9話 やはりラーメンは最高!
朝がやってきた。清々しい朝だ。といっても、もう昼間だが。
俺たちがジャガイモ商売をやめて、1週間が経った。
俺はこっちに来てからジャガイモ商売の所為で、今まで取れなかった分の長期休暇を満喫している。
まず、昼近くまで寝ていて、昼になったら飯を食いに行くついでに町の中をブラブラ歩いていき、適当に暇を潰す。夜になったら飯食って、酒飲んで寝る。
退屈そうな日々だが忙しかった最近と比べるとこの暇を持て余す感じが今、最高の幸福を感じる。
そんな日々も今日で終わりを告げようとしている。
つい昨日の事だ。アイシャに唐突に言われた。
「仕事しないんですか?」
その言葉は俺の心をザックリと斬りつけた。
重みがある言葉に罪悪感が生まれ、自分の今後が不安になる気持ち。
正直申し訳なさで一杯になりそうだ。
ジャガイモ商売をやめた、俺らの今後の目的はブシュルト王国で賢者と会い、聖法気の使い方を教えてもらうというものだったが、問題が発生した。
ブシュルト王国に馬車を使って向かおうと思っていたが、アルデミラン王国とブシュルト王国を繋ぐ経路には南西に存在するラグルの森を経由していかなければいけない。
その森は今の時期、魔物の発情期らしく普段より危険度が増し、あと2か月程、馬車が出せないと言われた。
馬車を使う以外では船という手があるがこちらは港までの移動と船での移動を考えると時間もかかるし、金もかかるので採用できない。徒歩なんていうのはもっての外だ。
結果、断念せざる終えなかった。
お陰で俺たちは2か月間待たなければいけなくなってしまった。
その2か月間もグータラする日々で終わればいいのだが、そういうわけにも行かない。
今の俺たちは現在収入がない。貯蓄はあるがこのままのペースで使うと2か月食い繋ぐ事ができてもブシュルト王国の移動費が無くなってしまう。
俺は働く事を余儀なくされたのだ。
「アイシャ。俺がこの一週間何もせずにお気楽に過ごしてきたと思っていたのか?」
「はい。食べて寝てを繰り返しているグータラさんに見えます」
「それは錯覚だ。俺は今まで準備をしてきたまでに過ぎない!」
そう言うとアイシャは頭の上に?マークを浮かべて首を傾げている。
「ならば明日教えてやろう!明日の朝は出かけるぞ!」
そう言って昨日は切り抜けた。
そして、現在に至る。アイシャは隣のベッドの上で退屈そうに俺が起きるのを待っていたようだ。
いつも悪いね~迷惑をかけて。
彼女の表情は怒っているように見えるが気の所為であろう。温厚な彼女が怒るはずがない。
それが例え24歳無職に対してもだ。
「ハルトさんやっと起きましたか!今日は朝から出かけるって言っていたじゃないですか!なのにこんな時間まで眠っているなんて!」
アイシャ様はご立腹のようだ。まあ、俺から朝に出かけると言って昼間で寝ていたら、それは怒るだろう。
だが、寝ている俺を叩き起こさない事を考えるとやはり彼女は優しい。
「悪い。悪い。直ぐに準備するから」
彼女はそんな俺を見ながら、頬をぷう~と膨らませている。
お~可愛いな。指で頬を押して空気を抜き取ってやりたい。
だが、そんな事をしたら彼女の怒りが今度こそ爆発してしまいそうだからやめておこう。
俺は宿屋の脱衣所で服を着替えて、部屋に戻りアイシャと共に宿を出る。
歩いている途中、アイシャに話しかけられる。
「で、どこに行くんですか?」
「ちょっと知り合いの家にな」
「え、知り合いですか?いつそんな人が?」
「ちょっと酒場でな。」
ちなみにアイシャには酒場へ行くことは情報収集のためと言っているが、最近不信に思われていた。
ここで私はちゃんと情報収集してますよアピールしなければ!
決して酒が飲みたいためじゃないと!
そんな事歩いて10分。目的地到着した。白煉瓦でできた四角い、2階建ての小さな家だ。
俺は家の扉に2回軽くノックする。そうすると中から
「おう、ちょっと待ってろ」
という声が聞こえて、直ぐ扉が開いた。
「遅かったじゃねーか」
そう言って、中年太りをした男が扉から出てきた。
「遅れてすみません、ガジルさん」
「いや、謝る程の事じゃねーさ。もうザックも中にいるぞ」
ここはガジルの家だ。俺のちょっとした実験に付き合ってもらうために今日はガジル家を貸してもらうことにしたのだ。
俺たちはガジルに家の中を案内してもらい、リビングへとたどり着いた。
そこにはメガネをかける中年が退屈そうに黒色のソファーに座っていた。
「いやー、ハルト遅かったじゃないか?」
「すみません。ザックさんちょっと寝坊してしまいました」
「まあ、いいさ。それで今日は何をするんだい?言われたものは準備しておいたけど」
この実験にはザックにも協力してもらうことになっている。
初めて会った日から、ザックとガジルとは何回も酒場で会っており一緒に飲んだりして次第に仲良くなった。
おかげで今回の実験を手伝ってほしいと言うと喜んで引き受けてくれたのだ。
ザックの目の前にはテーブルがあり、そこには沢山の食材が置いてある。
「ネギ類の野菜と生姜、食用油、小麦粉、卵、それに豚骨。豚骨なんて一体何に使うんだい?」
「それは事前に言った通り、お楽しみですよ。あと台所を長い時間使わせてもらうですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。この家にはガジル以外誰もいないからね」
「なんでザックが許可してるんだ。ここは俺の家だぞ!」
「そうだね。5年前まで奥さんと子供が居て、賑やかな家だったねー」
「うるせえ。人の古傷をえぐるんじゃねーよ!」
「え、ガジルさんは結婚なさっていたんですか?」
「結婚してたよ。貧乏商人の癖にお隣のリーラ帝国の伯爵家の可愛いお嬢さんを嫁にもらって、2人の可愛い娘もできけど、仕事に熱中してた挙句、大損して愛想つかれて出てっちゃったんだよ」
「余計な事をいうんじゃねーよザック!それに愛想つかれたんじゃなくて危険だから俺が逃がしたんだよ!あいつらは絶対ここに帰って来る!」
「そんな事言ったってもう5年経つんだよ。諦めも肝心なんじゃないのかい?」
ザックの容赦ない言葉でガジルが泣きそうな顔をしている。
取り敢えずガジルを慰めなければ。
「ガジルさん、奥さんたちはきっと帰ってきますよ。ザックさんもそれ以上古傷を抉っちゃダメですよ!」
「いや、僕はこの件についてはガジルを許してないんだ。こいつは彼女たちにとんでもなく迷惑を掛けていたんだからね。普段感情をあまり表に出さない奥さんが僕に泣きながら相談しに来たりしたんだ。それで僕がガジルを説得しても聞く耳を持たなかったし、商売に熱中し過ぎた挙句、結局失敗して、僕が一時的に借金を肩代わりしたんだからね。」
話を聞く限り、この件はガジルが悪いとしか言いようがない様だ。もう弁明の余地はないレベルに。
「俺だってあの時の事を後悔してるんだ!なんて俺はバカだったんだって!」
遂に40を超えたオッサンが地面に突っ伏しながら泣き叫び始めた。なんだか見ていられなくなってきた。
「まあ、暗い話はその辺にして。俺の実験に移りませんか?」
「そうだね。こんな無様な男を罵っててもしょうがないからね」
「ならまず大きな鍋ってありますか?」
「ガジルいつまでそこで泣いているんだい?鍋はどこにあるんだい?」
そういうとガジルはその場から立ち、ヒックヒックと嗚咽しながら台所の棚からカレーを50人分くらい作れそうな鍋を持ってくる。
「おし、アイシャ手伝ってくれ。その大きな鍋に水を入れてお湯を沸かしてくれ。あと大きくなくていいから鍋1つにお湯を沸かしておいてくれ」
「わかりました」
「俺らは何すればいいんだ?」
「ザックさんとガジルさんは手分けして、そこのネギ類を洗って大き目なサイズに切ってください。その後、お湯の沸いた大きい鍋に突っ込んでください」
「ああ、わかった」
そう言って俺は豚骨の下ごしらえをしていく。拳サイズになっている豚骨をボウルの中に入れて軽く洗う。
「ハルトさんお湯が沸きましたよ」
洗った豚骨をお湯の沸いた小さい鍋に突っ込んでいく。そして、30分程煮たら、もう一度洗い、ガジルたちが切って野菜を入れた大きな鍋へと移す。
「アイシャ時々鍋を開けてアク取りしてくれ」
これで第一段階は終わった。
俺が今作ろうとしているのは豚骨ラーメンだ。俺は前の世界では週4,5回くらいラーメンを食う大のラーメン好きなのだ。一時期は自宅でラーメンを作るのがブームだった。まあ、それでも店の方が全然美味かったわけだが。
今ラーメンを作ってるのは俺の欲求の我慢ができないっていうのがある。
勿論販売目的もあるがそれは二の次だ。
もう自分の中でラーメンエネルギーが足りないのだ。
なぜチョイスが豚骨かというのは自分の好みであり、この世界でも比較的に作りやすいからだ。
この世界には味噌、醤油なんてものはない。塩ラーメンという選択肢もあるが、俺があまり好きじゃないっていうので今回は豚骨にした。いずれかは全種類作るのが目標である。
さあ、第2段階だ。
麺造りだ。麺造りはあまりしたことないんだよなー。まあ、やってみるだけやってみるか・・
そして、俺はザックがいくつか用意してくれた小麦粉の袋を目を向ける。
「ザックさん、この中で一般的に使われる小麦粉、硬い小麦粉、柔らかめの小麦粉を教えてくれませんか?
」
「ん?一般的なのはベカリー地方産の小麦粉だな。硬いのはロムディ地方産。柔らかめなのはブテルンテ地方産だね」
「ありがとうございます」
流石商人。小麦粉の硬さを聞いたらすらすら答えてくる。ベカリー地方産の小麦粉をベースに他の小麦粉を割った卵と一緒に混ぜていく。
「なんだい?パンでも作る気なのかい?」
「いえ、違いますよ。まあ見ててください」
そう言って小麦粉と卵を混ぜた生地をコネていく。
おっ案外うまくいくんだな。
生地が上手く丸まった。
あとは鍋を様子を見ながら時間が経つのをひたすら待つだけ。
俺、アイシャ、ザック、ガジルと世間話をしてひたすら待つ。
そして、8時間後。もう時間的には夜の10時くらいだろうか?
「おーい、まだなのかー」
「ほんとだよ。お腹も空いたし・・・」
「すぅーzZZ」
ザック、ガジルが痺れを切らし、アイシャは寝てしまった。
そろそろいいか。
「じゃあ、そろそろ食べてみますかー」
「おう!待ってたぜ!」
俺は3時間ほど前にボールから取り出して、細く切っておいた麺を取り出し、沸騰した鍋に入れて茹でる。
それを見てガジルが
「おいおい、小麦粉を煮ちまうのか!?」
驚いた声を出している。まあ茹でるという料理法がこの世界の文化にはないのだろう。
そして、豚骨を煮ていたスープの中身を素早くとる。そして、スープと油をラーメンの器のような食器に入れて混ぜていく。
茹でた麺をそのままスープの入った食器にぶち込めば完成。今回は試作品なので具はなし。
完成したラーメンをテーブルに運ぶ。アイシャも起きたので彼女の分も用意する。俺らは全員テーブルに置かれたラーメンと向かい合う。
そして、俺は秘密裏に作っておいた木を削って作った箸を渡す。
やはりラーメンは箸で食べなければ。
「こいつどうやって使うんだ?」
「こうやって麺を掴んで食べるんですよ」
と言って麺を掴んでみせる。
「というか本当にこれを食べるのかい?さっきまで豚骨を煮て異臭を放っていたんだけど」
「黙って食べてみればわかります」
「そこまで言うならわかったよ」
スープは味見済だ。まあ、そこそこ美味しい程度。本当に美味しいラーメンとしてはまだまだだけど。
そして、みんな一斉に麺を掴み口に運ぶ。その瞬間
「ん!?」 「ぐぅ!?」 「!?」
俺以外の全員が一斉に一瞬止まり、目をガっと大きく開く。
「なんじゃごりゃあ。美味いぞ!美味すぎる!こんな食い物今まで味わったことがない!」
「少しドロドロしている、この味わい深さなんなんだ!」
「ずぅーずぅー」
ザックとガジルがラーメンを褒めまくる。そして、アイシャは凄い音をたてながらラーメンを食べている。
女の子なんだからもうチョイ静かに食べてほしいのだが、まあそこはしょうがないだろう。美味すぎるのだから!
「おい、ハルト。おかわりはできるのか!?」
「できますよー」
「わ、わたしもお願いします」
「僕もお願い!」
そして、全員に替玉をする。
その後、みんな勢いよく食べ続ける事30分程経ち全員が食べ終わった。
俺が替玉3回、ザックが4回、ガジルが6回、アイシャが3回。
まさかアイシャが俺と同じ量を食うとはこの子は光る物を持っているなー。まあそれだけ美味しかったんだろう。
食べ終え満足していたガジルが急に真剣な顔をして話し始める。
「おい、ハルト。今度はこいつで商売をする気なのか?」
「ええ、まあそのつもりですが、まだ試作品なんでいつやるかわかりません」
「俺たちにこれをお披露目したって事は俺らもこの商売噛んでいいって事か?」
「協力してもらえるならありがたい話です」
「なーハルト。この食い物は好みも分かれるだろうけど、貴族が食ってるものより普通に美味い。もしかしたら・・・いや、確実に一生食いっぱぐれない程の一攫千金ものだ。いいのか俺らで?」
「それはこっちのセリフですよ。この商売一緒に協力してもらえませんか?」
「ハルト。愚問だよ。一緒にこの商売を成功させよう!」
ザックは嬉しそうに話に乗ってきた。
「よろしくお願いします!」
そう言ってザックとガジルの二人と握手する。二人は満面な笑みを浮かべている。
二人の力を借りれば流通も上手くいき、大規模商売ができるだろう。
「にしても豚骨がこんな事に役に立つとは思わなかったよ。生ごみが一攫千金の代物になるとは思わなかったよ」
「豚骨はタダで仕入れられるんですか?」
「そうだよ。豚肉自体は肉の中でもそれなりにいい値段するけど。豚骨なんて飼育者に言えばいくらでもタダでくれるよ」
ちなみに豚は魔物に襲われる危険があるので、徹底的な防衛処置をしている場所でしか飼育できないから高価らしい。
今日はそのままラーメン商売について語りながら酒を飲むことになった。
俺らは夢話を遅くまで語りながら、その日はアイシャ共にガジル家に泊まることにした。
やるやる詐欺の発言ばかりですみません。
評価ありがとうございます。
次回更新も早めにしようと思いますので今後ともよろしくお願いします。




