから推測される皇帝の最大の罪は「元の前世の娯楽を根拠にした価値観で国策とか決めて、民衆を支配し、好き勝手にやらかした」ことなんだろう。
この世界は魔法があり、ヒトに近い姿をした他の種族が存在する世界であるためか、様々な要素が複雑に絡み合い、まず平民でも理解してる「この世界の常識」というものが異世界テンプレートなお決まりな形になっていない。
俺はそれを施設の皆さんから教わった。それでもまだまだ知らないことがあるけどね。
獣人亜人とは古い時代は共存共栄の関係にあったらしいから、いわゆるヒト族の生活の中に彼らの独自の文化や価値観の影響があって当然で、その点に気づいたから、内政チートはやりたくない。
だってさぁ、怖くない?
日本人ならご飯を粗末にするやつは許さんというのと同じ、「文化風習にもとづいた彼ら独自の地雷」を踏むのは!
この世界の常識を理解せず、国を豊かにしたいからって、軽い気持ちで内政に手を出せば、いつか相手の逆鱗に触れ、取り返しのつかない事件を引き起こしてしまいそうだ。
てか、皇帝がやからしたのは、そういう類いのやつの最低最悪の結末だ。
「……アオイさんは良識ある方だとわかり、ほっとしています。イステンスが転生者に対して一番恐れているのは、皇帝のようにこの世界に馴染む努力をせず、自身を特別視し、自分の考えを一方的に押し付けられることです。この世界には、この世界らしい、『在り方』がある。その在り方を一方的に間違っているとか、これが正しいんだと言われるのは、共存を目指し、数々の努力を積み重ねてきた先人たちの名誉を傷つける行為ですから」
「……俺は皇帝が種族差別した原因に心当たりがある。……まず、異世界は悪くない。あくまで創作上の演出だったから」
「ええ、わかっています。アイリーン様も皇帝が特殊だった、とおっしゃってましたから」
「18禁指定の二次元エロ作品」
ボソッとウヅキにだけ聞こえる声量で呟いた。ウヅキはその言葉を正しく理解したようで、顔を一瞬だけ歪めた。
「……この世界にも特殊な性癖の方々に向けた官能小説はあるところにはありますが……それに夢中になり、その結果があれと?」
「たぶん、かなり特殊な系統のばっか手を出して楽しんでたんだと思う。じゃなきゃ、奴隷身分に落として、性的暴行が横行する意味がわからないし。皇帝がそれを許さない限り、真似する奴とか出ないし、帝国中に広がるわけないだろ?」
二次元の演出みたいなことがしたいと考え、性犯罪に手を染めたバカというのは元の世界に居たが、元からそういう気質だったのだろう。
もちろん、戦争で勝ち続けるだけの戦闘関係の知識や、一国の主としての必要な能力はあったんだろうが、一番転生しちゃいけないヤバい人だ。
「……奴隷にされた者の中には名誉を傷つけられるぐらいならば、と自害した者がいたが、皇帝はなぜ自害するのか、最後まで理解しなかった、と私は祖父から聞かされていた……それが、異世界の妙な小説の読みすぎと、自身の無知を自覚しなかったせいだと……」
静かに話を聞いていたイシュヴァレン伯爵がキレかけていた。
「我々はそんな自分勝手な化け物に殺され、愛する国を! 家族を失ったというのか!?」
「イシュヴァレン伯爵! 落ち着いてください!」
伯爵が俺を睨みながら叫んだ。正確には、俺を通して皇帝を見ているのか。元の世界の娯楽のせいで、ひとつの世界の秩序と平和が壊されたのだ。
俺に文句は言って、すっきりするのなら、いくらでも受け入れよう。
「俺は異世界チートに興味がない」
この場にいる全員に向かって言い切る。ただ、話の展開についていけないダニエルは沈黙しているが、何もわからないわけではないんだろう。
だから、ダニエルに安心させるように微笑みかける。
「俺はな、前世で親に殺されてるんだ」
「えっ……」
突然の告白に皆が絶句する。
異世界で生きて死に、この世界で前世の記憶持ちで生まれ変わるから、当然「死ぬ瞬間」の記憶もある。
転生者の存在を知るウヅキはそれに今、思い至ったのだろう、顔色が悪い。
「……やっと話せる。俺が死んだ時の話を」




