7話 商談のお断り
オルト・ロウランに商談を持ちかけられて一週間が経過した。
俺は一週間前に酒場で聞いた情報をアイシャに話した。
すると彼女は、
「お断りするべきですね!」
と俺の意見に同意してくれたので今回の商談を断ることに決まった。
一つの情報を鵜呑みにするのはよくないと思い、俺はこの一週間じゃがいも商売をする傍らオルトの事を聞き回ったが、やはり聞く情報は酒場で聞いた話に近いものが多かった。
そして、俺とアイシャはいつものようにジャガイモの販売を終えた後、オルトとの待ち合わせ場所の飲食店へ向った。
飲食店に着くとオルトはもう既にこの前と同じ場所の席に座っていた。
相変わらず気持ち悪い笑顔を浮かべている。
俺らもこの前と同じように対側の席に座った。
「お疲れ様です。ハルトさん今日は何を食べますか?あっ。そういえばこの前、頼んでいた、鶏のステーキどうでした?おいしかったですか?」
オルトは紙に書いてあるメニューを見て俺に喋りかけてくる。
今日は飯を食べるらしい。見た感じだと今かなり機嫌がよさそうだ。
そんな彼を見てると不吉な感じがする。彼がどんな男だかわかってしまったせいなのだろうか。
「鶏のステーキは美味しかったですよ。今日は自分たちは結構です。」
「え~遠慮しなくてもいいんですよ。勿論ここは私のおごりなんで!」
「私たちはもう既に食べてきたもので・・」
俺は笑いながら飯を頼むことを断った。ちなみにこの前頼んだ、鶏のステーキは美味くはなかった。なんというか固いし、焼きすぎていた。だが、いちよおごって貰ったので美味しかったと言っておいたのだ。
「じゃあお姉さん。この鶏のステーキを一つお願いね」
そう言ってオルトは従業員のお姉さんに注文をする。
さあどうしようか。いきなり商談を断っていいのだろうか?それか相手が切り出すまで待とうか?
そんな事を考えているとオルトが話し出す。
「いやー、ハルトさん聞いて下さいよ。この前、北部の貴族地区にいたらですね。・・・・」
それからオルトの雑談が始まった。
彼はずっと途切れることなく喋っていく。
自分が最近北部の貴族区で犯罪者扱いされそうになった事、町の年寄りを助けた事、野良猫を飼い慣らし始めた事、など俺からすればどうでもいい話をペラペラと喋ってくる。
俺はそれを聞きながら適当に相槌をして、会話を乗り切っている。
アイシャに関しては無言でずっと町を歩く人たちの方を向いている。
従業員がオルトの元へ鶏のステーキを持って来た。
「じゃあすみません。頂きますね。今日は私、朝御飯を食べていないもので」
「どうぞどうぞ、お構いなく」
そう言い、彼はステーキが置かれると直ぐにフォークとナイフで切っていく。
彼は夢中で肉を頬張っていく。
「うん、美味しいですね。これは当たりです」
にこやかな笑みを浮かべて彼は言った。
あのステーキが美味いのか。やはりこの世界の味の基準についてはかなり低レベルらしい。
俺はここで決心した。このまま、だらだらと会話してもしょうがないから本題に入ろうと。
そう思った時、彼が口を開いた。
「では、そろそろ本題に入りましょうか。この前の商談の件考えていただけましたでしょうか?」
彼はニコニコしながら目の前のステーキをナイフとフォークを切り分けながら俺に問いかけてくる。
俺はそんな彼とは間逆で真剣な表情をして堂々した態度で彼に言う。
「はい、今回の件はお断りしようかと思います。」
「えっ・・・」
オルトはステーキを切るナイフの手を止めた。
かなり驚いた様子だ。
今日来た時の態度を見るには、今回の商談が成立すると思っていたからだろうか。
「それはなぜですか?何か不満な点でもありましたか?」
「そういうわけでは・・・」
「あー、そういえば詳細な話はまだ何もしていませんでしたね。何から話せばいいですかね・・・じゃあまず流通ルートの話しからしましょうか!」
オルトはかなり取り乱している。さっきの明るい表情は消え、額に汗をかき、焦っているように見える。
「いえ、別にそこに不満を感じているわけではありません。この商談はとてもいい話だと思っています。」
「では、なぜ断るのですか!?」
「私はこの商売から身を引いて、行商になろうと思いまして」
「なんでですか!?今、商売は完全に上向きですよ。まだ利益が見込める、今ここで手放すなんてあなたはそれでも商人ですか!?」
「直ぐにというわけではありません。取りあえずシーズンを終えたら、その資金でこの町を出ようかと」
オルトはかなり戸惑っているようだ。
だが落ち着いたのか、また不適な笑みを浮かべながら話を戻す。
「では、ハルトさん。その間でもいいですから私と一緒に商売をしていきませんか?」
オルトは中々食い下がらない。
だが俺は断る。
「そこまでしてもらわなくても自分たちで、今はどうにかやっていきますので。・・・その後、もしよかったらこの商売について私が知っている事を教えますので、そしたら、この商売をお渡ししましょうか?」
俺はただ断るだけではなく、オルトに対して餌を吊るす。
奴がここまで食いついて引き下がらない所までは想定内だ。
なので、ジャガイモ商売を手切れとして彼に渡すのだ。
これによって奴は利益を得る。
そうすれば、これ以上この商談に拘らないはずだ。
正直、今やっているジャガイモ商売を渡すのは俺にとっても痛手だがこんな厄介な蚊みたいなやり方をする男と縁が切れるなら妥当なところだろう。
それにジャガイモ商売の話は、他の商人の中でも話が上がっている。
これから真似事のように商売を始める商人が出るのは目に見えている。
今シーズンで十分利益を上げられれば、これ以上俺がこの商売に固執することはない。
だが、奴は俺の期待を裏切る。
「そんな事を言わないでください!この商売はあなたとやるから意味があるのです。」
俺が思っていた答えと違う、答えが返ってきた。
どういうことだ奴は何を考えている?そこまで俺から根こそぎ搾り取りたいのか?
ガジルたちの情報によるとオルトは契約することに意味があると言っていた。
だが、その商売を丸ごと無償でくれてやるというのに引き下がらない。
俺は意味がわからなくなってしまった。
その後、オルトと俺の話し合いは続いた。
オルトは、
「今、私と組めば膨大な利益が見込める」 「あなたとならこの町で一番の商人になれる」
など必死に俺の説得にでるが、俺はひたすら彼に対して断る。
時間が経ってもいつまでも説得を続ける彼を見ていると段々イライラしてきたが、ここは大人の対応で冷静に対処する。
そうすると
「夢みたいな話かもしれませんが、なら詳細を詳しく説明していきます。」
と言って自分が考えてきた構想を俺に事細かく説明してくる。
そして、そんな話が続くこと2、3時間くらい経った。
結果、彼はついに諦めた。その表情は怒りが滲み出てきている。
よっぽど納得いかなかったのだろうか?
「もういいです。ですが、あなたたちは商談を断ったことを絶対に後悔しますよ。」
そんな事を捨て台詞に彼は席を立った。
俺はその時ふと思い出した。
「あ、そういえばこの前のもらった果物代とここの食事代をお支払いします。」
と俺は申し出て彼に小銭袋の銀貨を10枚ほど渡そうとしたが、
「いりません!」
彼はそう怒鳴ると、会計を済ませて足早に帰って行った。
俺はやっと帰ってくれたよと安堵した。
ちなみに、アイシャはこの商談が始まって30分くらい経ってからずっと寝ていた。
俺はアイシャを揺すって起こす。
「おわってぃあんですぅか~?」
彼女は寝ぼけながら言ってきた。
この野郎と思ったが可愛い寝顔していたのでそんな彼女を許すのであった。
可愛いは正義だ。
<オルト・ロウラン視点>
今日はいい日だ。いつもより太陽の日差しが少し強く感じる日。
そう思い、昼間の飲食店に寛ぐ男が一人いた。
彼の名前はオルト・アシュド・ロウラン。日頃からはオルト・ロウランと名乗っている。
これは自分が商売相手に貴族だとわからないようにするため。
彼らは貴族だと思うと急に尻込みし、こちらがフレンドリーに振る舞っても尻込みしてしまうからだ。
オルトはロウラン家、当主の4人兄弟の次男として生まれた。
ロウラン家はアルデミラン王国の東に位置する、農業地域を領土としている男爵家である。
領土は小さいながらも毎年豊作に恵まれ、周りの男爵家に比べれば裕福であった。
ロウラン家では現在、父親が隠居し、長男が当主をしている。
二人の妹は既に他の貴族に嫁に行っている。
もとから当主になる気がなかった彼は兄に当主の座を渡し商人になった。
最初は何となく商人になったが、今は自分はこの職業になってよかったと思っている。
家の支援もあり苦労せずに商売をさせてもらっているのだ。
そんな苦労知らずなオルトは今日に関しては特に機嫌がいい。
今日は彼にとっては待ちに待った商談の日なのだ。
1週間前に商談を持ちかけたジャガイモ商人との商談する日だ。
僕が凄い美味い条件で提示した商談だ。奴は絶対乗ってくる。そう確信している。
僕は今から想像するとニヤニヤが止まらない。
いつも僕の商談相手はそうだ。僕が美味い話を持ってくると
『ありがとうございます。ありがとうございます。』
と言って僕に必死に笑顔で頭を下げる。僕はそんな彼らを見ていると、つい笑いそうになってしまう。
こいつは本当に馬鹿だと。
これから自分たちがどんな目に合うかも知らずにと内心で笑ってしまう。
僕がいつも最初に美味い条件を提示するのは奴らに恩をきせるために行っている事で決して善意ではない。
最初に美味い条件で食いつかせ、そこからは僕がひたすら商売相手の身をはいでくのためだ。
商談を受けたおかげで奴らの商売は大体上向きになる。
そして、余裕ができてきた奴らに僕は申し訳なさそうに言うんだ。
『すみません、少々自分の方が経営難になってしまって、よかったら少し契約条件を変えてもらってよろしいでしょうか?』
ってね。そうすると彼らは何を言っているんですか、とばかりに僕の条件を受け入れてくれる。
そこで僕はもう一回、ありがとうございます。と頭を下げる。
その時の彼らの表情は恩人を見捨てるわけがありませんと何か誇らしそうな顔をしている。
そんな余裕な面を見せてくる。
でも、奴らは直ぐに経営難に落ちる。
当たり前の話だ。いくら彼らの商売が上向きに上がったからって所詮弱者。少し余裕ができてたという話で彼らも条件を飲むのも苦しいのだ。
今度は、契約条件をどうにかしてもらえませんか、と彼らが懇願し僕に頭を下げてくるが、僕は横に首を振る。
そうすると彼らは
『あの時、救ってあげたじゃないですか!?』
そんな事を言ってくる。だから僕は言う。
『君は馬鹿だね』
と。
その後、罵れるだけ罵り倒す。でも、まだ契約は継続する。
最後に使いものにならないとわかったら切り捨てるのだ。
契約を遂行するのが難しくなった彼らの末路は様々で、最後に自分の私財をすべて売り払って金を作るものもいれば、自分の体を奴隷にして他国へ売り飛ばすものもいた。
逆に僕に歯向かうものもいた。僕は身の程知らずだと思い、僕が雇用している冒険者崩れを使って消しかける。
そして、彼らは最後僕の目の前で許して下さいと頭をひれ伏すのだ。
そんな光景が僕にとっての一番の至福なんだ。
この時、僕は思うんだ。商人になってよかったと。
それだけが僕の楽しみなんだ。
さあ、ジャガイモ商人はどのような表情を見せてくれるのだろうか。今から楽しみだ。
彼らはやってきた。この前と同じスーツ姿をした男とフードをかぶった少女だ。
確か兄妹だったかな?
彼らが席に着くと僕はメニューを見ながら彼らに話しかける。
「お疲れ様です。ハルトさん今日は何を食べますか?あっ。そういえばこの前、頼んでいた、鶏のステーキどうでした?おいしかったですか?」
「鶏のステーキは美味しかったですよ。今日は自分たちは結構です。」
「え~遠慮しなくてもいいんですよ。勿論ここは私のおごりなんで!」
「私たちはもう既に食べてきたもので・・」
断られてしまった。せっかく僕が奢ってあげようと思ってたのに。
取りあえず僕の食事だけ注文をする。
注文し終えた僕は彼らと雑談を始めていく。
最初から本題には入らない。
それは彼らが、まだかまだかと商談の話に入らないのかとあたふたする所を見るためだ。
だけど違った、僕がダラダラと話しを続けていくが、彼らはあたふたする様子もなく僕の話に相槌をうってくる。
しょうがないのでそろそろ本題に入ることにした。
「では、そろそろ本題に入りましょうか。この前の商談の件考えていただけましたでしょうか?」
僕はそう言った。
さあ見せてくれ!満足そうな笑みを浮かべながら僕の商談を了承する姿を。
だが彼らの答えはそれとは真逆だった。
「はい、今回の件はお断りしようかと思います。」
真剣な表情をして堂々した態度で彼はそう言った。
僕が想像している答えと違い、少し取り乱してしまう。
「それはなぜですか?何か不満な点でもありましたか?」
「そういうわけでは・・・」
「あー、そういえば詳細な話はまだ何もしていませんでしたね。何から話せばいいですかね・・・じゃあまず流通ルートの話しからしましょうか!」
「いえ、別にそこに不満を感じているわけではありません。この商談はとてもいい話だと思っています。」
「では、なぜ断るのですか!?」
「私はこの商売から身を引いて、行商になろうと思いまして」
「なんでですか!?今、商売は完全に上向きですよ。まだ利益が見込める、今ここで手放すなんてあなたはそれでも商人ですか!?」
「直ぐにというわけではありません。取りあえずシーズンを終えたら、その資金でこの町を出ようかと」
こいつは何バカな事を言っているんだと僕は混乱してしまう。
だが僕はそんなバカに合わせて少し引き下がった交渉に変える。
「では、ハルトさん。その間でもいいですから私と一緒に商売をしていきませんか?」
「そこまでしてもらわなくても、自分たちで今はどうにかやっていきますので。・・・その後、もしよかったらこの商売について私が知っている事を教えますので、この商売をお渡ししましょうか?」
この男はどこまでバカなんだ!そう僕は心の中で叫んだ。
今、上向きに向いている商売を無償で渡すと言ってきた。
だが、一番気に入らないのはそこじゃない。
美味しい商談を持ってきた、僕に対してこいつは慈悲をくれるようにそれを言ってきやがった。
僕は頭にきた。
たかがちょっと成功した商人のくせに余裕を見せて、上の立場である僕を侮辱している。
こいつは僕のプライドを傷をつけた!
それから、僕はどうにかこの男に地獄を見せてやりたいと思い、説得を始める。
取りあえず契約を結んでしまえば、こっちのもの。あとはどうとでもなる。あらゆる手段を使い地獄を見せてやる!
もうここからは商売云々の話をかけた商談ではない。
僕の今までのプライドがかかっている。
それから暫く時間が経過したが奴は結局商談には応じなかった。
僕も流石に話にならないと思い、席を立つ。
「もういいです。ですが、あなたたちは商談を断ったことを絶対に後悔しますよ。」
そう言うと奴は思い出したかのように小銭袋を出してこう言ってきた。
「あ、そういえばこの前のもらった果物代とここの食事代をお支払いします。」
「いりません!」
こいつらは僕のプライドをどこまで傷つければ気が済むんだ!
そして、僕は足早に店から出る。
僕は帰り道を歩きながら誓うのだ。
(あいつらに絶対に後悔させてやる!!!)
前回までの話に結構修正を入れました。
修正内容は文章の改行を変えたり文章をわかりやすくしました。
次回はもしかしたら5,6話まとめて投稿することになるかもしれませんので
月末くらいまで投稿が空くかもしれません。
これからもよろしくお願いします。




